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おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


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じっくりことこと煮込んだ殺意(4)

 女は、この町を北方向に向かって歩き始めていた。北に行くと、山の方になる。スーパーや商業施設、住宅街もない寂しい田舎の土地だった。


「さくちゃん、あの女性、私達の事も全く気づいていないわね」

「そうだな」


 寂しい田舎道を歩きながら、夫婦は小声でヒソヒソとやりとりする。前方には女が歩いていたが、憂鬱というよりは今は思い詰めた表情だった。


 包丁を何本か買っていたが、やはり殺人を犯すのだろうか。それでも周囲に人はいない。このまま歩いていくと、大きな川もある。確か夏になると何人かの事故で死人や怪我人が出ている川だった。


「もしかして、あの女の人、死ぬ気じゃないの?」

「まさか」


 朔太郎はそうは言うが、その可能性は大だった。気づけば空の色は暗くなり、余計に寂しい田舎道。


 最初は単なる好奇心で女の後を追っていたが、後悔してきた。このままだと何か大きな事件にも巻き込まれそうな悪寒もしてきた。春だというのに、季節が逆戻りしてしまったように寒い。それに今日は一日中歩き続けたので、足が痛い。靴を脱いだら足の裏に皮がめくれているかもしれない。


 あの女はストーカー。男に一方的に思いをよせ、後を追っていたのだろう。既婚男性の朔太郎としても怖い話だ。男のストーカーも気持ち悪いものだが、女のストーカーも闇深い。


 それでも、思い詰めた女の様子を見ていたら、可哀想にもなる。朔太郎に達に娘がいたら、あのぐらいの年代でもおかしくない。最初は作品のネタになると悪趣味な事も考えていたが、もうそんな事はどうでもよくなってきた。


 女は予想通り、川の方へ向かっていた。そして、川辺につくと、手に持った袋から包丁を取り出していた。


 しばらく逡巡した後、包丁を自分に向けているではないか。これは止めないと!


「やめろ!」

「そうよ! やめて!」


 夫婦二人で女を取り押さえた。抵抗していた女だが、包丁を奪うと項垂れていた。その姿は小さな子供のようにも見え、無闇に怒る気にもなれない。


 自殺するつもりだったのだろう。人それぞれ幸せというものがある事も知っている。こうして女の自殺を止めてしまった事は、そんな人それぞれの幸福を否定した事だ。それでも勝手に身体が動いていた。この女を死なせたくは無いと思ってしまう。いわゆる本能というものかもしれない。本能では誰の命も大切だと訴えていた。


「わあああん」


 女は子供のように泣き続けていた。洪水のような涙だ。まるで女の涙と同調するかのように、天から雨が降ってきた。


 強い雨だ。ゲリラ豪雨というものかもしれない。春はなかなか天候も安定しないものだ。女心と秋の空というが、実感としては春の方が天候が不安定だと感じる。


「ま、雨降ってきちゃったし、ウチへ行きましょう!」

「そうだ。とりあえず、ウチで休め!」


 夫婦二人に怒鳴るように言われ、女も頷くしかないようだった。


 運の良い事に偶然タクシーが通りかかり、それに載って自宅まで帰る事もできた。


「お客さん、運がいいですね。こっちに来たのは、別のお客さんをたまたま載せに行った帰りだったんですよ」


 タクシーの運転手は、そんな事も語っていた。とにかくこの偶然を感謝する他ないようだった。雨に打たれ、三人も濡れ鼠のようになっていたが。こうして帰れるのは、幸運としか言いようがない。


 女は悔しそうに唇を噛んでいた。自殺の計画が失敗し、朔太郎達を恨んでいるかもしれないが、今は何も言わない。


「さあ、家に帰ったら温かい風呂に入りましょ。あとご飯食べて、ぐっすり寝たら、絶対死にたくなくなるわよ?」


 美玖なりに優しく語っていたようだが、女は相変わらず悔しそうにしていた。


 殺人事件も自殺も食い止められたようだが、この展開は楽ではなさそうだった。女は本心を語るだろうか。かなり難しい気がしていた。

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