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37・消えたいと願う夜ごとの祈り

 イズムを肩の上にかつぎ、マカディオスは軽やかに走って東地区へとむかう。


 夜の東地区はきらびやかなものと汚いものがごちゃごちゃに入り混じっていた。

 入口でいかつい警備員が客の持ち物チェックをしている建物からは、虹のような光と音楽と笑い声がもれ出している。

 生ぬるい夜風が運んでくるのは、安酒とゲロとネズミのおしっこのにおい。


 移動しながらイズムからくわしい話を聞く。ようすがおかしいのはパーティの特別ゲストに呼ばれている、東地区の出身の若い男性歌手メイブだ。最近はほかの地区でも人気が出てきて、じわじわと知名度が上がっているんだとか。


「いつものメイブじゃない。目をあわせない。ピリピリした感じ……」


「たしかに妙だけど、それだけじゃうたがう理由として弱くねえか?」


 それだけじゃない、とイズムが首を横にふる。


「遅刻しないできた。格下相手にも腰が低い。ヘマしたヤツをどやさないどころか、気にするなってフォローしてた。女子の注意をひこうとしてイキらない。……絶対おかしい」


「そうか! そのままにしておいちゃダメか?」


「ダメ。中身が魔物かもしれない。不気味。放っておくのはこわい」


 イズムはわりと良いヤツだと思う。

 多分、ほかのイヤなヤツが魔物を忌み嫌う発言をしても、マカディオスはこんなに複雑な気持ちにはならずに済んだだろう。良いヤツだからこそ、彼の口から発せられた魔物を嫌悪する言葉にダメージを受けた。


 いや、落ちこんでいる場合ではない。マカディオスの機械じかけの尻尾がきゅるくるとまき上がる。さながら蛇の鎌首のように。


 相手は、寝ている人の意識を乗っ取ってあやつるような魔物だと思われる。ロクでもない力だ。イズムが言うように放っておくわけにはいかない。表面的に良い人そうなふるまいをしているのも、まわりから排除されないための姑息な演技かもしれない。


「マカディオス、どうかしたか?」


「……大丈夫だぜ! で、どうする? 作戦会議しようぜ。スペシャルゲスト相手に揉めるのはマズいよな」


 何かしくじってトラブルが起きてもマカディオスはよそに行けばいいだけだが、ここで生活するイズムはそういうわけにもいかない。慎重に判断をあおいだ。


「メイブが夢遊病事件と関係あるってハッキリさせないと、俺らが因縁つけて絡んでいったみたいになる」


「だな。単純にとっつかまえて、はいOK! ってわけにはいかねえよな」


 イズムとメイブは知りあいだ。カマをかける質問をして、皆の前でボロを出すように誘導することにした。何か不審な動きがあればマカディオスが取り押さえる手はずだ。




 ディゴロと落ちあった子どもたちのたまり場がパーティ会場となっていた。入口のセキュリティも大人ではなくヒマそうな少年だ。

 イズムの説明によると、まだ大人があつまる店には入れない子どもたちが仲間内で夜ふかしのパーティをしているとのこと。


「オレが言うのもなんだけど、こんな夜中に出歩いて家の人に叱られねえ? 朝起きられる?」


「マカディオスは面白いこと心配する」


 低く笑って、イズムは質問をはぐらかす。その表情はマカディオスよりもはるかに大人びて見えた。

 もっともそれはある意味当然で、マカディオスは卵の殻をぶちやぶってからまだ一年ほど。イズムの方が生まれてからの年数が長い。それに東地区の子どもは早熟の傾向がある。彼ら彼女らの子ども時代は切ないくらい短い。


 入口の少年にイズムは軽くあいさつだけして中に入る。リストバンドをまいてもらうのだが、マカディオスの太い手首には入らなかった。かわりに手の甲にスタンプを押してもらった。


「おおー! なんかワクワクするな!」


 たまり場の中では、体に悪そうな安っぽいジュースを手にして子どもたちが音楽にあわせて踊っていた。決まったふりつけなどはなく、思い思いに体を動かす。

 イズムの姿を見て、手をふったり陽気に絡んでくる少年たち。イズムはオシャレでもないしケンカが強い方でもないが、実力のあるドラマーとして一目置かれているようだ。




 VIP席……と呼ばれているだけのただの個室でメイブは出番の待機中。まずはイズムがドアを開けて顔を出す。部屋は静かだ。中にはメイブと女子が数人。派手な女の子たちはみんな戸惑いや退屈や不満の表情を浮かべて、無言でジュースを飲んだり爪や髪をいじったりしている。そんな気まずい空気を一切合切ムシして、メイブは黙々と歌詞や演出のチェックに専念している。


「……調子どう? なんか、今日はずいぶんマジメしてるけど」


 メイブが返事をするまで若干の間があった。


「うん、まあまあな。てか集中したいから話しかけないでもらえる?」


 そんな感じで室内の女子たちもおしゃべりを禁止されているのだろう。

 出番をひかえた歌手がピリピリと緊張する気持ちはわからなくもない。マカディオスには特に不自然な態度には思えないが、付きあいの長いイズムにとっては明らかに異常だとわかる事態なのだろう。


「……」


 イズムは黙っている。言葉たくみにメイブの本性をあばく作戦のはずだ。

 言葉たくみに……。

 マカディオスはハッとした。イズムは口達者ではない。物事を考えないわけではないのだが、それを言葉としてまとめるのにだいぶ時間がかかる。そうしてやっと口に出した言葉も、語彙に乏しかったり、表現の仕方があやふやだったりと、切れ味が鈍い。

 ダメそうならいったん立ち去るのも手なのにイズムは部屋から出てこない。この間もまだ話す内容を一生懸命に考えている途中なのだろう。


 苦手なことを引き受けてくれたイズムの心意気をマカディオスは受け取った。自分の街を魔物から守りたいという気持ちもあったのだと思う。

 びみょうになっていくVIP席の空気を感じ取って、マカディオスは自分が動くことにした。 


 開けたドアから腕だけ出して力こぶを見せつける。


「どうもこんばんは」


 ススッと移動して、ドア前で仁王立ち。


「マッチョ。マッチョはいりませんか?」


 上腕二頭筋()三角筋()大胸筋()。パーティ会場に流れる音楽にあわせて、筋肉をリズミカルに動かす。パワフルな肉体のアピール。


「魔物のウワサで物騒な今日このごろ、筋肉ムキムキの用心棒(セキュリティ)はいかがですか?」


 マカディオス登場への反応は様々だ。ピーチジュースを手にしたままポカンとするポニーテールの女の子。片眉を吊り上げて冷たい視線を送る、でこ出しロングヘアのクール系美人。大きな口を開けて声を上げずに笑うウェーブ髪の女子。

 そしてメイブは、マカディオスの姿を見て息をのむ。


「あ」


 驚き、恐怖、焦り。

 見開いた目に様々な感情が浮かんでは消える。




「君ら席外して」


 マカディオスから視線をそらさず手だけ動かして、メイブは女三人を部屋から追いはらう。

 解放された女子たちはやれやれといったようすで心なしか嬉しそうだ。通りすぎざまポニーテールの人は困ったような笑顔で首をかしげてみせ、クール美人はだれにも目もくれず、ウェーブ髪の子はわざとらしくくねくねと歩いて最後に手をふる。そうして三人は盛り上がるフロアの人混みに消えていく。


 人払いが済むと苦々しい顔でメイブが口を開く。


「……抵抗はしません。暴力をふるうのはやめてください」


 さっきまでのメイブとは異なり、抑揚のないボソボソとした小声の敬語でしゃべっている。演技さえもやめたらしい。


「この体の持ち主は僕とは無関係ですから……」


「今話してるアンタは夢遊病事件を起こしてる魔物ってことでいいんだな? 素直なのは助かるけど、それにしても観念するの早くねえ? もうちょいしらばっくれるとか、逃げる機会をうかがうとかしなくて良かったのか?」


「……どうせ本体の居場所もバレてますし。ムダな抵抗をするよりも従順な姿勢をしめした方がまだマシじゃないですか」


 本体の場所がバレている。魔物の発言の意味がわからず、マカディオスの頭の中で疑問符が飛びかう。

 体を乗っ取られている間にディゴロが見た、壁と天井の特徴。夜中に酔っ払いのハイクオリティな歌が聞こえること。

 マカディオスの姿を見た時の反応。

 本体の居場所が特定されている、とむこうは認識していること。


「……? あ! 隣の部屋の人か」


 ダイナが住んでいるのはドアに番号のふられた集合住宅だ。ほかの部屋とも天井や壁紙のデザインは共通なのだろう。特徴的な酔っ払いの歌も隣の部屋なら同じタイミングで同じように聞こえてくる。

 マカディオスの姿を見ただけで観念するなんて、やけにあきらめが良すぎると思ったが、そういうことだったのか。彼の視点では、自宅を訪問された後に眠りを介して乗り移った先でもマカディオスがやってきたわけだ。それはすぐに降参を選びたくもなる。


「君は正答の教導者……には見えないですね。関係者か何かでしょうか。僕の情報を売りわたして報奨金でももらうんですか。良かったですね」


 ボソボソとした声で生ぬるい皮肉を口に出すのが、この魔物の精いっぱいの抗いのようだ。


「いや、夢遊病事件を止めて平和に楽しく暮らしてくれりゃあオレは文句はねえよ」


 イズムはマカディオスと魔物を交互にゆっくりと見てから、自分のペースで口を開いた。


「……ん、まぁメイブを元に戻してくれるならそれでいいかな。べつに俺、魔物となれあう気はないけど……わざわざ教導者に突き出して事情説明すんのもめんどう……」


 メイブの体をかりた魔物は、両手で顔をおおってうつむく。


「ムリですよ、そんなの。自分でも止められないんですから。……こっちだって好きでこんなことをしてるわけじゃない!!」


 ドアがノックされる。メイブの出番がきたようだ。


「……ここでキャンセルすれば、体の持ち主の評判を傷つけることになります」


「メイブの評判、もともと傷だらけ」


「でも彼のステージを待ち望んでいる人はいるでしょう? どうせ僕に逃げ場なんてないんです。やらせてください」


 鬼気迫る顔で懇願されて、マカディオスもイズムも思わず頷いてしまった。




 マカディオスは考え得る限りの不意打ちに警戒していたが、魔物はメイブの姿で精いっぱい歌っただけだった。鬱屈とした不満を攻撃的なサウンドに乗せて。

 会場をわかせてメイブはマカディオスたちの元に戻ってきた。


「ええと……。自分の意志じゃないって話だったっけ?」


 メイブは頷く。熱唱の余韻で肌には汗が光っている。


「ジュース飲む? 何が好きだ?」


「……お茶がいいです」


 のどかに一服タイム。

 息が整うと魔物はポツリポツリと事情を話しはじめた。


 元々は760aに生きるさえない音楽家志望の一人にすぎなかった。

 夢をつかめず消えていく泡となる。芽の出ることのない果実で終わる。そんな恐怖に背中を焼かれながら、音楽家として成功することを目指して生きるという役割をマジメに果たしていた。

 これであっているのか不確かな道のりを進む、黙々と。

 報われる保証のない努力を続ける、コツコツと。


 そんな日々の中、作った曲がじわりじわりと評価され、そこそこの人気を博すようになる。

 頭の中に満開のバラの庭園が出来上がったほど嬉しかった。足どりは雲の上を歩くような至福の浮遊感。とっくに見飽きたせまい部屋でさえ、なんだか輝いて見えた。


 喜びのさなか、思いもしない言葉のナイフが喉元にヒヤリと突きつけられる。

 ――ここ×××に似てる。

 ――パクリ?

 ――声も顔も×××の方が上。


 そんなことはしてない。けれども潔白の証明は困難だ。

 潮が引いていくように人気も評判も去っていく。

 ずっと光が当たらなければ、この寒さにも耐えられただろう。

 でも一度手にしたものが失われていくのは何よりもつらかった。

 気づけば毎日の練習も手がつかなくなり、人の目を避け自分の家にこもりがちになっていた。


 しょせん脇役どまり。

 どうせ、だれからも認められない。

 自分が作り出すものは無価値なものばかり。

 無貌の作家は人気者にふさわしいのは××××だと判断した。

 自分は人間なんかじゃない、水と空気と食べもの消費するだけのゴミ。


 こんな自分と絶交したい。縁を切りたい。二度と目覚めなければいいのにと思いながら不健康な眠りに落ちる。


「そして奇妙な夢を見ました」


 しらない部屋のベッドで目を覚ます。同じ部屋にいた女性が心配そうに顔を覗きこんでくる。

 ――どうしたの、××××?

 呼ばれたのは聞きたくもないあの名前。わけがわからないまま、あわてて部屋から抜け出した。

 路地裏に身をひそめて状況を整理する。どうやら××××の体に自分の精神が宿っているらしい。ずっとこのままなのか、元に戻る手段はあるのか、××××本人はどうしているのか。

 堂々めぐりの思考は強烈な眠気で強制的に中断。


「気づけば自分の部屋のベッドに……。なので、最初はただの不快な悪夢だと思っていました」


 それが魔法の暴走のはじまり。

 760aで活躍している者。作り出す音や詩を他者から評価され、存在を望まれている者。そういった人物に、睡眠を介して乗りうつってしまうようになった。

 眠らないよう努力したがそんなことは不可能だ。

 また寝ている間も意識が休まらないので、主観的には一睡もしていない状態が数ヶ月続いているようなものだ。かなりしんどい。

 他者に乗りうつるたびに体の持ち主からの影響を受ける。歌唱や演奏の技術。価値観や生き様。直近の記憶や感情。

 そんなことをくり返すうちにだんだんと、起きている間も自分の存在があやふやになっていく。

 それはとても恐ろしく、同時に……。


「無価値な自分が消えていくのが気持ち良かった」




 イズムが大皿の中にポップコーンをぶちまける。マカディオスはそこにカラフルなマシュマロを投下。


「んん……まぁ食べろ」


「甘い系もあるからな!」


「……どうも」


 元気づける方法として、とりあえず食べものを勧めることしか思いつかない男子たちであった。


挿絵(By みてみん)


 夢遊病事件が意図的ではないことも、同情をさそうような話も、真実かどうかわからない。ウソを見破れるセティノアの助けがない状況でマカディオスは判断を下した。

 コイツは悪い魔物ではない、と。


 人と目をあわそうとしない不安そうな表情は、手放しで信じたくなるような態度とは言えなかった。が、それでもマカディオスはこの魔物に心を開いた。

 堂々としているかおどおどしているかは問題ではない。上手なウソつきはさも誠実そうにもふるまえる。魔女の屋敷のゲーム勝負でマカディオスはそれを学んだ。特にウィッテンペンはウソが上手いのだ。頼れる味方に見せかけて肝心なところで勝利をかっさらう。

 協力も裏切りもアリな状況で、信頼しても良い相手を見極めるには言葉や印象はあてにならない。

 重要なのは行動だ。言葉や態度を良く見せかけるのは、ウソつきにとってお茶の子さいさいでコストもそうかからない。それに比べて行動の偽装となると簡単ではないしコストもかかる。


 この魔物の行動は信じて良いと思えた。不気味な夢遊病事件で、だれも傷つけられず名誉をうばわれもしなかった。

 評価されて活躍している人たちをうらやむ気持ちはあったのに。

 気づかれずに悪事を働くチャンスはいくらでもあったのに。


「アンタが本体に戻るまであとどれくらいだ?」


「まだ時間がかかりそうです。憑依の終了前には強い眠気が襲ってきます。憑依の時間はだいたい睡眠時間と同じなので、朝にはこの人も元どおりになっているかと」


「メイブなら昼まで寝てるかも」


 自分の好きなタイミングで解除できないのも不便そうだ。

 

「そんじゃ昼すぎにアンタの家にいくぜ。作戦会議しねえとな、アンタが助かるための」


 マカディオスは大皿からマシュマロをつかんで自分の口に放りこむ。ふわふわの中にはチープな味わいのイチゴソース。

 お菓子がてんこ盛りになった大皿を魔物の方へと動かした。魔物はちょっと遠慮するような間をおいてから、そろそろと手が伸ばす。小さなポップコーンを一粒つまんで口に運んだ。


「うん……。ありがとうございます。僕なんかに関わってくれて」


 魔物は名を明かした。


「魔物としての僕の名前はヨトゥクル。人間だったころの呼び名は……忘れました」

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