59・魔女の試練
ウィッテンペンが説明した決闘のルールは次のようなものだった。
ロープを保持した状態で対決する。先にロープと体が離れた方が負け。
戦いの範囲は、水平方向では城壁の内側まで、垂直方向だと城で一番高い屋根まで。体が範囲外に出ても負けとなる。
「今から決闘の勝敗がつくまでの間、シボッツは私とマカくんのどちらに対しても支援も妨害もしないって条件だよ。もちろんセティノアもね。あ、セティノアは言葉でマカくんをサポートするのはかまわないよ。応援くらいはしたいでしょ?」
小鬼はその条件をのんだ。両者が戦うのにはシボッツが関係しているが、この戦いはマカディオスが乗りこえるべき試練でもあるからだ。
セティノアも異論はない。
「反則行為もちゃんと決めてあるからね。目や鼻、口、耳、それから局部と後頭部への攻撃はダメだよ。指つかみは三本以上はOKで二本以下は禁止。折れたら危ないからね。意図せずやっちゃった場合はタイムをとって仕切り直し。わざとでもうっかりでも三回反則したら負けだよ」
「意外としっかりしてる!」
「安全に配慮されてます!」
どんな血みどろデスマッチなルールかと身構えていた子どもたちだが、ウィッテンペンが提示したのはいたってまともな内容だった。ウソを見ぬくセティノアの呪いも反応していない。
「気になるならロープも確認してね。変な細工はしてないから」
城のどこかから獣鬼が持ってきた縄をマカディオスが調べる。少し古いものの問題なく使えそうだ。そばでいっしょに見ていたセティノアも、うんうんとうなずいた。
「重量感のあるふつうのロープみたいでぃすね。……黒髪で編まれてもいないし」
「変な細工はなしって言ったでしょー。セティノアがいるのにウソなんてつかないよー」
獣鬼の片割れであるシボッツは沈黙を守っていた。
マカディオスとセティノアの前でウィッテンペンは約束した。
この戦いにマカディオスが勝てば、一体化を解いてもとの二人に戻ると。どうしてこんなことをしたのかも打ち明けると。
同じ太綱を手にしたマカディオスと獣鬼が静かに睨みあっている。
枯れた噴水の前でセティノアが試合開始を宣言する。
「はじめー!」
マカディオスは即座に重心を落とし手加減なしで引っ張る。体重差を活かして、即効で縄から手を放させる作戦だ。
開始同時に獣鬼も動いた。自分からマカディオスとの距離を詰めにくる。縄をつかむ手に膝蹴りが叩きこまれた。
引く方向に重心を傾けていたのが災いし、後ろに転倒。
ごろりと転がり、すぐ立ち上がる。
「本当に読みやすいよねー。試合前からわかってたよ。だれかさんが可愛がって育てたお優しいマカくんのことだから、私とボカスカ殴りあうよりこういう決着のつけ方を好むだろうってさー」
縄がたわんでいては思うように引っぱれない。
しかもちーっとも優しくないイジワル魔女は、ルールの範囲内でビシバシとマカディオスをしばていくるからたまったものじゃない。
「あーぁ、ぬるいなー。……大丈夫だよ、私は右手を使わないし、マカくんからの攻撃を右では受けないようにするから。気にせず戦いなよ、挑戦者」
「それじゃあ遠慮なくいくぜ!」
左腕の肘関節をねらって体重をかけた手刀。
衝撃がマカディオスの骨にまでひびいた。
獣鬼の肉体は靭かいのに硬い。骨、関節、肉、皮膚。そのすべてがみっしりと強固。頂点捕食者の風格をまとう肉体。
「ちょっとはマシになったね。速さと重さが乗ってる」
涼しい顔で褒めたたえ、柔軟な体から蹴りを放つ。
ウィッテンペンは飛ばないし、遠距離攻撃もしてこない。
「ずいぶんよゆうじゃねえかよ。手抜いてんのか?」
「ハンデだよ。必要でしょ? それに力自慢のマカくんに肉弾戦で勝つ方が、その鼻っ柱を折れるってものだよ」
「そうかよ! あんまりオレを甘く見ない方がいいぜ」
獣鬼の左腕をねらって拳を放つ。
軌道上に素早く何かが割りこんだ。
獣鬼の尻尾。尻尾の先には鋭い牙までついている。
魔女の意図を察し、マカディオスはとっさに拳を引く。
ガチリと音を立て凶悪な口が噛みあった。
「惜しいなー。口に攻撃するのはいけないルールでー、噛みつきは反則にふくまれてなかったよねー」
あのまま攻撃していればマカディオスが一方的に反則をとられていた。
「ず……ずるい!! ずっりーでぃすの!!」
セティノアの抗議もどこ吹く風。むしろ獣鬼は誇らしげにすら見える笑みを浮かべ、挑発的ともいえるポーズさえ決めている。
「この調子だとほかのルールでも抜け道をついてきやがりますよ! マカディオス、早く決着をつけましょう! ずるい大人に目にもの見せてやるのでぃす!」
「オレもそのつもりだっつーの!」
説明にウソはなかった。一見まっとうに思えたそのルールは、獣鬼にとって都合の良いもの。
悪人は決まりを破るだけが能ではない。本当にずる賢い者は、決まりを味方につけて自分だけがうまい汁を吸う。
「それじゃマカくん、ルールを守って楽しく戦おうね」
ルールを悪用三昧する獣鬼も右手を使わない約束はたがえなかった。めちゃくちゃ卑怯な魔女のくせに、小鬼への気持ちは忠犬並みに誠実だ。
攻防が長引くにつれてマカディオスにもいくらか獣鬼の動きのパターンが見切れるようになってきた。
それを獣鬼も感じ取ったのか。
尻尾の口がロープに喰らいつく。これで魔女の左手が自由になった。
ここまではマカディオスも予想していた。問題は――。
獣鬼はその尻尾を自切したのだ。
「なっ……!?」
ちぎれた尻尾に次々に新たな口が生成される。口だらけの肉塊は廃庭園の彫刻に深々とかじりついた。
「縄から手が離れてますの! 失格でぃす!」
「えー、どうしてダメなのー? 理由はー? 私の体とロープは離れてないけど?」
獣鬼は切れた尻尾も自身の体だと主張した。
マカディオスが綱で行動範囲が制限されたままなのに対して、獣鬼本体は戦場を縦横無尽に動き回る。綱を固定している獣鬼の尻尾をギタメタにしてやろうにも、全体が口と化していてマカディオスはおいそれと手が出せない。
「降参しちゃう?」
「冗談じゃねえっての!」
つかみかかろうとして、踊るようにかわされる。
腕をしならせての殴打、黒髪の表面をかすめただけ。
フェイントからの蹴り、笑い声とともに足の指をつままれた。
完全に遊ばれている。
マカディオスの拳は何度も空を切り、太い綱はそのたびに張りつめる。
「あきらめが悪いなー」
獣鬼の勝利はすでに決まっており、単にマカディオスがタフなせいでなかなか倒れず、決着がつくのが遅れているだけ。そんな空気。
血沸き肉躍る刺激が足りない。獣鬼の肉体をあやつるウィッテンペンは一方的な攻防にやや退屈しはじめる。
セティノアさえも、マカディオスの窮地を目にしてただただ奇跡の逆転劇を祈るしかない。
獣鬼の意識の底で沈黙をたもつシボッツだけは、マカディオスはこれだけでは終わらないとわかっていた。
根拠はない。理屈ではない。
何も口出しせず、手助けもせず、すべてをゆだねて。
血の繋がらぬ我が子の奮闘をただ見守る。
早く勝利にありつこうと、獣鬼が勢いを乗せた回し蹴りを放つ。
獣鬼の爪が裂いたのはマカディオスのぶ厚い皮膚ではなく、ピンと張られた縄だった。
寸断。
切断された太縄を素早く体に巻きつけて、マカディオスは獣鬼と同じ自由を得た。牙を生やした尻尾はまだ縄の端をくわえて彫刻にくっついている。
マカディオスは四肢を駆使した大猿の身のこなしで庭の樹木に素早く駆け上った。
巨体が跳んだ。
美しいフォーム。
まるで月面宙返り。
質量。位置。そしておいしいご飯とトレーニングですくすく育った筋肉のエネルギーが粉砕したのは、彫刻の台座。獣鬼の尻尾は無傷だ。
間髪入れずにマカディオスが彫刻を肩にかついで遠投。もちろん獣鬼の尻尾ごと。
彫刻が飛んでいった城壁の外でバカデカい土煙と地響き。
「こうして! ずるい魔女の試練は! 知恵で破られました! めでたしめでたしいっ!!」
「力業でしょ、それは!!」
獣鬼が怒りのツッコミ。
「マカディオスの勝ちでぃすの! 切った尻尾も体あつかいなんでぃしたよね? 場外で勝負ありでぃす!」
分離した尻尾を体の一部だと最初に主張したのは獣鬼だ。それを覆せば、ロープから体を離したと自ら認めることとなり獣鬼の負け。
マカディオスは獣鬼の尻尾に触れてもいない。かじりついていた彫刻ごと場外に投げたのを反則一回とカウントしても、三回の反則はとられない。
どんな弁舌を用いようとも獣鬼の敗北は決定している。
「ガハハッ!! ずるさで魔女に勝つのは気分いいぜ」
木から飛び降りてできたクレーター跡地で、マカディオスは晴れ晴れとしたポージングを決める。
獣鬼はうつろな目で勝者を見つめていた。むなしく響く乾いた拍手。
「アハハ……まさか負けちゃうとはなー。おめでとう、マカくん。君の方が……私よりも……」
話している途中で脈絡なく獣鬼の体表から炎が噴き出し、すぐ消えた。
「うん……、認めなくちゃね。約束どおり、事実を……」
獣鬼の胸部に巨大な口がぼごりとあらわれ、何事もなかったかのように体に溶けこみ沈みこんでいく。
「ウィッテン……? いや、大丈夫、ちゃんとやれる。でも……。心配ないよ、約束は果たす。君を解放しないと……」
獣鬼の足先が燃えている。肉の焦げる臭いと煙が立ち上った。
「解放しないといけないのに」
左手で右目をパッと覆い隠す。
肉をぐじぐじ突き破ってたくさんの小さな牙が生成されて、ぽろりからころ抜け落ちる。乳歯サイズの牙だった。
魔法が。心が。暴走している。
「ちがう、こんなつもりじゃなかったんだよ」
小鬼の右目は閉ざされて、魔女の左目は獣性に呑まれた。
「わかってらあ!」
「大丈夫でぃすよ!」
攻撃の気配にマカディオスはセティノアをひっつかむ。
死角。速い。複数。心臓ねらい。
崩れた台座の陰にすべりこみ、姿勢を低く走り抜ける。飛来する殺意をかいくぐった。
牙状の魔力を鋭く投射したのは獣鬼ではなく、朽ち木の裂け目から湧き出た小さな肉塊の群れ。
かわしたもののマカディオスにも正直あまりよゆうはなかった。
不意の追撃に反応が遅れる。
「っ!?」
牙に串刺しにされているかと思ったのに無傷で済んだ。
さっきいた場所から一瞬で別地点へと移動している。
マカディオスの足元にはゴリランティウス五世のラクガキ。つまりは転移陣。
「ヒィ、ヒィ……。セ、セティのおかげでぃすからね! ……二度目は通じないかもしれませんが」
転移陣が描かれたスカーフを握りしめながら、震え声のセティノアが自信なさげに勝ち誇る。
「助かったぜ」
セティノアをかかえて守り切る余力がなく、かといって城に安全な隠れ場所があるとも思えない。ここは鳥笛に避難してもらう。
「わかりました。ではこれを……。セティよりもマカディオスが持っていた方が良いでぃしょう」
フサフサとした毛束が見えた。フィーヘンから託されていた筒をこっそり手渡してから、セティノアは鳥笛にしゅるんと入っていった。
その間も、ありとあらゆる閉じた空間をこじ開けて赤黒い怪物が這いずり出てくる。枯れた井戸の奥底。古いハチの巣。高貴な母子像の台座の下。
獣鬼はこちらを見つけたようだ。
密林の捕食者を思わせる音のない足どりで、いつの間にか致命的な間合いまで接近。
マカディオスは暴走した獣鬼を全力で殴ることができなかった。
手加減ではない。
むしろ逆。
持てる力すべて攻撃に回す、という選択を安易にとれない。
常に回避や守備を意識しながらでなければ対峙できない相手だった。
左手と機械の尻尾をガードに回しながら、右腕でなぎ払った。
一撃当てた。これはチャンス。試合の時みたいなハンデはもう無効だ。魔法で遠くから攻撃してくるし、空だって飛ぶだろう。
このまま一気に畳みかけて獣鬼を昏倒させたい。
マカディオスは攻撃に振り切る覚悟を決めて踏みこんだ。
頑健な足首に何かがバツリと喰らいつく。
「うおっ!?」
トラバサミに似た牙を持つ肉塊がマカディオスの動きをジャマする。
角が引っかかったマヌケな牡鹿にゆうゆうと近づく狼の群れみたいに、獣鬼とその眷属たちは血祭の予感にわき立った。
このままでは、魔女の屋敷のよいこの動物図鑑で見たような厳しい野生の世界が繰り広げられてしまう。我に返った時にシボッツもウィッテンペンも立ち直れないくらいのショックを受けるだろう。
「おちおち死ねるかあ!!」
なんとかトラバサミから逃れようと奮闘する。マカディオスの丸太のように太い脚は肉の一欠けらさえ喰いちぎられていない。これを外せばまだ充分戦える。
「……あ? ああ……っ」
獣鬼が急に動きを止めうずくまる。眷属たちの統率も乱れて機能停止。
閉ざされていたはずの右目が開いている。
白い髪が広がり、獣じみた脚がすらりと華奢に変わっていく。禍々しい一本角もしゅるしゅると引っこんで、小さな二本角がひかえめに顔を出す。
妖姫が獣鬼の暴走をとめようとしている。その表情はひどく苦しげで、だが唇にはかすかなほほ笑みが浮かべられていた。
シボッツが作ってくれた貴重な時間。
この隙に、マカディオスは足枷の牙を怪力でこじ開け拳骨でバキャッと叩き潰した。
じょじょに妖姫の制御下から獣鬼が抜け出そうとしている。
理性を失ったウィッテンペンに、共有している疑似肉体を貪欲に浸食されていっても、シボッツの瞳には最後まで明晰な意識と深い愛が残されていた。
この状況でも彼はあきらめていないのだ。彼の愛する家族が幸せな日常に戻ることを。
シボッツの、あまりにもささやかで、とほうもなく無茶な願い。
それはマカディオスの願いでもある。
ついに獣鬼が優勢となり、妖姫をしりぞける。
その瞬間マカディオスは獣鬼の背後をとっていた。
隠し持つのは、毛糸の房がつけられた注射の筒。
「ハイッ! チクッとしますからねッ!!」
言う前に、すでに獣鬼の左肩にぶっ刺してある。
フィーヘンが調合した鎮静剤だ。ウィッテンペンのことをよく知る魔女が、いざという時に使うようにとセティノアに渡していたもの。材料は、幸せな赤ちゃんの寝息、マンダラゲの白い花とバリエラの樹液。三種の毒ガエルとサシハリアリから抽出した成分。そして麻酔薬においてもっとも重要な部分、注射器にとりつけた毛糸の房は夢をいきかうヒツジの毛から作られている。
(あ! ……吹き矢の薬だったのに、直接手で刺しちゃった……)
毛糸の房はあまり意味がなかった。
ヨトゥクル、毛刈りされ損。
獣鬼がふらつく。空の注射器が肩から落ちた。
鎮静剤を打ちこんでも完全に効き目が出るまで若干の時間を要する。
その間、マカディオスはなんとしてもウィッテンペンをおさえこむ。
だが、獣鬼はまったく予想外の行動に出た。
肉体の分離。
くったりとしたシボッツをやわらかな草地の上にそっと寝かせて、見なれた姿の魔女がふり返る。
「ウィッテンペン! 正気に戻っ……ちゃあいねえみてえだな。いいぜ。とことん相手になってやるよ!」
鳥笛をシボッツのそばに軽く放り投げた。多分そこが一番安全地帯だ。
ホウキを呼んだ魔女が高速低空飛行で迫る。
激突に見せかけて直前の軌道変更。
地面に突き立てたホウキにしなやかな肢体をからみつかせ、蹴りを放つ。
マカディオスがかわしたところで、魔女の脚を引き裂いてあらわれる無数の牙の追撃。
竜の子の堅牢な肌に傷が走る。
ガードを崩さず、受け止めると厄介そうな攻撃は避ける。
マカディオスは魔女に攻撃できずにいるがこれで良い。負ける気もない。絶対に勝つ。
「わかってるぜ。ウィッテンペン」
魔女の猛攻は長くは続かない。
確信を持った防戦一方。
鎮静剤を打ちこんですぐに一体化を解いた。マカディオスはそれが眠りに誘う薬だとしっているが、ウィッテンペンはそうではない。どんな作用でなんの害をもたらすものか正確に判別できない。
だから即座に小鬼を分離させた。
左肩に打ち込まれた得体のしれない薬品が彼をむしばむ前に。
自分の体にすべて引き受けて。
「アンタならそうするってわかってんだ」
魔女はうつろな瞳で笑った後、マカディオスを片手でつかみホウキで上昇。
「ぬおっ!?」
城で一番高い屋根よりも、ずっとずっと高くまで。
魔女はそこでパッと手を放した。
「どわあーっ!」
落下。重力につかまった先に待ち受けていたのは、塔の先端でも固い地面でもなく。
もっともっと悪い場所。
巨大な地獄の口が開かれていた。
マカディオスを呑みこんで、牙だらけの口がバグンと閉じる。
「ふんぎぎぎぎぎ……!」
巨大な牙と牙の間で、噛み潰されまいとマカディオスはふんばっていた。
膨大で無秩序に生えた牙と舌。生と死の濃密な気配に満ちたおぞましい空間だ。
かつてユーゴを嚙み砕いた攻撃。
間違いなくこれはウィッテンペンの最大級威力の魔法だ。
技術も小細工も入りこむ余地のない、純然たる力のぶつかり合い。
マカディオスの肉体は至高である。
そんな風に産まれついたからだけではない。バランスの良い食事。適切な睡眠時間。健康的な運動。コンディションは万全に整えられている。
マカディオスはこの世界で生きるのが好きである。
当たり前だとばかり思っていたが小鬼の家を出て世の中を見て回るうちに気づいた。すなおにそう思えるのはとても幸福なことなのだと。
そんな風に思えるように自分を育ててくれた養い親と名付け親が。
「すんげえ大好き!!」
地獄の咬合力を押し返し、マカディオスは巨大な異形の顎から脱出した。
力をふりしぼった。気を抜くとフラフラする脚に力を入れる。
外の世界では、まだ立っているウィッテンペンがお出迎え。
「へへ……。マ、マジかあー……」
ピンチすぎて笑えてくる。
ふいに魔女の実体が脚の先から崩壊していく。灰が砕けていくように。
帽子が落ちた。長い髪がするりと黒い軌道をえがく。
倒れてしまう。助けないと。
マカディオスの手よりも先に、魔法の泡が意識のないウィッテンペンの体を受け止めた。
「……ウィッテン」
疲労困憊の体に鞭打ってシボッツが駆け寄る。おろおろしたセティノアがその後に続く。マカディオスも心配そうに近づいた。
「体の一部が消えちまった。ウィッテンペンは無事なのか?」
「魔力の使いすぎだ。体を維持する分も欠乏してしまったのだろう。治るから心配ない」
「ちょっとずつ体が再構築されてませんか? ……もう危険な感じはしないでぃすけど」
「あー……それは……少ない魔力でも動かしやすい体に作りかえてるところだな。戦い慣れた魔物だと、こういう技を習得してることがある。しかも無意識下でやってのけるとは。ウィッテンの研鑽の賜物だ。やはりこの人はすごい」
魔法の解説をしながら、ウィッテンペンの顔にかかった髪を丁寧によけてあげている。小鬼が優しく魔女に触れていた。そこにはなんの恐怖もない。
「マカディオスのケガも手当てしなくちゃな」
「どうってことねえよ、こんなの。かすり傷だぜ」
「そうか。ひとまず家に帰るとしよう」
シボッツは労わるようにほほ笑んで、少女の体格にまで縮んだウィッテンペンを背負おうとした。マカディオスとセティノアはめっちゃハラハラして見守る。
「腰を痛めねえようにな! 背骨真っすぐのまま立つ感じでがんばれ」
「ムリをすると今は大丈夫でも翌日……いえ、二日後や三日後に筋肉痛になると言いますよ」
戦いで疲れきっているとはいえマカディオスなら小さなウィッテンペンくらい軽くかかえられる。だがシボッツの心情をくみとって、出しゃばるのはやめておいた。
どうにかこうにか自分と同じくらいの背丈になったウィッテンペンをシボッツは背中におぶさることができた。
転移陣のそばでセティノアが待っている。
みんなで帰ろう。




