じっくりことこと煮込んだ殺意(1)
富沢の件も無事解決し、朔太郎は仕事に追われていた。パソコンに向かい、原稿を書き続けていたが、何となく雲行きが怪しくなってた。プロット通りにいかないかもしれない。ネタも尽きるかもしれない。いわゆるスランプ時期に入りそうな悪寒もした。
長年の経験からこういう時は考え過ぎるのは良くない。身体を動かすと自然と頭も働き、突破口も見えたりする。一応担当編集者の塩瀬には進捗を報告してした後、明日からでも散歩でもしてみようと決めた。
気づくと時計は十七時過ぎていた。お腹も減ってきた。美玖もパートから帰ってきた事だろう。
散らかったデスクの上を片付け、一階に向かう事にした。夕飯を食べるのは、楽しみだが、今は少し胃も痛い。おそらく精神的なものが原因だろうが、早めにこの危機から乗り越えないと。
ダイニングルームの窓からは、薄曇りの空。もう夕方で色も変わってきたが、最近は天気もよくない。せっかく桜の花びらは満開だったが、天気で台無しになっていた。
そんな事を考えていたら、キッチンから良い香り。みりんや醤油の甘い臭い。これは肉じゃがか。
肉じゃがは思ったより家庭でもない。少なくとも美玖は一年に数回しか作らない。原因はじゃがいもだ。意外と取り扱いが面倒な野菜だという。確かに良い皮を剥いて、芽も取るとなると面倒だ。もやしの方は色んな面でコスパも良い。
「ぎゃー、やってしまった!」
キッチンから美玖の声がした。この声は良くない事だろうと思い、急いで朔太郎もキッチンへ向かった。
そこにはエプロン姿の美玖がいた。コンロの上の鍋は、確かに肉じゃがだ。匂いは全く問題はない。むしろ美味しそうだったが、汁っぽくぐずぐずになっていた。
「美玖、どうしたんだ?」
「いや、今日は久々に肉じゃがを作ったんだけど、煮崩れてしまったわ……」
肉じゃがは落とし蓋を終えたら、中火にして一気に水気を飛ばすと美味しくできるらしいが、弱火で煮込んでしまったらしい。
「まあ、大丈夫だよ。別に味自体は悪くないんじゃない?」
水っぽい肉じゃがだが、食べられない事はなさそうだが。
「あ、でもカレーにアレンジしちゃおうかな?」
ちょっと落ち込んでいた美玖だったが、何かを閃いた顔をし、菜箸でぐるっと肉じゃがをかき混ぜた。
「カレー? この状態からカレーなんてできるのか?」
朔太郎は全く意味がわからないが、煮崩れた肉じゃがにカレールウを入れ、調味料で味を整えていた。鍋の中はどう見ても普通のカレーだった。
まるで手品でも見せられたよう。失敗した料理が別のものに変わっている。大変身と言っても良いかもしれない。美玖はまるでマジシャンのようにも見える。
「まあ、和風のカレーだね。カレーうどんにしても良いかも?」
「美玖、よく失敗した料理からアレンジできたな……」
「こんなの主婦は朝飯前だよ。煮崩れた肉じゃがはチーズ乗せてグラタンにしても良いし、潰してコロッケに変えてしまうのもアリ」
自信満々に語る美玖は、ベテラン主婦としての貫禄があり、実に頼もしいものだった。和風のカレーの匂いを感じながら、朔太郎の不安もとれてきた。
実際、今日の夕飯はカレーになったが、美玖の頭の良さも感じられて、余計に美味しく感じられた。
仕事中で感じていた不安感も少しは軽減されていた。もう全く胃は痛くない。
主婦はすごい。いや、美玖がすごいのか?
朔太郎は改めて美玖を尊敬の眼差しで見てしまうのだった。




