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おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


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生焼けの復讐劇(4)

「ところで、赤尾ちゃんは、どーして立てこもりなんてしちゃったのよ?」


 みんなで食事をしながら、美玖は質問をした。さっきまでは和やかムードだったが、話題が赤尾になり、空気が張り詰めていた。宮子や塩瀬は完全に無言だ。この話題には一切乗らないという意志を感じる。


 まるでユダの裏切りを予言した最後の晩餐のような空気だ。牧師である友人に最後の晩餐の絵画について解説して貰った事があるが、詳細は忘れてしまった。イエス・キリストも最後の晩餐でユダに裏切りの指摘をしたのは、実は赦しの為だったとは言ってた記憶があるが、よく思い出せない。


「こいつは、パクリだって被害妄想したんですよ。作家志望者ならよくある話ですよ」


 空気の読めない飯島は、チキンを齧りながら発言していた。


「全く迷惑だよな。俺だって何回投稿作落ちてると思うんだ。長編百三十作作ってようやく、編集部に拾い上げられたんだぞ。一作作ったぐらいで、それが相手にされなかったぐらいで怒ってたら、プロになってもやっていけないぞ」


 空気の読めない飯島だったが、その発言は、赤尾の心にも響いたらしい。居心地の悪そうな表情を見せていた。包丁を振り回し、パクリだと怒っていた威勢は、完全に消えてしまった。しゅんとじ、小さな子供のよう。


「私もデビュー前は、二百ほど応募したぞ。それにプロになってからも企画がずっと落ち続けた事もあった。飯島のいう通り、一回ぐらい、どうって事ないよ?」


 朔太郎も、飯島の言葉に続いた。さらに赤尾は居た堪れない表情だった。


「俺は高校の時にデビューして、それが映画化されて大ヒットしたけど」


 今度は富沢が空気が読めない発言をしていた。


「でも、俺は婚活で苦労したからね。何人も申し込んでようやくだよ。赤尾くんは、虐待児というマイナス苦労をやっているが、プラスの努力や苦労は何もやってないんじゃね? その原稿を十年かけたのも、やってる感だけかもよ? プロだったら、一カ月に長編一本は仕上げられるスピード求められるけど、本当にデビューしたい? お金欲しかったり、認証欲求満たしたいだけじゃない?」


 傷を抉るような富沢の発言。もう赤尾は何も反論できず、小さなリスのように下を向いてしまった。


 あのエイブレズキーバも見せられてしまうと、パクリだと騒ぐわけにもいかないようだ。あんな見事な偶然の一致を見せられてしまえば、何も言えないだろう。赤尾のした事は許されないが、責めて裁くにのも違う気がした。傷ついている犬を棒で叩く事に似ていて、夢見が悪いのだが。


「そうだよ。一回落ちたぐらいで何よ。また新作を書けばいいじゃない?」


 美玖も朔太郎と同じ想いらしい。彼女も責めるような言葉は、口にしなかった。余計に居た堪れなくなった赤尾は、再び泣いている。「こんなに優しくされたのは、初めて」と言っているぐらいだ。赤尾のこれまでの人生を想像すると、もう何も責められない。


「そうだよ。また新作を書けばいいじゃないか」


 朔太郎も目の前にいる赤尾に励ましの言葉を送った。やった事は決して許せないが、彼の全てを否定もできない。罪を憎んで人を憎まずという言葉が頭の中に浮かんできた。


「でももう、こんな犯罪をしてしまった。誹謗中傷して、ストーキングして、立てこもって、包丁を振る回した。筋違いの恨みで、復讐しようとした。警察に自首しなければ」


 赤尾は自首する意志はあるらしい。意外な事だ。宮子や塩瀬は余計に驚いていた。


「いや、もう別に二度とこういう事しないって誓ってくれれば、俺は警察には行かないぞ。このまま有耶無耶にするわ」


 一方、富沢は赤尾を無罪放免にするらしい。意外と優しい一面だったが。


「万が一、未来に赤尾君が最高傑作を書いたらどうなる? ここで逮捕させてしまうのは、我々出版業界にも損かもしれんし?」


 いつもは軽薄な富沢だったが、今は全く違って見えた。


「神様に誓ってもう犯罪しないって誓うな? だったら俺は許すよ」


 一秒だけだが、こうして許す様子はイエス・キリストにも見えてしまった。たった一秒だけだったが。


「ごめんなさい。すみませんでした……」


 赤尾も良心があったらしい。泣きながら土下座して綾まっていた。


 朔太郎も美玖も飯島も許すしか無いようだった。宮子も塩瀬も渋々許していた。


「SNSの誹謗中傷アカウントも今ここで決してくださいよ。実は社内で警察に相談中ですから」


 塩瀬は甘い事を言わずに、きっちりとSNSのアカウントも削除させていた。一方、宮子も富川にブランドもののバッグや指輪をねだっていたが、結局富川が買う事に落ち着いていた。宮子への慰謝料としては妥当だろう。


「めげちゃダメよ。人生、辛い事も多いけれど、みんなそうだから。コツコツ頑張っていれば、少しぐらいは報われる事もあるからね。めげちゃダメよ」


 最近に美玖は、土下座している赤尾に励ましの言葉を送っていた。


 果たして赤尾に美玖のメッセージが届いたかは不明だが、泣いている赤尾を見ていたら胸が痛い。


 もしかしたら、赤尾みたいな底辺の犯罪者は増えるかもしれない。今の日本は決して治安が良く、愛が溢れた場所でもないから。赦しよりも、復讐や仕返しを選ぶ人間の方が多いのかもしれない。


 とはいえ、こうして赤尾の復讐劇も失敗に終わった事は喜ばしい。こんな復讐劇は、一回も完遂せず、生焼けで良いものだ。朔太郎はしみじみと思いながら頷いていた。

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