22・風が吹いたら揺りかご落ちる
マカディオスの背中から不快なクツの重みがやっとどいた。
「姿の見えないもう一匹をつかまえろ」
命令に反応し、マカディオスの背骨にとりついた金属ムカデが不吉にうごめく。
そんなことはまったく望んでいないのに。
下された指示を遂行しようと体が動く。
低い姿勢から一気に加速。
巨体の突撃でイスが吹き飛び、食器がわれる。
なれ親しんだ小さな体をつかんでぶら下げる。小鬼の細い両手首をまとめてつかむのに、こちらは片手だけで充分だった。
もとから不健康そうなシボッツの淡い緑肌はいっそう青ざめて見えた。
小さな口からはカチカチと歯が鳴る音が聞こえてくる。
それでも穏やかな声でシボッツはささやいた。
「大丈夫。俺はお前よりも、怪力だからな」
なんの解決にもならない冗談なんて、今は聞きたくない。
冗談というよりは子どもだましのウソっぱち。
そのままシボッツが黙って口を軽く開けていることにマカディオスは気づく。
目立たない小さな動きだが何かの意図がありそうだ。
何も入ってない口。それを見せようとしているのか。
ハッとする。ウソをつくとカエルを吐き出す呪いが発動していない。
シボッツがひかえめにうなずく。セティノアが無事に逃げたことを侵入者にさとられずマカディオスに伝えようとしていたのだ。
伝えたところでなんの解決にもならない。機械の支配が外れるわけでも、ナゾの男が急に改心したりもしない。
けれどマカディオスの心境には大きな意味があった。
最悪な状況でも、まだかすかな希望があるのだと。
「大丈夫だ。これがお前の意思じゃないってわかってるから。これから何がおきてもお前が責任を感じることはないよ。マカディオス……顔が動かせるのなら、せめて固く目を閉じていなさい」
小鬼の養い親は竜の子を守ろうとしている。その心がこわれてしまわないように。
この期におよんで。
手も足も出ないのに。
本当はおびえているくせに。
小さく灯った希望も。
力なき者の親心も。
悪は踏みにじるのに容赦などしない。
男は淡々とマカディオスに次の指示を出す。
「ソレを死なないていどに痛めつけておけ」
心臓をこわされない限り、魔物は死なない。
何をしても。
目を閉じていてもわかる。
自分の手がどんな非道を働いているのか。
わざと空振りをして自分の腕の骨を粉々にできないかと思ったけれど、機械の支配下におかれたマカディオスには自滅さえ許されなかった。
「これが公平というものだよね。魔物はズルい。正当な罰だ。オモテの人間が背負う苦難から逃げた者。その罪は償うべきだ。世にそむいた怠惰な生きざまの代償を今受けているというわけ。おろかな魔物は自力では正しい道にたどり着けない。僕たち正答の教導者が救済してやるしかない」
こわれたもので散らかり放題の床にその人は倒れていた。髪をつかんで持ち上げる。悲しくなるほど軽い体。ふわふわとしたやさしい髪のぬくもりに泣きたくなる。
小鬼からは抵抗らしい抵抗がない。その魂は固く閉じこもり、すさまじい暴力が肉体の上をとおりすぎていくのをただただ待っているようだった。
くぐもった小さなうめき声は力ない。
最初マカディオスは耳をふさぎたい気持ちにかられたが、今ではその声に耳を澄ませている。声が聞こえなくなる時がくるのがこわいのだ。
マカディオスの耳に聞きたくもない男の声が届く。
男は魔物を異様に嫌っているらしく、この状況を楽しんでいるようでもあった。
「本当に……魔物どもにはうんざりさせられるよ。その小型個体は魔封器にぶちこんで、命が燃え尽きるまで人のために生きなおすチャンスを与えてやる」
突如地獄が広がった。不愉快な熱さ、おぞましい気配に包まれる。
鼻を蹂躙する血肉と焼けコゲとケモノの臭いにマカディオスは固く閉じていた目を思わず開ける。
肉と骨の壁に包囲されていた。いや、骨に見えるものは鋭い牙かもしれない。何か大きな生きものの口の中にでも閉じこめられたようだ。歯茎や顎に相当する場所にも過剰な牙がひしめき合って生えている。強靭で執拗そうな舌状の器官がいくつも隠れひそんでいた。唾液は熱気をおびている。
おそらく教導者の男は状況を充分把握する猶予もなかっただろう。
一瞬の間に色んなことが片づけられた。
地獄の口腔が大きくゆらぐ。
舌がうねって忌々しげにマカディオスを押しのける。
畜生じみた鋭利な切歯がきらめいた。シボッツの髪が切断されて自由になる。
ずしりとした巨大な臼歯に教導者の上半身がおさえこまれる。
「やってくれたな、やってくれた……よくもやってくれたな、よくも……」
どこからともなく地の底を這いずるような怨嗟の声が聞こえてくる。
人間が、こんなにも深く暗い声を出せるなんてマカディオスはしらなかった。
「うっとうしい……、邪魔ばかりする……。この小便垂らしの糞餓鬼どもがッ!!」
怒髪天を衝く魔女の咆哮と同時に、教導者をはさんでいた臼歯がガチリとかみあった。
魔法で構成された地獄の口がぽろぽろと崩れ去っていく。
こじんまりとした素朴な家はもうどこもかしこもこわれていて、壁にも天井にも大穴が開いていた。ここまでくると、もう外と大差ない。
ぼうぜんと座りこむマカディオスの脱力した右手から、切られた白い髪がはらはらと落ちていく。
視線の先には倒れたまま身動きしない小鬼の姿。
だれよりも早く、ホウキに乗った魔女が瀕死の小鬼を回収した。
そのままほかのものには目もくれず、空の高見へと高速で上昇していった。
いつの間にか空にはぶ厚い雲が垂れこめている。これでは満月の光が届かない。ウィッテンペンは重傷を負ったシボッツを雲の上にまで連れていくつもりなのだろう。
「マカディオスッ! 無事でぃすか!」
ガレキの中に一人取り残されたマカディオスに、心配そうに近づく人影がある。セティノアだった。転移の術を使ってウィッテンペンを呼んできたのは彼女だ。
こちらにかけ寄って飛びつこうとするセティノアを制止する。
「危ねえからこっちくんな!」
教導者はもうピクリとも動かなくなったが、背中に張りついた金属の虫は離れる気配はない。
また自分の体が勝手に動いて、大切な人を苦しめるんじゃないか。そう思うとこわくて仕方がない。
「……もうだれもオレのそばにきちゃダメだ」
引っこんでいてほしくても涙というのは勝手にしゃしゃり出てくるのだ。
泣く資格なんて自分にはないのに。
「死ぬまでだれとも関わらないで一人で暮らす」
「マカディオス。悲しむより先にすることがあります。自暴自棄にひたるのは後で思う存分やりましょう。セティもつきあいますから」
自分も不安に押しつぶされそうな中で、セティノアはなんとか冷静に状況を見極めようとしているらしかった。
「今は変な機械で動きをコントロールされてねーのでぃすよね? 命令を出した男はもう……二度と動くことはないでぃしょうから、新手の教導者がくるまではひとまず安全そうでぃすね。その間に、機械を外すためいろいろ試しますよ! 自分の背中は自分じゃ見えねーものでぃすから!」
マカディオスは黙ってうなづく。
意識のない小鬼が魔女の腕におさまっていた。
首をほんの少し動かすだけで、あたたかな彼の髪の中に鼻先をうずめることができる。
月光が彼の体を修復するのを待つ。
彼の髪を切りたくなんてなかった。
けれどももしあの状況で代わりに竜の子の腕をかみ潰していたら、小鬼は魔女を許しはしないだろう。そばにいられなくなってしまう。
いざという時、確実にあの竜の子を殺せるだろうか。
感情がどうこうではなく実力の面で。
これまでそんなことを真剣に考えたことはなかったが、あんなことがあった以上、牙をとぎすませておいて損はない。
小鬼が当たり前にそなえている良心なんてものは、魔女には搭載されていないのだ。
彼に心から軽蔑されないように、納得がいかないまま完全には理解してもいないルールを模倣しているにすぎない。
こんなくだらないルールやほかの人間にわずらわされることなく、ずっと二人でいっしょにいられる方法があればよいのに。
腕の中、かすかな身じろぎ。
まもなく小鬼は目を覚ますだろう。
落としてしまわないよう、しっかりと手に力を入れる。
至近距離で淡いスミレ色の目がぼんやりと開く。
抱きかかえた体がギュッとこわばるのがわかった。
ノドをつまらせたような音を立て、シボッツの息が不安定に荒くなる。
「うーん、最悪の寝起きって感じだねー」
ガリッと顔面を引っかかれる。
錯乱状態。今の小鬼にこちらの声は届かないし、相手がだれかわかっていない。かつて危害をくわえられた魔物のことでも思い出しているのだろう。妬けることだ。
「ひっひひっ……。君が我に返った時の反応がとっても楽しみ。暴れちゃダメだよー、落っこちる」
こうなるだろうと予想していた。暴れられても放さないように腕の力を強め、自在に動く髪の毛を巻きつける。
引っかき傷のひりつく痛みに満足しながら、隠れ家の一つへとホウキを飛ばす。
「いいところでしょ」
返ってくるのは恐怖にそまったうなり声。
この部屋に閉じこめたとたん、すみで身を丸くしてああして一人で苦しんでいる。
近づけば過去の恐怖体験を想起させ、かといってこの状態の小鬼を放置するわけにもいかず、ウィッテンペンは距離をとりながら同じ部屋でようすを見守っていた。
すぐに腫れ上がる虚弱なノドを持つ彼のために、窓を開け放ってホコリっぽい古い空気を入れかえる。さっき叫ぼうとしてむせていた。感情のままわめくことさえ満足にできない小鬼のひ弱さが愛おしくてたまらない。
ウィッテンペンは窓の外の景色に目を向けた。
山に囲まれた高原。時折気まぐれに雲から顔を出す月に照らされて、原野は青白くチラチラとその色あいをかえる。
そこにポツンとたたずむ中庭を備えた背の低い邸宅がここだ。風をさえぎる木々がロクに生えないこの土地では嵐がもろに吹きつける。
ウィッテンペンの隠れ家の一つだ。こういう便利な別荘を各地に所有している。
「あ、いーこと思いついた」
その声に小鬼がビクリと身をすくませる。それにもかまわずに、ウィッテンペンはその長身で小鬼におおいかぶさるようにして羽交い絞めにする。拘束は髪の毛に任せ、魔女の両手は自由になる。
「平気へーき。こわがらなくてもいーよ。私に任せて」
わけもわからず全力で抵抗してくる小鬼に体重をかけておさえこみながら、服の中に手を忍びこませる。指先の感覚に意識を集中していると、するどい痛みが腕に走る。小さな口で噛みつかれていた。
「……そうだね。イヤだね。ごめんよ。でもちょっとだけガマンして」
振りほどきはしない。そんなことをして万が一シボッツの口を痛めでもしたらかわいそうではないか。
代わりにウィッテンペンはじっくりと痛みを堪能した。血は興奮をかきたてるものだとばかり思っていたが、今は不思議と穏やかな気持ちだ。
小鬼が与えてくれるものは、すべてよいものに決まっているのだ。
魔女の手はついに目当てのものを探り当てた。
「よかった、やっぱりあった! 激マズ飴!」
過去の記憶に苦しんでいる時に、彼がこれを口に放りこんで現実感を取り戻していたのをウィッテンペンは見ている。心配性で準備のよいシボッツのことだ。こういう事態にそなえて一つか二つは持ち歩いていると思ったのだ。正解だった。
ホッと安堵の笑みをうかべた後、飴の包み紙の違和感に魔女の表情は憎悪で冷えこむ。
包み紙ごしの触感と音で中身の飴がボロボロに砕けているのがわかる。
ポケットに入れた飴が砕けるような暴力にさらされた。月の光で肉体は修復されても、その事実はくつがえらない。
「……」
必死に助けを求めにきたセティノアから、だいたいの事情は聞き出してある。
マカディオスにもどうすることもできなかったとはわかっている。力ばかりが強いあの甘ちゃんのことだ。きっと自分の行動にとてつもないショックを受けているだろう。
シボッツはセティノアの転移に同行して、あの場から逃げ出すこともできたはずだ。教導者の機械にあやつられた竜の子を見捨てる覚悟さえあれば。
危険だとわかったうえであえて逃げなかったのだろう。自分が残ることで、セティノアから状況を聞いた魔女が迅速かつ確実にウラ側にかけつけ、敵を始末するようにと。
シボッツはマカディオスのために二つのものをないがしろにした。
小鬼の安全と、魔女の心だ。
これはウィッテンペンにとって望ましい方向だ。
この調子なら、きっとあと少しでかなう。
「……ほら。見つけたよ。食べなー」
くだけた飴で口を切ったりノドにつまらせたりしないよう注意しながら、魔女はじっとりとした愛情をふくんだ手つきで小鬼に飴を食べさせる。
しばらくしてシボッツは理性を取り戻した。打ちひしがれたその表情がなんとも無力でかわいらしい。
「もう心配なーし。ウラ側に侵入した教導者は殺しておいたから」
地獄の口の中でゴリッと上半身をかみくだいてやった。
「マカディオスとセティノアは……どうしてる? きっとあの二人もこわがってる。安心させてやらないと……」
「それなら大丈夫だよ!」
平然とウソをつく。
「今頃、私の仲間が保護してくれてるんじゃないかなー。二人が心配でかけつけたい気持ちはわかるけど、いろんなことがあって君も私も疲れてる。ここで休もう、ね?」
無意識のしぐさをよそおって、錯乱中の小鬼がガブリと歯を突きたてた腕をさする。満月の光を浴びてこの傷が治ってしまわぬよう、ウィッテンペンは注意して窓べをさけていた。
スミレ色の瞳が深い罪悪感でにごるのを見て、えもいわれぬ歓喜に魔女の心臓がわきたつ。
ウィッテンペンは人格者のような顔をして小鬼の説得にとりかかった。
「それにさ。あんなことがあったばかりですぐ顔をあわせて、ギクシャクせずにいられると思う? ムリしない方がいいよ。ほら、もしも……すごく取り乱した君の姿を子どもたちの前でさらしちゃうことになったらどーする?」
さも心配する口ぶりで、小鬼が魔女にとって都合のよい選択をするように話を誘導していく。
「ひひっ……。君は相手が自分に望む一面しか見せようとしないからねー。恐怖の対象である私だからこそ、望みに応じる余裕もない君の姿を見る僥倖にありつけた。ねぇ。私の前でだけは、どれだけ弱く情けなく浅ましい本性を見せたってかまわないんだよ」
しばらく待ったがうつむく小鬼からの返事はない。
「うーん。もう寝ちゃおっか」
「眠れる気がしない……目を閉じるのがこわい」
「君に悪いものが近づかないように私が夜通し見張っているよ」
自分だってこの世にはびこる無数の悪いものの一つのくせに、番犬役を申しでる。
「ううん、そんなのは悪いから……」
シボッツには明確な欠点がある。
どうにもしがたい状況を抱えこんでいるのに、人に頼ったり甘えるのをさけようとするところだ。
度をこした頑張り屋。
休むのがヘタで。
助けを求めるのもヘタで。
人一倍悩みやすいくせにグチを吐き出すのもヘタクソで。
隙あらばなまけようとする魔女の姿勢を少しは見習ってほしいものだ。
「ねぇ聞いて。私は今日、人を殺しまくった。日常の感覚に戻りたい。協力してよ。安らかな寝息を立てる君の顔を見れば、血なまぐさい記憶を洗い流せる気がするんだ。ね、お願い」
これもウソだ。
むしろ大暴れした後の高揚感がぬけていくのが名残惜しい。
けれどもこういっておけば、シボッツは少なくとも眠る努力をするだろうとわかっていた。
「……わかった」
少し緊張した面持ちで小鬼がベッドに向かう。ウィッテンペンの別荘に設置されているのはとうぜんのようにクイーンサイズだ。
小鬼がベッドに横たわるまでの、ぎこちなく控えめな一連の動き。魔女はそれを喰い入るように観察し、何度でも正確に思い返せるように脳の記憶にきざむことにした。
寝る時にキチッと胸の上で手を組む仕草はかわいらしいが、そんなクセが身についた理由をしっていると彼を傷つけたものへのどす黒い殺意がわいてくる。
ウィッテンペンがこの場にいない相手に殺意をたぎらせている間に、ふわふわの白い髪が絹の寝具の上に広がった。救助のために切断し一部分だけ短くなっていた髪も、満月の光を浴びて元どおりになっている。
切った方の髪を回収する余裕まではなかった。たまらなく悔しい。
きっと竜の小僧はあの髪を捨ててしまったのだろう。ものの価値がわからないガキにはすぎた宝だ。どうせ大切に保管したり、四六時中身に着けたり、食べたりなんてしないくせに。
「……機械だけ転移させるってのはできそうか?」
「マカディオスは満月で体が復活するわけじゃねーのでぃしょう? 失敗したら、ちょっと命の保証はできません……。こいつぁー困りましたね。どういたしましょう……」
半壊した小鬼の家の前。
マカディオスの背中にくっついた機械をどうしたものかと二人は思案していた。
セティノアが観察してくれたが、取り外しのスイッチのたぐいはないようだ。マカディオスが力まかせに金属の虫を外そうとしたがうまくいかない。急に腕に力が入らなくなる。
手詰まりだ。
「……心配なことは多いでぃすが、ぶっちゃけセティは気力と体力がこれ以上持ちそうにありません。つまりは眠たいのでぃす……」
家はこわれ、寝床にしている宝箱も倒壊に巻きこまれてしまった。
「どこか安心できるせまい空間で一休みしてーでぃすの。セティとなじむなら体より小さなものでもおかまいなしで入りこめるのでぃすが……」
魔法のことはさっぱりなのだが、マカディオスはとりあえず提案してみる。
「笛ならあるけど」
セティノアといっしょに作った鳥笛はいつでも隠しポケットに入れていた。
「おー、よさそうでぃすね」
宝箱よりもはるかに小さな笛にセティノアはするんと閉じこもる。
マカディオスが手にした笛に中から、アクビまじりの声がした。
「眠気が限界でぃすわ……。おやすみなさい」
「あ……う……、笛はかすけど! どっか安全な場所にかくれてほしいんだけど!」
鳥笛を掌に乗せたマカディオスは、しばらく木のうろや地面と石のすき間を見て回っていたが、やがて観念したように笛をポケットに収納した。自分なんかのそばにいたらきっとロクなことが起きないと思うが、夜の森にほっぽり出すのも無責任だ。
森の中を進んで魔女の屋敷にたどり着くまでの間。それまでは。
くもっていた夜空も今は晴れて、こうこうと闇を照らす満月が顔を出していた。
「平伏しろ。ノロマ」
声が聞こえた瞬間、ひんやりと湿っぽい地面とマカディオスの頬が密着する。
この姿勢では声の主の姿は見えない。
だが間違いなくあの男の声だった。
ヤツの上半身は地獄の口の中でたしかに潰された。
頭も心臓もぺしゃんこになった。
人でも魔物でも生きてはいられない。
なのに、どうして。
魔物の復活とは別の原理によるものなのか?
教導者が使う機械で幻でも見せていたのか?
他のだれかの命を身代わりにでもしたのか?
答えにたどり着かない、憶測ばかりがぐるぐると。
「余計なことはせずに僕についてこい。化け物」
背骨にぴりりと電気の刺激。
命じられるままに立ち上がる。




