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17・仮面舞闘会

 めっちゃかわいいお姫さまとあえる絢爛豪華(けんらんごうか)な仮面舞踏会を開くという触れこみで、マカディオスは王子っぽい連中をかきあつめることにした。

 セティノアはシャイなので、仮面で顔をかくしておけば人前にでる苦手意識もへるだろう。などとマカディオスは勝手きわまりない楽観視。


 大人数を呼べるようにウィッテンペンの広大な庭を使う。とはいえ荒れ放題のままでは、ガーデンパーティというよりもジャングルツアーになってしまう。

 マカディオスははびこる草を素手で引っこ抜く。ミントとドクダミが恨みがましく香り立つ。木をおおうクズの葉のツルを引きちぎった。


「やったぜ」


 パパパパンと手の汚れを払う。

 これで片づいた。


「おー。マカくん、おつかれさま」


 用事があって出かけていたウィッテンペンが戻ってきた。

 犬猿の仲の魔物二人の話しあいの席に呼ばれたとかなんとか。もめて流血沙汰にならないよう中立の立場で目を光らせておくよう依頼されたらしい。

 そういう役目を任されるということは、多くの魔物たちの間でウィッテンペンの実力が認められているようだ。


「庭がすっきりしたねー。ありがとう。でもソイツらすぐ元どおりになっちゃうんだ。根こそぎ仕留めないと」


「なんてこった」


 地下は見すごしていた。

 マカディオスはゆっくりと右足を持ち上げはじめた。

 足先が伸びる、どこまでも。腹。胸。肩。頭上――。


 その巨体は強靭にして柔軟であった。

 さながら天と地を結ぶ一本の柱。ゆらぐことのない究極の体幹。

 右足を振り下ろす。つらぬくは大地。

 衝撃。

 噴き上がる土くれ、小石、断ち切れた地下茎。

 高く舞い上げられた土が落ちてくる。世界が終わる日の雨のように。

 一仕事おえたマカディオスは両手をゆっくり開いて得意顔。


「なあこれオレかなり頑張ったからちょっと見て!」


 土にまみれた白い根がマカディオスの掌にめいっぱいとらえられていた。

 形にならないほど細かく粉砕された根も多い。

 空中に巻きあげた際に、つかみとったものだ。


「うん、いいね。家のそばではスコップを使って丁寧にやってね」


 ウィッテンペンはゆうゆうと屋敷の中に入っていった。




 舞踏会の当日。準備はととのった。

 庭は手入れされ、初夏のさわやかな風と日差しの恩恵を受けられるようになった。

 パーティの飲みものはプロテイン。食べものはプロテインバー。味もココア、コーヒー、バナナ、ストロベリーと複数そろえて完璧である。


 パーティにだれもこない……という不安もクリアされた。ちゃんと魔物たちがあつまっている。

 ただ、参加者同士が何やら二手にわかれて口論になっているようす。


「おや。舞踏会(ダンスパーティ)と聞いていたのだが、ずいぶんと場ちがいな恥しらずが多いのだね」


「ああ……? 恥さらしはテメエだろうが。貧弱なモヤシは武闘会(トーナメント)にはお呼びじゃねえよ」


 誤解がおきている。

 マカディオスは空中で両脚を美麗に開く大跳躍(グランジュテ)で、いい争う二人の間にずずいっと分け入った。


「ステキな舞踏会(ダンスパーティ)をお楽しみくださいねッ!!」


「は? お……おかしいじゃねえか! 主催者は覆面の巨漢なんだぞ!?」


 当惑のこもったブーイングを広背筋(せなか)で聞き流しながら、マカディオスは屋敷で待機しているはずのセティノアのもとへむかった。




「セティノア! セティノア?」


 いくらドアをノックしても反応がない。

 セティノアの部屋は静まりかえっている。


 ただ確実にこの中にいるはずなのだ。なぜわかるかといえば内側からしっかりカギがかけられているから!

 マカディオスはドアごしに呼んでみた。


「セティノア! 大成功だぜ! 王子さま候補をいっぱいつれてきた。これなら呪いも解き放題だ!」


 マカディオスは自信満々だが彼の王子判定はそうとうガバガバだ。美男子、男装の麗人、野獣、華やかなクジャクの魔物、十一羽でたむろしていた白鳥、立派なカエルなんかにも声をかけている。


「アヴァヴァ……な、なんちゅーことを……」


 マカディオスは首をかしげた。


「なんで? イマイチだったか?」


 思わず口をついてでた「なんで」には、無意識に相手を非難するニュアンスがこもっていた。そっちこそわけのわからないことをいって困らせている、と暗に責めるように。


「イ、イマイチでぃすって……? イマイチどころか、こんなの……こんなの大ッ迷惑でぃすの!」


 マカディオスはガガーンとショックを受けた。

 よかれと思って。一生懸命だったのに。セティノアのためだって。


 ああ、でも。とマカディオスは自分の行動をふり返る。

 本人の意見にぜんぜん耳をかたむけていなかった。

 セティノアの呪いをダシにして、自分のやりたいようにやっただけ。

 こんなものに巻きこまれた方はいい迷惑だ。


 ()()()()()()()()()()()、どうしても受け入れがたい手段はあるだろう。

 今回はたまたま()()()()()()()()()()()()

 マカディオスはそう解釈した。


「わかった。すまねえな。何も心配すんな」


 トラブルの片をつけにいく。




「おあつまりのみなさま方。おこしいただきありがとうございます。さっそくですが、残念なおしらせがございます」


 筋肉をピクピクさせながらマカディオス登場。


「仮面舞踏会は中止となりました。オレのミスでございます。大変申し訳ございません」


 ざわつく会場。


「かわりといってはなんですが、これから戦う方の武闘会をおっぱじめます。どうぞみなさま、思うぞんぶんご飲食(プロテイン)をお楽しみいただき、オレとの勝負をご堪能ください」


 マカディオスはしずかに半歩ふみだし優雅に両手を広げてご挨拶した。

 どよめく中で、だれかがおずおずと手を挙げる。


「……かわいいお姫さまと出会えるって話は?」


 あれだけイヤがっているセティノアをみんなの面前に引きずりだすなんてことはできない。

 彼女にはこの一件と無関係でいられる権利がある。


「オレだ」


挿絵(By みてみん)


 両手の指をグググッと動かし形作るのはハートマーク。


「かかってこい、オレこそがプリンセスだ」




 ガーデンパーティにあつまった参加者のうち。

 判断の早い三分の一はこの時点でさっさと帰宅。

 興味本位の三分の一は見物に回る。

 血気盛んな三分の一はマカディオスに挑んでいく。


 マカディオスはまともな構えをとらない。

 堂々とした立ち姿で魅惑の上腕二頭筋を見せつけるだけである。


 最初は一対一の試合だった。

 しかしやがて、それでは勝負が成立しないとだれもが気づきはじめる。


「なんだコイツは」

「マッスル・イズ・パワー……」

「くっ! 覆面半裸マッチョのくせに、銀髪スレンダー美男子の僕に勝とうだなんてナマイキなんだよ!」


 銀髪のイケメンは、せっかくコテコテの敗北ナルシストっぽいセリフで悔しがったのにだれもツッコミを入れてくれないのでしょぼんとしてしまった。


 ふぁさふぁさとした金色のたてがみをなびかせた白いポニーの魔物が元気よく主催者にたずねる。


「みんなでいっせいにかかってもいいですか!」


「いいですよっ!」


 マカディオスは両腕で丸を作るようなポージングをビシッときめて、愛想よく答えた。


 一気に襲いかかってくる十三人の魔性の民を同時にさばききるのは、マカディオスにだって簡単じゃない。

 各自身長も体重もちがえば、関節の可動域も受け身のとり方のうまいヘタもわからない相手。異形の体が乱舞して、未知の魔法もとびかう攻防。

 圧倒的に欠けた情報の中、一秒にも満たない思考時間で。

 だれにもケガをさせぬよう安全に。

 敗北を納得してもらえるよう豪快に。

 そんな風に一人一人をたおしていくのは、マカディオスでも多少苦労した。


 やさしく無邪気に傲慢に、その力をふるう。

 なすすべもなく敗北者たちは次々におねんねさせられていく。




「マカくーん」


 ウィッテンペンの声にマカディオスだけでなく会場のだれもがふりむく。

 白く繊細な花を咲かせたガマズミの木のそばに魔女の姿があった。朝からいっていた小鬼のお見舞いから帰ってきたのだ。


「お届けものだよー」


「え、ありがと」


 小さな巾着袋だ。開けなくても手触りでなんとなく中身がわかる。メッセージカードと、ちょっとしたお菓子のようなものが入っているようだ。

 マカディオスはベルトの脇腹側にひっそりついている収納ポケットに袋をしまっておいた。


「それにしても……」


 わざとらしくウィッテンペンがあたりを見回す。マカディオスが呼びよせた魔物たちの中で、視線があいそうになった何人かはそれとなく目をそらし、べつの何人かは気まずそうに姿勢を正し、奥の方の何人かはウワサをささやきあっていた。


「すごい行動力だね! 構想して、計画をたて、実現する。今日こうして自分のやりたいことを形にしたのは、きっと君にとってプラスの経験になる。失敗の挽回もふくめてね」


 そう。これはマカディオスの失敗だ。


「……よかれと思って、だれかのために、まわりに相談もしないで、大変なことを一人でやっちゃう。そーいうのはよくない。とーってもよくないよ。ううん、君はわるくない……なまじ、それができちゃう実力があるからいけないんだ。まわりにひたすら望まれたから君はそれに応えるしかなかった。いっそ何もできないようあの手も足もかみ砕いてしまえばッ! ……ダメダメ、それはかわいそう。もっと穏便なやり方で……」


「だれの話してんだ?」


 最初はマカディオスへの注意だったが、とちゅうから魔女の意識はあきらかにこの場にいないべつのだれかにそれていた。


「なんのことかな? 私はずっとマカくんの話をして……おっと」


 口紅が引かれたウィッテンペンの唇にいつの間にかカエルのグミがはさまっていた。

 おいしそうなライムグリーンを形のよい白い歯がずだりと寸断。哀れ、カエルは魔女にもぐもぐと食べられた。


「おいしーね、これ」


 突如出現したカエルのグミ。何がおきたのか、何を意味しているのか。舞闘会の参加者はただポカンとするばかりでわからない。

 どういうことか理解しているのはマカディオスとウィッテンペンだけだ。


「あんなに引っこみ思案なのにこっちが気になって仕方がないんだね。ほらほらマカくん、あの子のとこにいっといで」


 あつめられた魔物たちにウィッテンペンが声をかけるのが聞こえてきた。


「さて。どこかケガした人がいれば手当しようね。大丈夫そ? じゃ、解散(かいさーん)




 自分の失敗そのものについてはマカディオスはさほど落ちこんでない。

 一つ一つのできごとはシンプルでも、それらがからまりあう現実は複雑に運行している。どんなに賢い人だって、すべてを完璧に見とおせるわけがない。


 失敗はいっかんのおわりじゃない。

 ぜったいに避けなくちゃいけない何かとんでもなく恐ろしいものではない。


 ものごとがうまくいかない時もある。次の行動に反省をいかしていく。

 人生はそうやって進んでいく。


 舞踏会の参加者やウィッテンペンには迷惑をかけてしまった。

 それからセティノアにも。


 固く閉ざされたセティノアの部屋の前で、マカディオスはしばらく立ち尽くしていた。

 息をととのえてから軽く拳をにぎってドアをノックする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マカディオスがどんどん強くなっていく(色んな意味で)
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