妻のダイニング・メッセージ(3)
春の夜道は、生ぬるい風が吹き抜けていた。近所の桜は、ライトアップなどもされず、地味なままだった。コロナ以前は桜祭りもやっていたそうだが、自然消滅してしまったようだ。
そんな家に近所に市道を夫婦二人で歩いていた。夫婦二人が楽しむ為の散歩ではない。そうだとしたら、どんなに良いか。
美玖のパート友達・甘澤麗子を探していた。あの電話は麗子の夫からのものだった。麗子は携帯電話も置いたまま失踪してしまった為、夫が連絡先を片っ端からかけていたという。繋がったのは美玖だけで、藁も掴む思いで相談してきた。朔太郎達も麗子の捜索を協力する事になった。
警察にはまだ言っていないという。何でも麗子の娘は芸能関係者らしく、あまり大事にはしたくないという事だった。事情は分かったが、心当たりを探しても麗子が見つからんければ、警察に言う必要があるだろう。
朔太郎達はまず駅の方へ向かい、麗子の姿を探す。どちらかといえば田舎の駅だ。人気も少なく、スーパーも閉店時間が過ぎていた。コンビニだけは開いているが、麗子の姿は見当たらない。
「何か麗子さんで、気になった事とかないか?」
コンビニを出た後、朔太郎は隣にいる美玖に聞いてみた。普段は大らかで、動じないタイプの美玖。家に虫が出ても大きめな地震がきても、あまり動揺していないが、今回の事は参っているようだ。何しろ友達が失踪したとなると、冷静ではいられないようだ。
「さあ。いつも仕事は元気にこなしていたんだけどなあ……。あ、でも。料理の献立を作るのはしんどいって言ってな」
再び夜道を歩きながら、麗子を探すが、相変わらずそんな人影はなかった。
「献立がしんどい?」
「うん。連続で同じものが出ると旦那さんに文句を言われるとか。素麺でもいいって言われるとムカつくとか」
「それはムカつくな!」
朔太郎は深く同意した。美玖の料理から、作る事はいかに大変か伝わってきている。だし巻き玉子、餃子、天ぷらも美玖が苦労していたレパートリーだ。決して「素麺でいい」などと言えない。素麺だってお湯を沸かしたり、薬味を揃えたり、だいぶ面倒だ。食べるのは簡単な料理も、作るのが簡単という事は決してない。
「さ、さくちゃん? 主婦でもないのに、なぜそんなに料理の苦労がわかるの?」
「分かるさ! これでも作家だぞ!」
あの秘密がバレそうになったので、必死に誤魔化す。確かにこの年代の旦那が料理の苦労を知っているのは、不自然だ。ゴホンと咳払いもし、さらに誤魔化す。
「まあ、料理が苦痛で失踪する事はあり得ると思う?」
朔太郎は咳払いをすると、隣にいた美玖に聞いてみた。
「さあ。気持ちは分かるけど、喜んで食べてくれる家族がいたら失踪なんてしないんじゃない?」
「そうか……」
「私はさくちゃんがいつも笑顔で食べてくれるから、料理の苦労なんて、どうでもいいよ」
そんな事を言われてしまうと、朔太郎も赤面しそうになってしまう。もう結婚して三十年ぐらいの年月が経つのに、新婚のような甘い空気もするのだが。あの不思議な能力は妻と仲良くなる為のものだったのだろうか。そんな気もしてきた。
その後、駅周辺をくまなく探してみたが、麗子の菅谷はどこにも見えなかった。事件に巻き込まれた可能性もある。これは麗子の旦那と相談し、届けを出した方が良いかもしれない。
朔太郎達は、この結果を伝える為に麗子の自宅へ向かう事にした。朔太郎の家からも近く住宅街に暮らしているという。旦那も家に来て欲しいという連絡もあり、結局二人で向かう事になった。
一体麗子はどこに失踪してしまったのだろう。一刻も早く見つかる事を祈るばかりだった。




