パセリの自己肯定感(1)
一時は天候も崩れていたが、最近はまた晴れの日が続いていた。あれから弥生は合コンやマッチングアプリも積極的に使っているようで、何よりだ。
桜の花は雨で散ってはいたが、まだまだ葉桜ではない。朔太郎の家の窓からも、近所の桜並木が健在だった。
一時はスランプに入りそうな悪寒もあったが、今は原稿も順調に進み、明日は担当編集者の塩瀬と電話する予定も入っていた。それまでに今日の分の仕事も片付けておかないと。
「はあ。でも昨日は頑張り過ぎたわ。ちょっと休憩するか」
ちょうど昼頃、休憩を入れる事をした。あまり煮詰まっても、ろくな事がない。鯖の味噌煮のように煮込み過ぎてはいけない料理だってあるのだ。朔太郎はパソコンの前で背伸びをすると、下のダイニングルームへ向かう事にした。
今日は美玖のパートも休みだ。午前中はスーパーに買い物に行っていたようだが、もう戻ってきたらしい。その上、テーブルの上には、昼食もできていた。
朔太郎は見た事もない料理だった。薄い味付きご飯の上に茹で鶏が乗っている。トマトやきゅうりもトッピングされ、パセリの飾りも鮮やかだ。ワンプレートのランチらしいメニューだが、初めて見る。
「美玖、この料理なんだ? 見た事ないのだ」
「これね、シンガポールチキンライスっていうのよ。レシピ見ながら初めて作ったのよ」
「へえ。確かに初めて見たぞ。見た目はとっても良いね」
「まあ、食べましょう。私もお腹減ったわー」
こうしてテーブルにつき、シンガポールチキンライスを食べてみた。ご飯は想像以上に薄味だが、さっぱりしていて美味しい。茹でた鶏とも合う。最近は天気も良いし、少し暑いぐらいだ。こんなあっさり系のランチも悪くない。
味は最高だったが、この料理は意外な理由で作られた模様。
食べるとシンガポールチキンライスを作っている美玖の姿が見えてきた。いつものように赤いエプロンをつけ、楽しそうに料理をしていると思ったら、違った。顔は微妙な表情だ。何か困っているような雰囲気がある。
『うーん。パート仲間から、家庭菜園のパセリを大量に貰ったけど、どうしよ? これ? サンドイッチで出してもパセリは残されるでしょうし、困ったわ。こういうシンガポールチキンライスのようなご飯だったら、トッピングにしても消費出来きる?』
美玖のそんな想いが伝わってきた。このトッピングのパセリにそんな裏話があったとは。急いでパセリを食べた事は、言うまでもないだろう。独自の良い香りがする。シャカシャカ食感も嫌いではないが、脇役ポジションに甘んじいている野菜だ。人参や玉ねぎ、キャベツなどに比べてると、どうしても地味な存在だった。
「このパセリ、美味しいじゃん」
「えー、そう? でもよかったわ。実はパセリをいっぱい頂いてね。どうしようかしら。レシピ本見ても、パセリのメイン料理はないし」
確かのパセリをメインにしたレシピ本は見た事はない。
改めて見ると、不思議なポジションの野菜だ。明らかに脇役で、匂いもちょっと独特だが、嫌われてはいない。ピーマンやパクチーと比べると、割とどんな料理にも合うスマートさもある。単なる飾りのようにも見えて、縁の下の力持ちポジションだ。
「でもパセリって美容にも良いよ。栄養素がいいってに見た事あるな」
「そう?」
「パセリメインのサラダでも良いんじゃないか。あとは、チーズオムレツにしてもいいぞ。今はイースター時期だから、卵料理も春らしくて良い」
「そっか、ナイスアイデアね。っていうか、私がパセリの消費に超悩んでいたの、よく気付いたね?」
ドキッとした。まるで美玖の心を料理を通してみてしまった事がバレたようで、必死に誤魔化す。
「いやいや、さっき悩んでるって言ってたぞ」
「そうだけど、さくちゃん、妙に勘がいいね?」
美玖の野生動物のような黒い目を見ていたら、この秘密もバレそう。
「それにしても、今日の昼ご飯は美味しいな」
「何よ、誤魔化してる? あ、でも最近気になる事があるんだよね」
「気になる事?」
話題が変わり、朔太郎はちょっとホッとするのだが。
「なんかこの町に北の方に、自己啓発セミナーの施設ができるとか」
普段は滅多に不機嫌にならない美玖だが、この時は変な顔をしていた。
この街の北側は、何もない空き地が多い。弥生が死ぬ為に近づいた川もその辺りにあるが、基本的には寂しい場所だ。山も近くにあり、地元民はあまり近づかないし、家もほとんど無い。
「自己啓発セミナーか」
「なんか詐欺臭い噂があるって。パート仲間のみんなは警戒してた。さくちゃんも気をつけてね」
「ああ。そんなもんには騙されないよ」
「そういうのってフリーランスとか、不安定な職業の人もターゲットにするから、たちが悪いよね。あとは、貧乏だったり、容姿に自信の無い人とか狙うんだって」
「へえ」
「ま、私は高める自己なんてないしね。どーでもいいか」
確かに美玖は自己啓発セミナーに引っかかるタイプとは正反対なタイプに見えた。
「世の中は、そういう自信の無い人を商売にする人もいるからね。っていうか、だいたいそうか。化粧品とか、結婚相談所とか」
美玖はため息をつき、シンガポールチキンライスを口に運んでいた。




