27・魔物の心臓
朝靄ただよう森の中。
斧をふるわれた子どもが五人。
ナイフを腹から生やした男が一人。
獣の牙で引き裂かれた女が一人。
小屋にたたずむ魔物が一人。
細い脚の先をぴちゃりと赤がぬらす。
子どもの声がする、ような気がした。でもここにはいない。木こりの家。もうみんな死んでる。何を見てるの? 食器。
作りかけの夕餉のスープは完成することはないだろう。具は少ないが鍋にたっぷり。
テーブルの上には木で作られた大人用のカップが二つ。子どもサイズのカップが五つ。
棚に収められているのは来客の分だと思われる。いくつかある来客用カップの中で、棚の一番手前に置かれている一つだけが、やけに古ぼけて見える。
それが何? いや……べつに。
妖姫はトコトコ木こりの家の中を歩いて回る。
そう広くもない部屋に、ひしめきあった寝床が七つ。
ほら、七人家族だよ。探しても生きてるのはもういないってば。うん……そうだけど。小屋のそばにもう一つ建物があった。あれはただの物置でしょ。行ってみよう。はいはい、私もお供いたしますよ。……ふふ。
妖姫はトコトコ薪置き小屋にむかって歩く。
もう古びたボロ小屋に、こっそりあった住まいが一つ。
小屋に入ってすぐは物置になっていたが、奥のドアを開けるとそこは居住空間になっていた。おそらくは昔はこちらが母屋だったのだろう。新しく家を建てた際に、古い方の家の一部を物置へと転用したのだと思われる。
壁には古い糸飾りがかかっていた。空き家だ。中に魔物がひそんでいる気配はない。
昔はこっちが主流だったよな。え? ああ、うん、糸のヤツね。最近は教導者が変な道具を作って……。君は可愛いタペストリーの中で暮らしてたよね。昔はよかった。きひひっ、おじいさんみたいなこと言ってる。俺たちなんて老人どころか過去の亡霊みたいなものだろ。そうともいえる。
妖姫は不思議そうに古い家の中を見回した。
声がした気がしたけど、だれもいない。……ひひっ、おびえた息遣いがするよ。タンスの中を見てごらん。ありがとう。うん、見つけた。
竜の襲撃で矯正学舎が半壊したためマカディオスは研究所へとうつることになってしまった。復旧の手配のためにこわれた学舎に残ったり、別の教導者の施設へむかった者もいるようだが、大半は研究所へと避難した。エマとジュリ、ジョージも研究所に身をよせている。
研究所でのマカディオスの部屋は物置を空っぽにしたような殺風景な空間だった。部屋の中には木箱とズタ袋。それだけだ。木箱は机代わり、ズタ袋は布類の収納と寝具をかねている。矯正学舎からの避難者を多く受け入れているので、物資に余裕がないのだ。
まだ状況が落ち着かずエマも授業の準備にまで手が回らないのでマカディオスはヒマだった。
大人たちは忙しそうだ。何か重いものでも運ぼうかと申し出たが、断られてしまった。雇用されていない者に仕事をさせると、色々とめんどうだとかそういう理由で。世の中にはたくさんの決まりがあるようだ。家のお手伝いのように気軽にはいかないらしい。
仕方がないので、ジョージの休憩時間まで付近で時間をつぶす。
学舎から来た従業員たちには普段手が回らなくてできていない仕事がわりふられた。ナベをみがいたり、物置の片づけと掃除、食堂のイスやテーブルの汚れや歪みを直したり。
ジョージのいる作業場の窓の外でマカディオスはトレーニングにいそしむ。
いつもの筋トレではない。この前ジョージに肩もみを頼まれてハッと気づいたのだが、今は力加減をミスして被害を出す心配をしなくていい。なれないマッサージもコツを教わりながら練習できた。
エインセルに力を制御されている状況を逆手にとって、普段できないことにチャンレジしてみようという気になったのだ。
失敗を恐れることなく体の動きの精密さをつきつめていく。
全速力からの急停止や方向転換。
落ちてくるたくさんの砂利の中から、印をつけたものだけを人さし指と親指でつかむ練習。しかも回転ジャンプして最後は格好良いポーズで静止。
口にめいっぱい水をふくんで、水鉄砲のエイム練習。
マカディオスは耳が良い。エインセルでも聴力や視力は制限できないようだ。換気のために少し開けられた窓の隙間から、ジョージたちの雑談がもれ聞こえてくる。
「ここんとこクソ魔物どもが暴れまくってやがる……。肥溜の中から這いずり出てくるんじゃねぇっての!」
作業の合間に流れるウワサ。森の木こりの家が襲撃されたという話に、ジョージが憤怒もあらわに吐き捨てた。
「ちょっとぉ。言葉遣いが乱暴」
「よその施設でも空飛ぶ魔物の群れに襲われたんだってね。こわい話だよ」
「竜もよく姿を現すようになった。アイウェン王子は何をしてるんだ……?」
「たしかに竜が出てくるのは増えたさ。でも疫病や飢饉や長雨みたいな大きな災いは減ってきてるよ。小さな災いで済むように王子が取り計らってくれてるんじゃないのかねぇ」
アイウェンは擁護され、竜はあまりに強大で。
憎しみの矛先は有象無象の魔物たちにむけられた。
「本当に迷惑な連中! 魔物に落ちぶれるのは勝手だけど、マトモに生きてる人間に危害をくわえないでもらいたいわ」
「ああいうのはウラにずっと閉じこめておければ安心なんだがねぇ」
「ねぇ。あそこの灯り、暗くない?」
安っぽい天井からは魔封器式の照明が釣り下がっている。中に封じられた魔物の命をジリジリ燃やしてこの明るさは維持されている。
「本当だ。新しい命に取り換えないと」
これ以上聞きたくない。自分もそうだし、きっと尻尾の動力源にされたセシルもそうだろう。もし彼女に自我が残っているならば。
マカディオスはトレーニングを切り上げてそっと立ち去ることにした。
が、足が思うように動かない。
「ううん?」
部屋に戻ろうとするマカディオスの意思とは無関係に足が動いて、見たことのないエリアへと進んでいく。
「あっ、セシル! お前のしわざだな!? やめろっての! ちょっと! ……なあ、クッキーやるからオレの頼みを聞いて? ……ダメか」
たどり着いたのは整然とした殺風景な部屋。そこで待ち受けていたのはユーゴだった。
マカディオスに一瞥もくれず、机の書面に意識をむけたままつぶやく。
「エインセル、待機。さて……これでようやく、特異個体の研究にとりかかれるってわけだね」
人間あつかいしたり、魔物あつかいしたり、正答の教導者は勝手なヤツらだ。
「……オレが模範的な協力者になって研究にかかる手間を短縮してやろうか? どんなことを調べる気だ?」
情報を引き出そうと、憎悪をおさえこみ冷静に話しかけたがムシされる。ユーゴの挙動からその目的を推し量るしかない。
矯正学舎ではエマがテストをおこなったが、ユーゴはそういう調査はしなかった。マカディオスの内面を探る気はないらしい。
ユーゴの関心はもっぱらマカディオスのパーフェクト筋肉ボディにむけられ、その強度や他の魔物との違いを調べているようだった。
(コイツもマッチョになりてえのか……? いや、筋肉自慢の魔物はそうめずらしくもねえはずだ)
シボッツに連れられて行った妖精市場の雑踏を思い返す。色んな体格の魔物がいた。見た目だけでいえばマカディオスよりも大きな魔物、ナイスバルクな魔物、体脂肪率が一桁の魔物は普通に存在する。むしろマカディオスはボディビルダーとしてはキレキレに仕上がっておらず、頑丈な骨格とぶ厚い筋肉の上に適度に脂肪をまとった安心のレスラー体型である。
ユーゴはやたら複雑化された虫眼鏡に目を当てて、マカディオスにかざす。
「魔力は低い……いや、ゼロか」
そうだよ。魔物じゃないんだから。
マカディオスは腹の中で舌を出す。
「ふむ……。肉体内部に完全に魔力をとどめ、外部に放出する分をゼロにおさえているのかな」
ダメだ。たぶん結論ありきで調べていて、自分の推測と矛盾ないようにデータを解釈してしまう。魔物ではないとわかってもらえない。
「ちょっとよくわからないな……。心臓を直接見てみよう」
「はぁ!? 冗談じゃねえんだけど!? もしもーし! やめるなら今のうちですよー!?」
「エインセル。厳重に拘束。苦痛で暴れさせるな」
いくらわめいたところでムダだった。抗議が聞き入れられることはない。
「そう騒ぐなって。心臓自体を傷つける予定はない。……今のところ。お前にすぐに死なれたら僕も困る。調べ終わったら体に戻して縫合してやるから大人しくしてろ」
「アンタ、やり口がずいぶんと強引で独断的だな。他の教導者から苦情きてねえ? びみょうな立場になってんじゃねえの? 大丈夫?」
「……バカが何を言おうが関係ないね」
ユーゴは短く答えると顔色一つ変えずに用意をはじめる。
鋭い刃物。肉や皮をつかめるペンチのようなもの。切り開いた箇所を開放状態で固定しておけるワイヤーとピン。
あれこれ道具を準備したわりに、これから体を切り刻もうというマカディオスには麻酔も消毒もなしだった。
ユーゴが手にした刃物がマカディオスの皮膚の上をすべる。
それはもう本当にツルッとすべっただけだった。
大胸筋は完全に無傷。魔物解剖用のメスはボロボロに刃こぼれしている。
ぽけーっと気を抜いている時にはその辺の虫にチクッとさされたりするのだが、気合を入れたマカディオスの肌は竜のウロコ並みに強靭になる。
「……」
怪訝な顔をして刃物を確認するユーゴ。
「解剖はまた後日。エインセル、特異個体を僕の部屋から遠ざけろ」
悪い大人にイヤなことをされたら、何も心配せずに相談してほしい。シボッツからはそう教えられている。でもマカディオスのそばにもうシボッツはいないのだ。
他の大人、エマにユーゴのずさんな実験についてうったえることにした。
「なんということでしょう。それは許されることではありません」
エマは無表情のままでいきどおった。
「届け出もなしにまた独断で勝手なことをして。ユーゴさんはなぜ正式な手続きをとるのをおこたるのでしょう。そういうことをされると非常に困ります」
エマはシボッツとはちがう。親身になって優しく心配してくれはしないが、ルールにはうるさい。これでユーゴのジャマができるだろう。
「あのさ。この尻尾のことだけど、一番の権限を持ってんのはユーゴなんだよな?」
「質問の際には礼儀正しい態度と言葉遣いを心がけてください」
「すみません。わからないことがあるのでどうか教えてください。……この尻尾に関して一番の権限を持ているのはユーゴさんなんですよね?」
「そうですよ」
マカディオスは近くにジュリがいないかを確かめた。
エマからどれだけ情報が引き出せるかはわからない。たぶん彼女は、この情報は秘密にしなければならない、と決められている内容は断固として守る。
これまでのエマの言動によれば、正答の教導者内でのユーゴの手続きには不備があるようだ。きっとユーゴはロクでもない真意をかくし、聞こえの良い大義名分で書類をいろどった。組織の中で賢く立ち回ろうとしたのだろう。
「……彼がオレに出した命令を他の教導者の方が上書きや解除……なんてのはできないということでしょうか?」
「そうなります。他の教導者がどこまでの命令を出せるかを設定しているのもユーゴさんです。当初ユーゴさんは自分の命令だけを反映する仕様を目指していたようでしたが、他の技術部員からの反対意見がよせられこれを断念したといういきさつがあります」
ユーゴの画策は、エマに対しては通用しないどころか逆効果だった模様。
この場にもしジュリや他の教導者がいたら、どうしてマカディオスがこんな質問をしているのか確実に不審がっただろう。すなおに情報を明かすわけがないし、マカディオスの思惑を探り返してきたはずだ。
だがエマはそうしない。言葉の矛盾点を正確に見抜く力を持ちながら、言葉の裏に隠された意図には無頓着だ。
「それじゃあもし装置の不具合とかでオレが意志に反して暴れ出して命令もきかないって時に、どうにかできる方法ってあんの……あるんですか?」
エマはしばらくの間、脳内でその状況をシミュレートしているようだった。
「突然そんな事態になった場合、混乱によって私の判断力と実行機能は大幅に低下します。対処できません。そういうことが起こる可能性を事前に予期していれば、私があなたを一分以内に無力化します」
「それってオレは無事で済むんです?」
「はい」
セティノアの呪いがなくてもわかる。
エマはウソをつかない。
「ああっ!? オレの腓腹筋がピクピクしている!? これは不吉の前兆だぜ! うあーっ、なんかそういうアクシデントが実際に起きそうなめっちゃ悪い予感がする! エマも用心しといた方がいいぜっ、ですよ!」
マカディオスのわざとらしい演技にもエマは淡々とした反応を返すだけだった。
「電解質が不足しているだけでは? 根拠のない話は好みませんが、そういった事態が発生する可能性については心にとめておきます」
研究所の食堂で夕飯にガーリックステーキ丼とブロッコリーとチキンのサラダとクリームチーズメンチカツとキンピラゴボウと野菜白和えを食べた後、マカディオスはわり当てられた自分の部屋で考えこんでいた。
ユーゴをぎったんぎたんにやっつける方法だ。
そもそも不審な点が三つ。
満月の晩にわざわざウラ側に乗りこんできたこと。魔物が圧倒的に有利だというのに。
機械以外に仲間は連れずに単身でやってきたのも引っかかる。
最大の疑問はウィッテンペンの攻撃で致命傷を受けたのに復活したこと。
マカディオスはこれらの不可解なナゾに説明がつく、一つの可能性に思いいたる。
ユーゴは魔物なのでは?
ただ結論ありきで考えてはいけない。
上半身をウィッテンペンの魔法でかみ砕かれている。心臓をこわされたら、いくら満月の晩の魔物であっても復活できないはずだ。
いや、待て。
――心臓自体を傷つける予定はない。お前にすぐに死なれたら僕も困る。調べ終わったら体に戻して縫合してやるから大人しくしてろ。
魔物の心臓を傷つけると復活できずに死んでしまうことはウィッテンペンから聞いている。
ユーゴはマカディオスを殺す気はないのに、体から心臓を取り出そうとした。
ということは、魔物の体から心臓を取り出しても死なないのかもしれない。
もう少しふみこんで考えてみる。
体から出した心臓を……。
どこか別の場所に隠していたら……。
そんなことが可能だとすれば……。
ユーゴの復活に説明がつく。
心臓を隠すとしたら、どこだろうか。
まっさきにマカディオスがうたがったのは正答の教導者のユーゴの部屋。
だが、だんだんとこれは違うような気がしてきた。
矯正学舎でマカディオスが利用していた部屋ではたまに職員も立ち入ることがあった。床をキレイにしてゴミ箱を空にしてくれる掃除の人や、洗濯したタオルやシーツをたたんで持ってきてくれる人がいて、おかげで快適にすごせた。
ユーゴの部屋にも、掃除や設備の点検で自分以外が立ち入る可能性もある。もしも自分の部屋の中で魔物の心臓が発見された場合に言い逃れができない。
隠し場所もわからないし、新たな疑問も出てくる。
魔物が正答の教導者に入りこみ、ずっとバレずにいられるものなのか。
小鬼の家でユーゴは魔物をひどく嫌悪する発言をしていた。
魔物に殺された親友の墓参りを今でも続けているのに。
「ま、わかんねえことは情報集めてたしかめていきゃあいいんだよ」
己の推測に目がくもらないように気をつけて。
最近のマカディオスの趣味はお絵描きである。素朴な紙とペンなら支給されている。
エマの授業を大人しく受けて、表立った問題も起こさないですごしている。ユーゴは次の実験の準備に手間取っているらしい。ものすごく切れ味の良い手術メスを調達しなければならない。
平穏な日々だ。監視の目もゆるくなってきている。
本気でルールをやぶって出し抜きたいのなら、悪い子では難しい。従順なヒツジの皮をかぶって、したたかに好機をねらうのがお利口な方法。
たぶんウィッテンペンがいたらそうアドバイスしてくれるはずだ。その後ろでびみょうな表情を浮かべているシボッツの姿だってありありと想像できる。
早くこんなところからおさらばしてもう一度二人に会いたい。セティノアもいっしょに、家族ですごした楽しい日々を取り戻したい。
そのためにはこの尻尾がジャマだ。魔封器の中で機械の動力源になっているエインセル……、セシルに何度か呼びかけてみたが反応はなし。太鼓を持った陽気なおサルのようにおだてても、雨の中の捨てられた子犬のように泣き落としても、悪どい商人のようにクッキーのワイロを提案してもムダだった。
この尻尾をつけたのはユーゴなのだから、アイツをコテンパンにして外させるのが良いだろう。
セティノアからわたされたスカーフは大事に隠し持っている。だがこれから先、これを持っているのが正答の教導者にバレると言いわけに困る。鳥笛は思い出のオモチャだと言えるが、魔法陣が描かれた布なんて怪しさ満点だ。
「どうしたもんかな……」
気晴らしに大イタチの山賊親分のラクガキをしながら、マカディオスは考えにふける。
ハッとひらめきマカディオスは紙の上でペンを動かした。
そして描き上げたのは、オレの考えた最強の魔法戦士ゴリランティウス五世であった。知性の光をたたえるゴリラの瞳。軽快なドラミングがひびきわたるゴリラ大胸筋。手にするはバナナの杖。背中に羽織った白銀のマントには魔法陣。
スカーフが見つかった際には、オレの考えた最強の魔法戦士ゴリランティウス五世の自作グッズだと言い張る。この作戦でいこう。オレってめっちゃ賢い。
「……強いだけのヒーローじゃなくて弱点もほしいな……。よし、お腹が弱いってことにするか。あと必殺技とかも考えとかねえとな」
そしてゴリランティウス五世の詳細なキャラ設定をねるのに没頭し、オランウータン師匠やリスザルの道化師といったサブキャラクターとの関係性も構築していく。大まかなストーリーと、序盤の事件のすじがきまでもポンポン思いついた。
もはや魔法陣の偽装とは全然関係ない。
情報収集も欠かせない。ジョージからユーゴについて聞き出した。
「オレ、この間あの人に呼び出されたんだよ。正直気はあわねえけど揉めるのもヤだからさ。こう……どういう人かわかれば穏やかな対応もしやすいかなって」
だますようで心苦しかったが、おキレイでいても世界の重みに背中をふみつぶされるだけだ。マカディオスは卑怯で不誠実な一面が自分にもあるのを認めることにした。
「なんだ、しょうがねぇよ。あの人は気難しいので評判だからな。お前にだけキツいわけじゃねぇから、まぁあんまし気にすんな」
教導者や施設内で働く人々の中でもユーゴを苦手とする者は多いようだ。主な理由は他者への不寛容さ。立場が対等か下の者の落ち度を見つけたら、冷たく陰険な叱責を浴びせることで有名だ。
「ヤなヤツだな!」
「そう決めつけんなって。ユーゴさん自身はきっちりした努力家だからな。そうじゃねぇ人もいるってのが許せねぇってこったろなぁ」
ジョージはそうかばったがマカディオスはあまり納得できなかった。そんなにきっちりしたいのなら立場の強さなんて関係なくだれにでもきっちり噛みついていけばいいものを。それならまだ好感が持てる。
「あの人にとっちゃ、手を抜いたりズル休みをしているなまけ者に正当な罰を与えてるつもりなんだろ」
そういえば小鬼の家を襲ってきた時もユーゴはこんなことをいっていた。
魔物はズルいだとか、正当な罰だとか。
その言葉からは、親友を魔物に殺された恨みといった感情はあまり感じとれなかった。
むしろ個人的な不満を晴らすかのような……。
いや、憶測だけで相手の心を把握した気になるのは危うい。
マカディオスは客観的な情報を探りにいく。
「亡くなった友だちのお墓詣りによくいってるんだっけ。お墓ってあっちの方の?」
どこにあるかまったくわからなかったので、適当な方角を向いて聞いてみる。
「ちげえよ、もっと西じゃなかったか。あの人、月に一度以上は欠かさず顔を出してんじゃねぇかな」
食堂で働いているジョージはユーゴの動きを完全に把握しているわけではないだろう。それでもこの頻度だ。
こんなことをうたがって亡くなった人に悪いなとは思いつつ、ユーゴが友への哀悼のためにこんなにも墓地に足を運んでいるなんて信じがたい。
定期的に訪れても怪しまれず、咎められない場所。
不用意に片づけられたり暴き立てられる心配が薄い場所。
万が一そこから魔物の心臓が見つかっても、自分は何も知らなかったと言い逃れができる場所。
友の墓は、これらの条件を満たす。




