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6・太鼓月夜 前編

 太鼓を打ちならすのにおあつらえむきのまるい月が出ていた。

 まだ寝るには早い時間。マカディオスの部屋ではごきげんなビートが炸裂している。

 オモチャの宝箱。木でできたボウル。お気に入りのバケツ。ありったけのものを自分の部屋にぶちまけて軽快にたたく。動作と音のつながりを楽しむ。


 昼間に完成させた手作りの太鼓の音もいい感じだ。ウィッテンペンから作り方を教わったシャーマンドラム。木の枠の片面に革をはった太鼓だ。先端がふわふわになっているやわらかなバチもある。

 マカディオスがフルパワーでたたいたりしたら、この素朴なつくりのドラムはすぐにこわれてしまう。太鼓の音を楽しみながら、マカディオスは弱い力のだし方を学んでいるところだった。やさしくて繊細な力は、強い力ではだせない音を引きだしてくれる。


「マカディオス……。なんだこのさわぎは……」


 ドアからシボッツが顔を出す。


「ちょうどいい。観客がきてくれたぜ」


「ちがう。日がくれてから演奏するのはやめてほしいといいにきたんだ」


「ご近所迷惑にはならねえだろ?」


「そうだな」


 小鬼の家から見える範囲にほかの家は一軒もない。


「今日はもう寝たいとか?」


「いや」


 ダメな理由にマカディオスはハッと思い当たった。


「わかったぞ! オレのドラムがヘタだってんだな!」


「上手だ」


 いったい何が問題だというのか。

 この口うるさいガンコものはそれでもダメだというのだ。

 マカディオスは反抗心から太鼓をならしつづけた。

 シボッツの眉間にシワがよる。


 本当にノリがわるい。ウィッテンペンならいっしょに楽しんでくれただろうに。なんて不満がマカディオスの心の中で頭をもたげる。


 小鬼はしばしの間おしだまっていた。

 そうしているとただでさえ小さな彼の体がいっそうもろく、たわいなく、弱々しく見えた。


「せっかく楽しんでたのに、ごめんな。夜の音楽は……不吉な予感がする。俺はそれがこわくてたまらない。外が暗い間は演奏や歌のたぐいはやめてもらえると助かる」


 水かきのある大きな手で自分の体をさすっている。マカディオスと話をしながらも、その目はドアの隙間やカーテンのむこうに広がる闇をビクビクとうかがっていた。

 いったい何におびえる必要があるというのか。もう少しくわしく話してくれないかと思ったが、これ以上事情をあかす気はないようだ。だから原因はマカディオスにはわからない。

 ただ、シボッツはこわがっている。それはあきらか。


「わかった。やめる」


 その言葉一つで緊張(きんちょう)でピンと張りつめていたとがり耳からこわばりがとれていく。ホッとしたようすで力のぬけたうすい笑みがむけられる。


「聞き入れてくれてありがとう。お前は思いやりのある子だな」


 しずかな宵だった。




 絶叫。

 森の奥で。甲高い少女の声。


 命の危機をつげるその声は、小鬼の家のマカディオスの部屋にもとどいた。

 そばに立っていたはずのシボッツはいつの間にか床にはいつくばって耳をおおっていた。お行儀にうるさい彼なら普段はぜったいしない、みっともない姿。突然の悲鳴によほどビックリしたらしい。


「なあ、今の声って……」


 マカディオスの声で我に返ったシボッツがまっ先にしたことは、家中のドアに魔法でカギをかけることだった。ドアというドアをチクチクとトゲのあるイバラがおおいつくした。


「ダメだ。耳をかたむけるな、マカディオス。これはきっとワナだ。たちのわるい水辺の妖魔か何かが、助けを求めるフリをしてさそいだそうとしているに決まっている」


 恐怖心から、おかしなことをいっているようだ。

 ここは話しかけて落ち着かせようとマカディオスも床に腰をおろす。ながれるようになめらかな腕ぐみ180度開脚で。


「そんなんじゃねえって。前に会ったことがある女の子だ。こことはちがうべつのとこから迷いこんできたとか。なんかあったんじゃねえのか。助けにいこうぜ」


 とがり耳をふさいでいた手がゆるゆるとずり落ちていく。


「べつのところ? オモテのことか?」


 次の瞬間、小鬼の上半身がガバリとはね上がった。


「はぁっ!? 最悪じゃないか! まずいまずい、なんとかしないとまずいぞこれは」


「いきなり元気になった。よかったよかった」


 股関節内転筋()の力とバランス感覚で、床に手をつくことなく開脚の姿勢からぐぐぐと立ち上がっていくマカディオス。


「これ以上面倒なことになる前にオモテ側におくり返すぞ。すぐにな! 俺がなんとかするから、お前は家にいなさい」


 いつになくけわしい表情で命じるシボッツ。うむをいわさぬ迫力があった。

 が、座りこんだ姿勢はかわらず、いっこうに動きだすようすがない。


「シボッツ?」


「……」


 脂汗をにじませ苦い顔をした小鬼が、非常に気まずそうにつぶやいた。


「こ……腰がぬけている……」


 マカディオスはすぐさま道具をひっつかむ。

 右手には山賊のだんびらを。左手には小回りのきく丸盾を。

 実際にはバチと太鼓。気分の問題である。


「おだいじにな。オレはいくぜ」


「マカディオスッ! まて! いくな!」


 イバラにおおわれていない窓を豪快スタイリッシュにつきやぶり、夜の森を猛然とかけていく。




 また迷いこんでしまったしらない場所。

 気味わるい奇妙な生きものたちの気配。

 ひそやかにとびかう、むきだしの悪意。


 夜の森をてらす月明りだけが逃げまどう少女の味方だった。

 息苦しくてもう走れない。見つけた岩陰にすがりつくように倒れこむ。

 背後をふりかえる。くらくてとおくまでは見とおせないが、少なくとも脅威になるものがすぐそこにせまっているようすはない。


「はぁ……っ、もうやだっ」


 頭をかかえこむと髪の間から小枝や小石がパラリと落ちてきた。ふりはらう。わけもわからないうちに闇の中から投げつけられたものだ。


「なんで私がこんな目に……。私は……」


 うまくやれているはずなのに。


 ふと視界のはしに白いものがうつる。ビックリして小さな悲鳴をあげたが、それはふわりとおだやかに宙をまう花だった。散った花びらが風にまうのとはわけがちがう。風もないのに花一輪が空中でくるくると浮かんでいる。

 こんなことはありえない。きっとこれもウラの魔性たちの妖術だ。

 追いはらおうとふりまわした手に白い花がそっととまった。チョウを思わせる軽やかさだった。


「……」


 ただそれだけ。おそろしいことは何もおきない。

 やがて白い花は少女の手から軽やかに飛びたって、まるで道案内をするかのように進むべき方向をしめした。


 魔法の花。かかわってはいけないものどもの力。

 でもこれは、困りはてている自分の助けになってくれるものかもしれない。


 幻想的にふわりと浮かぶ白い花が、月夜の森で少女をいざなう。

 それは少女に残された唯一の希望。ほかにたよれるものがない森の中で、そう信じられた。


 森の木々をざわつかせ急接近する何かの気配。地面を蹴りつけ大ジャンプ。ズドンとおりてきた筋肉のかたまりが、みちびきの花をあっけなく踏みつぶすまでは。


挿絵(By みてみん)


「おまちどう! 助けにきたぜ」




 少女と合流できたのはよかったが、どうもようすがおかしい。プルプルふるえてマカディオスの足元を指さしている。その顔に浮かんでいるのは怒りなのか悲しみなのかあきれなのか。


「ひどい……。助かる手がかりだったかもしれないのに……マカディオスがぺしゃんこにしちゃった……」


「おおん?」


 マカディオスはふしぎそうに足を上げる。足の裏からハラハラと花が落ちていった。もう、うんともすんとも動かない。


「もうダメだ……」


「泣いてんのか!? オレの大胸筋()でよけりゃかしてやる」


 腕を広げてスタンバイする。


「それはべつにいらない」


 少女はくるりと顔をそむけ、ポケットからだした清潔なハンカチで顔をふく。

 マカディオスは少女の背中に一つたずねてみる。


「なぁ、なんて呼べばいい?」


「なんのこと?」


「名前のこと!」


「……エセルだよ」


 名前がわからなかった友だちに名前を教えてもらった。マカディオスがしみじみとよろこんでいると、エセルに体を軽くつつかれた。


「ねぇ、あれ」


 木々の合間にちらりと見え隠れするのは月光をあびた青い花。その動きは遊んでいるようでも、挑発しているようでもある。


 無警戒に近づこうとするエセルをマカディオスはその丸太のごとき腕で制した。

 エセルは気づいていないようだが、舞う花をゆっくり追うものの気配がする。よたよたと、おぼつかない足どりで。


 花を追うように森の奥からあらわれたのは、やせ細った老人だった。ゴワゴワの灰色の髪とヒゲが伸びほうだいで、その体はおそろしいほど長い歳月をきざみこんできたことがうかがえる。

 にごった目玉がこちらにむけられた。


「怪物の坊や……。背中にゴミがくっついているようだよ」


 病気の枯れ葉がかすれあうような耳ざわりな声が耳にからみつく。


「オモテにいるのはろくでもない連中だ。はじまりの呼吸の前にウラに追いやられたものなら、ぜったいにヤツらをゆるしはしない。ぜったいにだ」


 背中のゴミが何をさしているのか、マカディオスも理解した。エセルのことだ。

 森の老人は相手に話がつうじているかなんておかまいなしに、自分のいいたいことだけをぶつくさつぶやいている。


「あのじいさん、めっちゃ失礼なうえにマイペースすぎるよな」


 エセルにこそっと話しかけたが反応はない。体をつかんでくる小さな手のふるえだけを感じた。おびえている。声も出せないほどに。

 心配しなくても大丈夫。そんな思いをこめてマカディオスはエセルの華奢(きゃしゃ)な肩にちょこんとふれた。


「ウラはすっかり豊かになってしまった。新参者の中には、ここが気に入っただの元いた場所より居心地がよいなどとのたまうものもいるが、とんでもない話だ。はじまりの呼吸の前までまさにここは地獄だった。その地獄の中に私はいた、いたのだぞ。オモテの連中のせいで! ……坊や、そのゴミをこちらにおよこし」


「やなこった。やい、じいさん。家にかえって、風呂に入って、あったかい布団にくるまって、ステキな夢でも見るんだな」


 老人の体の奥からおぞましい瘴気(しょうき)がふきだす音がする。それは深く長い、恨みのこもったため息でもあった。


「ああ……残念、残念だよ、残念でならない。ものわかりのわるい坊やだ。少し手荒になってしまうがゆるしておくれ。そのゴミをとりのぞいてあげよう」


 マカディオスは森の老人からは目をそらさず、後ろにいるエセルに武装をわたす。だんびらと丸盾。本当はただのバチと太鼓なのだが、手ぶらでいるよりはちょっとは不安がやわらぐだろう。


 マカディオスは素手で充分だった。

 力みのぬけた姿勢で、かまえらしいかまえはとらない。

 敵意や殺意の発散もなくごく自然にたたずんでいる。

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