51・妖精市場でお買いもの
しっかり寝ていっぱい食べる。そうしているうちに、戦いでケガをしたマカディオスはメキメキと回復していった。脱臼の固定器具はお役御免になっても腕の包帯はそのままだ。なんかすごい力が秘められているみたいで正直ちょっと自慢に思っている。
深緑の生地にうねうねとした白いツタカズラ模様の布製バッグを肩にかつぐ。クラシカルなドロボウスタイルのマカディオスがむかう先はそれはもちろん不用心なご家庭……ではなく妖精市場だ。
光虫が照らし出す広大な地下空間は今日も多くの魔物たちでにぎわっていた。高い天井付近をわさわさ浮遊しているウミシダ型の空調システムのおかげで年中快適にすごせる。
妖精市場にきたマカディオスの用事は二つ。教導者の機械に閉じこめられた魔物を安全に解放してくれる方法を探すのと、セティノアから頼まれた紙を手に入れること。
様々な姿の魔物たちとすれちがいながら考える。
正答の教導者は善なのか悪なのかと。
クルガフィカのようにわざとオモテにとどまって人間に危害をくわえる魔物がいる。そういう存在にオモテの人々が立ち向かうには、教導者のような組織がないと困るだろう。
わざわざウラ側に乗りこんできてマカディオスの家族をバラバラにした元凶、ユーゴも本当はオモテ人のフリをした魔物だった。
もちろんすべての魔物が悪だなんてマカディオスは思わないし、正答の教導者のやることすべてを肯定できるわけでもない。魔物を道具に閉じこめて死ぬまでこき使うようなヤツらだ。
ただ、色々と考えてしまう。
マグザス。ウンタラタ。トムテルト。ニハロイ。ほかにもいろんな文化圏の出身者が店を出し、客となり、市場の喧騒を形作る。
それでも飛びかう言語は一種類。たった一つの日常共通言語。マカディオスがしゃべっているのと同じ言葉。文化圏ごとの言語も残存しているが、それはもはや暮らしに根づいた生きた言葉ではなく学術的に保存されているだけ。
昔むかし、この世界には何かとても不自然なことが起きた。
歪によどんだ虚構の郷愁メルヘンをずっとむなしく演じ続けている。
マカディオスは露店が連なるガヤガヤとした道をすり抜けて、食べものの屋台の誘惑をふりきり突き進む。セティノアにたのまれたスケッチブックと方眼紙と斜方眼紙とトレーシングペーパーを探して色んな紙をあつかう文具店を目指す。
どの季節の花でも取りそろえている花屋さんと、焚書をまぬがれた古の知識をあつめた本屋さんの間に目的の店はあった。
通行人を手招きするように店先に置かれたニハロイの千代紙が華やかだ。セティノアがほしがっている品を求めて、店内をウロウロきょろきょろ見て回る。
そこでマカディオスはすごいものを見つけてしまった。見間違いではないかと説明書きを食い入るように何度も何度も確認する。
「マジかよ。こんな便利なもんがあるたあな!」
邂逅の魔法がこめられた手紙のセット。相手の居場所がわからなくても面識という縁さえ結ばれているのなら不思議な偶然が働いて手紙が届けられるという代物だ。
これさえあれば、妖姫となってオモテをさまようシボッツとウィッテンペンにこちらの状況を伝えられる。マカディオスはそう考えた。
だが一通分を買うだけでもかなりの値段だ。お使いの品を全部あきらめても手が届かない。
思いきってお店の人に相談してみる。半鳥半人の魔物にずずいと近づく。
「あの! これってこの値段より安く買えたりしませんかっ?」
若く小さな緑の羽の鳥人は体をビクリと跳ねあがらせた後、困ったような愛想笑いを浮かべた。
「ああー、ちょっとそういうのは、ちょっとですねー。わ、私には値下げ交渉の権限なんてないんですっ。すみません。私の一存であなただけを特別あつかいするのはちょっとあれでして。申し訳ありません」
マカディオスは自分が相手をこわがらせているのに気づいて、ゆっくり離れた。
「ああ、いや。ムリを言って困らせてごめんなさい」
この手紙がどうしても必要で、でも手持ちのお金が足りなくて、つい焦って聞いてしまったのだと説明した。お店でごねる気はないと伝える。
最初は迷惑な客かと身構えていた店員も、今は落ち着いた表情でマカディオスの話を聞いてくれている。
「それでしたら、七日間までお取り置きができますよ」
マカディオスがほしい商品をほかのお客さんには売らずにお店で保管してくれる、ということだ。もちろん永久ではなく期限つき。マカディオスに事情があるように、お店にだって都合がある。
「やった! ありがとうございます! ……あ、これって特別あつかい、とかで店員さんがピンチになったりしない? ですか?」
「大丈夫ですよ」
「へへ。なら良かった」
ちょっとトンチンカンだったマカディオスの心配をメジロの鳥人はにこやかに受け流して見送ってくれた。マカディオスも意気揚々と店を出て……数歩進んですぐに戻った。セティノアから頼まれたものを一つも買っていない。
スケッチブックと方眼紙と斜方眼紙とトレーシングペーパー。メジロ店員は奥ゆかしくも愉快そうに笑って商品をわたしてくれた。
買いものを終えたマカディオスは第二の目的へ。金物職人があつまるエリアで装置から魔物を解放してくれる人を探す。たくさんの人を尋ねてみたが、だれもが首を横にふる。
「よっすー」
道端で途方に暮れていると、片手をふって親しげに近づいてくる一つ目の巨人。妖精市場でぐうぜん仲良くなった筋肉仲間だ。特売のプロテインの大袋を買おうとして互いの手が触れあったのがきっかけである。その後、二人で商品をどうぞどうぞとゆずりあった思い出がよみがえる。
「腕どしたの?」
「これか。ちょっとな」
マカディオスはどこか陰のある格好良い戦士を意識して少し顔をうつむかせた。口元にこめるのは自嘲のニヒリズム。自分のかっこよさにマカディオスは大満足である。
「ムチャな筋トレで痛めたとか? お大事にね」
「……」
激闘のケガだとは気づいてもらえなかった。
「オヤジさん探しは順調?」
「ううん、まだ会えてねえんだ」
「そっかー。気長にね。応援してるから」
ほがらかでのんびり屋の巨人の趣味は、熱した鉄を叩いて格好良さ重視のロマン武器を作ること。金属工芸が得意な彼に、教導者の機械にとらわれた魔物を助けられないかと相談してみた。
「え? うーん……」
巨人は少し考え、申し訳なさそうに断った。
「助けになりたいのはやまやまだけど、間違って中身の魔物の心臓まで傷つけやしないかと思うと……とても安請け合いはできないよ」
一つ目がへにょっとなる。
「あ、でも。そういうのにくわしそうな人なら心当たりあるかも」
「うおお! ありがてえ! 会ってみたい!」
興味と好意の人だかりの中心にその人はいた。
地面からほんの少し浮かんだ、大きな卵型のソファーみたいな乗り物に腰かけている。
ふくよかで小柄な体。淡く儚げな金の髪。手にした装置を確認しながら得意げな笑みを浮かべていた。
「マアヤさん。すごく腕が良いって評判だよ。調子の悪い機械を見てくれるんだって。しかもタダで」
「へえ! めっちゃ良い人!」
そばには従者らしき人物も姿勢よくひかえていた。
マアヤの白衣のそでからドライバーやピンセットがにゅっと出てきて、不思議なものをカチャコチャいじっている。特大の針がついた温度計のような……さもなくば拷問器具の一種を。
魔力で動く道具や生体装置を直してほしい魔物たちが大勢あつまりマアヤを取り囲んでいた。
生きものを利用した道具はオモテでもウラでもよく見られる。光虫の照明や菌糸体レンガの恩恵はマカディオスもよく受けている。命を組みこんだ道具を平気で利用しているという意味では、教導者の技術に近いものを感じる。
「できました」
従者がマアヤから装置をうやうやしく受け取った。依頼人には慇懃無礼な気どった仕草でそれをわたす。
「拝見します」
白い粘土で作った顔のない人形を思わせる魔物は、一切の躊躇なく自分の頭に装置の針を深々と刺しこんだ。外に出ている部分の目盛りが振れて重苦しい青灰色を示した後、平穏そうな淡い黄緑の領域で安定した。
「幸福測定器が正常に作動していることを確認しました。感謝します。今の私は幸せです」
「すげー!」
「かんたんに直せちゃうのね」
「やるなぁ」
依頼者と見物人から称賛の歓声があがる。マアヤは少しうつむいて、自身にふりそそぐ言葉のシャワーを浴びている。夜露を体に貯めようとする砂漠の虫みたいに大切にかきあつめる。
マアヤが一仕事終えたタイミングを見計らって、マカディオスは数歩近づいた。
「すみません。たのみたいことが……」
「うぉいデカブツ! 許可なくマアヤさまに近づくんじゃあないっ!」
ピシーッと伸ばされた指先に、ばさりとひるがえされたマントのアクセント。お芝居の舞台から抜け出してきたような大げさな身振り手振り。
従者の人に止められた。
目の色や髪はマアヤと似ているが顔立ちや体格はだいぶ正反対な印象だ。こっちは自信家でイジワルそう。見た目はキレイに整えていても言動が攻撃的で奇矯である。
「遠心性筋収縮」
スクワットの姿勢でゆっくりしゃがみこむという筋肉と知性のハイブリットなネタで切り返したのに、ただただ白けた顔で睨まれた。ギャラリーたちも怪訝な顔をするのみ。筋トレ仲間の巨人だけは小さく、ふふっと笑ってくれた。
「バカにしているのか貴様は。しっしっ! 目障りだ」
「リイヤ、そんなに怒鳴らなくても。たのみたいことって?」
イヤなヤツの名前はリイヤというらしい。
マアヤの方は穏やかでいくらか話しやすそうだ。
「教導者の道具に閉じこめられてる魔物を出してやってほしいんです。そういうのってお願いできますか?」
二人がすばやく視線をかわしあった。
「ちょっと見せてくれる?」
「どうぞ」
真鍮色の耳当て装置を荷物から取り出す。壊れないようにセティノアがしっかりした紙箱にしまって、箱の中でガタガタしないようキッチリふんわり布をつめてくれていた。
リイヤがササッとやってきてマアヤにわたす。
「これをどこで?」
「……オモテ側でひろったんです」
詰問するように尋ねられ、ちょっと緊張しながら答えた。
「なるほど。私ならあなたの希望をかなえられますよ」
「脳筋かませモブごときには身にあまる僥倖だぞ! マアヤさまとの出会いに深く感謝することだな!」
「なんでアンタがそんなにえらそうなんだよ」
マアヤは装置の観察を終えると何もしないまま箱に詰めて返却した。魔物はまだ装置の中だ。
ムダに気取ったポーズで、ムダに姿勢を美しく、ムダによくとおる声でリイヤが説明する。
「無価値なヒマ人とはちがって才あるマアヤさまは多忙なのだ。マアヤさまの助力を求めている凡夫は大勢いる。順番まちだ」
「いちいち腹の立つヤツだな。まつってどれくらいだ?」
数ヶ月まで予約でいっぱい。
またリイヤとかかわると思うとうんざりするが、マアヤのほかに教導者の装置から魔物を解放できそうな人の当てがない。マカディオスは仕方なく頼み事の予約をとる。
「これでよし。またせちまうけど、アンタを自由にできる見こみが立ったぜ」
装置の中の魔物にそう話しかける。聞こえているかはわからなくても、こういうのは気持ちが大切なのだ。顔も名前も知らない魔物をマカディオスは道具ではなく人間としてあつかう。
商品の取り置きにしろ依頼の予約にしろ、ふつうの買いものとはちょっとちがう取引をしてマカディオスはすごく大人になった気持ちにひたっていた。
シボッツといっしょにはじめて妖精市場にきた時には、こんな風に自分一人で用事をこなしにいけるなんて思いもしなかったのに。
幻想的な発光虫の照明が灯る広大な洞窟の天井を見上げて、成長とさみしさを噛みしめる。
「どうぞよろしくお願いします、とマアヤさまに深々と頭を垂れるが良い! 俗物無能の覆面マッチョが!」
「うるせえよ」




