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33・一握りの栄光、渦巻く挫折

 シャツに包まれた細身の背中とショートヘアのつむじを見ながら、マカディオスはダイナについていく。セティノアはポケットの鳥笛の中。

 人間の協力者のおかげで夜をまたずに街へと入れた。


 隠れひそむのが上手いセティノアと違って、マカディオスの巨体で隠密行動はハードルが高すぎる。無個性な群衆にまぎれるのもきびしい。

 そこでダイナが提案したのが、遠方からきた友人という体裁で堂々とすごすこと。口裏をあわせるための偽のプロフィールや関係性もでっち上げ済み。マカディオスはダイナの友人の旅芸人ということになっている。


「目立つことが問題じゃない。ウラや魔物の関係者だとうたがわれなければ良いんだよ」


 というのがダイナの主張。


 怪力や身体能力を駆使した曲芸を得意とする顔出しNGの覆面パフォーマー。腰にくっついている細長い機械は、事故で体を負傷した際に正答の教導者の技術で装着されたもの。

 これが三人で考えた旅芸人マカディオスの設定だ。

 どういう設定なら街中で活動しても問題ないか。住民のダイナが前提条件とたたき台をしめす。

 反対意見を一切恐れずにマカディオスは思いついたアイディアをなんでもいってみる。

 却下や修正をはさみながら、セティノアが用心深く細部をつめていった。




 石畳の道。ピカピカにふき上げられた窓。窓べに下げられた花壇には赤い花が咲く。雑貨店の店先でくつろぐネコ。あいにくシボッツの飼いネコではなかった。


「ここが中央広場だよ。街の中で迷ったら一度ここに戻ってくるといい。ほら、あれが目印」


 街の外にあったのは、ささやかな石造りの舞台だった。それとは比較にならないくらい立派なステージが広場に鎮座していた。開放的な高い天井。やけに豪華な壁もある。壁面にはサイズの違う金属製の円柱が整然とならび、美しいと同時に威圧感すら放つ。


「ものすごい魔法の儀式の装置みたい!」


「あれはパイプオルガン。街中にひびくくらい大きな音が出る」


「あのデカいのが楽器なのか!? 演奏すんのに、ものすごく力がいりそうだな」


 自分に匹敵する筋肉の持ち主がパイプオルガンの金属筒を銅鑼のごとく力強く打ち鳴らす姿を想像し、マカディオスの心はワクワクとはずんだ。

 楽しい空想はダイナの説明ですぐに訂正される。

 オルガンのような演奏台の鍵盤やペダルを操作して、パイプの一つ一つに風を送り込んで音を出すしくみなのだという。たしかに鍵盤は重めだが、けた外れの怪力がなくても演奏できる。


「ダイナも弾いたりすんの? 聴いてみたい!」


「残念、絶対お断り」


 笑顔のままけっこう力強く断られてしまった。

 大きな楽器に盛り上がって、無茶ぶりをしてしまったかと反省。


(バンドネオンとパイプオルガンって見た目も大きさもまったく違うから、きっとぜんぜん無関係な楽器だろうしな)


 そんなことを考えながら広場をながめていたマカディオスの目にとまったのは、ちょっと不思議な物体。


「あれも楽器か?」


 マカディオスが指さしたのは台座に飾られた対の置物。球体を下にして、細い柱のようなものが伸びている。高さは小さな家の屋根に届くくらい。特に異様なのは球体部分にびっちりと細かな飾りが糸でくくりつけられているところだ。

 

「あぁ、楽器の形をしたオブジェってところかな。フフ……。ある意味、この街の人たちのお墓でもある」


 不吉な言い回しを使いながら、ダイナの口ぶりはどこかやさしく穏やかだった。

 球体の外側をみっちりとおおっているのは金属やガラスや陶器の小さなビーズ。ある決断をした者が結びつけていくのだという。

 必死に夢を追い続け、その足を止める時。夢をあきらめる選択をした者が、気持ちに区切りをつけるための風習だ。

 芽吹くことも花咲くこともなかった夢。そんな無念さをあらわしてか、植物をデザインしたものが多い。そのまま楽器や音符といったモチーフのものも見受けられる。


 ここ760aの街は音楽が盛んで、多くの夢がキラキラと輝いて、いずれ流れ星のように燃え落ちていく。


「二つあるぞ」


「一つは生者のためのもの。一つは死者のためのものだよ」


 人生を続ける中で挫折していく者もいれば、志半ばで死神につかまる者もいる。

 そういわれて注意深く見てみれば、二つのオブジェはだいぶ雰囲気が違っていた。

 生者のオブジェは結びつけた者の個性が反映されている。いさぎよい晴れやかな飾りもあれば、じっとりとした未練を感じさせる結び目もある。変に陽気なものもあれば悔しさを隠そうとしないものもある。

 死者をなぐさめる方のオブジェは粛々とした空気がただよっている。使われている紐は白や黒が多く、星や鳥の羽といった天を思わせる意匠が目立つ。


「そっか」


 神妙な声でマカディオスがうなずく。街の人にとって本当に大切なものなのだ。怪力アピールの軽いノリで持ち上げて鈴みたいにシャンシャン鳴らさなくてよかった。そう心から安堵していた。




「あのさ、勘ちがいかもしれねえけど……」


 移動しながらマカディオスは覆面の奥で視線をめぐらせる。


「オレよりもダイナの方が街の人の視線をあつめてねえ?」


「さあ?」


 奇抜な風貌のよそ者にもそれなりに関心がむけられたが、それよりも人々はダイナの動向に注目しているようだった。あまり温かい視線には見えない。批判的な顔。見下して面白がっているのを隠さない、侮蔑の笑みもちらほらと。


「……」


 何食わぬ顔で歩きながら、マカディオスは自分とダイナの立ち位置を調整する。

 ダイナを指をさしてヒソヒソと笑う一団の視線を自分の体でさえぎった。

 ニタリと笑ってダイナが小声で話しかけてくる。


「せっかくの案内人がこんなので後悔したかな?」


「いや」


「フフ、選ぶ余地なんてなかったものね。ごめんね? 私は悪い意味で有名人なんだ」


「アンタが変なのはしってるし、どういう人なのかはオレ自身で見極める」


 ダイナはしばらく黙っていたが、やがて低くふくみ笑った。




 喫茶店のドアを押し開ける。カランコロンと軽やかなベルの音と温かみのあるコーヒーの香り。


「はーいマスター、今日は客としていらっしゃったよ」


 歳月を感じさせる木製のカウンターごしに白ヒゲの紳士がふりむく。店の主で名はモニク。ダイナがそう教えてくれた。

 カウンターにならぶのは実験器具のようなガラスの道具。これを使って焙煎した豆からコーヒーを抽出するのだ。博士のような錬金術師のようなたたずまいで、モニクは静かに客を歓迎した。


 この店に入った時、マカディオスは安らぎと緊張を同時に感じた。こんなにも過剰に個性豊かな自分の存在がカフェの客の一人として落としこまれる感覚。落ち着くような、でもソワソワするような。でもイヤな気持ちではなかった。


「はーい、好きなの選んで」


 ダイナがメニューを手わたしてきた。メニュー帳の表紙は深緑の布張りで、やわらかな手触りが心地良い。

 マカディオスはついメニューを凝視する。


挿絵(By みてみん)


「……つまり、好きな種類のドリンクを一杯ってこと」


「あ、うん。もちろんだぜ!」


 デザートのページを真剣な顔でじーっと見ていたマカディオスに、ダイナがこそっとつけ足した。あれもこれもプリンもホットサンドも、と際限なく注文されて想定外の大きな出費になるのをダイナは警戒したのだろう。

 実際、マカディオスにそんなつもりはなかったのだが。

 ただあるメニューから目が離せなかっただけなのだ。口に入ることなく消えていったあの日のパフェを思い出して。


「えっと……はい! オレ、ココアが飲みたい!」


「私はレモンスカッシュお願いしまーす。マカディオス、お腹減ってたりするの? ナゲットの盛りあわせだったら頼んだげるよ」


「食べる! ありがと!」


 店主こだわりのコーヒーを一切頼まない客たちだった。




 観光にやってきた友だちという体裁をたもちながらダイナと話す内容は、この街のことだ。


「楽しんでいって。760aは良いところだよ……と言いたいところだけど、ちょっと不気味な事件が起きてるんだよね。君も気をつけて」


 街で起きている連続夢遊病事件の警告。

 モニクは素知らぬ顔でカップをみがいているが、まとう空気が少し変化した。なんとなくこちらの話に耳をそばだてている感じがする。


「何者の仕業なのかわかってないけど、被害者を受けた人たちの情報はあるよ」


「騒ぎを起こしたヤツじゃなくて、巻きこまれた方がウワサされちまうのは、なんかスッキリしねえよな。おし、早く元凶をつきとめるぞ! 日々の運動で鍛え抜かれたオレの明晰な頭脳で!!!」


「うんうん。期待してる」


 さっき会ったばかりだというのに、ダイナはマカディオスをてきとうにあしらうのが上手い。


 最初の被害者は、街の若い娘たちの憧れをあつめる青年。整った顔立ちに、治安の悪い東地区出身者ならではの油断のない眼差しは、まるで美しく誇り高いノラネコのようだとか、なんだとか。低く甘い声が特徴で、恋人になれなくてもいいからせめて自分のためだけに歌ってほしいというファンが続出。

 自由奔放な生き方をする彼をやっかむ者も多い。

 彼はファンの女性の家で真夜中に目を覚まし、戸惑うような言動を見せて家を飛び出した。


「とりあえず確認されている限り、これが最初の夢遊病事件だよ」


「どれくらい前の話?」


「たしか二、三ヶ月前ぐらい」


 ユーゴの襲撃で家族がバラバラになってからそれぐらい経過しただろうか。

 ある物事が、いつ始まって、どのくらいの期間続いているのか。それがわかれば判明や推察できる情報もどんと増える。


「ありがと。続けてくれ」


 マイナーな双子デュオ歌手メロが事故でその声を失い、単独で音楽活動を続けたフレーゼが思いがけず人気沸騰。

 歌の仕事で多忙な中で仮眠をとっていたフレーゼが目覚めた時、周囲の関係者は奇妙な違和感を抱いた。まるでフレーゼの皮をかぶった別人と話しているかのような。声も歌の技量も間違いなくフレーゼのものでミスなどもなかったにもかかわらず、その違和感は歌謡ショーの終わりまで続いた。

 翌朝、当惑するフレーゼ本人の発言でそのショーの間の記憶がないことが判明。


 その後もさまざまな人物の身に同様の事件がふりかかり、街のウワサ好きな人々は連続夢遊病事件の話題で持ち切りとなる。にわかの探偵気取りまで出てくる始末。


「一番最近の被害者は……。三日前、学校の式典でソロ演奏を披露した主席生徒のようすが変だったんだよね? マスターの母校でしょ?」


 モニクは感情を乗せない動作で品良くうなづく。この事件をどう思っているのか、そのすまし顔からうかがいしるのは難しい。


「ええ。個人的な面識はありませんが、開校以来の非常に優秀な生徒だとは聞いてますね」


 マカディオスはココアのカップに口をつける。チョコの甘みと香りを堪能して、自信満々に語り出す。


「ま、ダイナの話でナゾの糸口はつかめたな」


「ほう。何がわかったのか聞かせてもらっても?」


 面白がるようでもあり、どこか挑発するような口ぶりでマスターがうながした。

 マカディオスはくつろいだ姿勢と不敵な笑みでそれにこたえる。


「共通点があるじゃねえか! みんな音楽に関係している人たちだ!」


 モニクとダイナは盛大な肩透かしをくらった顔でマカディオスを冷ややかにながめた。


「そうでしょうね」

「うん、しってる」


 生まれ落ちたその日から、この街の子どもは音楽と共に人生を歩み始める。760aは優れた音楽家という役割を持つ人間を輩出するための街だ。街全体がある意味で養成所であり工場である。


 歌唱。演奏。作曲。音楽に関する実力で高い評価を得る。

 それこそがこの街で生を受けた者の無上の喜びであり人生の目標となる。

 優れた音楽家という役割は努力だけで到達できるものではない。一人の音楽家を作り出すまで、それにいたらなかった多くの挫折者を出すこともこの街は織りこみ済みだ。才能の限界を認めて夢をあきらめほかの役割につくのは、課せられた物語に背いたとは見なされない。

 全力を出して努力したがそれでも届かなかった。というポーズが肝心だ。


「……社会や教導者から罰を受けることはありませんが、それでも苦い決断ではありますね」


 今は喫茶店のマスターという役割にしっくりとおさまっているモニクも、かつては音楽の道でその名をはせるのが夢だった。


 夢遊病事件の被害者たちは、この街の価値観でいうと栄光の側に近い位置にいるようだった。


「だったらよその街から来たオレよりダイナの方が危険じゃねえの? すげー演奏上手だったし……」


「はい、マカディオス。これ食べよっか」


 口にナゲットをつっこまれた。余計なことを言うな、という意味だろう。


「おや。それはめずらしいものを聴けましたね」


 そういったマスターもダイナにじろりと睨まれていた。




 マカディオスとセティノアの分の食料を買いこんだ後、ダイナの家へと案内される。

 古い石造りの集合住宅のドアがせせこましくならんでいる。その中の一つにダイナは迷うことなく近づいてカギを開けた。


「ここが私の家」


 ドアにはそれぞれ番号がわりふられていたが、ダイナの家のドアを正確に覚えられるかマカディオスはちょっと自信がない。


 魔女の屋敷にくらべたら小鬼の家はちっぽけだと思っていたが、あれでもだいぶぜいたくな土地の使い方をしていたのだ。ダイナの住まいをおとずれてマカディオスはそれをしる。

 せまくて乱雑なはずのに、どういうわけかさっぱりと感じられる家だった。上着やカバンがそのあたりに放り出され散らかっているものの、所有物の絶対数が少なくロクに家具も置かれてない。足の踏み場も充分確保されている。


「ま、座りなよ。セティノアとも話したい」


「会話のやりとりなら聞かせてもらいました。改めて説明してもらわなくても大丈夫でぃす」


 小さな鳥笛の中からファンシーな霧がほわほわんと出てきてすぐに少女の形をとる。セティノアはすました顔でスカートをパッパッと整えた。


「……マカディオスが色々と世話になりました。それとセティの分の食事は不要でぃすので。……これを。数日分の滞在費としては充分すぎるでぃしょう? 一方的にほどこしをもらう気はねーのでぃす」


 黄色い満月みたいに輝くコインが数枚、押しつけるようにダイナにわたされた。


「え、すごい。見たことないお金だ!」


「この時代ではもう流通してない通貨かもしれませんけど、ちゃんと価値は……」


「かなり古いものみたいだね。セティノアは意外と長生きしてる感じ? もしかして小さいお姉さん!? 小さいお姉さんなの!?」


 実際、この三人の中では一番の年長者だ。


「んっぐ……っ! ここは安易に年齢に触れるなと怒った方がいいのか、長命アピールで敬意を払えとイキった方がいいのか……。どちらが有利なポジションを取れるのでぃす……!?」


 べつにダイナにそこまで張りあわなくても良いのではないか。マカディオスはそんなことを思いながら騒々しい声をぼんやりと聞き流していた。


 その時だ。隣の部屋から無言で壁をドンと叩かれたのは。

 セティノアはそこにこめられた不機嫌さを必要以上に鋭敏に受け取った。物音を一切立てず、マカディオスの腕にひしっとしがみついて押し黙る。


「壁を破って襲いかかってくる気配はねえな。なんだったんだ、今の?」


「うるさいって合図だよ。隣の部屋の人から」


 ダイナはちょっと気を使って声のボリュームを落としつつ、いたって平気な顔をしている。


「それじゃ隣にうるさくしてごめんなさいって謝りにいった方がいいよな? オレいくぜ」


「ンフフ! 面白そうだけどしなくていいよ、マカディオス。セティノアも安心してね。そんなに怖がらなくても大丈夫だから」


 カーテンを閉めた窓の外から妙に上手い歌が聞こえてきた。オロオロしているセティノアを優しく腕から離して、マカディオスがそっと外を覗いてみる。酒瓶を手にした若い男が高らかな歌声を上げてゆっくりと集合住宅の前の道をとおりすぎていくところだった。


「あの酔っ払いはたいていこの時間にそこをとおるんだよ。ゴミも捨てないし、ケンカもしないし、ゲロも滅多に吐かない。うるさいだけ」


「ふーん。面白そうな人が多い街だな!」


「ンェエ……セティはずっと鳥笛の中でやりすごしたいでぃすね……」


 楽しそうなマカディオスとげんなりした顔のセティノアを見比べて、ダイナは愉快そうに笑みを浮かべた。

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