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34・パフェのご予約ありがとうございます

 街の広場は人で賑わっていた。760aがほこる音楽学校の生徒たちが演奏会を開くからだ。

 マカディオスとダイナは広場から少し離れた場所にいた。街路樹が作り出した明るい日陰で、風が運んでくれた音に耳をかたむけている。高い音や小さな音はとだえてしまい、ここまで伝わってくるのは低く大きな音だけ。ステージのようすもぜんぜん見えない。


「もっと近くで聴きたかった?」


「オレはここがいい! 後ろの人のこと気にしなくていいし」


「フフ、背が高い人あるあるの悩みだね。ちゃんとした場所じゃなくたって、涼しくて楽な方がずーっと良いよ。……広場のステージには屋根があるけど客席には日陰がないしね」


 風が吹く。オレンジ色のレンガの塀にはりついているツタの葉がさわさわとゆれた。キレイな青の水彩画みたいな空からは明るい陽光がふりそそいでいる。ダイナは日差しを気にしていたが、今日はそれほど暑さは感じない。気持ちの良い晴天だ。


 広場の方から大きな拍手がひびいた。

 吹奏楽の発表の後、巨大なパイプオルガンの演奏がはじまる。

 音楽学校に入学するだけでも難関な上に、パイプオルガンの奏者として認められるのは一にぎりだという。


「今弾いてる子も、ものすごい練習を重ねたんだろうね……。うん……」


 そうつぶやいてダイナは複雑な面持ちで黙ってしまった。

 街全体にひびくその音に、マカディオスも目を閉じて聴き入った。


「これがパイプオルガンの音なんだ。すげえ……すげえ壮大な演出で超強い敵とかが出てきそう……」


「ンッフ」


 ダイナが細長い体をくの字に曲げた。笑わせるつもりじゃなかったのにマカディオスの感想がツボに入ったらしい。わりとしょうもないことでよく笑う人だ。




 ダイナの仕事の時間がきて、マカディオスは一人高台で街を見下ろしている。

 ここでいきなり夢遊病事件の調査にガッツリ乗り出しても警戒されるだけだ。観光客という偽りの立場にあわせて、ぶらりと散策する。地形や建物の把握をしておきたいし、人のあつまる場所がわかれば情報源になる。

 マカディオスは街をザッと一周してみることにした。


 中央には野外パイプオルガンのある広場。演奏会が終わって混雑は解消されたが、それでも人で賑わっている。ジェラート売りのおばさんは、仕事の手を動かしながら小さく歌を口ずさんでいる。マカディオスはアイスを食べてみたかったが、自分のお金がないのであきらめるしかなかった。お金さえあれば、イチゴミルク味とブルーベリーヨーグルト味とクラゲソーダ味とピスタチオチョコレート味のグレート四種盛りを頼みたかったのに。


 そこから北にむかうと、コンサートが見られる飲食店や人気アーティストのグッズを売る店が連なるエリアに出た。

 練習用のかしスタジオや楽器を売る店もある。十代前半ぐらいの少年が緊張の面持ちで試奏用リュートを手に取る。深呼吸の後、短い練習曲を弾いて音色の確認。初々しくて真剣な空気がなんかいいなとマカディオスは思った。少年の肩はカチコチだったがその目の奥では熱意と希望が静かに輝いている。心の中でこっそり応援して通りすぎる。


 街のほこりである音楽学校は西側の少し小高い丘の上。学校へと続く大通りには、いかにも老舗といった楽器店があつまっていた。北側の店とちがって、いかにも格式高くてふらりと立ちよれる雰囲気ではない。

 個人宅なのか何かの施設なのか一見してわからないほど立派な屋敷もたくさん建っている。

 トリミングばっちりな犬の散歩中の初老の男性からジロジロと見られている気配がした。マカディオスは陽気にサイドチェストをしながら、さわやかさを心がけて挨拶をした。さりげないコミュニケーションをとって自分が無害な存在だとしめすのは大切だ。

 あいさつが大事だとシボッツからも教わった。ポージングについては何も言ってなかったけれど。


 生活に必要なものをあつかう店や庶民的な住居は南に多い。モニクとダイナがいる喫茶店も、このあたりで店をかまえている。ちょうどコーヒーブレイクにぴったりな時間帯だ。今ごろダイナもいそがしくしているのだろう。

 公園のベンチに座ってマカディオスは一息つく。食パン一斤を使ったサンドイッチをダイナが持たせてくれた。具材はチーズと3D肉シート、それからレタス。


 東地区に足をふみ入れるなら用心するように。ダイナからそう忠告されている。治安が悪く、路上でいきなりラップバトルやダンスバトルが勃発(ぼっぱつ)するのが日常茶飯事のデンジャーゾーン。

 バトルといってもガチの暴力沙汰にならないための競争だ。だからこそ体格や腕力の差を気にせずにマカディオスが全力を出してバトルできる相手がいるかもしれない。ちょっと面白そうである。

 マカディオスは悪名高い東地区にウキウキ気分でずんずん進んでいった。




「壁のラクガキめっちゃ多いな!」


 いつバトルがはじまるのかな、とワクワクで荒れたストリートをいく。


挿絵(By みてみん)


 キョロキョロとまわりを見回してみても、みんなふいっと顔をそむけてしまう。壁にもたれて低い声でおしゃべりしていた男たちのグループもマカディオスが近づくと押し黙る。

 話しかけやすそうな雰囲気の人がいたので手をふりながらフレンドリーに近づいてもダメだった。トゲつきベストを着たマッチョの同類だ。ギョッとした顔をして全力疾走でせまい路地へと逃げこまれてしまった。去り行く背中のおどろおどろしいドクロマークに、マカディオスはさみしげにつぶやく。


「ナイスバルク……」


 建物の陰でこちらの挙動をじーっと観察している者もいる。井戸ばた会議をしている女性陣。前方にある放置された屋台荷車に隠れて子どもが五人。右ななめにある壁がヒビ割れている建物の三階の窓から老人が一人。

 こちらを警戒していて仲良くしてくれそうな雰囲気ではない。


 マカディオスはただ、歌やダンスの対決(バトル)がしたいだけなのに。


 不思議な音が耳に飛びこんできた。

 ナベがひっくり返る。空のバケツをけっとばす。古い雨どいを指ではじく。缶と缶とがぶつかった。そんな混然とした音が一つの曲となって聞こえてくる。


「あっちの方でぜったい何か楽しいことがある!」


 耳をたよりに入り組んだせまい路地をたどる。

 大小さまざまな不用品が積まれた空き地で、地べたに座った少年がまわりの廃材を無心に叩いていた。少年を囲む形に配置されたガラクタたちは金属の声で思い思いに歌っている。スティックをふるう少年はゴミ置き場に君臨する指揮者であった。


 今すぐにでも絶賛の言葉を伝えたかったが、あんなに熱心な演奏を途中でさえぎるのは観客としてマナー違反だ。マカディオスは空き地の片隅で曲が終わるのを大人しく待つ。


 廃材ドラムの演奏を終えた少年の肌には汗が光っていた。短く刈った頭髪に細身で小柄の体。サイズのあっていないタンクトップに、ブカブカのズボンがずり落ちないよう古いベルトでぎゅうぎゅうに締め上げている。


 もう静かに待つ必要はない。マカディオスはずいっとドラマーの少年に近づく。

 まずなんて言おう? スゴ技への感想? 友だちになろうってさそう? 曲や楽器について質問? いや、最初はまず挨拶から?

 嬉しい気持ちでいっぱいで頭がちょっとこんがらがる。


 小柄な少年にぬっと近づいて、マカディオスが放った第一声はこれだった。


「よお、オレと勝負しようぜ」




 数分後、二人は空き地で仲良く座っていた。


「こわい人……かと思ってビビった。最初」


「うん。おどろかせて悪かったな」


 少年の名前はイズム。東地区の出身で、物心ついた頃から身の回りのものを叩きまくるのが好き。

 イズムにドラムで勝負を挑んだのだが、マカディオスはすぐに自分の負けを認めることになる。圧倒的な技量の差。そのへんで放し飼いにされている老犬にだってどっちが上手いかわかるだろう。イズムはすごかった。

 打楽器は脱力が肝心だとアドバイスされた。力加減して優しい音を出すところまではマカディオスもできるのだが、脱力の習得はそれ以上に難しい。


「マカディオスは……観光客?」


「そうだぜ! 『779方面からきた怪力芸のパフォーマー』なんだ。『よその地域を転々としてるから、779の最近の様子は知らない』けどな」


 ダイナに教わったとおりにウソをつく。こう言っておけば、779エリアにくわしい者と出くわしてもヘタな墓穴をほらずに済む。


「そうなのか。788か789の人か……もしかして780aかなって思ったけど……うん、納得」


 オモテの人間は街の名前だけで、そこがどんな場所でどんな住民がいるのかわかるようだ。もしもてきとうに街の数字をでっち上げればすぐにボロが出る。

 マカディオスとセティノアが家族探しを続けるつもりなら、オモテ側にくわしいダイナの協力は必要不可欠になるだろう。

 

「知らない相手に、急に勝負を挑むなんて……マカディオスは勇気ある」


「おう、せっかくこの世にドカンと産まれてきたんだからな! やりたいこたあなんでもやってみてえからよ!」


「……マカディオス。俺、さそいたい子がいるんだけど、そんな風に話しかけられない。俺の音にあの子が歌をあわせてくれたら……きっと最高。そう思う」


 イズムは遠慮がちに視線をむけた後、思いきった表情でこう切り出してきた。


「その子をさそう手助けを……してほしいっ。……ダメか?」


「いいぜ! どんな人だ?」


「声が特徴的。世界を恨んでる顔してる。いつも不機嫌そう。しゃべる言葉がムダにトゲトゲしい」


「……なあイズム、本当にその人を音楽仲間にしてえの?」


「うん」


「……そっか。イズムがそうしたいってんなら、まあ……」


 数ヶ月前からこのあたりのストリートで時々見かけるようになった人物なのだという。




 黒いフードを目深にかぶった若い娘が、剣呑な顔でイズムとマカディオスを睨みつけている。


{ハァ? 寝言は寝て言いな}


 発せられた声は電気と金属のひびきをおびていた。あきらかに怒っているのに、その清浄な声は生身の怨恨を一切まとわない。


{それとも何? 似た背格好の誰かさんとでも見間違えてんの?}


「アンタだから組みてえってことだぜ」


 しゃべるのがあまり得意でないイズムが話しはじめる準備ができるまで、マカディオスがその場をつなぐ。イズムは考えをまとめるのに時間がかかってしまい、会話のテンポが独特だ。


「……あの、俺、あなたと音楽で組んでみたい……」


 せせら笑うように少女はふき出した。


{私に歌えって? 平凡な音楽にものめずらしさを一匙くわえて、それで有名になろうって算段?}


 この流れでは交渉は失敗しそうだ。

 マカディオスは心配そうにイズムを見た。


「あなたは怒ってる(・・・・)人。だから仲間にしたい。俺は叩いて音を出すのが得意。……しゃべったり歌うのは苦手。あなに歌ってほしい」


「そうだ! いいじゃん! やってみようぜ!」


 ここぞとばかりにマカディオスは上腕二頭筋(二の腕)を見せつけるダブルバイセップスでイズムを応援した。


{ふーん……あっそ。……まあ、話だけなら聞くだけ聞いてみるけど?}


 少女は黒いフードを脱ぐ。

 赤毛のツーサイドテールに若葉色の強気な瞳が、イズムとマカディオスを見すえていた。


{どうせ知らないだろうから名乗ってあげる。私はメロ}




 空き地でメロがため息をつく。


{本気? ボーカルとドラムだけで活動するつもりなわけ? 信じられない}


「イズムほどの腕前じゃねえけどオレも打楽器は好きだぜ。あと笛も吹ける。なんと手作りだ。すげえだろ!」


 ポケットから鳥笛を出した。セティノアが潜伏中なのを思い出して、あわててポケットにしまう。


{ドラムが増えただけでしょうが。これでどうしろっての?}


 メロはあきれ果てているが、マカディオスもイズムもどうもピンとこない。


「それがなんでダメ? 東地区の住人(みんな)は好きにしてる」


 打楽器だけの合奏もここでは普通に見られる光景だ。


{てか、なんのために演奏したいわけ? 人気を出したいなら、ライバルとどう差別化していくかとか、どういう路線で勝負するのかちゃんとねらいを明確にしないと……}


「なんのため……?」


{だってそうしないとっ! ……見むきもされずに埋もれていくだけじゃない}


 イズムはしばらく考えこんでいた。


「苦しいと、もがくだろ? 人も獣も魚も虫も。多分そういうこと。俺は苦しいのをまぎらわすために、音を出してる。それで、多分、あなたも、もがきたい。違う?」


 メロがそれに返事をする間、マカディオスはダイナのことを考えていた。

 街の外にあるさびれたステージで、あの奇妙な悲喜こもごもをいったいどういう気持ちで弾き語っていたのだろう。


{あっそ……聞いたことのない考えね。私には何言ってんのかちっともわかんないけど、少し試してみるくらいならつきあってあげる}


「オレも仲間に入れてほしい!」


「ん……。マカディオスも、見どころある」


 太鼓の腕を認められたのかと思って、ちょっとほこらしい気持ちになる。

 だがイズムのいう見どころというのはそうではないようだ。


「命の、生きる、存在の根底にすごい絶望を持ってる感じ」


「だれのことだ? オレってそんな感じじゃねえだろ?」


 たしかに悲しい経験だってしたけれど、イズムの表現はすごく大げさに思えた。


「自覚ないのか? じゃ、きっと忘れてるだけ」


「えー。そんなことねえと思うんだがなあ」




 こうしてマカディオスもくわわり急ごしらえの音楽グループが結成された。イズムの廃材ドラムにリードされる形でそれぞれの音をあわせてみた。


 単純な演奏技術ではイズムにかなわないのは明白だ。マカディオスはパフォーマンスの要素を取り入れることにした。すててあった金属ゴミをねじ曲げて楽器を作り、それを素手でぶっ叩いて音を出す。イズムに指摘された脱力のコツは、まだすぐにはつかめなかったが。


 メロは最初やりづらそうな顔をして歌詞のない歌を乗せていた。やがてドラムが佳境に入ってくるとピコピコした可愛らしい声と歯車仕掛けのメカニカルデスボイスを使い分け、ためこんだ鬱憤をすべて吐き出した即興の歌詞で歌い叫んだ。


 空き地での演奏練習には、いつしか大勢の見物客ができていた。




「へっへっへ」


 マカディオスはホクホク顔でモニクの喫茶店に顔を出した。手にはお金。これで好きなものが頼める。

 三人での演奏と、マカディオスのパフォーマンスを気に入った人たちに怪力芸を披露した分のおひねりの合計だ。だれにも開けられないビンのフタを開け、片腕で子どもを五人ぶら下げて、その辺の石をにぎり固めて水までしぼり出すとひときわ大きな歓声があがった。


 メニューを広げて覗きこむ。

 飲みものはココアで決まりだとして食べものはどうするか。なんでも頼める。カツサンドも、ビーフシチューソースのオムライスも、プリンアラモードだって。それから、パフェも。


「このジャンボパフェってのをくださーい!」


「すみません。そちらのメニューは用意に時間がかかるため予約専用です。団体のお客様向けで十名ほどで召し上がる想定のパフェではありますが……」


 モニクは表情を変えずにマカディオスの巨体を一瞥する。


「そうですね。特別に一名様でのご注文でも承りましょう」


 マカディオスはちょっと考えた。


「ん-、それじゃあ……いっしょに食べる人数が未定でも予約ってできますか?」


「日時次第ですね。混雑する時間を外してくだされば」


 モニクとかけあってマカディオスはジャンボパフェの予約をとった。

 独り占めにもできるが、友だちを呼んでいっしょに食べることだってできる。

 お世話になっているお礼にダイナを誘おう。鳥笛に隠れているセティノアも安全に姿を見せる方法はないだろうか。

 ああ、楽しみだ。

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[良い点] マカディオス音楽に混じれたの?強い でもおひねりの対象は一体・・・ [一言] 落書きにシボッツおるような
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