生焼けの復讐劇(3)
「よく分かんないけど、甘いものでも食べる? 駅前の洋菓子屋は今日はお休みだったのよー。で、急遽店を探したんだけど、何かデンマーク料理の屋台があってね。そこから買ってきたのよ、はい、お土産!」
飯島は空気が読めないと思っていたが、訂正する。美玖はそれ以上だった。包丁を突きつけ、宮子を人質にとっているこの空気に、全く気づいていない。本当に劇か何かの練習だと思っているようで、紙袋の中にあるお菓子を振る舞い始めた。もちろん、赤尾にも。
こんな空気の読めない行動をされた赤尾は、ただただ困惑。まだ包丁は握りしめていたが。宮子を身体から離した。すぐに塩瀬や飯島が宮子を保護し、それはほっとしたのだが。
「美玖、このお菓子何?」
プラスチックの容器に入った菓子だが、見た目はたこ焼きに似ていた。丸くて小さな粉物だった。
たこ焼きと違うのは、甘い香りがする事。シナモンの匂いもする。青のりやソースはかかっておないが、綺麗な粉砂糖がかけられていた。スイーツ版たこ焼きといった見た目だった。ベビーカステラよりは、焼き色は薄い印象。
「美玖さん、これ何?」
美玖の次に空気が読めない飯島は、一口食べながら聞いていた。
「うまい! タコは無いけどフワトロで、甘いわ!」
あまりにも飯島が絶賛するので、他の面々も食べ始めていた。気絶していた富沢もいつのまにか起き上がり、この甘くて小さな菓子を食べていた。
赤尾は相変わらず包丁を持っていたが、他のみんなが無視して菓子を食べている。怒るといいうより困惑。振り上げた拳を、どうやって降ろすか困惑しているようだ。
「このお菓子デンマークのエイブレスキーバ。たこ焼きのパクリみたいだけど、店長さんによると、違うって。単なる偶然みたいね」
朔太郎も美玖の声を聞きながら、この菓子を食べる。屋台でたこ焼き機そっくりの器具で焼いている男がいた。おそらくデンマーク人と思われるが、日本語もペラペラで、手を動かしながら、エイブレズキーバの解説もしていた。
『たこ焼きのパクリとか言うなよ。単なる偶然だし。っていうか人類は美味しくて小さな粉物が好きって事でいいじゃんか。とにかくお客さんには喜んで欲しい』
店主の想いも伝わってきた。日本語で想いを込めている。よっぽどだ。客に喜んで欲しいという気持ちが込められているようで、咀嚼している朔太郎も笑顔になってしまう。
この菓子だったら、赤尾の気持ちが解かせる可能性がある。朔太郎は半ば無理矢理赤尾に食べさせた。
「う、何か、この菓子うまいな……。悪い事なんて出来んかも……」
朔太郎の思惑は成功し、赤尾は手から包丁を落としていた。しかも泣いている。根からの悪人でもなかったようだ。この男にも良心というものがあったらしい。もう包丁を振る回す事はなさそうで、朔太郎達はホッとしていた。
「え? この方誰? え?本当に立てこもりをしていたの!?」
空気の読めない美玖は、その事を知り、一番驚いていた。
「ダメよ、立てこもりなんて! どんな理由があっても人を傷つけていい理由にはならないんだからね!」
美玖はおばさん臭く、赤尾の肩をバシバシ叩いていた。こうしてみると、母親に叱られている子供みたいだ。もっとも赤尾は子供というには、大人になり過ぎていたし、容姿も全く可愛くはないが。美玖に叱られてながら、涙を流している赤尾を見ていると、朔太郎は何とも言えない気持ちになってしまった。
気づくと、テーブルを囲んでみんなで食事をしていた。さっきまで立てこもり、包丁を振る回していた赤尾と一緒に食事をしていたのは、妙な光景だったが、こうする他ないようにも感じた。
人は逆恨みをし、自爆的な行動をとる時もある。一方、こうして悪人とも一緒に食事をする事もある。イエス・キリストも悪人と食事をしていたと、友人である牧師から聞いた事も思い出す。
泣きながらエイブレズキーバを食べる赤尾を見ていたら、北風ではなく、太陽のような事をしる必要もありそうだ。
もっとも直接被害を受けた宮子、ネットで中傷された塩瀬は無言で食事を取り続けていたが。人が人を許すのは、難しいのかもしれない。




