30・半分家族
ユーゴが封印されたところで、エマがマカディオスへとむき直る。
「魔物の捕獲にご協力ありがとうございました。では次はあなたの話にうつりましょうか。これまで正答の教導者の保護下におかれていましたが、次にあげる理由からあなたの待遇を見直す必要があります」
魔物のユーゴがマカディオスを連れてきた本当の目的を白状した。ウラの魔物にさらわれた人間の救出、なんてのは完全なウソっぱち。
「建前なのは最初からわかってましたけどねぇ」
「……そうなのですか?」
ユーゴは自分の身勝手な行動に大義を持たせるためにおキレイな説明をほしがった。私的な関心からの実験素材の確保とするよりも、不幸な運命にとらわれた人間の救出とした方が反対意見も堂々と退けやすい。もっともその小細工のせいで、ものごとの矛盾が気になるエマから執拗な追及を受けることになったのだが。
「マニピュレーターも開発者もこんな状態ですし、もう強制的に従わせることもできないれすしねぇ」
ジュリは中身入りの魔封器二つを手の中で転がす。
「そうだ、セシル……エインセルって呼ばれてるヤツは無事なのか? その中で生きてんだよな?」
「生き……んー、ちょっと説明が難しいかもしれません」
あいまいで、はぐらかすような言い方だった。大人は時々こんな風にごまかそうとする。
「それって元に戻せんのか?」
「元とはどの状態をさしますか。中身が魔物としての仮想肉体を保持した状態ですか。それとも魔物化前の人間として承認されていた頃の状態ですか。または中身入りの魔封器を空にして使いたいという話でしょうか」
「一度魔物になっちゃってからマトモな人間に戻った例は確認されてないれすねぇ。嫌われ者のユーゴさんの場合は、人間への擬態に特化していた魔物というだけのようれすし。これからはユーゴさん自身が希少なサンプルとしてほかの技術部員の研究のお手伝いをしていくんれしょうね」
二人との心の断絶を感じる。いっしょにすごすうちに親しみがわきかけていたが、やはり価値観のズレがある。
命、尊厳、人間性。それらについての考え方がマカディオスと正答の教導者では大きく違う。
「マ、マカディオスよぉ。クソ魔物のことなんてどうだっていいじゃねぇか……。よくわかんねぇけど、人間さまに化けてた太ぇ魔物は退治されたんだろ?」
教導者の二人に保護されていたジョージがボソッとつぶやく。
このやりとりを少し離れた場所でセティノアも見聞きしているはずだ。どんな思いでいるのだろうか。
研究所へと戻る道すがら。ジョージのために休憩をとっている間、マカディオスはセティノアの気配を近くに感じた。茂みのそばにこっそり鳥笛を隠す。休憩を終える頃にはセティノアは鳥笛の中にバッチリ入っていた。
動力源であるエインセルの魔封器は外れたが、背中にくっついた機械そのものも取ってもらえないか研究所の技術部員に見てもらう。
結果からいうと、完全な除去はできなかった。
タイトスカートを着こなしたスレンダーおばさま技術部員は、マカディオスの背中に触れながら眉間にシワをよせた。
「不可能とまではすぐに断言はできないものの、条件を考えるとかなり困難だと言わざるを得ない」
金属の尻尾は背骨と繋がっているので、ムリに引き離すとマカディオスの体にも悪影響が出てしまう。安全に手術をおこなうための道具や薬品の手配だって簡単にはいかない。
「私にできるのは脊椎に干渉しない部分の除去だ。パーツを解体するだけなので手術ほどの手間はかからない。長い装置をコンパクトに変えてやる」
一時間もしないうちに、マカディオスを悩ませていた金属の装置はだいぶすっきりと取り払われる。
背骨と一体化した部分と、そこから伸びるぴょろっと細長いコードのようなものは残っているが、だいぶ身軽になれた。もう体を勝手に動かされることもないし。
「ありがとう! 快適だぜ」
喜びと感謝の高速反復横跳びを技術部員に披露したが、彼女の顔を見るにマカディオスの気持ちはちゃんと伝わってはいないだろう。
「飯喰ってかねぇのか?」
正答の教導者の施設にいる間、ジョージには色々と親切にしてもらった。
魔物に我が子を奪われた彼は、幼少期に魔物に連れ去られたのだとウワサされたマカディオスにすごく優しい。
そして魔物という存在全般をひどく憎んでいる。
「……ん、早く出発してえからな! 食べてかねえ。声かけてくれてありがとよ!」
気まずくならないよう明るく断った。これでいいのだろうか。難しい。
世の中が完全な善人と悪人でわかれていたらこんな風に悩まなくていいのに、とマカディオスはちょっと空想してみた。でもやっぱりそうなったら怖いや、と考え直す。
「……そうかよ、仕方ねぇなぁ……。それじゃこれでも持ってってくれよ」
手わたされたのは甘い菓子パン。完全栄養食パーフェクト餡だ。
マカディオスは一瞬だけ迷ってから、それを受け取った。
「おう、助かるぜ」
どんな人でも自分の理想どおりというわけでもないし、ダメでイヤなところばかりとも限らないのだろう。ユーゴとは明確に敵対していたが、アイツだって好きなアイドルとかの前ではめっちゃ良い人風の顔を見せたりするのかもしれない。
ふと、ある人物の顔が脳裏に浮かぶ。マカディオスが世界で一番信頼をよせている相手。無償の愛を与えてくれる人。小さな体の偉大な保護者。
シボッツにもマカディオスのしらない暗い一面があって、もしそれが……。
考えても仕方のないことだ。それに、こうまで離れ離れになってしまえば確かめるすべもない。
子どもはいずれ親から巣立つものとはいえ、あんな形で急に引き裂かれるなんて納得できない。無事でいるかどうかも心配だ。行方をつきとめたい。謝りたい。
「おっちゃん。オレやっぱりご飯食べてから出発する」
幼い息子と離れ離れになった悲しい父親とすごす時間をもう少しだけ。窓べの席を選んで座る。申しわけていどに設置された草ぼうぼうの花壇では、そんなことなどおかまいなしといったようすでスイセンが花を咲かせていた。香り高く清らかな黄色。
あの夏至のパーティからどれだけの太陽と月を見送ってきたのだろう。
これからどれだけの昼と夜を乗りこえれば、また家族全員で笑いあえるのだろうか。
センチメンタルにひたっていたところに、ギガジャンボお子さまランチがマカディオスの前にドゴッと置かれる。食堂のメニューにはないがジョージが特別に盛りつけてくれたのだ。もちろん、規則にうるさいエマには見つからないように。
二人でニヤリと笑いあった。
正式な手続きをふんで、マカディオスは正答の教導者の施設から立ち去る。
「正直あなたは、すんごく微妙なラインの上にいると思います。普通の人間の基準からは外れたパワーと体格、でも明らかに魔物だって糾弾できるほどの異形じゃない。魔封器にも吸いこまれないれすしぃ」
ジュリがささやいた。
「……何者なんれす?」
ウラの魔物ともなんだか違う。もちろんオモテの人間ともなじめない。
そんなマカディオスだが、自分が何者であるか確固たる認識があった。
「オレか? オレは優しく強くキュートなマッチョ、マカディオスだぜ」
言葉に説得力を持たせようと、マカディオスは単語ごとにいちいちそれらしいポーズを決めた。
自分の存在の根幹。そこにあるのは間違いなく愛だ。命の火種となって今も灯っている。冬の暖炉のように、夏の日差しのように、その熱と光は周りにむかっても放たれている。
セティノアの希望で、ユーゴの友人が眠る墓地へと立ちよった。
野の花をつんで死者にささげるセティノアをマカディオスも神妙にマネる。
「……これでよし。さて、どうしましょうか。ウラに戻ることもできますよ」
そこにはもう小鬼も魔女もいないけれど。
マカディオスはすぐに返事ができなかった。
「ンァ! そうだ、ずっとわたそうと思ってたものがあるのでぃす」
セティノアが差し出したのは長めのスプーン。白い陶器製で、目を閉じたネコが持ち手の部分に形作られている。小鬼の家にあったカトラリーだ。三人で夜ふかしをしていたあの日、パフェを食べようという時にセティノアがこのスプーンを持っていたような気がする。
ユーゴの襲撃で、美味しいパフェはけっきょくだれの口にも入らなかった。
「ずっと正答の教導者の目がありましたから、すぐにわたせませんでぃしたの。これはセティよりもマカディオスが持っていた方が良いでぃしょう」
「うん……ありがと」
こみあげる思いがいっぱいで、短くそう答えるのでせいいっぱいだった。ベルトについている隠しポケットにそっと白猫のスプーンを案内する。
「シボッツとウィッテンペンの無事をたしかめてえが、手がかりがねえな……」
セティノアも難しい顔で両腕を組んだ。
「魔女の屋敷に戻りますか。あそこは教導者の被害をまぬがれてますから。二人の足どりを追う情報が見つかるかもしれねーでぃす」
そういって転移の魔法陣をかいたスカーフを広げる。マカディオスは迷わずセティノアの手を取った。
足元には雑草が芽吹きはじめた大地。その片隅にはサビだらけのジュースの空き缶。泥土にまみれてクシャクシャになった薄っぺらい半透明の袋。
明るい空が暗くなっていく。世界は夕焼けにそまり、夜の闇がしのびよる。
竜の子と百年ごもりの娘はウラの世界へと帰っていった。
いなくなってしまった家族を探すために。




