メシマズ嫁の愛し方(2)
嫁の飯がまずい。メシマズ嫁に悩まされているパートナーのコメントはネットで見た事はあった。仕事で調べた事もあったが、朔太郎はどこか他人事のように思っていたのだが。
富沢は涙目で現状を訴えていた。古くからの友人でもあり、後輩でもある彼を客間に通すのは違和感があり、とりあえずリビングに案内し、お茶と菓子を出した。
その間も「嫁の飯がまずい」「悪夢に出そうで逃げてきた!」と泣き事を言っている。アラフォー世代のおじさんが、こんなに情けない姿を見せていると、ため息が出てくるのだが。富沢の軽薄なルックスも子供おじさんという印象を与えてしまう。
「ちょっと、富沢さん。何を泣いてるのよ。それぐらの事で元気を出しなよ!」
肝が座り、どちらといえば神経が太い美玖は、富沢の肩をバンバンと叩き、励ましていた。余計に富沢が情けなく燃見える。窓の外からは小鳥の呑気な鳴き声が聞こえてくるが、どこか富沢を馬鹿にしているような響きがある。
富沢と美玖も顔見知りだった。年に一回ぐらい、こうして自宅で会う事もあったから。それに半年前、富沢の結婚式も夫婦で参列した。そう、彼はまだ新婚だったのだ。確か二十歳そこそこの若くて可愛い奥さんだった。仲間内では、羨ましがられていた。富沢もデレっと鼻の下を伸ばしていた記憶があるが、どうしてこんな事になったのだろう。
こんな軽薄で情け無い姿の富沢だが、作品は全くそんな事はない。むしろ当人は全く逆の印象のダークファンタジーや悲恋ものを多く手がけていた。売り上げや知名度も朔太郎より上だ。熱心なファンも多い。特に女性ファンも多く、奥さんも元ファンだったと聞いたが。
「そんなに奥さんのご飯がまずいの? まずくて何が問題なの? 外食やお手伝いさん雇ってみるのもいいんじゃない?」
美玖は前向きな提案もしていたが、奥さんである宮子は決してそうはしない。家事も全部自分でやると息巻いているのだという。
「富沢くん。それぐらい我慢したらどうだ? 夫婦というのは全く違う他人同士が一緒に生活するんだ。合わないところがあっても仕方ない。よく話し合ってお互いの妥協点を見つけるといい」
朔太郎も前向き、かつ現実的な提案をしたが、老夫婦二人に責められたと感じたらしい。富沢は女のようにわっと泣き始めてしまった。軽薄な上、女々しい印象も持ってしまう。書くものは素晴らしいのに、本人の性格は褒められたものでは無いようだ。昨今はSNSの発達により、クリエイターのキャラクターや発言も重視されていた。富沢は十代の頃にデビューしたが、今の時代にデビューしたら、ネットで変な発言をして炎上してしまったかもしれない。
富沢は編集者にSNSはやるなと言われているらしいが、的確なアドバイスといえよう。おそらくSNSをやったら、すぐに炎上するタイプだ。また、若い奥さんと結婚した事で一部のネット民からも叩かれていると聞いた。若い奥さんだが、こうして聞くと、さほど羨ましくもない気もする。
「これ、昼ご飯の残りだけど、食べる?」
「わあ、ドライカレーだ。美味しそう!」
美玖はドラマカレーの残り物を富沢に与えていた。砂漠で水を飲んでいる人のような顔して食べていた。泣いてもいる。よっぽど奥さんである宮子の料理がまずい事を察する。
「でも、こんな逃げてくるなんて。よっぽど宮子さんの料理が不味かったのね。普段はどういう料理が出るの?」
さすがに泣いている富沢にこれ以上何かアドバイスするのも違うと思ったのだろう。美玖は呆れ顔だったが、事情を詳しく聞いていた。
「どこか不味いって事じゃないんですけど」
「は?」
「どういう事だい?」
話を詳しくきくと、宮子の料理は典型的なメシマズというわけでも無いらしい。煮物が崩れていたり、味付けが濃かったり、ハンバーグが生焼けだったり、細部の雑さが絶妙に不味さを演出しているという事だった。野菜の切り方も雑で、ネギもよく繋がっているらしい。
「宮子はあんなに可愛いのに。料理は雑なんて知らなかったよ!」
「作ってもらっておいて、文句言うなよ」
「そうよ。こんな細部は我慢しなさいよ」
「毎日やられると、降り積もってイライラするんだから。それにお雑煮に餡子餅入れていたり、ポテサラに林檎入れているセンスもわからない!」
富沢は案外食にうるさく、こだわりも強いようだ。一方、宮子は大雑把というか、細かいところを気にしないタイプか。どうやら正反対のタイプの夫婦仲のようだ。結婚式では案外、お似合いに見えたものだが、実情はわからないものだ。
「雑煮に餡子餅やポテサラに林檎は、土地柄のものもあるだろう。本当にそれぐらい、我慢したらどうだ?」
メソメソ泣いている富沢には、もうため息しか出ない。
「だったら、先生達も絶妙の不味い宮子の料理を食べて見ればいいですよ!」
しかも拗ねている。子供にはこんな大人は決して見せられないものだ。春美がいなくて心底よかったと思う。
「あら、それはいいんじゃない? 実際食べたら、ベテラン主婦の私が何かアドバイスできるかもしれない」
「いいかもしれない」
朔太郎は美玖の提案に同意した。宮子の料理を実際に食べれば、あの不思議な力によって不味くなっている原因も突き止められるかもしれない。料理に込めたメッセージもわかる。もしかしたら、何か意図があってやっている可能性もある。例えば富沢が浮気をしていて、宮子が仕返ししているとか。富沢は女もモテるし、あり得ない話でもない。独身時代は、作品のネタの為に複数の女性と遊んでいた事もあるらしい。朔太郎には全く意味がわからない行動だったが。
「えー? だったらこの季節ですし、お花見でもします?」
意外な事に富沢はこの提案に乗ってきた。この街にある大きな公園は、桜も楽しめる。家族連れが多いスポットなので、酔っ払いなどもいない治安の良い公園だった。朔太郎や美玖もよく夫婦で遊びに出かけている場所でもあった。
「いいじゃないか。みんなでお花見しよう」
「そうね。パーっと遊んでストレス解消したら、案外奥さんの料理なんて気にならないかみよ?」
夫婦二人は、もうお花見に行く気分になってしまっていた。
という事で、弁当を持ち寄り、夫婦二組でお花見する事になった。
「うちの宮子の料理は本当に美味しくないんですからね。期待しないでくださいよ」
富沢は最後にそんな事を言っていたが、お花見は楽しいものだ。花より団子というが、綺麗な桜の下で食べる料理は、どんな味であっても美味しく感じられそうだ。




