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おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


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生焼けの復讐劇(2)

 男は赤いチェックのシャツにジーパン。ウエストポーチをつけ、小太りの中年男だった。髪の毛も前髪が薄くなっていた。おそらく富沢や飯田と同年代と思われるが、老けて見える印象だった。


 体格は良いので、小柄な宮子は抑え込まれると抵抗できないようだ。その上、男はナイフを突き出している。


 富沢は相変わらず気絶したままだが、朔太郎達には意識はある。逃げるわけにはいかない。塩瀬は震えていたが、黒い目は真っ直ぐに犯人の男を見据えていて、絶対に逃げないという意志を感じる。朔太郎も飯島もここで逃げられない。どこかでスキを見て、男を取り押さえるのが一番だが、問題は宮子だ。人質がいる。どうするべきか?


 酔いはすっかり覚めた。こうして両手を上げて、塩瀬や飯島と一緒にいたわけだが、平和な飲み会がこんな事になるとは。


 美玖が巻き込まれなかったのは幸いだった。どうにか美玖が気づき、警察に通報してほしいものだが、最悪なのはここで鉢合わせをする事だろう。こんな最悪な状況でも美玖の身を案じている。つくづく妻に頭が上がらない夫だ。


「でも、何でこんな事してるんだ?」


 朔太郎の単純に疑問だった。この男は面識がない。富沢や宮子、飯島や塩瀬にもなさそうだ。一体誰だ?


「話してくれないか。我々があなたに手伝える事もあるかもしれない」


 怖いが、ずっとこのままではいられなく。朔太郎は極力、相手を刺激しない言葉を選びながら、交渉する事にした。


「そうですよ。一体あなたは誰なんでしょうか?」


 塩瀬も朔太郎の意図に同意したようだ。


「教えてください。私は作家の飯島ですが」

「お前には用はねぇよ!」


 なぜか男は再び怒り始めた。飯島の話し方はソフトだったので、なぜここで怒るか謎だが、男に取り押さえられた宮子は、今にも死にそうな顔だ。下手な刺激はできないが、男はポツリポツリと話し始めていた。


 声は小さく、意外とヲタクというか、小心者かもしれない。


 朔太郎のそんな予想は当たった。彼は長年のアニメヲタクだった。自分の作品をアニメ化したいと作家を志す。十年かけた最高傑作を、塩瀬達の編集部に持ち込んだが、門前払いをくらい、逆恨みをしていたのだという。


 塩瀬の表情が険しくなる。おそらく心当たりはあるのだろうが、ここでは基本的に持ち込み原稿は全員断っている。丁寧にお帰りいただいた事を、門前払いと被害妄想しているのだろう。


 宮子以外の朔太郎、飯島、塩瀬の表情は、暗くなる。こういった投稿者の逆恨みは、特に珍しい事でもない。中には自称・編集長の恋人とか、作品のアイデアを勝手に送りつけた上で「パクった!」と大騒ぎするものもいる。


「特に富沢! お前は俺の投稿作品をパクった!」


 作家や編集部ではよく見る光景だ。朔太郎達の目は死んでいく。富沢はパクリなんてしない。それどころかアイデアが泉のように溢れて、「俺が二人欲しい」と言っているぐらいだ。そもそも話を聞く限り、男の原稿はどこにも公表されていない。パクリも被害妄想とみて間違いないだろう。


「俺の作品のパクリを認めるまで、この女は離さないぞ! 刺すぞ!」


 動機はよくある話で馬鹿馬鹿しくなってきたが、人質をとってナイフで脅し、暴れるというのは、参った。まさに朔太郎もお手上げ状態だ。


「もしかして、富沢先生の妹のフリしてSNSをやっていたのもあなた?」


 塩瀬も静かに怒っているようで、そんな質問をしていた。見かけによらず、肝が座っている。


「そうだよ! お前ら塩瀬達、編集者のせいだよ! 絶対許さないぞ!」


 あのSNSでの誹謗中傷の犯人もあっさりとわかった。おそらく編集部に届いている脅迫状もこの男の仕業だろう。


 人の恨みは怖い。逆恨みはもっと怖い。存在しないものを、敵に見立てて恨んでいるのだから。虚しくならないのだろうか。だんだんと男に同情心のようなものも感じてしまった。


「名前はなんていうんだ?」

「赤尾だよ! 悪いか!」


 朔太郎は名前を聞くと、赤尾は自分の半生を語り始めた。親はすぐ死に、親戚の家では虐待を受け、非正規雇用で虐げられていた。そんな時にアニメに出会う。絵は書けないが、小説だったら原作者として関われるんじゃないかと夢を見た。でも夢は夢。持ち込みすら見て貰えず、恨みを募らせたという。


 完全な逆恨み。この立てこもりを正当化する事にはならないが、可哀想にはなってきた。このまま罪を重ねず、赤尾からナイフを取り上げる事はできないだろうか?


「そもそも何で富沢先生の家がわかったんだ?


 少し空気が読めないところがある飯島は、子供のように素直な疑問を口にしていた。すっかり忘れていたが、そういえば、なぜここが分かったのか?


「ネットで色々調べたら、噂があってな。何日かストーキングしていたら、この場所がわかったんだよ」

「君、作家より探偵業の方が素質ないか? 数日で先生の家を見つけるってすごいよ」


 飯島はもっと空気が読めない発言をした。これだと赤尾を煽っているようにしか見えない。実際、激昂し始めていた。火に油を注いでしまったようだ。飯島は飄々とし落ち着いているのは長所だが、こんな空気を読めないところは、どう見ても短所だった。


「うるさい! お前らは俺の作品をパクった事を認めろ!」

「具体的にどの辺がパクリなの? 詳細は?」

「だから、あらすじとかキャラとか全部トレースしてるから! 何なんだよ、この飯島って男は許せねぇ!」


 赤尾は包丁を振り回し始めた。絶対絶命の大ピンチだ。


 こんな男をどうやって取り押さえるべきか? この中で一番体力がありそうな富沢は、気絶中だ。飯島は犯人に火を油を注いでいるし、女性の塩瀬と初老の朔太郎でどうすれば?


 毎日机に向かって原稿をま書く日々だった。少しは筋トレでもしておけば良かった。後悔したが、もう遅い。


「あらあら、さくちゃん。それに皆さん? 何をしてるの?」


 タイミングが悪すぎた。こんな時に美玖がひょっこりとやって来てしまった。手には大きな紙袋があり、場違いなぐらい甘い香りが漂っていた。一瞬、犯人もその匂いに包まれ、手を止めていた。


「包丁? なんか劇の練習?」


 美玖は何が起きているのか、何も分かっていないようだった。

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