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叛きの城のマカディオス  作者: 下山 辰季
第六部

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53/60

53・午前四時のチグハグ

 親、という単語で頭に浮かぶのは背中。

 興味をしめさず、かかわりあいになりたくないと、足早に立ち去っていく背中だ。


 その娘は生まれながらに鋭い乳歯が生えていた。雇われた乳母は痛みに耐えかねて何人も辞めていく。小さな噛みつき魔は揺りかごに押しこまれ、大人たちに嫌々お世話をされながらすくすく成長する。首がすわって腰の骨もしっかりして、這いずり回って立ち上がり、とうとう二本の脚で歩きだす。


 さぁ大変だ。お母さんは大忙し。お父さんは知らんぷり。


「本当に反省しているの!?」

「どうしてわかってくれないの……? 私に恥をかかせようとしてわざとやっているんでしょう!?」

「もううんざり! あなたといると野生のケモノと暮らしてるみたいだわ! 大人の命令が理解できないの!? 犬の方がずっとマシ!!」


 両親が早々に愛想を尽かしてくれたおかげで、娘は豊かな幼少期を送った。商売で成功を収めた両親は、並の子どもなら使いきれないほどの小遣いだけわたして、あとは目線もあわさずに放っておいてくれる。何不自由なく快適。


 やがて女の子は気づく。まわりにうじゃうじゃいるこの人間という生きものは、てんでノロマでマヌケぞろいだと。

 いつも他人の顔色を気にするわりには、感情や思惑を的確に理解できるとも限らず、ついには自分で導き出した間違った憶測で勝手に悲しんだり不機嫌になったりする。

 他人が自分よりも得をするのを阻止したくて、自分が手にできる利益まで放り捨てるのをいとわない。

 自分が正しいとまわりにわからせるのに必死になるあまり、小さく済むトラブルを大きくして自分も困り果てたりもする。


 人々が見せてくれるこれらの喜劇は、本気なのだ。少女を笑わせようとしてわざと滑稽にふるまっているのではない。

 信じがたいことにあの人たちはあれでいたって真剣に人生をおくっているのだ。自分たちの言動に疑問すらいだかずに。


 あの人たちと自分が同じ種族だとは、少女にはとうてい実感できなかった。アイツらは利用されるために産まれてきたおろかな家畜。自分は家畜の群れにまぎれている狡猾な害獣。いつしか少女はそんな風に思うようになっていた。


 楽しい時間は終わりを告げる。

 家畜の道理がわからないまま家畜の群れに混ざり続けるのはムリがあった。女は自分のしくじりを素直に反省した。こんなに落ち着いた自己分析ができているのに、家畜ときたらまるで反省をしないと女を糾弾するのだ。


 とっ捕まって、ふん縛られて、痛めつけられ、こんがりロースト!

 実際は直火焼きよりも燻製という感じだった。火の勢いよりも煙の方がすごかった。わざと煙が多く出るように湿ったマツの枝をあつめて、苦しみを長引かせてやろうというせせこましい工夫をしたようだ。いかにも家畜らしいみみっちさ。命をうばうというセンセーショナルな舞台でさえやることがこう……さえない。


 そのうえ連中は、拘束された女一人満足に殺しきれないウスノロだった。

 処刑が完了する前に魔物に変じたその体で女は華々しい自由を取り戻す。

 さぁ、グズグズしている時間がもったいない。自分のやりたいことをやるだけだ。そのための命だ、人生だ。行動あるのみ!




 星明かりにてらされた古い城。

 小鬼の意識が眠る間、魔女は寝ずの番を買って出る。退屈しのぎのお供に、はるか昔の思い出を記憶の底から引きずり出していた。

 なんだかとても奇妙に感じる。小鬼の存在をしらずに生きていた自分が過去に存在していたことが。




 まだ薄暗い家でマカディオスはネコたちのお気に入りスポットを見て回る。本棚の上、いない。階段の下、いない。ガサガサと音がする紙袋の中、いた。ミルをひょいっと抱き上げてむかうのは台所。


「お」


 廊下に灯りがもれている。もうだれかが起きているらしい。

 マカディオスがオバケネコを探していたのは魔法製品のスイッチを入れてもらうためだ。魔法が使えないマカディオスとダイナは、ネコたちやほかの魔物にたよって魔法の道具を使っている。

 ミルは床におりてイスの下で寝そべった。


「おっす」


「どうも」


 ヨトゥクルがマグカップを前にして一人で物思いにふけっていた。中身は温めた牛乳。

 魔女仲間がよく入り浸っていたこともあり、ウィッテンペンの屋敷にはカップだけでもたくさんそろっている。リッチな金縁装飾もあれば、若い陶芸家の大胆な色使いの絵が躍っているもの、短いジョークの言葉が書かれたものもある。マイルドだったり知的な切れ味のあるジョークは食器棚の前の方、ドギツいブラックユーモアやセクシー路線のものは棚の奥にしまわれている。

 ヨトゥクルはたくさんの選択肢から、中くらいでシンプルな無地の白いマグカップを選び取っていた。ザ・無難。


 台所にドドンと置かれた豪華で巨大なキャビネットは食料を長期保存する魔法の道具だ。その横には、タマネギやジャガイモ、ビン入りの各種パスタがストックされた常温保存の食品ストッカー。キレイな密閉容器に移し替えたプロテインの粉は取り出しやすい場所に置いてある。

 最初は買った時の袋のままてきとうに口をとめていたマカディオスだが、栄養価の高い粉類は厳重に管理せよというシボッツの教えにより、現在のプロテイン保存スタイルが確立された。涼しい季節は常温、夏場は結露に注意しながら冷たい箱にしまっている。


「ヨトゥクルも飲むか? プロテイン。甘くないココア味!」


「いえ、けっこうです」


「小分けパックのトロピカルフルーツ味とココナッツミルク味とバニラキャラメル味もあるけど?」


「だから、いりませんよ」


 マカディオスは甘さなしのプロテインを徳用大袋で買って、小袋でいろんなフレーバーを試すのをささやかな楽しみにしている。

 愛用のシェイカーでプロテインを水といっしょにフリフリすれば準備完了。ナッツ入りのグラノーラとバナナ一房、昨日作っておいたササミとブロッコリーのサラダをテーブルに並べる。

 そう、恐るべきことにマカディオスは台所で火をあつかえるまでに成長をとげていた。魔法製品のスイッチを自力でつけたり消したりできないという問題はあるが。


 マカディオスがモリモリと食事をするのを眺めながら、ヨトゥクルが切り出した。


「……この案が上手くいかなくても僕を責めないでもらいたいのですが……家族探しに協力しないこともないですよ」


 グラノーラを口に運ぶ手をとめマカディオスは首をかしげる。


「? もう色々いっぱい協力してくれてんのに? ヨトゥクルがいなけりゃあヤバかったぜ」


「……あぁ、いや……そんなことは……」


 ヨトゥクルは目をそらし組んだ両手の指を意味もなく動かす。


「回りくどい言い方でした。夢に干渉する僕の魔法で妖姫とコンタクトがとれないか……試してみる気はありませんか」


「めっちゃある!」


 魔物となったヨトゥクルに発現した魔法は夢に関する能力だった。現在は暴走状態はおさまり、充分コントロールがきくようになった。

 毒とケガで体力を消耗したマカディオスが深い眠りについていた時にやってみせたように、特定の相手の夢にヨトゥクルが意思を持ったまま登場することだってできる。


「僕個人との縁がうすい相手だとねらって夢に出るのは困難ですけどね。面識のない相手ともなればほぼ不可能でしょう」


 諦念のヴァイオリン弾きの手が白いマグカップをぎゅっと包みこむのが見えた。魔物になってもその手は人間のままだ。深爪になるギリギリまで短く切られた指の爪。左右で手の形がちがってくるほど練習に打ちこんできたのだろう。それだけ努力をしても人間時代のヨトゥクルがオモテ側で栄光をつかむことはなかった。


「……ここからは仮説の域になりますが、探し人との強い縁があるマカディオスの夢を介すことで……」


「二人にまた会えるってわけだ!!」


 ガタリと立ち上がったマカディオスはヨトゥクルに快晴の朝日みたいなピカピカの笑顔をむける。


「ありがとよ!! 最高のしらせだぜ!!」


 いつだって寒々しく陰鬱な曇り空みたいな魔物は素っ気なく顔をそむけた。


「べつに……ぬか喜びになってもしりませんよ。なんの保証もない話なので」


 睡眠をとらなくても魔物の命には直接影響はない。

 シボッツとウィッテンペンは一体の魔物として行動している。

 二人との縁がマカディオスにあるからといって、その二人が一体化した妖姫の見る夢に入って会えるのかはわからない。


「それに……マカディオスがこんな時間まで眠れないのというのも懸念点の一つですね。眠りを前提とした僕の魔法に支障が出てもおかしくありません」


 うんうん、と聞き流しそうになったがヨトゥクルの発言の妙な点に気づく。


「こんな時間まで眠れないって? オレ、さっき起きたんだよ」


「な……」


 時計は午前四時台をさしている。

 ヨトゥクルは恐れおののく。


「そんな……早起き……? ありえない……。こんな時間に目覚めているのは、仕事のためか、寝たくても眠れない苦悩に打ちのめされた者だけのはず……」


「好きで早起きする人もいるだろ。オレだっていつもここまで早く起きてるわけじゃあないけどさ」


 具体的に何をすれば道が開けるのかわからない時、マカディオスはトレーニングの時間を増やす。


「手詰まりの状況で落ちこんでるのかと思ってました」


 マカディオスはバナナを房からもいで皮をむく。ゴリラとの大食い競争に出場しても優勝できそうな食べっぷりだった。


「そりゃあ手紙の件はがっかりしたけどよ。状況が悪くても、睡眠と食事と楽しみはしっかりとるようにしてんだよ。ご飯食べたら運動だ」


「ハ……悩みとは無縁なその単純さがうらやましい限りです」


 鼻で笑われた。深い悪意はなく気安い親しみからの言葉かもしれないが、マカディオスを脳まで筋肉でできた半裸の覆面マッチョだと思っているのがありありと伝わってきた。失礼しちゃう。半裸の覆面マッチョなのは客観的事実だけど。

 ちょっとムッとして反論した。


「そうかい。うらやましいってんならヨトゥクルも実践してみりゃあいい。心配事を抱えてても、ふだんと同じ健康的な日常を維持するだけだぜ。めっちゃ単純な努力だ」


 いざ来るべき時に自慢の筋肉パワーを発揮できるよう心身のコンディションを整える。人生の迷路で立ち往生していても、スクワットはできるのだ。

 マカディオスはフンッとヘソを曲げた子どものような声を出し、ササミとブロッコリーのサラダを豪快に食べていく。

 ネチネチした皮肉が飛んでくるだろうと思っていたのに、ヨトゥクルが返してきたのは意外にも沈黙だけだった。それから彼の高いプライドにひびかない範囲で申し訳なさそうな態度を見せ、慎重にこちらの機嫌をうかがってくる。


「失言……だったでしょうか。非礼を謝ります。その機会をあたえてもらえるなら」


 面倒くさいヤツだ。謝るならすなおにごめんねの一言でいいでしょうが! なんて、イライラしてくる。

 ふと、ヨトゥクルの体がやけにこわばっているのが視界に入る。この状況にかなり焦っているらしい。

 マカディオスはそれこそ脳まで筋肉でできているような陽気で大ざっぱな笑顔を見せた。


「いいって、いいって! そんな大げさにしなくたって。ってか、オレが先にすねたからか。ダハハッ!!」


 のんきな空気を出しているとヨトゥクルの強い緊張感もだんだんうすれていく。


「良かった……。絶縁されるかと思いました」


「しないよ!? これだけのことで!?」




 その晩、夢渡りの魔法を試してみたものの……結果は散々だった。シボッツにもウィッテンペンにも会えずじまいで、マカディオスは陰鬱な悪夢にうなされただけで朝がきた。

 一番お気に入りの怪獣着ぐるみパジャマを着て、気合は充分だったというのに。


 顔を洗って着替えても、どんよりとした頭痛が残っていた。マカディオスが台所にいくと、ふだんと変わらないようすのヨトゥクルが席についていた。


 トマトジュースと牛乳をぶちこんだ冷製スープを作って、マカディオスはヨトゥクルの前の席に座る。真正面ではなく、自然に視線をずらせる位置をえらぶのが彼と仲良くするコツだ。友人とはいえ、あんまり間近に距離をつめられるのをヨトゥクルはきらう。


「失敗でしたね」


「どうすりゃあいいんだろうな……。そうだ! ぐっすり眠れるよう、いいにおいのするアイマスクでもつけてみるか? 問題なのは……ラベンダーとカモミール、どっちの香りにするかってことだが……」


 マカディオスのアイディアも問題提起もムシしてヨトゥクルは話しを進めた。


「精神同調に難ありかと。お互いの精神面のタイプがだいぶ違うので、すごくやりづらかったです」


「わかったぜ。つまりヨトゥクルもマッチョになればOKってことだな! いいぜ。オレがパーソナルトレーナーになってやんよ!」


 ヨトゥクルの目が隠れていてもジトッと睨まれているのがわかる。


「ごめんて」


「しかしその考え方自体は試してみる価値はあります。逆にしましょう。そちらが僕の精神性を理解すれば良いんですよ」


「なるほど。手はじめにオレもヨトゥクルみたいにしゃべったらよろしいというわけでしょうか?」


「表面をマネる必要はないですよ。もっと本質的な理解をしてもらう方法がありますから」


 ヨトゥクルはため息をついて席を立った。


「準備のために部屋に入らせてもらいますね。日が暮れるまでには済むでしょう。それまではどうぞ健康的で楽しい日常をお送りください。そんな風に明るくすごせるのはそれが最後になるかもしれませんから」


「やめろよ。意味深なセリフを残していくの……」




 夕方。マカディオスが部屋のドアを開けると、おびただしい灰色のモヤで家具も壁も見えなくなっていた。


「なんだこりゃあ!? おーい! 無事かー!?」


「大きな声を出さなくても聞こえてますよ」


 部屋の一ヶ所だけモヤが晴れ、たたずむヨトゥクルの姿が見えるようになる。


挿絵(By みてみん)


「僕という人間性の根幹をなすもの……。晴れない憂鬱。あきらめと無力感。人間不信の厭世家。それを三日間で叩きこみます。心を沈みこませるモヤがたちこめる空間で、飲まず食わず眠らずですごしてください。できますね?」


「すんごくネガティブな修行! ヨトゥクルは三日間どうしてんの?」


「僕は自分の部屋で面倒くさくないていどに規則正しい生活を送り、腹筋を一日十回……いえ、三回くらいして、オヤツにプロテインを一杯いただこうと思ってます」


「わずかに歩み寄ってる!」


 こうしてマカディオスの精神修行がはじまった。




 灰色のモヤがうすらいでいく。あれから三日たったのか。

 固く冷たい床に倒れ伏したマカディオスのそばにヨトゥクルがしゃがみこんでいる。

 寝そべったままゆっくりと手を上げてピースしてみせた。力なくふるえていたけれど。


「……やりきったぜ」


「気分はどうです?」


「……ひでえもんだ。ヨトゥクル。アンタの感じてる世界がオレにもちびっとはわかったよ」


 犬の口がパカリと開いて、黒いプニプニのひだとでこぼこした上あごが見えた。声を出さずに笑っている。


「それはそれは」


「こんなに根性がねじ曲がってて、こんなに人間嫌いで、こんなにヤな思いをしてきたのに、アンタは魔法が暴走してる時でも人を傷つけねえようにしてたよな。自覚ねえみてえだけど、ヨトゥクルの人間性の根幹ってのにはすんげえ優しいものもあるんじゃねえの」


 閉ざされる口。

 やがて静かな声がした。


「いえ、それは……、買いかぶりすぎですね。思いきった悪事を働く勇気が僕にはなかった、というだけなので」


 否定から入り否定で終わるのがヨトゥクルの会話パターンの一つだが、ここで少しの変化。


「……でも、その言葉で少し救われた気がしているのも事実です。……立てますか」


 ヨトゥクルの方から手が差し出される。


「あんがとよ」


 マカディオスは一度上半身を起こしてから、軽くその手をとってゆっくり慎重に立ち上がった。オモテ側で夢破れたとはいえヴァイオリンを弾ける彼の手を痛めてしまうことがないように。

 ダイナはしょっちゅうバンドネオンを伸ばしたり縮めたりして演奏しているが、魔女の屋敷にヴァイオリンの音色が響いたことはない。いつか聴いてみたい。ヨトゥクルがその気になった時。


 今度の夢渡りは上手くいきそうだ。

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