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バタークッキーの誘い-1

 十月某日の王宮の厨房。昼食の時間帯も過ぎ去り、慌ただしさから解放された空間の一角で、ティジは「よし」と頷いた。


「もう触っても熱くない。それじゃあ、ルイ。おひとつどうぞ」


 ティジはあら熱が取れたマフィンを一つ手に取り、隣に立つルイに差し出す。ルイが礼を言いながら受け取るとティジもまた一つマフィンを取り、「いただきます」と言ってかじりついた。


「うん、ちゃんと焼けてる。あんまり凝った物じゃないけど結構いい感じに出来たかな」

「あぁ、すごく美味しいよ。味だけじゃなくて見た目も綺麗だし、お店で売っていてもおかしくないぐらいだ。これならエスタさんもきっと喜ぶよ」

「ありがとう、ルイがそう言ってくれるなら安心だね。それじゃあ俺のはこれでいこうかな」


 ルイの感想にティジは顔を綻ばせると、残りのマフィンをアラザンやチョコレートなどで手早く飾りつける。そしてより一層華やかになったマフィンを一つ一つ袋に入れると、最後に橙色のリボンを結んで袋を閉じた。



 はてさて、齢十三歳のティジが何故マフィンを作っているのかというと、本日――10月31日のための準備をしているのだ。世間一般(特に若者の間)ではこの日は友人やその他親しい者などに「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」と言ってその宣言通り、お菓子を貰うかイタズラをする非常に楽しく愉快な催しが為される日なのである。そして例に漏れずティジたちもまた、このイベントにのっとって毎年クルベスに「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ」と言ってお菓子を貰っていた。


 だが今年は去年までとは異なる点がある。慣れ親しんだ面子に新たにエスタ・ヴィアンが加わったのだ。

 エスタはこの春から衛兵として王宮の城内警備の任に就いており、常日頃からも大変仲良くしてもらっている。顔を合わせるとまるで親戚のお兄さんのように気さくに話しかけてくれる彼はティジたちにとって大変貴重な存在であり、エスタがティジたちを想っているのと同様にティジたちもエスタのことを大層慕っていた。


 そんな彼に歓迎の意を込めてこの10月31日のイベントと絡めたかたちで何かサプライズをしてみよう、とはりきって考えた結果、ティジたちは手作りのお菓子を用意する事にしたのである。


 日頃のエスタの言動から、彼自身もこのようなイベントは好きなのではないかと、ノリノリでやるタイプなのではないかと考えられる。そんな彼ならばきっと今日だって、このイベントお決まりの文言――「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」のフリを出してくるだろう。その文言を振られたらこのお菓子を渡して、お菓子を渡しつつエスタさんを驚かせちゃおう、と画策したというわけだ。



「でも俺の作ったお菓子ってクッキーだけどさ……俺が好きな物だけど良いのかな。自分の好きな物を渡すって変じゃないか……?」


 先に後片付けを終えたルイは「今更だけど……」と視線を落とす。その視線の先にはティジと一緒に作り上げたシンプルなバタークッキーが整然と並んでいる(ちなみにクッキーが焼き上がった際、ルイは味見と称して本来ならば一枚だけ食べれば良いところをついつい二枚食べていた)。

「押し付けがましいとか思われないかな……」と不安げに呟くルイにティジはふにゃりと柔らかな笑みを見せた。


「あんなに美味しく出来たんだから大丈夫だよ。エスタさんって甘い物も好きだし。それに何よりルイが作ってくれた物なんだから絶対喜んでくれるよ」

「そうかな……そうだったら嬉しいけど」


 ティジの励ましの言葉にルイは小さく呟く。その瞳から不安の色は消え、少しの自信が戻っていた。


「そうだ、今のうちにクルベスに渡しに行くのはどうかな。この時間なら仕事も少しは落ち着いているだろうし」

「いいね。それに折角なら出来立てを食べてほしいし。じゃあ早速クーさんのところに行こっか!」


 ルイの提案にティジは二つ返事で頷く。そして出来上がったマフィンやクッキーを紙袋に入れると甘い香りとともに厨房から旅立った。

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