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32・胡乱な協力者

 遠目に街を観察する。石造りの建物が並ぶ街。どれも明るい太陽の光でそまったかのような温かな色あいだ。オレンジ、黄色、アイボリー。正答の教導者の施設でひしひしと感じた無機質な印象とはまったく違う。


「オモテ側にもこんなキレイな場所があったんだな」


 この街の中身も住んでいる者の思いも何もしらないよそ者が、一目見た景観だけで街を評する。


「ここに二人がいるんでぃすかね? ウィッテンペンは服装を変えれば街中に隠れられそうでぃすけど、シボッツはそういうわけにもいかないでぃしょうし……」


「シボッツには姿を隠す魔法があるぜ。それから、魔法かなんかでぜんぜん違う姿に変わってんのかもよ」


「うーん。そうなるとこちらから見つけ出すのは至難の業でぃすね」


「きっと大丈夫だ! オレやセティノアに気づけばむこうから反応すんだろ。あ、でも……オレを見たらシボッツは怖がるかな?」


 正答の教導者ユーゴの機械で体の動きを操作され、マカディオスはシボッツをひどく痛めつけてしまった。自分よりはるかに小柄で軽い彼の体を殴打した。この手を何度もなでてもらったのに。ぶ厚い爪の間に詰まった粘土や絵具を丁寧に洗って取ってくれたこともあったのに。


 マカディオスは悲しくて何もする気がない状況からは抜け出して、家族を取り戻すための行動を起こしている。セティノアと話して笑顔を見せることもある。

 でも忘れたわけではないのだ。

 突如として平穏がくずれた、あの晩のことを。

 体の動きをあやつられていたとはいえ、自分の手が大切な家族を傷つけたことも。


 ウィッテンペンとシボッツがどういう理由でウラに帰らずオモテにいるのかがわからない。シボッツが受けた心身の傷を癒すため、空気のキレイな静かな場所で休んでいるのだろうか。マカディオスにつけられた正答の教導者の装置を外す方法を探してくれているのだろうか。あるいは……。

 その可能性に思いいたり、マカディオスは無言で拳をにぎる。


 あんな恐ろしいことをしたマカディオスから離れるために、二人はウラに帰らないのだろうか。魔物にとって過酷なオモテにとどまってまで。


「……」


 シボッツに会って、きちんと謝りたい。

 でも、もしもマカディオスの存在を認識するだけで苦痛を与えてしまうのなら、もう二度と近づかないようにする。


 ひかえめな温もりと柔らかで繊細な手の感触。マカディオスは視線をむける。だらりと下げたマカディオスの右腕にそっとセティノアが触れていた。


「シボッツならマカディオスがどういう想いでいるか、ちゃんとわかってると思いますよ。……帰るに帰れない理由があるんじゃねーでぃすか? たとえば……どちらか一人がオモテで困ったことになっちゃって、助けるためにもう一人もオモテ側にとどまっている、だとか?」


 ネガティブ思考なセティノアが頑張って元気づけてくれている。そういうこともあるかもしれないとマカディオスは頷いた。


「場合によっちゃ、二人組じゃなくて一人で行動してるっつーこともありえるよな」


 可能性はいろいろと検討できたが、すぐに街に乗りこんで調査開始だ! というわけにはいかない。人に近い見た目だがセティノアは魔物であり、マカディオスは魔物かどうかさだかでないもののめちゃくちゃ人目をひく。


 だが、ネコたちなら怪しまれる心配はない。茶トラのローテが街の方へすたすた進み、ぽっちゃりとした灰色のミルがおっくうそうに続く。


「困ったことがあったら、すぐオレのとこに逃げてこいよー!」


 マカディオスとセティノアは日が暮れるまでは街から離れた場所で待機することにした。街の周囲の探索もかねて。

 そしてマカディオスは思いがけない発見をするのである。




「偉大な大発見をしちまったぜ。これは……ひょっとして古代の遺跡ってやつか」


 白い石で作られたそれは何かの舞台のように見える。かつてここでくり広げられたであろう壮大な儀式の数々にマカディオスはうっとりと空想の翼を広げた。


「……違うんじゃねーでぃすか。どー見たってさびれた野外ステージか何かでぃしょう」


「ちょっと! オレの大発見にケチつけないで!」


 二人の意見はわれた。低レベルな口ゲンカがはじまりそうな空気になったまさにその時、軽やかな足どりで誰かがこちらに近づいてきた。

 マカディオスとセティノアは互いの口を手でおさえて、シュババッと近くの灌木の陰に身をひそめた。本物の姉弟よろしく息がぴったり。


 しゃれたブーツの足が石の舞台にぴょんとかけ上がっていく。登場したのは、荷物をかついだ細身の女性。長い前髪で片方の目が隠れている。瞳には混然とした人間性がぐるりとあらわれていた。

 その人が背中のケースから何か取り出した。箱状で、蛇腹でぐいんと伸び縮みする。端にあるたくさんのボタンを押すことで音が鳴るようだ。アコーディオンにそっくりだが鍵盤は見当たらない。ボタンだけだ。

 女は舞台の段差に腰かけて音の調子を確かめている。座って演奏する楽器らしい。

 マカディオスがするどい目と耳で確かめたところ、同じボタンを押していても蛇腹を伸ばした時と縮めた時で音がまったく変わっていた。ボタンの配列もてんで不規則で、ドレミの順番とはぜんぜん違う。悪魔からの試練か性質の悪い冗談かと思うくらい難解な楽器だ。


 隠れひそんだマカディオスたちに気づかないまま、女の人の弾き語りがはじまった。

 不思議な楽器の音色は重厚でおごそか。跳ねるようなするどい高音を出したかと思えば、ゆったりとひびく低音が同じ楽器から奏でられる。アンニュイだとかニヒルな雰囲気が似あいそうな声質でミスマッチなほど明るく陽気に歌い上げるのは、人生の悲喜こもごも。

 真綿で首をしめられるようなジワジワとした苦痛。

 干上がっていく水たまりに生きる小魚の焦燥。

 大好きなお菓子が小さくなってリニューアルし続けていく絶望の未来。

 思いどおりにいかないそんなこんなを脱力したユーモアをまじえて笑い飛ばすような歌。


 マカディオスの心には、その歌詞の意味はたいして染みわたりはしない。音のリズムや韻をふんだ言葉のひびきで弾き語りを楽しんだだけ。人生の苦痛も焦燥も絶望も、全力でウェイトリフティングしたいきおいで空のかなたまで吹っ飛ばせると思っている。


 隣にいるセティノアはというと、難しい顔をして歌に聴き入っているようだった。

 本や絵や音楽、同じものを鑑賞してもマカディオスとセティノアはこうも受け取り方が違う。人はそれぞれべつなのだから当然ではあるのだけれど、マカディオスはなんだか少しさみしい気持ちになる。

 シボッツとセティノアは作品に対する感性が近いらしくて、本の展開や登場人物について同じ熱意で語りあう姿を何度か見かけた。伏線を噛みしめ、暗喩を味わい、はっきりと書かれなかった心情を読みとく。

 二人はそんな風に楽しんでいた。同じ本を読んでもその会話にマカディオスはついていけなかったのに。主人公が奮闘してハッピーエンドのお話ならそれで満足だ。途中でものすごくつらい目にあっても、最後はしっかり幸せをつかむ主人公が好きだ。


 マカディオスも楽しそうな二人の会話に混ざりたかった。

 心の機微に敏感で、繊細な構成を理解し、悲哀や破滅にも美を見出すシボッツやセティノアの感性がちょっとうらやましい。自分だってそういう話がわかるんだってところを見せたい。


 だから、マカディオスは行動した。

 さわやかなのか陰鬱なのかわからない奇妙な弾き語りが終わった時、その複雑な音楽性をちゃんと理解できているのだとしめそうと、すっくと立ち上がってバチバチ大きな拍手をしたのである。




「なんだ、観客がいたなんてちっとも気づかなかった。あの街(760a)への観光?」


 蛇腹箱の演奏者はマカディオスの姿を見ても動じていない。へらりとした笑顔で手をふっている。

 セティノアは責めるような眼差しをマカディオスに送り、茂みに潜伏中。怒っているけれど本当に困った事態になれば絶対に助けてくれる。二人にはそんな信頼がある。


「なんだろうね。君が、どんな役割を与えられてる人なのかわからないや。怪力の曲芸師? フフ、それともオモテにしがみついてる魔物かな?」


挿絵(By みてみん)


 覆面の巨漢と対峙しても、この女は逃げようとも助けを呼ぼうともしない。


「君と話がしたいんだ。もしかして言語が違う? ゆっくりしゃべればわかる? 声が出せないとか?」


「しゃべれるけど、なんでもかんでもは話さねえぞ」


 むやみに自分や家族の情報を話さないように、と教わっている。


「フフ、しゃべってくれた。コツを教えてほしいんだ。魔物になるための」


 茂みに隠れているセティノアは蛇腹箱の演奏者に視線をむけている。発言にウソがあればカエルグミを吐き出して一目瞭然。今のところ、相手は本当のことしか口にしていないようだ。


「ああべつに……見返りなしでってわけじゃないよ」


 楽器を丁寧に舞台の上において、身軽になった演奏者はぴょんと飛びおりる。ヒールのあるブーツをカツカツ鳴らして、ところどころ崩れた石タイルの小道を進んでくる。スラリとした細く長い脚だ。こういう脚を見ると、マカディオスは筋肉や骨が充分についているのかとちょっと心配になる。

 片方の目が前髪で隠れたその人はお化粧をしていた。灰色とか紫とか、ちょっと不健康そうな色を目元になじませている。

 とうとうその人は手を伸ばせばマカディオスの腹筋に触れられるところまでたどり着いた。


「街の外で(・・)魔物に遭遇するなんて私も運が良いな」


「オレが魔物かどうかわかんねえだろ」


「フフ、そう警戒しないで。私は魔物に害を与える気は……」


 余裕の笑みが急に凍りつく。いったいどうしたのかと、その人の視線の先を追えばエインセルの尻尾の名残り。マカディオスの背骨とくっついていて完全除去はできなかった部分だ。

 行動をあやつる機能はなくなり、ぎょうぎょうしいパーツも撤去されているが、それでも外せなかったコードのような部分がある。


「……これって、正答の教導者が作ってるヤツじゃない?」


 そういって後ずさり。


「ま、まさか君って教導者の一員なわけ? う、うわ……ヤバ……」


 明らかにうろたえて。


「わ、私は760aの善良な市民でーす。義務を果たすのダイスキッ! 物語にフクジューしまーす」


 ひきつった笑顔になさけないダブルピースをそえて。

 とどめのように、その口からぴょこっとカエルグミがこぼれ落ちる。


「わっ、何これ!? ひぃーん……、もうダメだぁ。自由もない箱にぶちこまれて矯正されちゃうんだ……びぇええぇ!! やだーっ!!!」


 勘違いで勝手に絶望されて泣かれた。

 最初は危険でミステリアスな大人のお姉さんに見えたけど、この人、けっこうダメっぽいかもしれない。


「違うっつーの! なにも泣くこたあねえって。あと学舎はそこまで悪いとこじゃねえよ。食堂のご飯は無料で大盛りに変えられるんだぜ。すげえだろ」


「うわあぁーっ!? 内部事情にくわしい! 関係者っ! 絶対関係者だ! どうせ私なんかが大盛りを食べきれるわけがない!」


「食べきれないってわかってる時は! 最初から少なく注文するのも!! ナイスだと思う!!!」


 マカディオスとお姉さんの話はずっとこんな調子で噛みあわないまま進んでいく。


「……あの、大丈夫でぃすわ」


 ついに隠れていたセティノアがげっそりとした顔で介入する。




「そう……。君たちの事情はわかったよ」


 長い脚は優雅に組まれている。さっきまでびえんびえんと泣いて地面を転がっていた人と同一人物とは思えない知的クールビューティーなたたずまい。見た目のイメージに反して言動に盛大なポンコツ感がただようお姉さんの名はダイナといった。


「私は魔物やウラの世界に興味がある。そして君たちは離れ離れになった大切な家族を探すためオモテの街を調べたい、と。フフ、いいよ、協力しても」


 渡りに船といっても良いくらいの好条件。

 セティノアの呪いによってウソではないとわかっている。

 けれども、やったぜ! と喜ぶ気にはなれず、マカディオスとセティノアはぎこちなく顔を見あわせてびみょうな感じでお茶をにごした。小声でこっそり相談する。


「かかわって大丈夫な大人なのか……?」


「一応悪人ではなさそうでぃすが、一番こわいのは無能な味方という言葉もありますし……」


「フフフ、辛辣(しんらつ)っ! そうそう。このごろ街で妙な事件が起きてるんだ。連続夢遊病事件! もしこれが君たちの探してる魔物と関係があるなら、正答の教導者が対処に出向いてくる前にどうにかした方が良いんじゃないかな? まあ、君たち二人で事件の穏便な解決を目指すとして? 私ほど魔物に好意的な協力者とめぐりあえるかは未知数だけど?」


 ダイナはフフンと得意げな顔でこちらをながめている。


「仕方がねえ……ちょっと変な人だけど。よろしくな、ダイナ!」


「そうでぃすね。ダイナは変な人でぃすけど背に腹は代えられねーでぃすから……」


「正直っ! 贅沢をいうもんじゃない。魔物に協力しようなんて人間が、まともなわけがないんだから」


 それもそう。そうなんだけど。

 調査のためにはダイナとの協力関係は必要だ。大切な目的をなしとげるため、納得がいかなくても妥協することをマカディオスは学んだ。


「夢遊病って、寝てる間に勝手に体が動く……みたいな騒動がたくさん発生しているということでぃすか?」


「シボッツがそういう魔法を使ってる姿は見たことねえけど、できないとは言い切れねえんだよな」


 眠りに関する魔法が使えたとしても不思議ではない。シボッツはかなり寝つきが悪くて困っていたようすだったから。

 でもなんのためにそんな事件を起こしているのだろう? 腑に落ちない。


「まだ夢遊病事件にシボッツたちがかかわってるとは限らねえしな」


「ええ。その可能性もありますし、あるいは……セティたちのしらない間に、二人に何か大きな異変が起きたのかも」

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