50・ヒーローインタビュー
「マカディオス!!」
ドレスが汚れるのも気にせず、セティノアが倒れたマカディオスのもとにかけつけた。
意識がない。息はある。でもふだんよりも弱々しい。顔色もあまりよくない。
上空のヨトゥクルに戦いの終わりを告げようとしたダイナが、何かに気づいて動きを止める。
クルガフィカはマカディオスに倒された。目を覚まさないだろう。当分は。
水の魔物の心臓はいまだ無傷だ。
「あーあ、詰めがあまいのよくないねぇ」
空っぽの魔封器を取り出すと、試行錯誤して装置を起動しクルガフィカの体に触れさせる。
何をやっても上手くいかない。
「難しいなコレ!? 装置はちゃんと動いてるっぽいけど……。コツがあるとか? 私の心構えがダメなのか?」
非情な教導者になったつもりでダイナは魔物に魔封器をめりこませる。抵抗する気力を失った魔物の体が糸状にほつれ、魔封器から伸びた無数の糸に強制的に織りこまれていく。格納完了。
「ふーん。こうなるんだ」
溺死の歌姫を閉じこめている魔封器をダイナは興味深そうに観察中。
「……それ、ちゃんと管理できるんですか?」
そういうヨトゥクルの手には切断されたクルガフィカの毒触手が確保されていた。毒針の先端は脱いだ上着でおおって危険がないようにしている。
「うわ、それ持ってくの? 何? 魔物からはぎ取った素材で最強武器でも作る気?」
「……ご想像におまかせしますよ。そのていどの使い道しか思い浮かばない人に、いちいち説明するのもつかれるんで」
「ハッ! ヤダねぇ、えらぶちゃって」
「もめるのは後でぃす! ウラに戻りますよ!」
マカディオスは夢を見ていた。
魔女の屋敷のガーデンパーティ。セティノアがいてウィッテンペンがいて、もちろんシボッツもいる。それからたくさんのお客。ダイナにヨトゥクル。片すみにはフィーヘンの姿もある。イズムとメロ、めげずにコーヒーをすすめているモニク。年季の入った厨房白衣のジョージもいて、魔物姿にコスプレしたエマとジュリもちゃっかりパーティの料理を食べている。
「よく頑張ったな。好きなだけお食べ」
鶏ハムとゆで卵とブロッコリーがトッピングされた巨大なタンパク質ケーキを脚立に乗ったシボッツが切り分けている。パーティの飲みものは色とりどりのプロテイン。デザートは百人分はあろうかというチョコバナナパフェだ。
ホウキほどの大きさの棒付きアニマルチョコをゆうゆうとかかげるウィッテンペン。
セティノアがお菓子でできた城を空へと浮かび上がらせた。
マカディオスの奮闘をたたえる声が四方八方から聞こえてくる。気分よく手をふって上機嫌な笑顔でこたえた。
どこからともなく極彩色の人力パレードフロートをかついだフンドシ姿のマッチョの一団があらわれて、気づけばマカディオスはそこに乗っていた。絶好調だ。サービスでポージングも見せてあげる。
「ワッショイ、ワッショイ!!」
「マカディオス。フィーヘンが脱臼の処置をしたいそうなので起きてください。意識のない大柄な患者を治療するのは一苦労なんですよ。処置が遅れて利き手が使えなくなってもかまわないんですか?」
陽気と混沌のパーティ会場で唯一平静をたもつヨトゥクルが淡々と話しかけてきた。
ウィッテンペンが大漁旗をホウキ代わりに乗り回し、その下ではアヒルボートに乗ったシボッツが水中から網を無限に引き上げている。中身は何かよく見えない。黒い塊と乳白色のちぎれた触手が一瞬チラリと見えた。
足元は一面の海。いや、水平線まで広がる広大な池だろうか。黒猫のフローが水の上を優雅に歩いていく。
場面が急に切り替わり、ネコたちが記者となってマカディオスをわらわらもふもふ取り囲む。
ヨトゥクルはよろけたところを二足歩行のネコたちにふんずけられてすみっこに追いやられた。
「ファンへのメッセージをお願いします!」
「あきらめずに戦うことができたのは応援してくた人たちのおかげです!」
マイク代わりにネコジャラシを持ったネコの手が四方八方から押しよせる。
「勝利のよろこびをどなたに一番に伝えたいですか?」
「それはもちろん、ここまでオレを……ボクを育ててくれた父と母です!」
「そーなんだー。でもさー」
まとわりつく魔女の声。ネコのインタビュアーたちはとたんに消え失せ、毒バチ丸ごと入りのハチミツの瓶だとか、ヘビを漬けこんだ薬用酒、串に刺さったムカデやイモリの黒焼きが巨大建造物のスケールでぐねぐねと世界に乱立する。怪しい大釜が太陽みたいに煮えている。
「その二人はもうマカくんのそばにはいないよね?」
足元にぽっかりと。
牙の生えた口が。
開いて閉じる。
奈落の底に落ちる前にヨトゥクルの雲に引っ張り上げられた。
「マカディオス! さっさと起きないからですよ」
「おお! サンキュー友よ」
「……べつに。あなたを心配して子どもがずっとめそめそしてるのが煩わしいんですよ。お調子者もやけに静かですし」
ぐいっと頬をつねられる。痛みはなく、そのまま意識が浮上していく。
目を覚ますとぼんやりと天井が見えた。魔女の屋敷で使っているマカディオスの部屋だ。少し寝たおかげか視界のぼやけがマシになってきている。魔法ランプの灯り。まだ夜らしい。薬品のにおいが鼻をもぞもぞさせる。フィーヘンらしき人が紙に何かの記録をとっていた。
「いてえ……ぎぼちわるい」
口の中もパッサパサ。
「あ、起きてる。毒を注入された体で動き回ればそうなるのは当然」
「オレ、死んじゃう? 死ぬ前に一欠けらのチョコと……コロッケとハンバーグとカツカレーと……特大パフェが食べたい……」
「食欲旺盛。強靭な生命力。その調子なら死なないと思う」
ほかの人たちは別室で待機しているようだ。
さっき見たばかりの夢をふり返る。ヨトゥクルがやけに目立っていた気がする。
「全身が……痛い」
「傷口の洗浄と化膿予防は済んでる」
薬作りに利用できないかとヨトゥクルがクルガフィカの毒針を持ってきてくれたらしい。それを材料に解毒剤を作り出すには時間も設備も足りなかったが、フィーヘンが毒の性質を把握するのには大いに役立った。
「抗毒素がない以上、対処療法が中心となるけどね。脱臼も治したい」
「ああ……色々とすまねえな、ありがとよ。体はまだしんどいけどお医者さんに診てもらえて一安心だぜ」
「たぶん勘違いしてる。私は医者じゃないし、専門的な治療の心得もないよ」
フィーヘンが眼鏡をくいっと持ち上げ淡々と宣言する。
「私は生きもので実験するのが好きなだけの魔女」
ウィッテンペンの同類。
「溶解した筋組織を観察できて満足……。魔物の毒針ももらえた……。マカディオスがケガしたおかげ、感謝するね。素人なりに頑張って手当てはするよ。できる範囲で」
「え……脱臼って素人が勝手に治して良いの……? あぶなくない? やめよう?」
満月の光をあびれば体が再生する魔物の世界に病院なんてものは存在しない。人間時代の生業の影響や個人の興味関心として、医学や薬品や生物の知識を持つ者がたまにいるくらいだ。
「放置しても治らない。ゆっくり腕を上げてみて」
「途中で引っかかる感じがしてこれ以上ムリなんだよ。上がらないって! ちょっとやめてフィーヘン、折れるから! やだやだやだ……ホギャアァア!!」
肩は元どおりにはまった。
脱臼がクセにならないよう、肘を曲げて前に突き出した形で腕を固定された。片手だけずっと小さい前ならえ状態である。
「生身の体の持ち主に少し忠告させてもらうけど……不調は元どおりに治ったり、より強くなるものばかりじゃない。ムチャした結果、治らない体で命を続けていくこともある」
無言でうなずく。治らないものがあるのはしっている。背骨に喰らいついた機械の尻尾はまだそこにある。
どうしても倒したい相手がいた。その意志をとおすため愛する筋肉たちを酷使してしまった。骨と関節も。あんまりくわしくないけど心臓とか脳とか色んな臓器とかもいっぱい頑張ってたと思う。大いに労わろう。
「内臓は破れてなさそうだね。しばらくは積極的に水分補給して」
フィーヘンは経口補水液なるものを作ってくれた。それがまたこの世のものとは思えないぐらい甘露なのだ。
「めっちゃおいしい! 作り方教えてくれよ! みんなにも飲ませてやりてえんだ」
「かまわないけど、元気な人が飲んでもおいしくないと思うよ」
「へえー。不思議なもんだなあ。こんなにうまいのに」
飲み干したところで本格的にお腹が空腹をうったえる。よっこらしょ、っと少しぎこちない動きでベッドからおりて食堂へとむかった。
真夜中だというのにセティノアもダイナもまだ起きていた。
マカディオスが腹ペコだとわかると、二人ともあきれたように笑って夜食作りにとりかかる。
「すんごく心配したんでぃすからね!」
セティノアはスープをすくって口元まで運んでくれた。いかにも消化に良さそうな細かく刻まれた野菜が入っている薄味のスープ。ちょっと物足りないが優しい味だ。
「ナイスファイトだったねぇ。ガンガン食べてメキメキ元気におなりー」
左手しか使えないマカディオスでも自由に食べられるように、ダイナはパンに色んな食材をはさんで皿に盛りつける。つぶしたゆで卵をぬったもの。肉ミンチ缶とキャベツを混ぜたやつ。チョコペーストとスライスバナナ。クリームチーズとカットフルーツ。
食堂にヨトゥクルの姿は見当たらない。
キョロキョロしているマカディオスのようすを見て、セティノアが教えてくれる。
「ヨトゥクルなら自分の部屋で寝てるみたいでぃすの。ケガはしてないので安心でぃすよ」
「夜も遅いし、魔力をいっぱい使ってつかれたのかもね。ヨトゥクルになんか用事?」
「ううん。そんな急用ってわけでもねえんだ」
ヨトゥクルだけは夢の登場人物としてあまりに行動が異質だった。夢に干渉する力を使ってマカディオスを起こしにきてくれたのだろう。暴走を起こして本人も苦しめていた夢の魔法。それをを使いこなし始めているのがわかって、マカディオスはちょっとうれしくなった。
「アイツは良いヤツだぜ」
「ふむ。それじゃ悪いヤツの話をしてもいい? クルガフィカのことだけど」
ぶっ倒してやった! 以上!
……その後の記憶がない。激戦で気を失って、どうなったのかわからない。
パンに伸ばした手がピタリと止まる。
「アイツはとっつかまえてるよーん。教導者が遺してくれた道具でね」
「思うところはあるでぃしょうけれど、今は療養に専念してくだせー」
「……おう!」
つかみとってかじったパンにはさまれていたのは薄切りのプラム。
あの廃墟の村でとれた果実はかみ砕かれてマカディオスの血肉に変えられていく。
三つのシングルベッドを固定した特大ベッドで横になる。お気に入りの怪獣着ぐるみパジャマに着替えるよゆうはない。
さっき寝る前にトイレにいったら赤茶色のおしっこが出てこわくて泣いちゃった。死ぬかと思ってフィーヘンに泣きついたら、毒の作用で血や筋肉が溶解した影響だろうと平然と説明された。マカディオスの生命力なら休んでいればじきに回復していくとも。
夜の闇にまぎれてひっそりとこちらを見ている小さな気配がある。マカディオスはベッドの上で身を起こす。
「心細いからこっち来てくれよ」
シボッツの飼いネコたちが暗闇からするりと姿をあらわした。
ローテのひんやりとした鼻先が手の甲にぴたりとくっつく。
体に寄り添うふわっとした黒い塊の正体はフローだろう。
あぐらをかいた脚のかたわらにミルがのっそり座りこむ。
ネコたちがこんなに懐っこく触らせてくれるのはすごくめずらしい。マカディオスもセティノアもオバケキャッツを抱っこしたくても、冷たくあしらわれるばかりだったのに。クルガフィカと戦ってヘトヘトのボロボロになったマカディオスにネコたちはあきらかに大サービスしてくれている。
部屋のすみにぼんやりと白いカゲが見えた。ネコだ。こちらに近づかずようすをうかがっている。
戦いでのローテとミルの加勢はわかりやすかった。魔法の肉球でマカディオスが水の上を歩けるようにしたフローの支援も。だがあの戦いで目立たず気にかけられることもなく、こっそりと重要な活躍をしていたネコがいるはずなのだ。
「よお。姿を消す魔法をかけてたのってお前?」
隠ぺい魔法。これがなければクルガフィカはもっと早くネコたちの存在に気づいていただろう。おそらくフローがマカディオスに近づく隙もなかった。
白いネコは月の光が移動するような足どりでマカディオスの方に近づいてくる。覆面を外した素顔をのぞきこむ。こちらの口の動きをじっと観察している。
「ありがとな」
ネコたちがノドを鳴らす震えが心地良く肌に伝わってきた。
空がよく見える草原で妖姫は月を見上げている。
――満月は嫌いだと思ってたけど。うん、でも今夜は気分が良いんだ。
どういうわけか自分でもわからないが小鬼の心は晴れやかだ。
妖姫の足取りも軽く、いつしかそれは軽やかなダンスになっていた。スカートが華やかに広がってキノコの胞子が妖しく舞う。
薄明をむかえるまで妖姫は踊る。
どこか遠くの村で一番鶏が鳴きだした。




