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42・廃墟の村と水の乙女

 マカディオスたちはフィーヘンからくわしい話を聞いていた。

 行方知れずのウィッテンペンに似た魔物に関する情報だ。魔物の乙女が目撃された場所はゆったりと流れる川だという。


「直接会ってたしかめねえとな」


「そうでぃすね」


「川かぁ。私の華麗な水切りを見せちゃるわい」


 ダイナの言葉にセティノアがふりむく。

 くるくるサラサラの巻き髪がマカディオスの顔にぺちふわっとぶつかった。くすぐったい。


「まさか、ついてくる気なのでぃすか? ダメでぃすよ!」


「義理の親子の感動の再会になるかもしれないんだよね? 専用の楽師、いらない?」


「BGMは重要だからな。一理あるぜ」


「ねーでぃす! ダイナの話に流されないでくださいっ!」


 フィーヘンはこの話に口出しする気はないらしい。

 このムチャな同行をとめられるかはただ一人セティノアにかかっている。


「……すごく危険かもしれません。セティだって強い魔物とはいえませんが、ダイナはそもそも人間でぃしょう?」


 心臓に何かあればもちろんのこと、それ以外の命にかかわる大ケガをすれば二度と復活できない。


「はい……。大人しく快適なお屋敷ですごしてます……。せっかくウラ側にいるんだし、魔物化のしくみについて調べてみようかな。オモテにいく君たちの無事と幸運をいのっているよ。というか危なくないって判明した時は私もよんでほしー」


「だな! その時はみんなで川遊びしようぜ!」


「いいねぇ! 川で遊ぶんなら準備をおこたっちゃあいけないよー」


 フィーヘンは特に何もいわなかったが、眼鏡の奥の眼差しをチラッとセティノアにむけた。


「なんでもいいけど、早くウィッテンペンを連れ戻してくれると助かる。危険度の高い有毒生物の捕獲を引き受けてくれる人がいなくなって、私の研究も停滞中……。あの人が姿を見せなくなって、このあたりの治安もだんだん悪化してきてる」


 実力のある恐ろしい魔物が目を光らせていないと、ウラの世界はすぐに無秩序状態になってしまう。魔物だからといって全員が犯罪者気質というわけでもないし、他者との交流を完全に遮断し加害や被害とも無縁ですごす者もいる。そして弱い相手を一方的に痛めつけたいと舌なめずりをする者もいれば、損得ぬきでだれかをだまして破滅させることによろこびを感じる者もいる。




 まだ明るい夏の夕刻。マカディオスとセティノアは川を見下ろす荒れ野の丘にたたずんでいた。川まではなだらかな坂道で、岸べはやわらかそうな白っぽい砂泥でできていた。まるで海の砂浜のようなおもむきがある。


 下流の方に荒れた村の跡地が見える。石造りの建物さえもところどころ崩れていた。人が住まなくなってそうとうの時間がすぎている。

 上流に目を向ければこちらにも数件のボロボロの家屋。耳をすませると、重たい何かがきしむ音とバチャバチャはねる水の音が聞こえてくる。


 オモテ側への旅のお供にオバケネコのローテがついてきた。

 灰色のミルは魔女の屋敷にとどまってダイナの面倒を見ている。魔法が使えない者がウラ側で暮らすのはなかなか大変だ。


 ローテのようすがどうもおかしい。毛を逆立たせ目をギラギラさせている。それでも不用意にうなり声を上げることもない。茂みに身を隠し、そこから慎重に川べをうかがっている。


 マカディオスとセティノアもローテにならって茂みに身を隠した。マカディオスの体を完ぺきにおおいつくすのは小さな灌木にはいささか荷が重すぎたが。


 川から吹く風がネコのヒゲと毛をかき乱す。

 風のにおいにピクリと反応した。

 これで確信を得た、とでもいうように迷いなくローテが立ち上がる。

 力強く何かをうったえる目で子どもたちを数秒見つめてから、つむじ風の身のこなしで姿を消した。爪で作った世界の裂け目にするりと身を忍びこませてウラ側へと戻っていく。


「どこいっちまったんだろう? ここに何かあんのかな……?」


 マカディオスも風のにおいをかいでみたが、いまいちよくわからない。川の湿った水と泥の匂いがするだけで、少なくともすぐにこれと気づくような異臭などはしない。


「わかりませんが……用心しておきましょう」


 小さな手がしっかりとマカディオスの服をつかむ。

 セティノア自身のおびえを落ち着かせるためでもあるし、何かあった時にすぐにマカディオスといっしょに魔法で避難するためでもある。百年ごもりの呪い姫は、この大きな体の竜の子に対して姉のような責任感を持っていた。


 川はとうとうと流れている。

 魚がはねる音がした。

 首の長い灰色の水鳥が飛び立った。

 カエルや得体のしれない虫たちの鳴き声。


 その無秩序な騒々しさが、いっせいに静まりかえる。


 いつでも逃げ出せるようにセティノアが身がまえた。

 マカディオスは背後、頭上や地中にいたるまで神経をとぎすませる。


 聞こえてきたのは甘やかな歌声。

 夕日で赤くそまる川面に下半身をひたした若い女性の人影。水をたっぷりふくんだ長い髪は、水中の水草のように不思議に広がっている。沈みゆく逆光がその存在をすべて黒くぬりつぶす。

 美しい。けれど明らかに異常。人間ではない――。




 気持ち良く意識はもうろう。


「ねぇ……、大丈夫?」


 砂糖みたいな声が脳を直接ざらりとこすった。


「息できる? おきて……」


 マカディオスの目がバチリと開く。

 少し離れた場所から心配そうな面持ちの女性がこちらを見ていた。

 返事をしようとしたマカディオスの口からぴゅーっと水鉄砲。ぼんやりとした頭でのんびりと、自分はおぼれたのかもしれないという可能性にたどりつく。


「あっ! セティノア!」


 我に返り、小さな家族の名をよんだ。

 いた。

 なんというひどいありさま。

 全身ずぶぬれでステキな巻き髪もお姫さまドレスも台なしになっている。頭の上では小さな淡水ガニがハサミをふり上げ威嚇体勢。セティノアは苦しげにうんうんうなされている。

 マカディオスはカニの甲羅をつまんで水の近くに逃がしてあげた。セティノアが楽に休めるように、顔を少しうつぶせ気味にした横向きで寝かせる。人間とちがって魔物は格段に頑丈だ。じきに目をさますだろう。


「おぼれてたオレたちをあなたが助けてくれたっつーわけか?」


「ええと、まぁ……そう。おぼれた原因も私だけど……。ごめんね?」


「そっか、ありが……んあっ!? どういうこった?」


「怒らないで! ごめんなさい! あなたたちにねらいをさだめて川に引きずりこもうとしたわけじゃなくて、私の歌がね……勝手にね……。ゆるしてくれる? 怒ってない……よね?」


「なんだ、そういうことかよ。すぐに助けてくれてありがとう!」


「ど……どういたしまして?」


 さっきはシルエットしか見えなかった姿が、はっきりとわかる距離にいる。


挿絵(By みてみん)


 ウィッテンペンを探している状況で見かけたのなら、思わず二度見するくらいには似ていた。瓜二つのそっくりさんというほどではないものの、全体的な雰囲気がなんとなく似通っている。

 妖しくうごめく長い黒髪がそう思わせるのだろうか。

 手入れされた華やかな爪がそろった、しなやかな手の動きだろうか。

 ゆったりとひびく甘美で優艶な声か。


 もっともマカディオスがしるウィッテンペンなら、まちがってもこんなおどおどとした態度は見せないだろう。

 ちょっと面影が似ているだけの他人だ。彼女は()()()()()()()()()無関係のただの魔物。




 セティノアがおきるのをまつ間、マカディオスと川の乙女はとりとめのない話をした。夕暮れはすでに宵の暗さにかわっていた。

 彼女の名前はクルガフィカ。オモテの水べを転々としておだやかに暮らしているらしい。


「私は水から遠くにはいかないから……世の中でおきてること、よくしらなくて。この前の満月の晩、山のむこうで大きな火の手が上がっていたけれど……何があったのか、あなたはしってる?」


 一瞬、矯正学舎をおそったあの白い竜の悪行を思い浮かべたが時期が一致しない。どこかマカディオスのしらない場所でしらないうちに痛ましい出来事がおきたみたいだ。この世界はそんな不幸や理不尽がたくさんあるのだと、小鬼の家で手厚い愛情につつまれ守り育てられていたマカディオスも理解しはじめていた。


「……いや。わかんねえな」


「そう……。ねぇ、あなたたちのことも聞かせて?」


 水底のような深い青色の目を興味深そうにむけられる。目の形や鋭さはウィッテンペンと似ているものの、困ったような下がり眉がひかえめで薄幸そうな印象を与えている。


「あなたもウラにいかないでこちら側をうろついてるってことは……もしかしてオモテの人間を食べるため?」


「食べるわけあるかーっ!」


「ごめんなさいごめんなさいっ、怒らないで……」


 本気で怒ったのではなくツッコミのような大声だったのだが、クルガフィカはひどくおびえて自分の頭を両手でかばった。


「んん……、こわがらせてごめんな! オレは怒ってねえし、人だって喰わねえよ」


 でも、人を食べるんじゃないかと疑われるほど自分って恐ろしげなのかとマカディオスはちょっぴり落ちこんだ。


「……ゲホッケホッ! うう……?」


 大声でさわいだせいか……あるいはおかげか、セティノアがふらふらと目をさます。


「お、気がついたな。この人がオレらを助けてくれたんだぜ」


「ふぅん……」


 マカディオスから色々と事情を聞かされても、すぐには信用できない、といいたげな表情でセティノアはクルガフィカをじーっと見つめた。


「魔法の歌声でセティたちがおぼれたのは本当に事故だったのでぃすか?」


「悪いと思ってるの。あれは本当に事故。私の歌に……陸の生きものを水中にさそう効果があるのはしってる。でも、あなたたちをねらったわけじゃなくて、別の……小さな鳥やケモノでも引っかからないかな、と思ってただけなの」


 恥ずかしいような気まずそうな顔をして、クルガフィカが小さくつけくわえる。


「……人間だったころは満足に食べられなかったから……」


「よし。あとでみんなでBBQしようぜ。ダイナとヨトゥクルをよぼう。本の虫のフィーヘンはきてくれねえかもな」


「さっき会ったばかりの魔物とそんな約束しねーでくれます!?」


 そういいながらも、クルガフィカを見るセティノアの眼差しはずいぶんとおだやかで優しいものへとかわった。




 川のクルガフィカとおわかれして、廃村の目立たない場所に転移陣を設置しにいく。

 空には半分欠けた月。セティノアが持ってきた魔法式ランプがたよりなく光っていた。

 廃村の家々の窓や扉の木はとうに朽ちはてて屋根はない。床に吹きたまった土埃から植物が芽生えていた。


「あの人はオレたちが探してる相手じゃなかったけど、気になるよな」


 物憂げで悲しそうなほほ笑みとおびえたようすが印象に残っている。

 何か困っているのなら助けになりたいと、ただ純粋にそう思う。


「うーん。悪い人じゃなさそうでぃすけど、セティとしてはべつにそこまで深入りしようとは……。それよりこの村をよく調べたいでぃすわ」


「ああ。ここにきた時のネコちゃんの反応がすんごく意味ありげだったもんな」


 今のところほかにシボッツとウィッテンペンにつながる情報も入ってきていないのだ。二人はこのあたりをくわしく調べてみたり、機会があればクルガフィカとの交流を重ねてみる、という方針で一致した。

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