三つ星とお菓子の家-2
ヘクセンハウスの話から数日後。
「さて、本日は料理長さんをはじめとして厨房の方々のご厚意によってお菓子の家作りが出来ることとなりました。お忙しい中お時間を作ってくれたことへの感謝を込めて、よろしくお願いしますのご挨拶をしましょう」
「本日はよろしくお願いします!」
クルベスに促され、ティジ、サクラ、ルイの三人はペコリと頭を下げる。子どもたちの元気な挨拶にならって料理長も「はい、よろしくお願いします」と返した。
ここは王宮の厨房の一角。数日前、ユリアから話を伺った料理長は「せっかくだから」と子どもたちと共にヘクセンハウス作りを行なってくれることとなったのだ。
「本日は本当にありがとうございます。急な話だったのにご協力までいただけるなんて……何とお礼を申しあげれば」
「いえいえ、そんな感謝されるような事は何も。子どもたちの夢を叶えてあげられるとあれば喜んでお手伝いさせていただきますよ」
深々と頭を下げるクルベスに料理長は「任せてください」と言わんばかりに豪快に胸を叩く。
「さぁて、良い子ちゃんたち!おててを洗ったら早速ヘクセンハウスを作っていくぞ!みんなで仲良く、楽しく作っていこうね!」
料理長の号令にティジたちは「はーい!」と声をあげる。笑顔あふれるお返事に料理長は「うん、良い返事だ!」と破顔した。
「……イキイキしてますね」
ヘクセンハウス作りに臨む子どもたちの邪魔にならないよう、少し離れた場所から眺めるクルベスは苦笑まじりに呟く。彼の言葉が子どもたちではなく、料理長のことを指していることに気づいたユリアは笑顔をこぼした。
「そうですね。普段子どもとどのように関わったら良いかお悩みになっていらっしゃるそうなので嬉しいのでしょう」
料理長は面倒見が良い人柄であるということは王宮に従事する者には広く知られている。いくつか例をあげるとルイが王宮に移り住んだばかりの頃に彼の緊張をほぐそうとお菓子をあげたことがあった他、ティジたちの世話にする事が多いクルベスに「ぜひ皆さんで食べてください」とお菓子の差し入れをしたことなど。
また、街中で迷子を見掛ければ常備しているお菓子をあげて落ち着かせたり、親の特徴やはぐれた時の状況を親身になって聞くなどして、無事に親と引きあわせることができた子どもの数は20を超えている……などという噂もある。人相が少々厳ついため子どもが泣いてしまったり、不審者と勘違いされて通報されそうになった、という話も多々あるが。
それゆえにティジたちがあのように無邪気に慕ってくれている事が嬉しくてしょうがないのだろう。
それはさておき。大変ご機嫌な料理長は壁や屋根の形に成形されたクッキーを調理台に並べながらティジたちに手順を説明していく。
ちなみに今回のヘクセンハウス作りは料理長のほうで事前にクッキーを準備してもらい、組み立てと飾りつけをティジたちと一緒に行なうというかたちとなった。このような形式を取ることとなったのは理由がある。
本来ヘクセンハウスを作るとなればまず最初に壁や屋根などに使うクッキーを焼く必要があるだろう。だがそうすると一日がかりの大仕事となってしまい、その間は料理長をこの場に拘束してしまうこととなる。そうすると料理長の本来の仕事に支障をきたす事となるため、今回はこのような形式を取ることとなったのである。
クルベスがここ数日の料理長との打ち合わせ内容を振り返っている間にヘクセンハウス作りは着々と進行していく。粉糖・卵白・レモン汁が混ぜ合わされ艶やかなアイシングが出来上がる様子に歓喜の声をあげ、仲良く三人で各パーツを支え合って壁を接着していく様子は大変微笑ましい。子どもたちの保護者は時折り飛んでくる「ほら見て!」や「すごい!」などの声に返事をしながら愛おしそうに目を細める。
そうして三十分もしないうちにお菓子の家が完成すると次はお待ちかねの飾りつけだ。
「なに描いてるの?」
「小鳥さん!屋根で一休みしてる小鳥さんを描いてるの!ルイは?飾りつけあんまりしていないけど……」
サクラに聞き返されたルイは「えっと……」と気まずそうに視線を逸らす。
「ぼくはこのクマさんのお砂糖菓子を置けたらそれでいいから、そんなに飾りつけをしなくても大丈夫かな。その分、サクラとティジがたくさん飾りつけ出来るならそっちのほうが嬉しいし……」
「そんなのもったいないよ!料理長さんがせっかく用意してくれたんだからルイも楽しまないと!ほら、兄さんみたいに!」
サクラは夢中になってアイシングを絞り、その上にチョコレートを載せるティジを指す。突然話題に挙げられたティジは思わずチョコレートを落とす。ティジは屋根に載せ損ねて調理台の上に転がり落ちたチョコレートを摘み、今度こそ屋根に載せるとあらためてルイに向き直った。
「サクラの言う通りだよ。飾りつけが出来る場所はいっぱいあるんだからルイも一緒にしよ?一人で飾りつけするよりもルイと一緒にするほうが僕も楽しいし」
「ね?兄さんもこう言ってるんだしルイも一緒にしよ!私もルイが一緒ならもっと楽しいよ!」
「そ、それなら……」
二人の押しに負けてルイも少々遠慮しながらも壁にアイシングを絞っていく。そんな和やかな光景を静かに見つめるクルベスの隣でユリアが微笑む。
「まるで授業参観みたい。学校行事にはあまり顔を出せないから何だか新鮮」
「そうですね。いやぁ、この日のために仕事片付けてきた甲斐があるってもんですよ。……まぁ、その代わりに明日はとんでもない事になってますけど」
はは、と渇いた笑いを見せるクルベスにユリアは「あら……」と手で口元を覆う。
「ごめんなさい。クルベスさんに無理をさせてしまっていたとは……他の日にしていれば良かったですね」
「いや、ユリアさんが謝る必要はないですよ。他の日付でも忙しさはそんなに変わらないので。でも今日は来て本当に良かった。ルイが同い年の子どもとああやって遊んでるところを見ると……何だか嬉しくなる。親心っていうのとはまた違うと思うんですけど」
俺はあの子の実の親じゃないから、という言葉は心の中に仕舞って誤魔化すように頬を掻く。
「何かお手伝い出来ることはありませんか?例えばそちらの……ご持参されている物とか。私で出来ることであればお力添えさせていただきますよ」
ユリアは意味深にクルベスの服のポケットに目を遣る。どういうわけか彼女にはお見通しだったらしい。
「以前はよく使っていらしたでしょう?それに弟様ご家族のお写真もたくさんお持ちでしたし。ならばこのような機会があればご持参されるのではないかと思って」
「……流石ですね。えぇ、その通りです。ご推察の通り持ってきてはいます。でもティジの事があるんで念のため控えておこうかと。実際この二年、ティジの前では使うどころか見せることすらしてないですし。だから今回もこれは使わないつもりで……」
「でもすぐに使える状態でご持参されている。そうでしょう?……あら、ちょうどあの子たちが呼んでいますので少し見に行かせていただこうかしら。その間に一枚ぐらいでしたらきっと大丈夫だと思いますよ」
ユリアはふわりと柔らかな笑みを浮かべるとティジたちの元へと歩んでいく。
「ここに載せるお菓子、どっちがいいかな」と聞くサクラと「そうだね、どっちも可愛いけど……」と一緒に悩むユリア。
そしてルイはティジと一緒にアラザンを屋根に散らしていく。キラキラと、まるで雪の結晶のように光る銀色の粒がお菓子の家をより一層輝かせて。その幻想的な光景にルイが笑顔をこぼす。
その姿を、カメラにそっと収めた。
一枚だけ、そのたった一枚だけを撮るとカメラを下ろし、静かにポケットに仕舞い込む。この写真が現像出来たら、あのアルバムに入れておこう。セヴァたちの写真を入れているあのアルバムに。
そうしてまた顔を上げて、顔を綻ばせるルイにあたたかく微笑む。
写真に収めるだけじゃない。
俺がしっかり見ていかないと。
セヴァたちの分も。
彼らが一番、あの子の成長していく姿を見たかっただろうから。
だからその分、俺がルイの姿を目に焼き付けていく。
きっとそれが俺にできる唯一のことだから。




