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Teobroma-1 ~マンディアンを摘まみながら~

 ――エスタ・ヴィアン13歳。とある冬の日のこと。


「レーイジっ」


 正門の前に立つ見慣れた後ろ姿に声を掛ける。その声に呼応するようにこれまた端正な顔がこちらを振り返る。


「なんだ、そのノリ」


 俺の上機嫌な様にレイジは少し引いた様子で見られるが気にしない。いまの俺はどんな対応を取られても軽く流せる自信がある。


「いや別にぃ?それにしてもレイジも結構表情豊かになったよなー」


 そう言いながらこれ以上にない満面の笑みでレイジの顔を覗き込むとかなり冷たい目を向けられ、これまた冷たく返される。


「は?いきなりなに気色悪いこと言ってんだ。頭でも打ったのか?今すぐ医者に診てもらったほうがいいぞ」


 もう手遅れだろうけど、と想定していた三倍以上辛辣な言葉を喰らい『うぐ……っ』と言葉を詰まらせる。あと笑顔も消えた。いや、まぁ自分でも調子のったとは思うけどいくらなんでも言い過ぎではないか?少しは良心の呵責(かしゃく)とかないの?



「で、でも……お前が結構表情豊かになったのは事実だし……」


 言われっぱなしも何なので、内心半泣きになりながらもレイジを見る。うわぁ……めちゃくちゃ不快そうな顔してるぅ……。


「……人の顔じろじろ見て何が楽しいんだ。暇ならもっと真面目に講義うけろ」


 これ以上ない正論にぐぅの音も出ない。ちなみにレイジの学年順位は上から数えて20位以内をキープしている。俺は……20位以内だ。下から数えて。でも歴史の授業はちゃんと聞くようになったので春に比べたらまだマシのほう。


「それなら今度教えてくれ……本当に次の試験はやばい……」

「努力を怠った結果。自業自得だろ」


 冷たく返されるが大仰なため息をついた後「……明日、ウチ来い」とうんざりとした口調で告げられる。小言を言いながらも週末には彼の部屋で勉強会を開いてくれる。結構面倒見がいいんだよなぁ。



「それで?なんでそんなに機嫌良いんだ」

「あ、やっぱり気になる?そうだよなー、親友が自分の知らないことで機嫌よくなってるのはちょっと不安になっちゃうかぁ」

「……チッ」


 いつぞやのゴミを見るような眼差し再び。しかも舌打ちというおまけ付き。もう俺のメンタルはぼろぼろだ。


「ごめん……調子にのりました……」


 白旗を上げて謝罪の弁を述べるとレイジは「分かればいい」と先を歩きだした。


 秋のレイジ拉致未遂事件から俺たちは一緒に帰るようになった。お互い一人で出歩くのは危ないからと言うとレイジも(渋々ながら)了承したし、何より心配だ。多分いまだに自分の顔の良さを自覚していない。


 以前にも増して表情が柔らかくなってることに気づいてないと思う。弟くんのことを話すときは外だろうが関係なく愛おしそうな笑みを浮かべることが多々あるし、それでさらに学校の噂になってる。正直いうと学校でも一人にするのが不安になってきた。

 いや、男子校だから変なことは起きないと思うけど……。でも拉致未遂のときは男に連れていかれそうになってたからなぁ……。



 そんなことを考えながらレイジの後を追う。その隣に肩を並べるとレイジがジトリとした目でこちらを見る。


「で、さっきの答えは」

「答え?……あぁ、俺の機嫌がいい理由?」


 まだ気になってたのか。実は俺が言った『親友が自分の知らないことで機嫌が良いと不安になる』というのはあながち間違いではないのかも、と思えてくる。

 そんなことを言ったらこちらのメンタルがズタボロになるような返しをされそうだが。下手すると一週間は無視されるかもしれない。


「コレもらったんだよ。いつも見てますって」


 カバンから綺麗にラッピングされた小箱を取り出す。緑のリボンがまた可愛らしい。


「へぇ」


 レイジは箱とリボンを一瞥すると、途端に興味を失ったような反応をした。お前から聞いてきたのに何だその態度。


「いやいや、え?今日が何の日か知らない?」

「世間が浮わつく、感謝の日だろ」


 事実だけどその言い方。この日のために色々頑張っているお菓子業界や花屋に失礼だと思わないのか。



「2月14日というこの日にわざわざ学校まで渡しに来てくれたんだぞ!?もう本命じゃん!」

「……それ、クラスの奴からもらったとかじゃないのか?」


 え、なんでちょっと不機嫌そうなの?


「うちの学校、男しかいないのにそれで喜ぶわけないだろ!女子だよ!外部の女の子からもらったの!」


 外部の女の子と聞き、レイジは眉をひそめる。なんだ、男子校で灰色の青春でも送れってか。


「……一応聞いとくけど、相手は名乗ったか」

「いや、すぐ行っちゃった。あ、でも『今度改まってお話したいから手紙に書いてある場所に来て』って言ってたなぁ……」


 多分相当シャイなんだろう。同じ年ぐらいの可愛い子だった。



「それ行かないほうがいいぞ」


 貰った時のことを思い出しふへへ、と変な笑いを漏らしているとレイジが冷たく言い放つ。


「はぁ!?なんで!あ、まさかお前心配なのか?唯一無二の親友に彼女ができたら自分から遠ざかっちゃうかもって」


 心無い一言にたまらず噛みつく。するとレイジは「はぁ……」と大仰なため息をつき、呆れたように告げた。


「寝言は寝て言え。それか一生寝とけ。……それ、詐欺の手口の一つだ。この時期になるとちょくちょく報告されてるやつ」

「……さぎ?」


 鳥の一種の?そうではないってことはすぐ分かる。けど、これが?詐欺?



「場所、書いてるんだろ。指定の日にそこ行ったらその外部の女の子とやらが待っている。なんか良い感じの雰囲気になって告白されると思いきや、突然知らない男が『俺の女に何してんだ』って割り込んでくる。そんで金払えば許してやるって流れ。典型的な美人局(つつもたせ)だよ」

 残念だったな、と鼻で笑われる。そんな笑い方もするんだ……。っていうか美人局(つつもたせ)って何?いや問題はそこじゃない。


「でもコレ、しっかり中身も入ってて……女の子も俺と同じくらいの年で……」

「お前がそれ貰ったときに言われたこと当ててやろうか。『いつも見てました。ここだと恥ずかしくてお話できないので、また来週末に手紙に書いてある場所に来てください。誰かに聞かれるのは恥ずかしいので絶対一人で来てください。待ってます』……どうだ?」


 こんなので舞い上がるなんてチョロい奴だな、と得意げに笑う。



「そんな……うそだろ……?なんで……ハっ!お前まさか聞いて……!」


 口に手を当て、さながらサスペンスドラマのように大げさに息をのむとレイジはまたも深いため息をついた。


「人の話盗み聞きするような趣味はない。……伯父が『お前も気を付けるんだぞ』って毎年言ってくるんだよ。ってことで作り話でも何でもなく本当に起きてる事件だ」

「そ、そんなぁ……っ」


 絶望の淵に叩き落とされ、足が鉛のように重くなる。そんな俺に構うことなくレイジは先を歩く。


「ンな得体の知れないもの食うなよ。あとでちゃんと捨てとけ」

「だって俺、初めてもらったのに……もう誰も信じられない……」


 こんな人の心をもてあそぶ所業……あんまりだ。残酷な現実に街中だろうが関係なく泣いてしまいそうだった。


「そうか、じゃあ明日の勉強会も無しだな。誰も信じられないんだろ?」

「……お前のことは信じる……だからお願いします……」


 いたいけな純情をもてあそばれるだけでなく落第までしてしまったら目も当てられない。俺じゃなくて親が泣くハメになる。心苦しいが切り換えないと……でもさぁ……。


「俺のことは信じるのか。都合の良い人間不信だな」


 そう言うとレイジは呆れたように、でも少し嬉しそうに顔を緩めた。



 その日の夜、人生で初めて家族以外から貰ったチョコは泣く泣くゴミ箱行きとなった。

 ちなみにあとで調べたら感謝の日に渡される緑のリボンは基本的に脈ナシだという。せめてリボンの色ぐらいは希望を持たせてくれてもよくないか。


 ◆ ◆ ◆


「……はぁ」


 日を跨ぎ、レイジの私室での勉強会。

 問題を解く手を止めて頭を抱えていると、折り畳み式のテーブルを挟んで向かい側に座るレイジに見咎められた。


「休むな。まだ引きずってんのか」

「だって昨日の今日だぞ……?人はそんなに強くない……」


 あと見ず知らずの相手とはいえ裏切られたのだ。精神的ダメージがひどい。


「でも気づけて良かっただろ。一歩間違えたら大変なことになるかもしれなかったんだから」


 危うく犯罪に巻き込まれるところだったのは事実だけども。


「……お前に言われる日が来るなんて」

「どういう意味だ」


 鏡を見てこい。自分の顔の良さを少しは自覚しろ。



 レイジの勉強の教え方は要点を押さえていて非常に分かりやすい。

 どうやら魔術への理解を深めるために様々な魔術に関する文献を読み漁っているので、自身の知りたい情報などを見つけ出すのは得意らしい。それを応用して俺の苦手とする箇所を、どこを重点的に教えれば理解しやすいかという具合に活用しているのだとか。


 あと凍結の魔術を使うには空気中の気体となった水分を一気に氷点下まで凍らせるのだが、その過程において気体から液体、液体から固体へと変質させる際、化学式とその構造をそれぞれ頭に入れておく必要があるようだ。

 それに自身の魔力をあてがい現在の気候条件も加味した構築式を頭の中で描くことで初めて意図的に『魔術』を使うことができる……うん、全く意味が分からない。


 要するにめっちゃ頭使うってことだな。まぁ日頃からそんだけ頭を使うことやってたら、そりゃあ勉強の要領もよくなるわ。


 本人は周りを不用意に傷つけないためにやってるだけだって言ってるけど、13歳でこれだけ難しいことができるんだから一種の才能だと思う。



「ほら、基礎は一通り教えたんだからその問題は解けるだろ。自分で解け」


 レイジは一から十まで全て教えるわけではなく、たまに自分の力だけで解かせようとする。「そのほうがお前のためになる」と言われるけど……。


「うえぇ……できない……」

「ガキかお前は」


 今日のレイジはいつにもまして辛辣(しんらつ)っていうか何だか眠そうだ。こちらが見ていない時を見計らっているものの時々あくびもしてるし。

 まぁこれ以上嘆いても助けてくれなさそうだし、目の前の問題と向き合うことにするか。





「……っし、これでいける、か……?」


 あまり自信はないが……どこか間違えてたらレイジが手厚く教えてくれるだろう。

 ペンを置いて顔を上げるとそこにはまるでおとぎ話のような綺麗な寝顔の眠り姫がいた。


「……ん」


 頬杖をつき、すぅすぅと寝息を立てて眠っている。起こすのも忍びないためそのまま寝顔を見つめた。


 いやー、めっちゃ無防備だな。以前と比べると学校でも色んな表情を見せるようにはなったけど、ここまで気が緩んでいるのは珍しい。あと寝てる奴を見ると無性に鼻を摘まみたくなる。


 するとレイジはガクン、と腕のバランスを崩して目を覚ました。


「……あれ、お前なんで……」


 寝ぼけてるようだ。頭に疑問符を浮かべて俺を見る。


「おはよう、眠り姫」

「あ゛?」


 うわ、寝起きだからかめっちゃ機嫌わるい。まぁ眠り姫は言い過ぎだったか、と少し反省する。


「……あぁ、そっか。勉強見てたんだったか」


 今一度俺の顔を見て、テーブルの上を見るとようやく状況を理解した様子で呟いた。


「そ、よくお眠りでしたね」

「お前自分の立場わかってんのか?」

「ごめん」


 とりあえず謝ると『本当に分かってんのか……?』と呆れたように言われる。それにしてもまだどこか眠たそうだ。


「昨日は夜更かししちゃった?」

「……ルイが怖い夢見たから一緒に寝たんだよ。ルイがちゃんと眠るまで見ていたから……ふぁ」


 これまた大きなあくび。それに加えて相も変わらずの溺愛っぷり。



「じゃあ休憩がてら甘い物はおひとついかが?」

「お前は休憩しすぎだろ……なんだそれ」


 脇に置いていたカバンから取り出した円形の箱をレイジは訝しげな目で見つめる。


「一日遅れの感謝の気持ち。俺からの愛のお裾分けだよー」


 ほれほれ、と箱を揺らしながら差し出す。


「へー。……は?」


 おっと、何で驚く。俺ってそんなに薄情な奴だと思われてたか。


「サプライズがてら一日ずらして渡そうかなって思ったわけよ。びっくりした?」


 さも最初からそのつもりでした、と余裕さながらに言ってみせる。

『本当は昨日渡す予定だったけど家に忘れてきて渡せませんでした』なんて口が裂けても言えない。


「いや、まぁ……驚いた」


 えらく素直。そうかそうか、親友からのプレゼントがそんなに嬉しいか。


「……悪い。返すもん何もない」

「いやいや、そんな気ぃ遣わなくていいって。ほーら、愛してるよー」


 そう言っておちゃらけながら渡そうとすると、突然後ろから腕を掴まれ捻り上げられた。



「い……っ!」


 痛みに呻き後ろを振り返ると、いつ入ってきたのかレイジの伯父――クルベスが立っていた。すごい形相で睨まれ、思わず息を詰まらせる。


「おい……?なんだ、どうしたんだよ」


 レイジが戸惑ったようにクルベスを見上げる。その呼び掛けにクルベスはハッと我に返ったように捻り上げていた俺の手を離した。


「わ、るい……腕、痛めたか?」

「いや、そこまでは……えっと……」


 すごく気まずい。助けを求めようとレイジを見るがレイジもよく分かっていない様子だった。


「一緒に勉強か……邪魔して悪かったな」


 テーブルの上の勉強道具に目を向けて呟くクルベス。彼は気を落ち着かせるように息をつくと、そのまま出ていってしまった。



「なんだったんだ……いまの」


 異様な雰囲気にまだ心臓がバクバクと脈打っている。なんだか足取りがおぼつかなかったが大丈夫だろうか。するとレイジが口を開いた。


「……夏過ぎた頃からたまにあんな感じになる」


 そういえば秋にクルベスへの誕生日プレゼントを買いに行ったとき『なんか様子が変』って言ってたか。


「何があったか聞いても……?」

「あいつ、何も言おうとしないから分からない」


 目を伏せて心配そうにため息をつくレイジ。そりゃあ、あんな姿を見たら誰だって不安になるよな。



「でも……手ぇあげるのは初めて見た」


 普段はそんなこと絶対しないのに、とこれまた小さな声。


「もしかして感謝の日のプレゼント、自分が先に渡そうと思ってたのにー……とか」

「それは昨日もらった」


 場を和ませようと冗談半分で言ったのだが、あの人しっかりあげてたのか。まぁそれもそっか。


「……話してくれてもいいのに」


 腹立たしそうに、でも少し寂しそうにこぼすのが聞こえた。


 ◆ ◆ ◆


「……っ、はぁっ」


 レイジの部屋をあとにしたクルベスはそのまま一直線に書斎に向かい、壁に背を預けてズルズルとへたりこんだ。


 さっきから動悸が止まらない……くそ……っ!

 落ち着け、落ち着け……!俺がへばってどうする!

 ジャルアもサフィオじいさんも頑張ってんのに!

 俺が弱音吐いてなんていられないだろうが……!


 額に手を当て、必死に言い聞かせていると物音がした。音が聞こえたほうへ視線をやると、書斎の出入り口にこちらの様子を(うかが)うように立つセヴァがいた。



「兄さん、大丈夫……?」

「悪い……こんなところ見せるなんてらしくないよな」


 心配させてはいけないと思い、取り繕おうとするが上手くいかない。情けない姿を見せてしまっている俺の隣にセヴァは座り、震える肩に手をそっと置いた。


「ううん……兄さんは強い人だけど……一人で抱えちゃうから心配」

「そ、んな……強くないって……」


 声が震える。


 それこそジャルアやサフィオじいさんに比べたら全然だ。あの子に普通に接することが未だに難しい。表面上は何とか以前と変わらないように接しているが、早く慣れないと。


 だって俺は何も傷ついてない。心が引き裂かれるような苦しい思いをしていない。辛い思いをしたのは俺じゃなくて――。


 途端にエディと共に見た『忌まわしいもの』を思い出し、吐き気を催すが何とか堪えた。



「……仕事に関すること?」

「……っ」


 その問いかけに『そう』とも『違う』とも言わずに沈黙で返した。セヴァはそれ以上深く聞くことはなく、そばに寄り添う。


 ――たったそれだけのことだが、それに何よりも救われた。

 ホワイトデーにあげる予定だったけど結局遅刻してしまった、内容はバレンタインのお話!ややこしい!『白雪の朋友』の後のお話なのでそっちを先に読むと良さげです。

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