16・由緒正しき解呪の方法
「セティノア。ベリー狩りの旅にでようぜ」
リビングでたいくつそうにしているセティノアに声をかけてみる。
この時期には森のいたるところでジューンベリーやラズベリーといった木イチゴの類が実をつける。ウィッテンペンが教えてくれた。
「たくさん集めて持ってくれば煮つめてくれるってよ!」
日々の料理作りはめんどうくさがって省略しがちなウィッテンペンだが、気がむけば手のこんだ工程の食糧作りにとりかかる。毒バチをハチミツに漬けこんだり、スッポンの甲羅でゼリーを作ったり、ニンニクを黒くなるまで熟成させたり。
「ヘァッ!? うー……さそってくれて大変うれしーのでぃすが」
セティノアが口元をおさえた後、モグモグしはじめた。たぶんこっそりカエルのグミを食べている。
「セ、セティはお家にいようかと」
「わかった」
それも自由だ。断られたのはべつに気にしない。
むしろセティノアがものすごく申し訳なさそうにするのでマカディオスの方も、なんかごめんね! という気持ちになってくる。
遊びにさそってもセティノアは屋敷から離れた場所にはいきたがらない。庭より外にはでようとしない。
不思議だな、と思ったので本人に聞いてみることにした。
「なんで?」
直球の問いかけ。
「ンェ……!? それは……セティもそれじゃダメだとはつねづね思っているのでぃっすっ! いつかはどこにでもお出かけできるようになろうと一歩踏みだす意志はあるようなー、ないようなー?」
セティノアはひきつった顔であたふたと言葉をつらねる。あるような、といった拍子に青リンゴフレーバーのカエルのグミがぽろっとこぼれ落ちる。
もしかしてセティノアは責められたように感じて必死で弁解したくなったのだろうか。本音でもない言葉を口にしてまで。
「安心しろ。いちゃもんつけたわけじゃねえ。理由が気になっただけ」
「そうだったんでぃすの? なんか怒られるのかと思ってビビり損でぃしたの」
そんなつもりがなくても、相手に意味やニュアンスをちがうようにとられてしまうことがあるのだと、マカディオスは一つ学習した。
こちらが言葉にださない気持ちまで思いやってくれる人とすごすのは居心地がよい。仲よしだなとも感じるし親切だなと思う。
でもそれは考えてもいない気持ちをあると判断されてしまうこわさと背中あわせだ。一方的に、しらぬ間に、どっちもわるくなくても、こじれてしまう。そうなったらきっとすごく悲しい。
「理由、でぃすか。……セティはあまり人前にでたくねーといいますか。ごめんなさい」
どうしてセティノアはあやまるのだろう。
なんで、と聞かれただけで叱責のように受け止めてしまうのはなぜなのか。
自分自身をダメだと思わないといけないのは、いかなる事情によるものか。
「うーん」
いろんなことを考えすぎて、マカディオスはぺちゃっとつぶれてしまった。
「つかれちゃったんでぃすの? ほどほどにしてオヤツを食べにいきましょう」
セティノアがやさしい声でさそいかける。
「マカディオスはプロテインの粉で作ったお菓子が好きでぃしたわね。昨日は蒸しパンにしたから、今日は……オートミールを混ぜたクッキーにしてみましょうか」
「うん!!」
最近はちょくちょく使われるようになってきた魔女の台所。
セティノアには魔力があるので、いっしょにいるとマカディオス一人ではできないこともできる。たとえば魔法式オーブンを温めたりとか。
用意するのはオートミール、ココナッツオイル、ココア味のホエイプロテイン。ボウルにぶちこみ混ぜていく。
「魔法が使えないなんて、そんなの不便で大変でぃしょうね。セティにいってくれればいくらでもお手伝いしますのよ」
「そいつはありがてえ」
セティノアはやさしい。視線があうと二人でニコッと笑いあった。
「ただ……魔法が使えないのはいいとしても、魔法式の道具まで起動できないだなんて不自由すぎるでぃしょう。訓練とかはやってます?」
「いや。筋トレとストレッチと走りこみとバランス感覚とリズム運動と人体の機能や構造の勉強しかしてねえ」
魔法の道具を使う訓練はしたことがないし、どうすればいいのかもわからない。
「ほかにできそうなのは……道具の方に細工をするとか? マカディオスの生活の質を上げるために、どうにか困りごとは改善したいものでぃすね」
「ふーん。そういうもんか」
セティノアはこんな風にマカディオスを思いやってくれている。
焼き上がったばかりのプロテインクッキーをザクザクかみ砕きながらマカディオスはセティノアの横顔をチラッとながめる。
お菓子を作ったり、絵をかいたり、小さな楽器やオモチャを作ったり、本を読んだり、パズルをといたり。セティノアはそういった活動を好む。一人でも楽しめるものばかり。
好奇心旺盛なマカディオスが近よってくるのをセティノアは邪険にはしない。いっしょに遊んでくれる。
一人きりでできる趣味が多いが、だれかといっしょにすごすのも好きなようだ。
ほかにも思い当たるふしがある。
ウィッテンペンがたまに開く友人たちとのパーティ。そのようすをすごく活き活きとした顔と身ぶりでマカディオスに教えてくれた。セティノア自身は参加しておらず、屋敷の物陰からこっそり見聞きしただけの光景を。
人がきらいなわけじゃない。でも人とかかわるのを恐れてもいる。
セティノアをしばりつけるものにマカディオスには心当たりがあった。
呪い。
セティノアの呪いの効果は、口にしたウソがカエルグミによってあばかれるというもの。それだけだ。セティノアを直接がんじがらめにする効果はないはずである。
でも実際はちがう。呪いがもたらす不都合は直接的な効果だけにとどまらない。人生のあらゆる行動や選択に干渉しセティノアの運命をせばめていく。
閉じこめて押しこめて。いきつく先は小さな箱の中。
なんとかしてあげたい。
不便そうな状況を改善してあげたい。
そうするのが友だちへの思いやりであると親切なセティノアがさりげなく教えてくれた。
「なあ。その不便な呪いをといたら、セティノアはもっと自分の好きに生きられるんじゃねえか?」
両手で一枚のクッキーをつかんで食べていたセティノアの口元からクッキーのかけらがぱらりと落ちた。可憐な印象の口には意外にも凶悪きわまりない牙が生えている。
「まぁそれは……たぶん」
「セティノアの呪いについて教えてくれよ! とくためのヒントがあるかもしれねえ」
「ンァー……」
セティノアの反応はうすい。きっと尻ごみしているのだろう。彼女が自分から飛びだしていく性格じゃないことはマカディオスにもわかっている。
だったら勇気の一歩をふみだせるように背中を押してあげなくては。
新しいことをはじめる時にはノリと勢いが肝心なのだ。臆病な心がチャレンジをやらなくてすむ理由をどんどん見つけだす前に、さっさと決断して実行するのみ。というのがマカディオスの持論。
「大丈夫だ。ぜったいできる! オレが助けにになるぜ」
セティノアの呪いは、産まれる前からさだめづけられたものだ。
まだ世界のウラ側が作られておらず、魔物たちがオモテの片すみで生きていたころの話。
さびしい湿地をとおった父親が魔物に襲われた。その難からのがれようと口から出まかせのウソをつく。その場はうまくきりぬけられたものの、その年に産まれてきた娘には奇妙な呪いがかけられていた。
「……これで満足でぃすの?」
「大満足!」
「ねぇ、マカディオス! 呪いをとくなんてきっとすっごく大変でぃすよ。もうあきらめてほかの遊びでもどうでぃすか?」
「心配ねえ。どんな絶体絶命崖っぷちでも、筋肉と愛があればなんとかなるもんだ」
「ヴー……」
セティノアはうなだれた。
呪いをとくのに気乗りしていないのはマカディオスにもわかった。
だがあえてそこは考慮しない。自分を変える努力というものは、つらかったりおっくうだったりするものだから。強引なのは自覚していたが、ここはセティノアの意志がくじけないよう強力にサポートしていこうと決める。
呪いをとくヒントをさがそうとマカディオスは本を開く。
本棚がひしめく読書部屋を掃除しておいてよかった。読書部屋というよりも書籍専用ものおきコーナーと表現した方がしっくりくるありさまだったが。ウィッテンペンは特に大事な本は別の場所で保管しているらしかった。
掃除のおかげでカビ臭さもホコリっぽさもだいぶマシになっている。座って本を読んでいてもクシャミ連発なんてことにはならない。
この部屋にある本はマカディオスやセティノアが自由に読んでかまわない。薬草や生物関係の実用書が中心で、あとは娯楽小説があるくらい。切ない恋の話の横に、ドギツいアウトローの犯罪小説がならんでいる。
マカディオスの希望にそう内容のものは数冊しかなかった。さまざまな呪いとその解呪方法の知識をえるためにマカディオスがこれぞとえらんだ本は、童話集。
ウィッテンペンがいうには魔法の研究者の評判はわるいそうだ。自分の心の傷をほじくり返すのが好きな根暗マゾだとか、他人の心の闇をのぞき見る陰湿ヘンタイに見られがちなので、魔法や呪いを考察した本なんてなかなか出回らないものらしい。
童話集はやたら豪華な装丁だった。表紙をながめているだけで、そこに小さな絵画があるみたいだ。ウィッテンペンは読むというよりもインテリアのつもりでこの本を手に入れたのかもしれない。
呪いについて書かれた話を読みこむうちに、いくつかパターンが見えてきた。
呪いをかけた相手を倒す。これはとてもわかりやすいし簡単そうだ。マカディオスは腕っぷしには自信がある。でも肝心の相手の居場所をさがすのがむずかしそう。
カエルを壁にたたきつけて元の姿へと戻す。それから呪いとは異なるものの、ハダカで出歩く王さまに真実を叫ぶ。これはそれまでの流れを断ちきるエキセントリックな反抗をぶちかましてやれということだろうか。
やはり呪いをとく定番は王子さまやお姫さまのキスだ。あいにくマカディオスは王子なんてガラではないので助けられそうにない。
「高貴な身分のヤツらのツバって効き目があんのかな」
王子といえば。
たしかアイウェンといっただろうか。どこにいるのかわからないが有名らしき王子。
キツネとオオカミの魔物に化けた正答の教導者のお姉さんも王子をさがしているようだった。あの二人組にもときたい呪いがあるのだろうか。




