↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/57

菜の花サンドイッチの教訓(1)

 近所の桜の花びらは散り始めていた。アスファルトの上の方がピンク色で綺麗に見えるぐらいだったが、まだまだ葉桜では無いようだ。今日の空はスッキリと晴れ、一時期は不安定だった天気も回復していた。


 朔太郎はそんな並木道を歩きながら、駅へ急いでいた。今日は午後から編集者と打ち合わせがあり、飯島とも会う予定があった。


「急がないと」


 足早に駅に向かい、ローカル線を何本か乗り継ぎ、都心の出ると、待ち合わせをしているカフェにつく。


 出版社の近くにあるカフェだった。カフェとううよりは、レトロな喫茶店のような雰囲気だ。全体的にチョコレートカラーでまとめられた店内は、昭和レトロというよりは大正風の趣もある。窓のステンドグラスはより大正らしさを演出し、令和からトリップしたような感覚も与える。


 店内は落ち着いたクラシックも流れ、客も静かのコーヒーや厚焼きパンケーキを楽しんでいた。カウンターにいる店長は雰囲気を見るからに、この店の味は悪くなさそうだ。あの特殊な力により、外食は好きではなかった朔太郎だが、この店は期待できそうだ。


「長田さん、お久しぶりです」


 打ち合わせ相手の編集者はもう到着していてノートpcを開いていた。片手にはコーヒーもある。濃いめの深い色合いのコーヒーで、これは期待できそうだった。


 今日は塩瀬ではなく、別の出版社の長田という男と打ち合わせだった。長田は長年、グルメ雑誌の編集者をしていて、朔太郎もそこで軽いタッチのグルメ探偵ものを連載中だった。今は連載も中盤に差し掛かり、クライマックスと次回作の打ち合わせだった。


 長田は朔太郎より二歳歳下で同年代。出世争いに負けたらしく、今もずっと編集者だが、彼のは何となく編集長などは合っていない雰囲気だ。ずっと独身の為か、雰囲気は若々しい。若い人の話題もかなりチェックしているようで、このカフェもSNSから偶然見つけたんだそうだ。「人生は冒険」などと言う事も多く、全く老け込んだ感じがしない男だった。長年付き合いがある編集者だが、心の持ち方も老化に関係あると思わされる。


「先生、次回作はいつも通りとはいかず、もう少し新しく。新境地ってヤツにしましょ」


 新作についても、そんな事を言ってきた。


「そうか?」


 朔太郎はコーヒーを啜る。ここのは予想通り美味しい。店長が丁寧にハンドドリップし、愛情を込めて淹れているのは伝わる。朔太郎のような特殊能力が無くとも、その気持ちは伝ってきそうな味わいだ。苦味と酸味が溶け合い、砂糖やミルクなど余計なものを入れない方が美味しい。そんなコーヒーだった。


「先生が食品偽装を暴いたルポって未だに人気あるんですよ。ああいうの、また書きません?」

「と言ってもな……」


 妙な能力を使い、何かの闇を暴く事は想像以上に大変だった。失業したり、誰かが傷つく結果になる事も考えられ、それはもうやりたくないのが本音だった。


「サスペンスとか、ちょっとダークな感じもどうですかね? ずっと同じものも読者も飽きますって」

「そうかなぁ」


 朔太郎は長田の熱意に押されながら、コーヒーを再び啜る。苦く、酸味もあるが、余韻はどこか果汁のような瑞々しさもある。


 子供の頃は、こんなブラックコーヒーは苦くて飲めなかった。飲めるようのなったきっかけは分からない。大人になったら、いつのまにか飲めるようになっていた。美玖と結婚してからは、迂闊に何でも食べられたくはなったが、こんなコーヒーも悪くないのか。


「先生、俺らみたいに長く生きていると、酸いも甘いも意外と良いもんだって思いますね。たまには、酸っぱい系の新作もいいんじゃないか、と。新境地ですよ。同じ事ばっかりやってたら、老けますし」


 実際、見た目より若く見える長田に言われると、説得力があった。


「そうか、そうだな」


 心が揺れる。


 その後、飯島と落ち合い飲んでいる時も、長田の言葉が離れない。


 飯島は相変わらず、笑いながら飲んでいたが。


「そうだ、朔太郎先生。俺、最近お菓子作りにハマってるんです。これ、綺麗にラッピングしたアイシングクッキーなんですか」


 飯島からネコの形のアイシングクッキーを一枚もらった。飯島のルックスや雰囲気とは遠いクッキーで、ちょっと酔いも冷めそうだった。


「そんな女性のような趣味あったんだ?」

「ま、作品のネタになるし。新しい事やってみるにも脳が活性化しますからね」


 隣でそんな事を言う飯島。今日聞いた長田の言葉。


 確かに今までと少し違う事もやってみたいと思います初めていた。


 どうせ、春だし。良いタイミングかもしれない。


 ネコのアイシングクッキーを見ながら、今までと何かが変わりそうな気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。