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12・正体不明のいそうろう

 気をまぎらわすために、マカディオスはウィッテンペンの家の掃除にいそしんでいる。入ってはいけない部屋やふれてはいけない荷物もあるので、すみずみまでピカピカにできるわけではないが、それでも古い邸宅は格段にすごしやすく変化しつつある。


 片づけでとくにおもしろいのは、すっかり忘れ去られた品々の発掘作業だ。ウィッテンペンに確認してもらい、すてるもの、とっておくもの、マカディオスが好きに遊んでよいものに分別する。

 見つかったのは、たくさんの風船。

 大きなシャボン玉が作れる手持ちの輪っかと、すっかり干からびたシャボン液の容器。

 常人ばなれした肺活量を要求してくるスーパーロングウルトラデラックス吹き戻し笛。

 花弁みたいな紙吹雪がギュッとつまった押し出し棒式のクラッカー。




 あまり使われてない部屋の床の片すみにチョークの汚れがついていることがたまにあった。そんな汚れが放置されているなんて小鬼の家ではありえないが、ここは無法地帯の魔女の屋敷。あたり前のことも、とんでもないことも、その家によって基準がちがう。

 マカディオスはとくにさわぎたてずに、かわいた雑巾でチョークの粉をかき出して汚れを落としていった。チョークが木の板についた時ぬれ雑巾を使うと、かえって汚れを木目の奥に溶かし押しこんでしまうのだ。


 バケツの水をとりかえにいくと廊下でウィッテンペンとすれちがう。

 魔女の手には細長い黒コゲの串刺しが握られていた。よく目をこらすとトカゲらしきシルエットが見てとれる。もしかするとこれはイモリだろうか。


「マカくーん。君は召使いみたいに働かなくたっていいんだよー? だれか掃除が得意なヤツでも呼び出そうか? 私が笑顔でたのめばタダ働きするお人よしのアテなら何人かある」


 とうぜんのように友人を都合よく利用しようとしているウィッテンペンの申し出は、お断りしておく。


「いや、いいって。それよりこの家! ぜったい何かいるぜ」


 ウィッテンペンはてきとうにうなずいた。気配には気づいてはいたが駆除するのもめんどうでずっと放置していたとのこと。

 

「とくに害もなかったし」


 ナゾの生物をつかまえたい。マカディオスは捕獲作戦について屋敷の主に相談する。


「家はこわさねえようにするから! なるべく」


 おねがい、とぶりっ子ポーズでたのみこむ。


「いーよー、やってみな」


「おっす! ありがと!」


 マカディオスは張りきっていた。

 もしひそんでいるのが動物なら手なずけて冒険の相棒にしたい。ニヒルなイタチとか、尻尾の長い身軽なサルとか、かっこいい鳥なんかを頭や僧帽筋()に乗せたら、きっとすっごくワクワクするだろう。あこがれである。


 それに何もしないでいるより忙しくしている方が悩まないですむ。

 いくら心配しても会いにいけない小鬼の病状だとか、自分がどう思われているのかなんて。




 ザルと木の棒とロープを組みあわせただけのシンプルなワナに、まずはパンを設置。縄の端をにぎって広間で半日待機した。

 失敗。カチカチになったパンを片づける。


 お次は野菜と果物。そして肉、魚。

 どれもダメだった。悪臭を放つゴミになってしまったエサをマカディオスはしょんぼり処分する。




 失敗をもとにキッチンのすみで一人反省会。


「いったい何がいけねえんだ」


「やっほー、マカくん」


 ウィッテンペンが顔を出した。この家では食事の時間は決まっていない。朝も昼も夜も、お腹がすいた人が好きな時間に食べる。

 マカディオスが感じよくお願いすれば、ウィッテンペンはイヤな顔もせずに超簡単な食事を用意してくれる。パンとか、できあいのソースと混ぜるだけのパスタとか、どこかに注文していつの間にか配達されたピザやスシとか。


 ただ、マカディオスはあまりウィッテンペンをわずらわせないよう気をつけていた。自分の食事は自分で用意する。といってもキッチンに食材をストックしてくれているのはけっきょくは家の主なのだけども。

 魔法で起動させる便利な調理器具はマカディオスには使えないので、もっぱらパンにハムやチーズをはさんだものばかり食べている。プロテインの粉を水に溶かして飲んだりもする。


 魔女の手がパンの入ったバスケットに伸ばされた。中から黒パンをひょいととり出してかじる。皿を使わぬ横着ぶり。


「調子はどう?」


「失敗つづきだ」


 それはそうだろうね、という表情でウィッテンペンは相づちだけ打つ。マカディオスといっしょになってワナの改良にとりかかる気もないし、新しい便利な道具を見つくろってわたすほど懇切丁寧でもない。

 硬いパンをよくかんで飲みこんだ後、思いつきをそのまま口にしたようすでつぶやく。


「そもそもナゾの気配の主は、何かを食べる必要がないのかもしれないね」


「え、でも食べないで生きていられるわきゃあないだろ?」


 マカディオスの疑問をウィッテンペンはふくみ笑いで流す。


「そうだね、マカくん。食べものの調達はべつのところでしてるだけかも。あるいは生きものじゃなくて魔法の道具の暴走って線とか」


 ウィッテンペンの屋敷にはコレクションをためこんだ部屋がある。入ってはいけないといわれた部屋だ。

 押しこまれているのは魔女が手に入れたいわくつきの品々。死してなお可憐な姫の亡骸をおさめたガラスの棺。七匹兄弟の中で唯一生き残った子ヤギがかくれひそんだ柱時計。イジワルな二人の娘の爪先と踵の血を吸った美しくも華奢(きゃしゃ)な黄金のクツ。


「あつめたはいいけど、あんまりしっかり管理してなかったんだ。どうなってるかな」


「よっしゃ! 見にいこうぜ」




 だいぶガタがきているらしく、ドアは耳障りな音を立てて開いた。

 この部屋においてあるものはどれも価値あるものだ。でもあまりにもずさんに放置されて、大事なものだとはとうてい思えない。こんな風にないがしろにあつかわれていたら王さまの冠だって安っぽいニセモノにしか見えないだろう。


「お宝の山がゴミすて場みたいだぜ」


「こういうのは手に入れるまでが楽しいんだよ」


「そんなもんか?」


 マカディオスの巨体でこの部屋に入るのはムリそうだ。うず高くものがつまれ、ちょっと気を抜いたら何もかもこわしてしまいそうだ。

 部屋の入口付近にとどまって観察。とはいえ一ヶ所から見えるものにはかぎりがある。せめて視点だけでも変えてみようと、体幹をきたえるプランクの姿勢で視線を低く落とす。


 異国情緒のある布がかけられたテーブルの足元で、チラリと何かが見えかくれしている。


「ウィッテンペン。あのテーブルの下、あやしい」


 魔女の手が布をつかむ。

 布をたくし上げた先にはなんとも楽しそうな小王国。

 テーブルの下で整列したぬいぐるみたち。それ自体が城壁のようでもあり、王国を守る兵士のようでもあった。

 床にチョークでかかかれた魔法陣。

 物語の本が数冊。ちびた鉛筆とスケッチブック。何本ものチョーク。古びたクッション。一人遊びにも対応したボードゲーム。

 ぬいぐるみたちが守っていたのはそんな世界。


 どれもウィッテンペンがここに置いたものではないらしい。家の中からいつの間にか見かけなくなったものや、所有していたことさえ忘れていたものが寄りあつまっているのだそうだ。


「こりゃあ動物のしわざじゃねえな」


「そういえば時々変なことがあったんだ。妙なところに本が置かれてたり、なんとなく本棚に違和感あったり。友だちのだれかが勝手に読んで片づけなかっただけかと思って気にしてなかったんだけど……」


 突然ウィッテンペンは部屋を後にして別の場所へとむかう。


「ごめん、ちょっとまってて」


「あいよ。まちくたびれたらリビングにいってるぜ」


 はりつけたような笑顔のまま、ツカツカと歩みを早め、ゆく手をさえぎるものを髪の毛でくびり殺しかねない気迫をただよわせて、魔女は屋敷の奥へ消えていった。




 自室の本棚を確認する。

 ウィッテンペンの愛読書は厳重に秘匿(ひとく)されていた。一番有益で交友を深めておきたい友人群にもここの本は公開していない。

 スライド式の本棚の表層にならぶのは、薬草図鑑や剥製(はくせい)の作りの手引書にヒラムシやタガメやハイエナといった多様な生きものの生態について書かれた学術的な本。

 それらをどかした奥側にはぶあつい辞書や事典がおさめられていた。正確にはそのように見せかけた小物入れ。精巧な偽装がほどこされている。

 お堅い本のフリをした箱の中から出てきたのは、厳選されたお気に入り恋愛小説であった。


 ケンカが強い不良女子と体が弱い地味男子がおりなす凸凹ラブコメディ! ほのぼの! ひたすら健全にいちゃいちゃしてるだけ! 体格差好きからもあつい支持!


 金持ち悪徳令嬢が恋したのは身分のちがう薄幸中年男性だった。むすばれないとわかっていた。愛していることさえ気づかれないかもしれない。それでも彼の笑顔を見るためだけにありとあらゆる非道な手をつくし、令嬢は断頭台に消えていく。メリーバッドエンド。


 犯罪都市を舞台にインモラルな恋情がつむがれる。頭のネジが数本はずれた女殺し屋と、その世話と後始末をになう貧相な小男の物語。支配と服従がいくえにも倒錯(とうさく)し、病んで傷ついた二つの魂がどろりとまじりあう。


 ぜんぶ無事だった。

 いや、今ここにあるとわかっただけだ。正体不明のだれかが持ち出して何食わぬ顔で返した可能性はぬぐえない。

 魔女はスンッと本の匂いをかぐ。大丈夫そうだ。しらない匂いはしなかった。


 ここにかくしてある本に手を出していないのなら、侵入者の命までとる必要はないだろう。

 むやみやたらと殺さないように。そういう(おお)せだ。まったくバカバカしい。


挿絵(By みてみん)


 それと同時に、小鬼のいいつけを忠実に守ることにたまらないよろこびも感じている。

 ぜひともほめてもらわねば。




 マカディオスはウィッテンペンが戻ってくるのをリビングでまっていた。大きく頑丈な革張りのソファーにすわって足を組み、口には吹き戻し笛をくわえている。


「何それ」


「パイプのつもり。ハードボイルドだろ?」


 ピーヒョロとマヌケな音が鳴る。

 マカディオスは自分をタフでクールな探偵っぽく演出したかったのだが、ウィッテンペンはからかうように片眉を上げただけ。


 ペンといらない紙の束でマカディオスは情報を整理していく。ものすごくへっぽこな文字は、ウィッテンペンになかなか判読してもらえなかった。


 マカディオスは考えたのだ。

 ここ数日、魔女の屋敷はかつてないペースで掃除がされている。

 それなのにテーブル下の拠点は撤去されずに残されていた。おそらく犯人は、この部屋には掃除の手が入るはずがないと高をくくっていたのではないか。

 コレクション部屋は荷物が多くマカディオスが立ち入ってはいけないことになっている。掃除のとりきめの会話を犯人が盗み聞きしていたとしたら、この無防備さにも合点がいく。


 コレクション部屋のガタピシきしむドアをこっそり開閉できるとは考えにくい。

 屋敷のいろんなところから気配がすることから、その行動範囲は広いと思われる。


 ふだんは使われていない部屋の床にかかれたチョークのラクガキを何度か見かけた。テーブル下の何者かのアジトにもチョークで魔法陣がえがかれていた。


 マカディオスはこんな仮説を立てる。

 正体不明のいそうろうは魔法陣を利用して屋敷内を移動している。


「コレクション部屋の魔法陣は見たよな? オレの推理の答えあわせをたのみてえ。ウィッテンペンならどんな魔法なのか見ればわかんだろ?」


 魔女は自信に満ちた笑顔をうかべ神秘的な長い黒髪をかき上げる。


「まったくわかんない!」


「ウソだろ!? そんなに魔法が得意そうな雰囲気を放ってんのに!?」


 マカディオスはおどろきのあまり、魔女をまじまじと見つめる。


「他人の魔法なんて興味ないし理解したいとも思わないんだよねー。べつに私が特別怠惰(たいだ)なわけじゃないよ。これが普通、スタンダード。見ただけでどんな魔法か分析できる方が異常、アブノーマル」


「ええー、そうなのか」


 マカディオス自身はまったく魔法の才能がないし、保護者のシボッツはどうやら重度の魔法オタクらしい。どうしても魔法に対する知識がかたよりがちだ。


「めずらしい術をわざわざ覚えたり新しく作りだしたりするのは変人。ましてや他人の使った魔法をいちいちかぎまわるなんてのは、変人とおりこしてヘンタイの域だよねー。ふひっ」


 だれかを小バカにするようにあざ笑いながら、ウィッテンペンはかなりご機嫌なようす。


「魔法ってのは使用者の精神と深くむすびついてるわけ。心の一部っていってもいいかな。まぁ、わけわかんないよね、心なんてものは。ってなわけで私は答え合わせの役には立たないよ」


 マカディオスはガックリした。

 魔法陣による転移。その仮説にもとづいて捕獲作戦まで思いついていたのに。


 ウィッテンペンは紙の上にこう記した。

 ――わかってるフリならできるけど。何かしたいのなら協力する。

 マカディオスに負けずおとらず、自由きままで大胆な筆跡だった。


 ――そいつはありがてえけど……。フリだけじゃダメなんじゃねえの?


 ――そんなことないって。わかっているフリだけで充分なことって意外と多い。


 どうせむこうもこちらを真剣には見ないのだから。

 紙の上でそう語る魔女の言葉に、マカディオスは納得いかないもののうなずいておいた。




 入念に作戦の打ち合わせをした。あとは実行あるのみ。

 屋敷内のドアで外側からカギをかけられるところにはすべてカギをかけておいた。カギのない部屋にはドア前に重しを設置して簡単に出られないように。


 マカディオスは重装備だ。背中に掃除用のブラシをかつぎ、ベルトポーチを腰に、ウェストバッグを胸にたすきがけ。中には風船や吹き戻しが入っている。

 ウィッテンペンはリビングのソファーで寝そべりながら、ひらりひらりと手を振っている。

 二人とも準備OKである。


 マカディオスは耳をすませて気配をさぐる。


 屋根裏部屋でカタン。

 マカディオスはたった一息で笛つき風船をパンパンにふくらませ、屋根裏部屋の入口めがけて飛ばす。けたたましい笛の音をまきちらして風船があばれる。

 何かがあわただしく逃げていく音がした。

 その後でマカディオスはゆったり慎重に階段をのぼり、散らばったガラクタの先にある魔法陣を見つける。

 かついだブラシでゴシゴシこする。


 来客用の空き部屋でコトン。

 マカディオスはしのび足で近づいて、手早くカギを開けて中に入る。雄たけびとともに紙鉄砲を打ち鳴らす。

 クローゼットの中で何かがビクッとすくんで物音をたてる。

 マカディオスが確認した時にはすでにもぬけの殻だったが、あんのじょう例の魔法陣が残されていた。


 チョークを消しながら観察する。これまで見た魔法陣はどれも同じだ。色や模様や文字のちがいで区別されているようすもない。

 同じ魔法陣がかかれた場所ならどこでも移動できる。おそらくはそういう術だ。

 それなら待機しているウィッテンペンにも出番がありそうだ。


 コレクションの部屋でドタン。

 マカディオスはその脅威の肺活量で吹き戻しの笛を最大限まで伸ばす。ピーヒョロとマヌケな音をかなでながら迫る怒涛の笛によって、正体不明を威圧した。

 テーブルの下からものすごい音がして、やがてシーンと静まり返る。


 いくらマカディオスが追いかけても先に逃げられてしまう。つかまえられない。

 それでいい。

 常人離れした体格と膂力(りょりょく)を持つマカディオスが逃げまどう相手をムリにとらえようとすると、確実に家をこわす。最悪ケガをさせてしまう可能性もある。


 なので、気配を察知した場所への威嚇(いかく)と追いたてを担当する。思いっきり相手をあせらせビビらせ、思考力をマヒさせればいい。

 魔法陣への転移をつづけさせる。新しく魔法陣をかく隙をあたえない。見つけた魔法陣は消していく。

 マカディオスの考えがまちがっていなければ、いずれは。




 バタンと無作法な音をたて、魔女の屋敷のリビングに新顔のお客さま。

 それはカタカタとふるえる宝箱だった。

 お客のお席はオリの中。


 壊れたイスや空っぽの鳥カゴを組みあわせてこしらえた即席のオリの中に、魔法陣を正確にえがいた布がしかれている。その上に乗った宝箱がバランスをくずすのもおかまいなしで、ウィッテンペンはグイッと引っぱって布を回収する。


 布にかかれた魔法陣は、ウィッテンペンがコレクション部屋に残されたものを参考に模写したものだ。

 その本質を理解することもなくうわべだけマネてかいた魔法陣。

 正真正銘のまごうことなきニセモノ。

 ただし模倣(もほう)の精度は高かった。


「確保ー」


 気だるげな声でマカディオスを呼ぶ。

 宝箱の中からくぐもった悲鳴が聞こえたような気がした。

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