09話 満喫する森人
とある国の町の中。
ここでは珍しい森人の二人がトコトコと歩いていた。そんな森人を珍しそうに見る者はなく、親しげに話す者や商品を見せてくる者。そして、何故か遠ざかるように歩く者などがいた。
「ねえねえ、新商品の焼き菓子が出来たんだって。おいらの両手が塞がっててこれ以上持てないからさ、ちょっとこれ持っててくれない?」
そう言うや否や、先ほどまで焼き菓子屋の店員と話していた森人が両手で抱えていた袋を黒髪の森人へと押し付ける。
「お前、どんだけ買うつもりなんだよ……って、顔に押し付けるな! 持ってやるから顔に押し付けるのを止めてくれー!!」
顔に押し付けるのを止めて貰った後に、黒髪の森人は渋々と荷物を受け取るが――。
「おもっ! 何でこんなに重い物を平然と持っていられるんだよ」
「え? 重いの? 最近、体を動かしてないからなまってるんじゃないの?」
「いやいや、怠けてるのはお前の方だろ。俺は毎日体を鍛えているっていうのに……」
「鍛え方が足りないんじゃない?」
「……」
黒髪の森人は、黙ったまま相手の森人を睨んだ。その様子を見た森人は、溜息交じりに言う。
「またそんな怖い顔をして。そんなだから避けて歩く人も出るんだよ」
「ちょっとまて! それは俺のせいじゃないぞ!! それはお前が……」
黒髪の森人は黙るのをやめて即座に否定するが、最後まで言い切ることが出来なかった。何故なら、話している最中に飴玉を口の中に押し込まれたからだった。
「ほら、キミの好きな飴だよ」
「急に口の中に突っ込むのは辞めろ……って、甘くて癒されるぅー」
「本当にキミって飴が好きなんだね」
飴玉を押し込んだ森人は呆れ顔で相棒を見つめる。
「いやいや、俺は別に飴が好きなんじゃないぞ。この飴が特殊で……」
そう言いかけたところで、黒髪の森人はおかしなことに気づく。
「ってかなんで、この飴があるんだ? 旅立ってからかなりの年数が経つっていうのにおかしいだろ?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。風の精霊に頼んで家から持って来てもらったんだよ。もちろん、作ってもらってもいるよ」
答えを聞いた黒髪の森人は、引き気味に言う。
「精霊に頼んでって……そんなこと俺が頼んだら怒られるぞ……」
「おいらたちは仲がいいからねー」
そう告げた森人の髪が、撫でるような風によってフワッとなびく。
「これが……才能……か」
相方のなびく髪を見た黒髪の森人は思わず言葉を漏らした。
「さて、それじゃおいらは買い物してくるから荷物頼んだよ」
荷物を押し付けた森人は、新商品を買いに店の中へと早歩きで入っていく。そんな相方を見つめながら、残された森人はただただ飴玉を舐め続けた。
しばらくすると、焼き菓子屋の中から両手に紙袋を抱えた森人が出てくる。
「お待たせ」
声をかけられた黒髪の森人は、何かを考えているようで黙ったままジッと相方の顔を見つめ続ける。
「そんなに見つめても飴はあげないよ」
「――もらえるなら欲しいが……ってちがうちがう」
心の声が漏れ出た黒髪の森人は慌てて否定した後、更に続ける。
「そうじゃなくてだ。えっと、俺らいつ卵を見つけられるんだろうなって話だ。流石に、卵も孵ってるだろうし……」
「たまご? 今度は卵が食べたくなったの? キミって食いしん坊だね」
「食いしん坊なのは、お前のほうだろ! ってか、まさかとは思うけど卵の件忘れてないよな?」
黒髪の森人の問いに相方は首を傾げる。
「忘れてたのかよ……ほら、精霊の卵を探せと言われただろ?」
「せいれいのたまご……ああ、あれかぁ。すっかり忘れてたよ」
「はぁー、忘れてたのかよ」
怒りを通り越してしまったことで、気が抜けたような顔で黒髪の森人は相方を見つめる――のだが、その相手から衝撃の事実が告げられる。
「あれなら、もう見つかったよ」
「え? はぁ? 見つかったって何が?」
今度は黒髪の森人が首を傾げた。
「もう、キミから言ったことでしょ。精霊の卵は、もう見つかったよって言ったんだよ」
「み、見つかったって、一体いつ見つけたんだよ。それに卵……いやもう精霊か。と、とにかく今はどこにいるんだ?」
「とりあえず落ち着きなって。ちゃんと話すからさ」
「わ、分かった」
黒髪の森人は、そう言うと一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後に話の続きを促した。
「じゃあ、続けるよ。卵は既に羽化していた上に成体になっていたんだけど、どうも傷ついたみたいで休んでるらしいよ」
「傷ついたって大丈夫なのかよ。いや、それよりも『らしい』ってどういうことだ? お前が見つけたんじゃないのかよ」
「見つけたのは、おいらじゃないよ。飴を作りに行ってもらってた精霊が見かけたんだよ」
「飴を作りにって……もしかして、羽化した精霊が休んでいる所って『精霊の寝床』なんじゃ……」
「そうだよ。今日は冴えてるねー」
「……なあ、精霊が見つかったのっていつの話なんだ」
「いつだったかな。結構前の話だから正確には覚えてないや」
「結構前って……」
黒髪の森人の顔が徐々に険しいものへと変わっていく。
「少なくとも数年前の話だったはずだよ」
「数年……お前なあ……むごっ!」
黒髪の森人の怒りが爆発する寸前のところで、その爆発は相方によって物理的に抑え込まれてしまった。抑え込んだ物である焼き菓子を食した後に、黒髪の森人は呟く。
「飴じゃないのかよ……」
その呟きはしっかりと相方の耳に届いていたらしく反応されてしまう。
「キミって本当に飴が好きだよね」
「き、聞こえてたのかよ。飴かと思っただけだって。そんなことよりも探し物が見つかった上に既に帰ってることは俺らも帰れるんじゃないか?」
「故郷が恋しくなったんだね」
「ち、ちが……いや、もうそれでいいや。ともかく、今すぐ故郷へ帰るぞ。いや、まずは宿へ行って荷物を回収しないとだな」
長年離れていた故郷がどうなっているのかも気になったので、黒髪の森人は適当に受け流し、まずは宿へと向かうことを告げた。
「仕方ないなぁ。おいらはもう少しだけ観光を楽しみたかったんだけど我慢するよ」
「ほら、何してるんだ。早く行くぞ!」
黒髪の森人が急かしながら歩いていき、その後ろをもう一人の森人が名残り惜しそうに町並みを見つめながら歩いていく。
双月の晩に気をつけて『30話 七分咲き』につきましては10/14(土)の午前8時頃に投稿する予定です。