三つ星とお菓子の家-1
十二月中旬。外は今にも雪が降り出しそうなほど冷え込むある日。王宮内の医務室では齢八歳になるティジとルイがパタパタと小さな歩幅で忙しなく歩き回っている。その手にはリスやトナカイなどの動物モチーフの置物や綺羅星のオーナメントが握られており、それらを棚上や窓枠の前などに置いていき、質素な医務室の中を華やかに飾りつけていった。
「すっごいキラキラで綺麗になったね!これなら怪我した人も楽しい気持ちで診てもらえそう!」
「そうだな。普段はやってないが……たまにはこういうのもいいな」
飾りつけをされてガラリと雰囲気を変えた医務室にはしゃぐティジ。そんなティジにクルベスは微笑み返すとガーランドを手に取ったルイに駆け寄った。
「次はそれにするか?それなら……あの辺りが良さそうだな。俺が持ち上げるからルイは壁に付けてくれるか?」
クルベスの言葉にコクリと頷いたルイはガーランドを携えて壁の前まで歩いていく。そしてクルベスは「よいしょ」と慣れた手つきでルイを抱え上げた。
さて、医務室が煌びやかに飾りつけられているこの状況。これはティジたっての希望によるものなのである。
ルイたち一家が何者かに襲われた事件がこの年の初夏の出来事。これにより王宮に移り住むこととなり初めて迎えた冬。例年であればもうじき迫る聖なる日に心を躍らせながら兄や両親と共に過ごしていた。
だが今年は違う。両親は殺され、兄は行方知れずとなった。冬の足音が近づくにつれて家族を思い、表情を陰らせるルイ。そんな彼を元気づけようとティジが秘密裏にクルベスへ提案したのである。自分たちとの『今』の思い出を作ろうと。
とはいえ『外にお出かけして思い出作り』とはいかない。秋頃に外出した際にルイが一人はぐれてしまい、その時に見知らぬ大人を相手にしてパニックになりかけた経験があったからだ。
このような出来事は二度と起きないよう細心の注意を払うがまた起きないという保証はない。ましてや今はルイの心が弱っている時期。事件の時の恐怖が蘇り、道ゆく通行人にすら恐怖を抱いてしまうかもしれない。これではルイの心は休まらず、思い出作りなどとても出来ないであろう。
この状況を考慮すると必然的にこの王宮内で完結する行動で事を進めることとなる。そうして四苦八苦して捻り出した案が『もうじき迫った聖なる日に向けて、部屋の中を聖なる日の装いに飾りつけしよう』というものだった。
そうと決まればクルベスは早速、飾りつけに必要となる物を調達するためルイに内緒で街中へと繰り出した。道中でルイの好きなお菓子などを取り揃えながら水面下で準備を進め――そして今日、ルイを誘ってクルベスの仕事場である医務室を飾りつけているというわけである。
始める前はどうなることかと心配していたが飾りつけを進めるルイの表情は明るい。今も貼り付け終わったガーランドを『上手に出来た』と誇らしげに見つめている。
子どもらしいルイの様子にクルベスが目を細めていると、ルイはガーランドについている飾りのうち、家の形をした飾りに目を留めた。
「伯父さん、ヘクセンハウスって知ってる?」
「ヘクセンハウス……?いや、知らないな。それがどうしたんだ?」
クルベスの腕からゆっくりと下ろされたルイは「えっとね」と言葉を続ける。
「壁とか屋根とかがクッキーで出来ていてね、お砂糖とかお菓子で飾りつけされてるお家なんだって」
「聖なる日の前になるとケーキ屋さんで飾ってあるって先生が言ってた!」
ルイがヘクセンハウスについての説明をし、クルベスの質問に答えるかたちでティジが補足した。どうやら旅行好きの王室教師が雑談としてこの時期の街の様子を聞いたらしく、その中でヘクセンハウスの話題が出たようだ。
すると子どもたちが列挙した特徴に何か思い当たる物があったのかクルベスが「もしや」と口を開く。
「お菓子の家のことか?確か以前見かけた物がそれと似たような見た目をしてたな」
「それ!クーさん見たの!?どんな感じだった!?本当にぜーんぶお菓子で出来てたの!?」
「うぉ、落ち着け落ち着け。見たって言ってもそんなにしっかり見たわけじゃないから」
ティジたちの飽くなき探究心による質問攻めに狼狽えるクルベス。その隣でルイも興味津々に目を輝かせている。お菓子で出来た家など、子どもたちにとっては憧れそのものなのである。
珍しくグイグイと食い気味に寄ってくるティジたちをクルベスがなだめていると突然、医務室の扉が勢いよく開かれた。
「クルベスさん!ヘクセンハウスって知ってる!?」
そこには息を切らしながら仁王立ちするサクラが。手には大きな本を持っており、その後ろにはサクラならびにティジの母であるユリアがついて来ていた。
「おぉ、サクラ。あとユリアさんもご一緒ですか。いったいどうし――」
「あのねあのね、さっき先生から……あ!お部屋の中がすっごく可愛くなってる!何これ!」
部屋の変化に気付いたサクラは「綺麗!キラキラ!」とあちこちを駆け回る。サクラの勢いにすっかり慣れているクルベスは「あぁ、それはな」とキャビネットに置いた小鳥の置物に触れながら答えた。
「聖なる日に向けて、ちょっとな。ティジとルイと一緒に飾りつけしてたんだ。気に入ったのなら良かっ――」
「私もやる!」
「え」
思わず固まるクルベスにサクラはずいっと体を近づけて彼を見上げる。
「私も一緒に飾りつけする!したい!あ、それとも飾りつけはもう終わっちゃったの?」
「いや、飾りならまだ残ってるが……」
それなら、というサクラの猛烈なアピールに負け、残っていた飾りを駆使してサクラが満足するまで医務室を飾りつけることとなった。
なおサクラが加わりさらに賑やかになったことが嬉しいのか、ティジは「次はどれにする?」と笑顔でオーナメントを持ち出し、ルイは先ほど付けたガーランドを指して「あの飾り、伯父さんにヨイショって持ち上げてもらって付けたんだ」と自慢げに話すなどしていた。
そうしてサクラも加わった飾りつけが終わり、これでようやく一休み……できるわけでもなく。お次はサクラのお喋り相手である。ソファにひと心地ついたサクラは、医務室に飛び込んできた際に口にしたヘクセンハウスの話をし始めた。
「さっき先生からヘクセンハウスのお話を聞いたの!それで母さんからも色々お話を聞いたんだけどね、それがすっごく面白くて!もっと色々知りたくなったから本で調べたら他の国でも同じような事をしているところがあるみたいで――」
そこからはお喋り大好き女子サクラによる超絶怒涛のお喋りタイムが始まる。こうなったらサクラが満足するまで彼女のお喋りが止まる事はない。そのためクルベスは「うん」「そうか」「へぇ、凄いなぁ」と相槌を打ちながら聞き役に徹することにした。
それからひとしきり喋り、ようやっと落ち着いたサクラ。ふぅ、と満足気に息を吐く彼女にクルベスは心の中で『今日は比較的早く終わったな』と呟いた。
「それにしてもサクラがここに来るなんて珍しいな。よっぽどそのヘクセンハウスってやつの話がしたかったのか?」
「うん!あ、あとね、さっき転んじゃって怪我したの!」
「それを早く言いなさい!」
サクラが「ほらココ!」と擦りむいた膝を元気よく見せることとクルベスが消毒液を引っ張り出すのはほぼ同時であった。
「でもクルベスさんは見たことあるんだね。いいなぁー、私も見てみたいー、作ってみたーい」
クルベスの迅速な処置によって膝にガーゼを貼られたサクラは「いいなー、いいなー」と体を揺らす。するとサクラにつられたのかティジとルイまでも「いいなぁ……」と目で訴え始めた。
王室専属医師であるクルベス。料理は人並みに作れるがお菓子作りに関しては全くもって専門外である。そうするとサクラたちの要望のうちの一つ「作ってみたい」を叶えさせる事は現実的ではないだろう。
とすると、サクラたちを連れてヘクセンハウスの実物を見に、街へお出かけか?王位継承権を持つ子どもとその親戚、というそうそうたる面々を連れて……警護の面も心配ではあるが、それよりもティジとサクラが問題だ。
興味のある物を見つけたらそちらへ一直線、好奇心旺盛かつ自由奔放なこの双子を連れて日頃滅多に出ない外へお出かけ?最善の努力は尽くすが破綻する未来しか見えない。第一、どこのケーキ屋なら目当てのヘクセンハウスとやらを飾っているのか分からないのでまずそれを調べる必要がある。
今は十二月中旬……12月25日の聖なる日まであと一週間ほどしかない。つまり一週間でヘクセンハウスを飾っているケーキ屋を調べて、外出の段取りや警護の方針も決めなければならない。
考えるだけで胃がキリキリと痛み始めるクルベスに、ユリアが「そういえば」と口を動かした。
「料理長さんがヘクセンハウスについて話していたような……」
「本当ですか?」
「えぇ、確か……お弟子さんが自分のお店を持ったらしく、お店では季節に合わせたお菓子もご用意されているのだとか。この時期も聖なる日にちなんだお菓子をお作りにはなっているけど、今年はお客様の目を惹くような華やかな物を新たにご用意したいとのことで。お作りになる物の一つにヘクセンハウスがあったため『アイディアのご参考になれば』と料理長さん自らヘクセンハウスを作って見せたとお話してくれました」
何という僥倖。とすれば料理長の弟子の店にヘクセンハウスが置いてある可能性が高い。問題は山積みだが希望の光が微かに見えてきた。
「そうだ。私のほうでお弟子さんのお店についてお聞きしておきましょうか」
「え、いや大丈夫ですよ。ユリアさんのお手を煩わせるのも悪いですし俺のほうで聞いておきます」
「そんなご遠慮なさらないで。ちょうど時間も空いていますし、このぐらいならすぐに済みますから」
「それなら……お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
率先的なユリアの提案にクルベスは頭を下げる。それに対してユリアは「任されました」と笑顔を見せた。




