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18・虚無の城

「セティノアー!」


 扉ごしに名前を呼ぶ。


「……マカディオス」


 反応がかえってきてホッとする。

 それが、げんなりとした絶望感マックスボイスでも。


「ギギ……。気をつけてたのに呪いが発動しちまったでぃすの。それもよりによってあんな大勢の前で……。ウィッテンペンはセティに何かいってまして?」


「グミおいしいっていってたぜ」


「ウソでぃーすっ! 大失態をやらかしたセティなんてそっこーブチ転がされてしまうのでぃす!」


 本当なのに。セティノアはうたがいぶかくなっている。


「仲直りしたくてここにきた」


「それもウソでぃすね。コイツめんっどうくせーッと思ってるのは、呪いの力がなくたってお見とおしなのでぃす」


「今はそんなこと思ってねえけど、この調子がずーっとつづけばその予言が当たっちまうよ……。そうなるのはオレもヤダ」


 大切な家族や友だちであってもイラッと感じる瞬間は、正直ある。べつにそれが気まずいとマカディオスは思っていない。日常生活の中で相手に多少ムカつこうが、それだけで絆がガラガラくずれるわけでもないし。

 でもセティノアは人間関係に一かけらでもマイナスの感情が発生するのをおそれているみたいだ。


「ウソかどうか、たしかめたらいい。セティノアにならできんだろ」


 しばしの静寂(せいじゃく)。ほんの少しだけドアが開く。


挿絵(By みてみん)


 卑屈と不服が交錯した顔が、じっとマカディオスを見つめている。


「よかった。顔見て話したかったんだ。腹たててんのにオレの前にでてきてくれてありがとうな」


「ウソ……じゃねーみたいでぃすね……」




「セティノアのことなのにセティノアの意見を聞いてなかった。イヤな思いさせてわるかったな」


 今回のマカディオスの動機は三つ。

 呪いを気にしなくなったセティノアと遠出ができたら楽しいだろうなと思った。

 セティノアにいいところを見せようとして張りきりすぎた。

 ――不安から目を背けるために、つねに全力投球していたかった。


 セティノアが小さくため息をつく。


「人前にでるのもキスされるのもまっぴらごめんでぃすけど、そもそもセティはこの呪いをなくしたくねーんでぃす」


「そうだったのか!?」


 セティノアの態度から解呪に積極的でないのは承知している。

 でもそれは変わるための行動がめんどうくさいのであって、呪い自体はとけたらうれしいものだとばかりマカディオスは思っていた。


「たしかにこの呪いのせいで困る時も多いんでぃす。呪いなんてない方がいいっていうマカディオスの考えも理解できますの」


 それでもセティノアには呪いが必要だった。


「なら、早めにそういってくれりゃあよかったのに」


 以前にもセティノアに対して似たようなことをいった記憶がぼんやりとよみがえる。


「呪いをときたくないって大っぴらに口にだすのも気が引けますの。だって、こんな、この呪いがあるせいでセティノアは人に迷惑をかけているでぃしょう。それを……残しておこうだなんて。そんなのはワガママでぃす。ゆるされるわけがない」


 セティノアがここまで委縮(いしゅく)しているわけがマカディオスにはわからない。

 自分と彼女は何かが決定的にちがう。

 ばくぜんとそう感じとった。


「セティのためだと思って頑張ってくれてる人に、そんなの望んでない、なんていえやしねーでぃすよ。いい人じゃねーでぃすか。ムダに息をすって吐いてるだけの無能なセティとはちがって、ポジティブで生産性が高いデキる人じゃねーでぃすか。そんな人の親切心にセティが泥をぬって不愉快な気持ちにさせてしまったら、とりかえしがつかないっていうか」


 そんな発想はマカディオスには完全になかった。

 相手の思いやりを受けとりながら、でもその行動はやめてほしいと伝えるのは、マカディオスの中ではいっさい矛盾が生じない。


「やさしい人にすら嫌われるなんて、おそろしすぎるのでぃす……」


 小さな右手がその顔を半分かくす。


「セティは……ほかの人からどう思われてるかをすんごく気にするのでぃす」


「うん」


「そのうえ、ちょっとの批判や失望でズドンと地の底まで落ちこむ性格なのでぃす」


「だろうな」


「……でも、もしも、だれかが心からセティをみとめてくれた時。こ、この呪いさえあれば。それがウソじゃなくて本心だってわかる」


 まだおとずれないたった一つの真実をとりこぼさないためだけに。

 無数の傷をあえて飲みこむ。

 それほどまでに。


「セティみたいな命でも、生きてていいって許可証がほしい」


 人目を避けて。

 宝箱の中にかくれ。

 それでも自分がここにいるという事実をただ受け止めてほしくて。


 セティノアの顔半分をおおっていた手がだらりとさがる。

 弱々しい瞳がマカディオスを見上げていた。

 返事を切望されている。

 ウソは通用しない。


「……許可証なんてやれねえよ」


 瞬間。

 上下左右の感覚が消失。

 不明瞭な視界。

 世界が針の先より小さく収縮したかと思えば、天をおおいつくすまでに膨張。

 それにマカディオスもまきこまれる。




 気づいた時、マカディオスは奇妙な空間にいた。近くにセティノアの気配はない。

 ここはウィッテンペンの屋敷にあるどの部屋ともちがう。子ども部屋ほどの大きさの小さな一室。せまさにくわえ窓も見当たらず、精神的な息苦しさを感じる。


「こりゃあ魔法か?」


 よくわからないものはとりあえず魔法か? とうたがってみる。


「ついにオレの魔法の才能が開花した! ……わきゃねえか」


 全体的に白や淡い色で統一されて、かわいらしい。

 置いてある家具は少なくて質素だ。ベッドに机とイス、それから日用品や衣服の収納箱が三個ほど。

 ベッドにならんだぬいぐるみや、小物作りやお絵かきの道具が充実した机の上。ここはあきらかにセティノア好みの空間だ。


「セティノア、どっかにいねえかな」


 丸くかわいらしいドアノブをまわそうとして、違和感に顔をしかめる。

 ありえないほどドアが重い。マカディオスの膂力をもってしても開かない。

 どう見ても普通の木のドアにしか見えないのに。


「おっ? ドアのくせに骨のあるヤツだぜ」


 日常生活では家をこわさないよう慎重におさえている力をこのドアになら発揮できそうだ。

 マカディオスは軽く腕を伸ばしてストレッチをしてから、全力でノブをまわして全体重をかける。


「ウ……ソだろ、おい!!」


 開かないのである。


「ああ。なんだ。そういうことか。落ち着いて考えてみりゃあ、こんなもん楽に開けられるじゃねえか」


 引いてみても、横にスライドさせようと試みても、どんでん返しのしかけをうたがってみても、結果は同じ。

 びくともしない。


「マジかよ。人生甘くねえな!」


 ならば、とドアを殴りこわそうと腕を引く。広背筋と大円筋(背中)が剛弓の弦さながらにしぼられる。解放される力はいかほどのものか。


「……いや。やめとこ」


 マカディオスは拳をおろす。

 まだほかの脱出方法を探すことにした。たしかに奇妙な空間ではあるが、友だちの部屋を力ずくでこわしたりなんてしたら二度と家に呼んでもらえなくなる。本当に最後の手段にとっておく。


 それはそうと真剣な顔でしげしげとドアを観察した。


「このドア、筋トレ用にほしいな」




 部屋を調べはじめてすぐにマカディオスは机の上の紙に気づいた。

 そこに転移の魔法陣がえがかれていることにも。淡いピンクとグリーンのグラデーションをきかせたオシャレな紙で目を引いた。


「なるほどな。これでどっかにいけるってわけだ」


 魔力のない自分にも効果があるのか一抹の不安をかかえつつ、魔法陣に手でふれる。

 心配なかった。転移の魔法陣はどこか新しい場所へとマカディオスをいざなった。




 ポスターのように壁にはられた魔法陣から押しだされ、マカディオスは重量級ボディとは思えない軽やかさで着地。


「……は」


 部屋のようすを確認して息をのむ。

 さっきまでいた部屋となんら変わらない。


 よくよく見ればイスの上に一冊の本が置かれ、そこから折りたたんだ紙が飛びだしている。紙をとり出して広げてみれば、そこにもまた魔法陣。


「まいったな、こりゃあ。ずいぶんと複雑な迷路だぜ。オレの頭のできにあった難易度にしてくれよな」


 マカディオスは頭をボリボリかいて部屋からペン紙の束を拝借した。メモ帳として使うつもりだ。

 部屋にある紙には番号を書きしるし、また同じ場所に戻った時に識別できるようにしておく。


 準備ができたところで、マカディオスは本にはさまれていた魔法陣へと手を伸ばす。

 次に飛ばされた先もまた、かわりばえのない白い子ども部屋。


「……」


 先行きを想像して途方にくれる。心細さから隠しポケットに手を伸ばしていた。

 贈りものの巾着袋を開けてみる。軽い手ごたえでほどけていくサテンのリボンの音が心地よい。袋本体は紙のようで紙っぽさもあるやわらかい素材でできていた。


 カードにはシボッツの名前があった。達筆だが読みやすい。意外と古風で力強いカッチリとした字を書く。上手すぎて威圧感のある字だ。

 快方にむかっているという近況報告が一行、マカディオスを気にかけるメッセージが四行。

 いっしょに入っていたのは棒つきチョコ。リスの形をしたヤツだ。


「うはっ! こいつはいい」


 迷宮を乗りこえる力をつけるため、ゆっくり味わいながらチョコを食べた。




 机の上の紙に数字を書きこむ。


「4210……と」


 ベッドの上のヤギのぬいぐるみが折りたたんだ紙を持っている。たぶん中身は魔法陣なのだろう。

 だがマカディオスはそれを確認する気力がわかずにいた。


 セティノアにはわるいが、部屋の壁なり床なりぶちこわしてしまおうか。

 だがこの空間はあきらかにおかしい。どうなるかもわからないのに、異常空間を力まかせに破壊する案にマカディオスは不安をいだきはじめている。そもそも自分の力で突破できるのかも疑問に思えてきた。


 どこまでいってもムダなだけ。似たりよったりの部屋にいきつくばかり。必死になって進んでも、むなしく足踏みしているのと同じ。この迷宮に出口なんてものはない。

 途方にくれる。


 チョコはもう食べてしまった。

 でも口の中にほんの少しだけやさしい甘さが残っている。


「ちょいと休むか!」


 体力的にはまだまだ歩けるが、このままでは心の方が音を上げそうだ。動きつづけるばかりが正解の道だとはかぎらない。立ち止まる時間も必要だ。

 部屋のすみにすわりこむ。

 そのとたん、マカディオスの体は床にドプンとのみこまれていった。




 これまでとはちがう部屋にペッと吐き出される。

 広々とした荘厳な空間だ。ただし柱は巨大な色鉛筆。天井からは乾ききっていない絵具がポタポタとしたたる。床にしきつめられた積み木はマカディオスの重みでカチャカチャとズレるわ足の裏にペタリとにへばりつくわで、ちょっと歩くだけでも難儀する。素足でイヤな感じに踏みつけたりしたら、ものすごく痛そうだ。


 その部屋の中央に陣どっているのが、ウサギやクマといったぬいぐるみをツギハギして作られた玉座だ。装飾として球体関節人形の手足のパーツを取り入れる大胆な工夫もうかがえる。


 城の主は小さくて無力な姫君。セティノアだ。


「セティノア。お前が生きるのにだれの許可証もいらねえよ」


 いっしょに帰ろうとマカディオスは手をさし出す。

 その手がとられることはない。


「あなたは生きている価値のある人だから、そもそもセティと立場がちがう。見えているものも。肌で感じる世界の温度も」


 天井から鮮やかな絵具がたれてくる。赤と緑。黄色と青紫。


「セティの魔法陣は、城の外だとセティと手をつないでいる人しかいっしょに転移できねーのでぃす。この城の中ではマカディオス一人でも転移は作動しましたね? この空間内にいる人は、セティの従属物みたいなものなのでぃすよ」


「よくわかんねえが……離れていても心は一つ! みたいな感じか」


「……いえ、そこはもうちょっとダークな方向に解釈してもらった方がイメージ的にしっくりくると思いますの。あと、今は危険な状況だ! みたいな焦燥感も持ってもらえるとお互いの認識をすりあわせられるかと」


「わかった。ヤベーな! 闇が深い! つづけていいぜ」


「ええっと……。愛情をあびて育ったあなたをこの何もない城に取りこんだら、セティも少しくらいは愛ってものを実感できそうな気がしますの」


「……セティノア」


 マカディオスは細心の注意を払いセティノアに勘づかれないよう右手を()()()()

 どんな戦いでも自然体のままだったマカディオスが、明確な意図を持ち攻撃の姿勢を形作る。

 相手にそれをさとらせぬ、戦士としての狡猾さを発揮しながら。


「かっこつけて病んでるんじゃねえー! これでもくらえ!」


 腹直筋(おなか)肛門括約筋(おけつ)の連携によって完全に制御されたすかしっ屁。

 剛腕からくりだされる渾身の握りっ屁。


「ンゲーッ!? クッセーッでぃすの!!」


 セティノアは両手で鼻を押さえて倒れこむ。

 そのままめそめそと、ぎゅっと体をちぢこめた体育座りをしてうつむいてしまった。


「ううっ……生きてるだけで迷惑になる人はどうしたらいいのでぃす」


「迷惑かけながら生きりゃいいだろ」


 そういいながら、セティノアのとなりにマカディオスがどっかりとあぐらをかく。


「人に迷惑をかけちゃいけないって習わなかったんでぃすの、マカディオス」


「オレも習ったっての! でもそれは……あれだ。ゴミのポイ捨てとかみんなが寝てる時間に遊んでさわぐとか、そういうまわりの人がイヤな気持ちになるだけのしょうもない悪事はやめろってだけなんじゃねえのかな」


 少し前までマカディオスもセティノアと同様の考えにとらわれていた。自分の存在は迷惑でしかないのだと。育ての親が疲労で倒れるぐらいの厄介もので、せめて魔女の屋敷ではなるべく手間のかからないお利口さんにしていようと思っていた。


「呪いみたいに自分じゃどうしようもない事情をかかえてたり、人に相談したり力を借りたり、そういうのは『人に迷惑をかけちゃいけない』って言葉にはふくまれてねえよ。ぜったい大丈夫だ」


 確信している。

 なぜならシボッツがマカディオスに、自分の手に負えない事態でも人をたよらず自力で対処しろ、なんて教えるわけがないからだ。

 そんな教えを律義に守る子どもがいれば、きっとその子は不幸になってしまう。

 シボッツはその知恵と忍耐と愛情で、マカディオスがこの世界で生きるのを楽しめるように導いてくれる。


「生きてたらどんなヤツだってどうしたって、ほかの人にたよる時があるもんだ」


 几帳面なシボッツでさえ急な体調不良はどうしようもなかった。

 マカディオスはしばらく魔女の屋敷でお世話になっている。

 ウィッテンペンだって人をコキ使うのに抵抗がなく……いや、これは人をたよるというより、しょうもない悪事に該当(がいとう)しそうな気がする。


「無能なセティは人に助けてもらうばかりで、人の助けにはなれやしねーのでぃす」


「ふーん、そうか? この複雑な迷宮から脱出すんのはオレの頭じゃムリそうでよ。セティノアならナゾが解けるんじゃねえか? 道案内を頼みてえ」


「それじゃセティが自作自演で恩を着せてるだけじゃねーでぃすか」


 ようやくセティノアが少し笑った。


「……魔法の暴走にまきこんじまってすまなかったでぃすね。セティの心も落ち着いたし、いつでも帰れますよ」


「いいってことよ。オレもだいぶガサツだった」


 ゴツゴツとしたぶ厚い手をさし出す。

 小さな手が重なった。

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