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橙色のひととき-2

 床に寝転がってみたり、この後の事を考えながらレイジを待っていると、扉の影からひょこっと白い布を被った小さな子が姿を見せる。いちおう顔は見えないけれど絶対弟くんだ。


 突然の事に「どう対応したらいいのか」「これは何かコメントをしていいものなのか」と悩んでいたら弟くんがこちらに向かって歩いてきた。


 前が見えにくいのかヨタヨタと危なっかしい足取り。見ていてとてもハラハラする。『転けそうになったらすぐに受け止めるぞ』と体勢を整えながら見守っていると、弟くんは突然「ガオー!」といった感じで勢いよく手を上げた。



「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

「え?……あ、あぁ。そういうことね。んー、それじゃあこわ〜いオバケさんにイタズラされたくないからー……はい、これでイタズラは勘弁してください!」


 そう、先ほどレイジに言おうとして遮られてしまったが本日は10月31日である。堂々とお菓子を要求あるいはイタズラが出来る楽しい日なのだ。


 これに備えて持っておいたお菓子を弟くんに渡す。弟くんは「わーい!」と喜びの声をあげて布を被ったままお菓子を受け取ろうとするので「転けちゃうかもしれないからちょっと下ろそうか」とそれとなく布を取るよう促した。

 俺の言葉にしたがって布を取り払うあたり、とても聞き分けの良い素直なオバケさんである。


「何の仮装?」

「シーツのオバケ!」


 正しくは『シーツでオバケに扮した』なのだろうが訂正はしないでおく。もしかしたら自分が知らないだけでシーツとか布地のオバケはどこかにいるのかもしれないし。自分で考えておいて何だが布地のオバケっていったいなに?



「じゃあ俺からも。お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ〜」

「え、あっ!持ってない……!」

「それじゃあイタズラだ!ほーら、こしょこしょこしょー!」


 さっき渡したお菓子のことは思いつかなかったのか弟くんは素直に「持ってない」と慌て始める。そんなうっかり屋さんにくすぐりを仕掛けると弟くんは転げ回って笑った。

 そんな最中、顔の火照りを鎮めたレイジが戻ってきた。



 その光景――(くすぐりによって涙が出るほど笑って)息を乱して頬を紅潮させた弟くんとそんな弟くんに覆い被さろうとしている体勢の俺、という異様な状況を目にしてレイジは硬直する。


 だがその硬直も一瞬だけで。

 伶俐な瞳から一切の温度が消えると目にも止まらぬ速さで弟くんから俺を引き剥がし、後ろ手に拘束した。


「痛い痛い!!折れる!!折れちゃうから!!いったん話し合おう!?たぶん何か勘違いしてるって!」

「勘違いもクソもあるか、この小児性愛者が。黙って大人しくしてろ。無駄な抵抗しなかったら関節外すだけで済ましてやる」

「暴力反対っっ!!どこでそんなの覚えたの!?」


 その後、四苦八苦して何とかレイジの誤解を解いた。どうやらレイジは俺が弟くんに襲いかかっていると勘違いしてしまったようだ。


 ちなみに先ほどの無駄の無い華麗な体術は伯父さんから教わったのだそう。関節を外されそうになった物騒な技ではあったが、文句のつけどころが無い見事な妙技だった。勉強だけじゃなくて運動神経も良いんだね。



「レイジは弟くんのコレ、何の仮装してると思う?」


 まだ肩や腕が痛い。仕切り直しとばかりに弟くんに指先を向けると弟くんは大変ノリが良く、再びシーツを被って「ガオー」と両手を挙げた。


 ところで先ほどからやっている「ガオー」という威嚇。オバケは「ガオー」とは言わないのではなかろうか。何て言うのが正解なのかは分からないが少なくともソレではないことは分かる。気にしたら負けなのか?


 授業で当てられた時はスラスラと答えるレイジ。だがこの時は少しの時間を要した。

 数度のまばたき。やがて閉じられていた唇が解かれる。



「……天使?」

「大丈夫?勉強のし過ぎで疲れてない?」

「はっ倒すぞ」


 真剣な表情で相変わらずの弟溺愛発言を放ったブラコンだが俺には非常に冷たい。うん、いつも通り。


「ちなみに聞くね。何で天使って発想が出たの?天使って『ガオー』って言わないと思うんだけど」

「こんな可憐な姿をした生き物なんて、天使か妖精しかいないだろ」

「それじゃあ弟くん、正解発表お願いします」


 どうぞ、と声を掛けると弟くんは元気いっぱいに声をあげた。


「シーツのオバケ!」

「確かにシーツのオバケだ。すっごく良く出来てる」

「すんごい速さの手のひら返しー。秒で意見変えるじゃん」


 レイジの調子にツッコミを入れるも当然ながらスルーされる。こいつ、弟くんの言うことなら何でも全肯定してない?


「これ自分で考えたのか?」

「うん!お兄ちゃん、どう?ワーってビックリした?」


 弟くんに聞かれレイジも「すっごく驚いた」と答える。その返答に弟くんも得意げになっている。大変可愛らしい。まぁそんなこと口にしたら冗談抜きで関節を外されるから絶対言わないけど。



「なぁレイジもこういうのしないの?一緒に仮装しよーよ。ほら、こういうのとか良さげじゃない?」


 弟くんを指し、それからいくつかそれらしい衣装をノートの端にラクガキして見せる。するとレイジは無言で部屋を出ていった。何となく……いや、非常に嫌な予感がする。虫の知らせというか。


 遅れて後を追うとレイジは一階のリビングにある電話機の前に立ち、受話器を手にしていた。今まさにどこかへと電話を掛けようとしているレイジに遠慮がちに問いかける。


「あのー……レイジさん?念のため聞いておきたいんだけどどこに掛けようとしてる?」

「国家警備隊の通報用電話」

「ちょっと待って!!いまなんて!?いや、ちゃんと聞こえてたけども!何で通報しようとしてんの!?」


 そう叫びながら今まさにその通報用電話番号を押そうとしている手を止めた。



「変な格好をさせられそうになったら問答無用で通報しろ、って教えられてるんだよ。いいから離せコラ」

「離さないよぉーー!!それ聞いて離すわけないじゃん!ねぇ、なんで俺だけ散々な目に遭うの!?」


 どこへ向けたわけでもない心からの叫びが出る。レイジに言ってもしょうがないが言わずにはいられない。


「ぼく、伯父さんにも見せてくる!」


 俺たちの喧騒を傍目にいつの間にか追ってきた弟くんは声をあげて元気に走っていく。大変自由気ままだし、それを聞いたレイジがさっきの自分の発言を思い出したのか「あいつ、まだいるのか……!?」と逃げるように部屋に戻ってしまった。


 通報をやめてくれてホッとしたが正直言って状況はしっちゃかめっちゃかだ。とりあえずレイジのほうが心配なのでそっちを追うことにしよう。あと隙を見て通報されたらまずい。



 ◆ ◆ ◆



 パタパタと駆けていくと、伯父さんがソファに座っているのを見つけた。バレないように後ろからこっそりと近づいてシーツを被る。


 ワクワクとドキドキが混ざって何だか笑っちゃいそうだ。笑い声を出ないように口元を押さえてギリギリのところまで近づく。シーツを踏んづけて転けちゃったら台無しだから足元に気をつけないと。


 息を吸って、吐いて……そこから一気に伯父さんの前に飛び出した!


「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」


 伯父さん驚くかな。お兄ちゃんも「すっごく驚いた」って言ってたからきっと伯父さんもビックリするはず。できればお菓子が欲しいけれどイタズラもいいな。そしたらどんなイタズラをしよう?


 そんなことを考えながら伯父さんを待つ。だけどいつまで経っても伯父さんは何も言ってこない。

 もう一度「ガオー!」とやってみる。だけどやっぱり伯父さんは何も反応してくれない。



「伯父さん?」と呼びかけながら頭に被っていたシーツを取る。すると伯父さんは目を閉じていて……眠ってた。眼鏡を掛けたまま寝ちゃってる。


 せっかく寝ているのに起こすのは良くない。残念だけどイタズラもお菓子もお預けだ。でも最近は寒くなってきたからこのままだと風邪を引いちゃう。どうしよう。


 そうやってウンウンと悩んでいるうちに、自分がいま何を持っているのか思い出した。


「よいしょ、よいしょ」とシーツを伯父さんに掛ける。毛布よりは薄いけれど何も掛けていないよりは暖かいはず。

 シーツを掛ける間も伯父さんは眠ったまま。この間まで全然こっちに来られないほどお仕事が大変だったみたいだからすっごく疲れてるのかも。



 ふと伯父さんの体が傾いてソファに横になる。伯父さん、全く起きない。眼鏡外したほうが良いのかな。でも壊しちゃったら大変だから触らないほうが良いかも。


 ……寝ている伯父さんを見てたらぼくも段々眠くなってきた。ぼくもちょっと寝ようかな……あ、でもシーツはいま伯父さんに掛けちゃってるんだった。


 ウトウトと半分夢の中に入ってる頭で考える。目を閉じたらそのまま寝ちゃいそうだ。

 伯父さん、やっぱりシーツだけだと寒いかなぁ……もっと暖かくしたほうが良いかな……。



 ポヤポヤと頭を揺らし、ふわりと浮かんできた考えの赴くまま体を動かす。伯父さんに掛けていたシーツを少しめくって、伯父さんの腕に収まるようにぼくも一緒に横になった。そのままシーツを自分にも掛かるように戻して目を閉じる。


 伯父さんは少し動いたけどやっぱり起きなくてぼくをギュッと抱きしめて寝た。ぼくも寝る時にクマさんのぬいぐるみをギュッてしてると落ち着くから、伯父さんもそういう感じで落ち着くのかも。


 伯父さんの体温に包まれてホワホワとあったかくなる。これなら伯父さんも風邪引かないかなぁ。



 ◆ ◆ ◆



「……寝てるな」

「寝てるねぇ……コレどういう状況?」


 声をひそめてレイジに聞いてみるも「知らん」と冷たく返される。


 目の前にはソファで横になって寝ている弟くんとそれを抱きしめて眠っている彼の伯父さんがいた。二人とも全く起きる気配がない。微笑ましい光景だが俺たちのいない間にいったい何があってこうなったのだろうか。

 レイジも最初見た時は伯父さんを弟くんから引き剥がそうとしていたが、弟くんがあまりにも気持ちよく眠っているので悔しそうに断念していた。


 すやすやと心地よさそうに寝ている二人。レイジは弟くんたちと対面上にあるソファに座り、二人をじっと見つめていた。俺も何となくレイジの隣に腰掛けて同じように二人を見守る。


 大変穏やかな時間。平和ってこういう時間のことを言うんだろうなぁ。



「なぁレイジ。たまにはこうやってのんびり過ごすのも悪くないねぇ……って寝てる!?」


 横を見るとレイジはめちゃくちゃ静かに寝てた。いつの間に。弟くんたちに感化されて眠くなっちゃったのか?


 え、どうしよう……これってどうしたら良い?部外者の俺だけが起きてるってどんな状況だよ。

 うーん……まだ帰る時間まではだいぶ余裕があるから起きるまで待っとこ。何も言わずに帰るのも良くないしレイジに「お菓子くれなきゃイタズラするぞー!」のフリを言えていない。こちとらそういうイベントは全力でやりたいタイプなんだ。やらずに一日を終わらせたくは無い。



 お預けされたワンちゃんのようにレイジが起きるのを待つ。だけどすっかり寝入ってしまっているのか全く起きない。


 その後、俺もその和やかな雰囲気に流されたのか、帰ってきたセヴァさんに揺り起こされて初めて自分も一緒になって寝ていることに気が付いた。当然ながらもう帰らねばいけない時間となっていて。


 結局目的は果たせず『次こそは……!』とリベンジを誓いながら帰る事になったのである。

 時期は第四章(15)『雪花-14』の後半部分の後。

 番外編『菓子と悪戯』にてエスタさんが「レイジにいくつかそれっぽい衣装見せて『仮装しよー』って言ったら通報されかけましたけど」と言っていた出来事についてでした。


 第二章(6)『白雪の朋友-4』で危ない目に遭ったのでクルベスさんは「送り迎えする」と言って聞かず。街中で危ない目に遭ったと聞いたらそりゃ心配になるし時期も時期なので。レイジは13歳(まだ誕生日を迎えてないので実際のところ12歳)でティジやルイは6歳の秋。そんな時期です。

 かなり強引なクルベスさんにレイジもうんざりしてますが、自分を心配して言ってるのは分かってるので渋々頷く。けどやっぱり恥ずかしいやら何やらでこんな態度です。


 あと今回エスタさんが疑問に思った布地のオバケ。個人的にパッと思いつくのは一反もめん。ヒョロヒョロひらひらした布っぽい妖怪です。

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