13・百年ごもりの呪い箱
ナゾの気配の正体は勝手に動く宝箱だった。
ソファーの後方に立っているマカディオスにむけて、ウィッテンペンがたずねる。
「どうしよっか、これ。フタが開かないように鎖でしばってどっかにすてとく?」
「キョェエエッ!? どうか、どうかっ! 命ばかりはお助けでぃすの!」
マカディオスが返事をする前に宝箱から奇怪な悲鳴が上がった。人格の器の小ささをひしひしと感じさせる情けない声だ。こんな状況でも頑として宝箱の中から出てくる気はないらしい。ある意味では大物なのかもしれない。
寝そべっていたウィッテンペンは、身をおこしてすわりなおした。足を組んでやわらかな背もたれに身をあずける。
「あ、しゃべった。あのさー、勝手に住みつかれて迷惑なんだけど?」
「勝手に……!? そっ、それはちげーますの! そっちがセティをつれさらったんじゃねーでぃすか!」
マカディオスとウィッテンペンは顔を見あわせる。どうやらくわしく話を聞く必要がありそうだ。宝箱はセティノアと名乗り、マカディオスたちも名をあかした。
人気のない洞窟で平和に暮らしていたセティノアはウィッテンペンに見つかってしまった。宝箱をこじ開けようとする魔女に必死でフタを閉ざす。無言の抵抗を貫いていたら屋敷に持ち帰られてしまったそうだ。魔女がじっくりとりくんでも中身を傷つけずに宝箱を開けるのは困難らしく、いつしか飽きたか忘れたか、そのままずっと放置されて月日がすぎる。ざっと百年ほど。
「そっか、思い出したよ、ごめんね。はい、もういなくなっていーよ、バイバイ」
ウィッテンペンの言葉には気持ちがまったくこもっていない。
「びぇ……、泣きそう……。なんてすげない態度でぃすの」
「泣くのは自由だけど、それを見せられたところで私は君を優遇したりしないよ」
「ひん……、この人情け容赦ねーでぃす」
マカディオスにもだんだんウィッテンペンの性格がわかってきた。身内あつかいのマカディオスやシボッツにはかなり甘い対応だったのだ。そうでない相手はどうでもいいとばかりに冷淡で雑。利用価値がある相手なら多少対応も変わってくるが。
「セティノアもそんな事情があったんなら、逃げたりしないでちゃんと話してくれりゃあよかったのによ」
リビングにびみょうな空気がながれた。
いきなりマカディオスに追いかけられて、ここは逃げずに話しあいだと腹をくくれる人物がいったいどれだけいるというのか。
ものすごい度胸か、人を見る目の正確さが求められる。
「ん、まてよ。オレから話しかけてもよかったのか。つかまえんのに躍起で、そこまで頭が回らなかった。おどろかしちまってわりいな」
「へっ、あ……はいぃ。それはどうも、でぃす」
謝られるとは思っていなかったのか挙動不審にゴニョゴニョつぶやくセティノア。
反省するマカディオスをよそに、どうもウィッテンペンは納得がいかないらしい。
「えー、なんか腑に落ちない。たしかに家につれてきちゃったのは私だけど、百年間ずっと人の家でコソコソかくれ住むってどうなのー? ここに住み着きたいのなら私に事情を打ち明けて交渉した方がおびえず堂々としていられるし、逃げ出したいならいくらでもチャンスはあったはずでしょ?」
「うっ……。はい……。つれてこられたのは不本意でしたが、居ついたのはセティの意思でぃす。……やっぱり勝手に住んだのはよくなかったと思いますの。ごめんなさい……」
極端に人目を避ける生活様式。
直接話した方が問題を解決できる場面でも、宝箱の中にこもって沈黙をたもつ。
おびえているせいもあるのだろうが、こうして話している今もいっこうに宝箱から出ようとしない。
「やけにこっそり暮らしてえようだが、なんか理由があんのか?」
「その……。本来あまり人とかかわってはいけませんの。セティには生まれつき呪いがかけられておりますから」
呪いがかけられている。
それを聞いたウィッテンペンが猛然と立ち上がり、セティノアはビビりちらして情けない悲鳴をあげ、そこに輝かんばかりの笑顔を浮かべたマカディオスが神々しき上腕二頭筋と勇壮なる大腿四頭筋をサイドチェストで見せつけて二人の間にわりこむことで場をおさめた。
美しいものを見ると心がなごむとマカディオスは聞いたことがあったからだ。
「……でも呪いのせいでマカくんに何かあったら困るよ。申し訳が立たない。ヤダ……ぜったいにガッカリされたくない。どんな手段を使ってでもこの頼まれごとだけは達成しなくちゃ……」
「こ、こうやって話しているぶんにはお二人に害はねーでぃす! 呪いはウソをつくとバレてしまうというものでぃす。セティ自身と、セティの視界内にいる人が」
「だから箱にひそんでんのか、納得!」
「ふーん。バレるってどういう風に?」
「ウソをついた人の口から、カエル型のグミがぴょこっと飛びだすのでぃす! 青リンゴ味でぃす!」
ウソなんてついてないけどマカディオスは自分の口をおさえた。
都合のわるいことをごまかせないのは不便そうだが、そんなに危険な呪いでもなさそうだ。
それに、呪われた正直者は残酷なウソつきよりもずっといい。
マカディオスはすなおだ。この時点ですでにセティノアの言葉を100%信じている。
「へー、おもしろそう。ためしにウソをついて見せてよ」
でもウィッテンペンは話半分くらいに聞いていたようだ。証明されていない情報はうのみにしない。セティノア自身は平気でウソをつけるのかも、という可能性を頭の片すみに入れている。ウィッテンペンの態度からはそんな隙のなさを感じた。
「えっと、では……。カラスの羽はまっ白け!」
宝箱のフタがうすく開き、そこから小さな手が出てきた。握られていたのは小さな黄緑色。カエルのグミだ。
すごく画期的な力だ。マカディオスは感動にうちふるえた。だれかの口からでてきたってことを気にしなければ、今後オヤツに不自由しなくなる。
「おー。じゃ、25%くらい信じるね。君の口から直接カエルが出てくるところは見てないから」
魔女の疑い深さにマカディオスはおどろいた。
「100%信じてもらえなくともいいでぃす。どうせ呪いがあるという事実はゆるがねーのでぃすから。この呪いのためにオモテでも厄介者あつかいで、ウラでも隠者のような日々をすごしておりましたの。セティが人前に出るとまわりにイヤな思いをさせてしまうだけでぃすから」
宝箱がため息をつく。
「そんなセティにとってこのお屋敷は……とても居心地がよかったのでぃす。百年間だれもお掃除しねーのでセティがひそんでいてもずーっとバレない。ヒマつぶしになる楽しいものがそこらへんにほっぽりだされて、もらっていっても気にされない」
この屋敷には不用品やホコリが多いが、さすがに洞窟とくらべたら衛生的だ。雨風や暑さ寒さもしのげる。娯楽の品だって充実している。
でもセティノアがここに百年間も居ついたのは、それだけではないらしい。
「それからことあるごとに仲間をよんでのバカさ……大さわぎ! にぎやかな笑い声や話声が聞こえてくると、セティもちょっとだけ楽しい気分になれますの」
「ふーん。べつに人間ぎらいってわけじゃないんだね」
「これからどうすんだ?」
「どうするも何も……。こうして見つかってしまいましたし、セティはドロンさせていただこうかとぉ……」
イスや金網を組みあわせてできたオリの中で、宝箱がカタンと小さくはねた。
「ちゃんとこのお屋敷から消えますので、どうかこのオリをどかしていただきとうぞんじますの」
ウィッテンペンは目を閉じて黙りこんでいる。
セティノアが戦々恐々といった声でマカディオスにたずねる。
「……お、怒ってますの?」
「わかんねえ」
「怒ってない。考えてただけ。善良な人ならこういう時にどうするのかなって」
しばらくして目を開けたウィッテンペンは、オリごしに宝箱を指さした。
「セティノア。そんなにここが気に入ってんなら空いてる部屋を一つかしてもいい。対価は私にこき使われること。安心しなよ、ちょっとした命令にしたがってもらうだけからだ。イヤになったら出てっていい。どうしたいか、自分でえらびな」
「ウボゥアァ……こき使う……命令……。お、お家の中でできる雑用でしたらお引き受けするでぃすの。でも基本セティはバカでトロくて無能でぃすよ? 難しかったり責任重大なお仕事はちょっとぉ……力不足に決まってますの!」
「うーん。まぁそれでもいーよ。記念すべき最初の命令は、自分を無能呼ばわりするの禁止ね。卑屈すぎてムカつくから」
「ウヒィッ! はい! ……こわい……」
セティノアはビビッているし、ウィッテンペンのムカつくという気持ちもウソではないのだろうが、きびしめのやさしさから出てきた発言かもしれない。マカディオスはそう思った。
きっとセティノアは自信をうしなってしまう苦い経験をたくさんしてきたのだろう。心ない人からさげすむ言葉をあびせられたり、軽んじるような態度や行動を受けつづけてきた。そんな雰囲気をセティノアから感じる。
だからといって自分まで自分を傷つける側に回ることはないのだと、いつかセティノアが気づいてくれたら。そんな思いでマカディオスはふるえる宝箱を見ていた。
ウィッテンペンが部屋の時計をチラリとながめる。
「一般的にはそろそろ昼食の時間なんだっけ? セティノアに食事のマネごとをする気があるなら、ピザか何かでもたのもうか」
食事のマネごとだなんてずいぶんと変ないいまわしだなとマカディオスは引っかかりをおぼえたが、どんなピザを注文するかの方がはるかに重要だったので深くふれなかった。
「セティ、ピザってよくしらねーでぃす……」
「テリヤキ! 肉盛り! エビマヨ!」
腕を振り上げ、熱烈に希望を伝えるマカディオス。
こんな軽いノリで大丈夫だから、とセティノアの緊張をほぐすつもりも30%くらいあった。あとの70%はもちろん純然たる食欲である。
セティノアを見つけてよかった。
ただの奇妙な気配ではなく、一人の存在として認識されている。
おぼろな気配のままで放置していたら、こうしていっしょにピザを食べる未来は永遠におとずれなかっただろう。
魔女にこき使われるのを受け入れて、セティノアは屋敷に残ることをえらんだ。
みんなでテリヤキのピザを食べおえた昼下がり。コレクション部屋のテーブル下に置かれた荷物の移動をマカディオスは手伝った。ぬいぐるみたちを腕にかかえてセティノアの部屋までつれていく。こじんまりとした部屋だが小さな窓からのながめはなかなかよい。
「ありがとでぃすの! ……最初はこわい人たちだと思ったけれど、二人ともやさしいでぃすの」
「おう。よくいわれるぜ」
どう反応すべきか迷っているようなあいまいな笑いだけが返ってきた。
のどかで平穏な時間を切りさく不吉な音が突然に。
とはいえ、ささいなことだった
セティノアがふいにむせただけ。苦しげな長くつづくセキ。
マカディオスは頭の血がサッと引いていく感じがした。
さっきまで自分と楽しく話していた人が急に死んでしまうイメージがあふれてきて、どうにかしようと気ばかり急いて、どうせ何もできやしない両手を無意味に強くにぎりしめる。
置いてきぼりにされるさみしさと、何か行動したいとはやる気持ちがまざりあう。
気づけばマカディオスは最強筋肉ボディを衝動的に動かしていた。
「うぉんッ! 死ぬんじゃねえーっ!!」
「ンギェエーッ!?」
悪意のない猛タックルがセティノアの宝箱をおそう!
宝箱にすがりつき、両手でしっかりだきかかえ、おんおん泣いた。
「ゲホッ! 何ごとでぃすか……。これしきで死にゃーしませんよ」
セティノアは筋金入りの引きこもりだ。長年人と会話していなかった。それなのに今日はたくさんしゃべったからノドが荒れただけ。
ぬいぐるみ相手にひとりごとをつぶやいたりなんかして、完全なる無言生活ではないのだが、それでも常人にくらべれば話す力はだいぶおとろえている。
かすれ声のセティノアがそう説明した。
「ちょっとせきこんだだけでぃすの。大げさでぃすね」
「そっ……そうだよなあ! 心配しすぎだよなっ! そんなかんたんに人が死にゃあしねえよな!」
「……どうかしたんでぃすの?」
「いや、たいしたことじゃあねえ。ちょっと、家族が具合わるくて、倒れてるところをオレが見つけて、でもロクに助けになれなくて、しばらくいっしょにいられなくて、そんでオレはウィッテンペンの家で面倒みてもらってて」
「……」
宝箱のフタがゆっくり持ち上がる。
中からのそりと少女が姿を現した。
弱くて小さなお姫さま。そんな空気をまとっている。
自分はとるにたらない無害な生きものでございます、と存在自体で主張しているかのようだ。
その一方でチラつくのは夢見がちな虚栄。夢の泉でそめあげたかのような不思議な色あいの髪は豪華にまかれ、頭にはティアラにも似た髪飾り。お子さまがよろこびそうなドレスに身を包む。
マカディオスの大きな手の甲にセティノアの小さな手がちょこんと重なった。よしよし、とでもいう風に軽くなでられる。
あたたかくて、くすぐったい。そしてうれしい。
「励ましたいけれど、セティは呪いのせいで気のきいた言葉がいえませんの」
ぜったい大丈夫とか、きっとすぐによくなるとか。そういった安易な気休めは口にできない。
主観的なウソをつかないことは必ずしも客観的事実と一致するわけではないのだが、少なくとも本人が心からそう思っている言葉でないと、カエルがこんにちは、してしまう。
「元気になるといいでぃすわね。そのご家族も、マカディオスも」
不確実な希望を断言するような力強い言葉はセティノアにはあつかえない。
こうだったらいいのに、と弱者の願望。それだったらウソにはならない。
マカディオスは黙って深くうなずいた。




