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チョコレート談義 ~オランジェットの苦み~

 ――その日の夜、国王の私室にて。


 ジャルアは目の前のマカロンを手に取る。


 夕方頃に公務が落ち着いてきたのを見計らい、わざわざ自分で渡しにきたティジのことを思い出して自然と笑みがこぼれる。

 受け取って感謝を告げるとティジは向日葵(ひまわり)みたいな明るい笑顔を浮かべた。あの年相応の可愛らしい笑顔。


 自分が日々公務に追われていることもあってなかなか会えず、何か我慢をさせているかもしれない。できればこのマカロンも一緒に食べて親子水入らず、いろいろな話をしよう。


 そう言おうとしたが突如、臨時の承認手続きなどの仕事が入り、ティジは遠慮がちに退散してしまった。

 ……もっと普通の親子みたいに甘やかしてやりたいのにな。



 マカロンを置き、机に突っ伏しているとノックの音が聞こえた。こんな時間に来る奴なんて一人しかいない。


「あれ、寝てたか?」

「……いや、自分に嫌気がさしてた」


 ノックはしたものの遠慮なく入ってきたクルベスに顔を上げることなく返事をする。


「愚痴なら聞くぞ。お前は一人で抱え込むタイプだから吐き出せるうちに出しとけ」

「お前もな。あと愚痴なんかない」


 ジャルアは軽口を叩きながら人のことを言えない幼なじみ兼よき友人に返す。



「あ、それ。ティジの奴やっぱりお前にもあげてたか」


 机上に置かれたマカロンをめざとく見つけるクルベス。


「本当に良い子だよ……感謝されるようなこと何もしてあげられてないのに」


 むしろ自分よりもクルベスと過ごしている時間のほうが圧倒的に多い。……お菓子を作ることがこんなに上手になっているなんて知らなかった。


「親って居てくれるだけでありがたいものだぞ。それに、ティジが話をしたそうな時はちゃんと余裕を持って時間とってあげてるだろ。ティジが他の仕事に気負わないように」


 相変わらず慰めるのは上手いクルベスに「そうだろうか……」と疑問を呈する。


「今も昔も変わらずお前のことは大好きだし尊敬もしている。あいつの面倒よく見てる俺が言ってんだから信じろ」


 胸に手を当てて恥ずかしげもなく言うクルベスを見て、うだうだ言ってる自分がアホらしくなってきた。



「……なぁ、お前がたまに言ってるそういう発言どうにかならないのか」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなる、とジャルアは(ひじ)をついてクルベスを見る。


「失礼な。こちとら励まそうとしてんだぞ。あと俺だって自分で言ってて恥ずかしいわ」


 そうか、今のは自覚して言ってたのか。でもルイの前で言っているやつは多分無自覚だろうな。『あの子も苦労してそうだ』と同情してしまう。クルベスもナルシストってわけではないんだけどなぁ……何でだろ。

 そう考えながら見つめていたらクルベスに見咎められた。


「おい、何か妙なこと考えてるだろ」

「いや別に。これ本当によくできてるな。店ひらけるんじゃないか?」


 マカロンを再び手に取って見せる。クルベスはあからさまに話題を変えたことに、少し納得いっていない顔をしているが無視する。


「あいつ結構やれば何でもできるからな。最初はできなくても何回かやればできるようになるタイプではあるけれど、それに驕ることなく日々努力研鑽(けんさん)しているし」


 そう告げるクルベスの話によると、どうやらこのマカロンも試行を重ねたらしい。自分が納得できる物ができるようになるまで何回も。

 それを自分から言わない辺り、人に自分の頑張っているところを見せようとしないあの子らしいなと思った。


 親である俺と同じ、自分の弱い一面は見せたくない性質。

 あの子は俺よりもその傾向が強くあるけど。



「というわけで深夜の差し入れ。お前も甘味の過剰摂取に悶えろ」


 その変な言い方は何だ、とジャルアが投げ掛ける前に差し出されたのは湯気が立ち上るマグカップ。被せられた蓋を取り、中に注がれているものを見る。香りと先ほどの発言から察するにショコラショーだろう。


「結構熱めに淹れたから今は丁度いい温度になってるはず。一応聞くけど、お前甘いものは大丈夫だったよな」


 そのあっつあつのマグカップをお前はずっと持ってたのか。火傷するぞ。


「嫌いではないけど……何で今さら聞くんだ」


 ひとまず、まだしっかり熱を持ったマグカップを机に置いて問いかける。


「いや、昔サフィオじいさんがよく菓子とかくれただろ?頭使う仕事だからって言って尋常じゃない量送ってきたりしたから、それで甘い物にうんざりしてないかなーと思って」


 先代国王のことを未だにじいさん呼ばわりできるのはお前ぐらいだぞ。まぁ本人が『そのほうが親しみやすいからそう呼んでほしい』って言った結果なのだけども。

 父上のお茶目っぷりには彼が亡くなった後でも頭を悩ませられることが多い。そういうところをティジもしっかり受け継いでいるし。



「さすがにあんな量は食えないけど、まぁ人並み程度にはいける」


 気を取り直してマカロンを一口かじる。


 マカロン生地は綺麗に焼き上げられており、生地特有のハリつやが光をゆるく反射していた。歯を差し入れると表面の軽やかな部分と生地内部のしっとりとした部分と二つの食感を感じられる。生地に挟まれたクリームもチョコレートがベースでありながら上品な甘さに仕上げられていて、かなりこだわって作られたことが(うかが)えた。


 ティジに味の感想を伝えるとしたらこんな感じだろうか。スイーツ評論家ではないのでありきたりな言葉でしか言えないことに少し歯がゆさを覚えるが、とどのつまり美味しい。



「ほーんと、あいつチョコレートに関してはすごい執念だよな。あれ?それ、どうしたんだ」


 続けてオランジェットを口にしているとクルベスが聞いてくる。


「ん、これもマカロンと一緒に入ってた」


 スティック状のオレンジピールに半分チョコレートが付けられているタイプ。輪切りのオレンジのタイプも良いが、こちらのスティック状のほうが手軽に食べられて俺は好きだ。マカロンの横に仕切りを挟んで一緒に入れられていた。


「……ティジの奴、お前がそれ好きなのどこで聞いたんだ……ちなみに言っとくけど、それ俺たちが貰った分には入ってなかったからな」


 多分お前の分だけ特別、とクルベスは小さく笑って付け加える。


「良かったな。やっぱりティジはお前のこと大好きなんだよ。わざわざそんな洒落たことするぐらいなんだから」

「……やらないからな」


 これを受け取ったときの我が子の表情を思い返し、顔が綻ばせた。



「ところでお前、今年も色んな奴から貰ったんだろ?」


 ちょっと見せてみろ、と心配性なクルベスが言うので一応まだ手をつけずにいたチョコレートの山を見せる。

 友好関係にある国から送られた物や、この城に勤務している者たちからの物まで、なかなかの数はあるがクルベスはそれを一つ一つ注視していく。


 受け取るときに材料が全て明記されていない物は受けとらないようにしていたので、劇物混入などの危険はない……はず。たぶん。

 クルベスが心配しているのはまぁ劇物関連もあるだろうけど、それとは別のもう一つのほう。


「やっぱりあった。これは……最近、友好条約を結んだ国のやつか」


 それなら無理もないかぁ、と頭を掻くクルベスの手には小ぶりな箱があった。



「チェリーリキュールのチョコレート。まぁお前の44って年齢と好みも聞いてたらこうゆうのも無難な選択だよな。……お前、先方に酒はダメって伝え忘れただろ」

「悪い」

「本当に反省してる?」


 端的に述べた謝罪の言葉に疑いの目を向けられるのはいささか心外だ。


「反省してる。あとそれ、できればお前が食って感想聞かせてくれ。向こうに何も言わないのは良くないし」

「なら食うけど……お前なぁ、酒は身体年齢的にアウトなんだからな。そこのところ心配して毎年俺が確認してるの忘れんなよ」


 呆れた様子でいい放つクルベスに少しムッとした。


「分かってるって。だから今年もお前が来るまで手ぇつけてなかっただろ。それに俺だってこの体のことに不安がないわけじゃない」


 言った後で自分の失言に気づく。見るとクルベスは気まずそうに黙り込んでしまっていた。



「……それは、本当に……今でも申し訳ないと思ってる」


 顔を逸らし、消え入りそうな声で呟くクルベス。この流れはまずい。いつものパターンだ。


「俺が未熟だったから……だから……」

「いや、クルベス。一旦落ち着け、な?」


 なんとかなだめようとするが、それはむしろ逆効果だった。


「――落ち着けるわけないだろ!だってそうだ!あんなこと、今の俺だったら防げた!」


 クルベスはたまらず声を張り上げる。うーん、どうしたものか。


「過去の事をくよくよ言っててもしょうがないって。それにこれは俺にも原因があるんだし」

「違う!お前は何も悪くない!お前は俺のせいで――」

「よし、やめよう!このまま続けてもきりがない!非生産的な会話はこれで終わり!おら、さっさとそれ食え。そんで味の感想言え」


 手を叩いて無理やり会話を断ち切ると共に、なんとか別の話題に舵を切る。もし本当に船だったら転覆寸前だ、こんなの。


「だけど……」

「国王命令だぞ。早くしろ」


 自分でも何言ってんだとは思う。まぁそのおかげでクルベスも渋々といった様子ではあるが、チョコを食べ始めたので良しとしよう。


「……結構しっかりリキュールの味がする」


 律儀に味の感想を述べていくクルベスに安堵の息をもらす。ほんっと、過ぎたこといつまでも悔やんでんじゃねぇよ。



 こちらも落ち着こうと少し冷めたショコラショーを飲む。


 ショコラショーは甘かったが、オランジェットの酸味とほのかな苦みに調和していた。

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