じっくりことこと煮込んだ殺意(6)
弥生の一件も解決し、朔太郎はバリバリと原稿を打ち続けていた。
一時はスランプに入りそうで、担当編集者の塩瀬にも相談していた朔太郎だったが、この調子だったら予定より早く原稿が仕上がるかもしれない。
一人で机の前で座っていても、煮詰まるだけだ多様だ。弥生のトラブルに巻き込まれてはしまったが、結果的にはこうして動いてみてよかったのだろう。動いていくうちに突破口も見えてくるのかもしれない。鯖の味噌煮のように、煮詰めすぎるのも良くない事もあるだろう。
「あ、もうこんな時間か」
仕事に熱中して時間も忘れていた。気づくともう十七時だ。お腹も減ってきた頃合いだった。
下に降りると、味噌の甘い良い香りがする。これは、おそらく鯖の味噌煮か?
「朔太郎先生、こんばんは。今日は美玖さんに鯖の煮込みの作り方を教わりました」
弥生が遊びに来ていたらしい。美玖とお揃いの赤いエプロンをつけていた。
「そうよ。今日は弥生ちゃんと一緒に鯖の煮込みを作ったんだから」
美玖はそう言い、テーブルの真ん中に皿を置く。そこには鯖の煮込みがあった。味噌の匂いと共に生姜の香りもし、食欲が刺激される。てりてりと輝く味噌の色も素晴らしい。
「では、いただきましょう」
三人はテーブルにつき、夕飯を食べ始めた。鯖に味噌煮だけでなく、白米や味噌汁、納豆や大根の漬物もある。普通な家庭料理だが、ほっと力が抜けるメニューだ。
朔太郎は、鯖の煮込みを箸でほぐしていただく。白い身を味噌に絡めて食べるのが、やっぱり一番美味しいものだ。
そんな美味しい味を楽しみながら、朔太郎の頭には映像が浮かぶ。キッチンで美玖と弥生が楽しそうに鯖の煮込みを煮ていた。
『こんな美味しそうな鯖の煮込みを作れる私って凄くない? 良い奥さんになれそうじゃない? 悠人なんて私には勿体ない!』
弥生の想いも伝わってきた。だいぶ調子の良い事を考えているようだが、一人の男を想い続けてストーキングするよりましだろう。これでもう自殺も他殺も無さそうだ。
「美味しいね!」
目の前にいる美玖の能天気な笑顔を眺めつつ、朔太郎は鯖の味を噛み締めていた。




