アメリカ弁当の謎(4)
頭の中に、映像が浮かんできた。口の中はクラッカーやチーズの味でいっぱいだが。確かに美玖の言う通り、このチーズやクラッカーの味は悪くない。食物繊維は足りないので、野菜ジュースか、プチトマトでもあった方が良いかもしれない。口の中がクラッカーのせいで水分が足りなくなってきたが、頭の中の映像に集中しよう。
どこかの家庭のキッチンが見えてきた。普通のキッチンだが、明らかに日本人ではない女性が一人、チーズを切っていた。
アメリカ人の女だった。青い目、金髪、そしてふくよかな体型。どう見てもアメリカ人。少々ステレオタイプだったが、キッチンでは手早く春美の弁当を作っていた。確かに日本の弁当と比べると、五分ぐらいで出来そうな内容だ。林檎を丸ごとジップロックに入れている手つきは、確かにかなり雑だった。
この女が春美の母だろう。間違いない。目元はかなり春美にそっくりで、親子と言われたら納得する他ない。
朔太郎は再びチーズをよき噛み締めると、女の想いが伝わってきた。ただ、全部英語だ。困ったものだ。朔太郎は英語をほとんど聞き取れない。これは、高校レベルで終わっている。
それでも、ラブとか、プラウドという単語が拾えた。この想いに悪意や偽りは全くない。ファミレスやコンビニ、チェーン店のカフェの料理に伝わる想いとは、全く逆だった。英語は全く伝わらないが、そこに込めた想いは伝わってくる。
最後に、女は弁当を作り終えると、慌ただしく出掛けていった。おそらく仕事に出かけたのだろう。
この女にとっては手の込んだ料理や弁当を作る事より、がっつり稼いで子供を養う事が愛情表現だったのかもしれない。事実、夫は鬱で休職中だ。この女が稼がなければ、春美も路頭に迷う。
自分の英語の無さが悔しくなってきたが、愛情表現は人それぞれ。そもそも料理や弁当で表現できるかわからない。朔太郎は手の込んだ和食を出す店にも行った事があるが、料理人の高ぶりや驕りを感じてしまい、とても食べられるものではなかった。手が込んでいるから良ものとは、一概には言えない。
かろうじて聞き取れた英語のラブ。本当の想いは、わからないが、この言葉を信じてみる事にした。決して手抜きとか、楽したい想いでアメリカ弁当を作っているわけではないだろう。
「なあ、春美ちゃん。春美ちゃんがすっごい好きな人がいたとする」
「そんな人いないけど」
春美は口を尖らせる。相変わらずのクソガキだが、朔太郎は我慢した。
「仮定の話さ。その人に料理を作ってあげたとするが、手の込んでるから、愛情は伝わるってものかね?」
「え、それは……」
生意気な子供だったが、朔太郎が言わんとしている事は何となく伝わっているようだった。
「そうだよ、春美ちゃん。キャラ弁や凝った弁当で愛情がはかれるなら、こんな楽な事ってなくない? 心を表現するのって難しいんだよ」
美玖にも諭されてしまい、春美は下を向いていた。そしてあの弁当も食べていた。クラッカーにチーズをのせて、もぐもぐと咀嚼していた。微妙な表情だ。たぶん、春美には母の想いは伝わってはいない。確かに子供に親の気持ちを理解しろっていうのは、難しい事かもしれない。朔太郎も子供時代の事を思い出すと、春美のことは責められない。
「まあ、日本のお母さんは弁当に凝りすぎ。働きながら、凝った弁当なんて作ってたらパンクしちゃうよ」
「美玖さん、そんなにお弁当って作るの難しいの?」
「働きながらだったら、大変かも? こんなに女性にも働けっていう時代に、弁当も凝ったもの作れっていうのは、フェアじゃないよね」
美玖の言葉に、春美は下を向く。ようやく母の気持ちが伝わったのかもしれない。
「それに外国人に日本式の弁当文化をしろっていうのは、かなり難しいと思うよ。まあ、この林檎はどうかと思うけど」
テーブルの上には、ジップロックに入ったまなの林檎。確かにこれを見ていたら、朔太郎も苦笑してしまう。
「林檎切ってきましょう。大きくて綺麗な林檎じゃない」
美玖も苦笑しながら、林檎を取り上げてキッチンの方へ向かってしまった。
「まあ、登校拒否だってたまにはいいんじゃないか」
「えー、おじさん。大人のくせに学校行けって言わないの? 変なおじさんだね」
「ああ。別に高卒や大卒だって履歴書を飾るだけのもんだしな。うちには遊びにきてもいいぞ。美玖はいつでも歓迎すると思う。避難先は多く確保しておいた方がいいからな」
「避難先?」
「学校だけが全てじゃないって事だよ」
「そうか……。おばあちゃんに会いにアメリカ行ってもいいかも」
愚痴っぽかった春美だが、だんだんと元気になってきたようだ。果たして自分のアドバイスは大人として正しかったかどうかは、謎だが。
「林檎剥けたわよー! さあ、どうぞ」
ちうど美玖が戻ってきた。手には切った林檎が入った器。確かに林檎に限っては、丸齧りより、切ったもの方が食べやすいかもしれない。




