エピローグ 伝承
とある酒場で男二人が何やら語らっていた。
「――って話だ。まるで怪談話のようだろ?」
中年の男が向かいの席の男に言ってみせた。中年の男の話を黙って聞き続けていた男がため息交じりに口を開く。
「何かと思えばやはり、その話か」
「ん? なんだ? もう知っていたのか」
「知っているも何もないな。双月に纏わる話は有名だからな」
「そ、そうなのか? 俺は初めて聞いたんだがな……」
「はぁー、聖人様の話は知ってるか?」
「ああ、有名な話だから知ってるさ」
「その話にも双月が出てくるんだよ」
「そうだったか?」
中年の男は首を傾げる。
「……お前がさっき話していた中でローブの男が出てきてただろ?」
「ああ、言ったな。その男が実は聖人様の話の中で出てくる御使い様ではないかと言われているんだよ」
「はあっ!? 嘘だろ? じゃあ何か? 俺が怖い話だと思っていたのは実は御使い様が各地をまわられていた時の話だったということなのか!?」
男は驚きのあまり立ち上がりながら大声を出した。
「何々? 何の話をしているの?」
店員の女性が大きな声に反応して尋ねてきた。
「あー、こいつが双月に関する話を知らなかったんだとよ」
「う、うそでしょ! あんなに有名なのに?」
「うっ……」
先ほどまで、饒舌に語っていた男が恥ずかしそうに席に座り直した。
「まぁ、知らなかったなら仕方ないよ。そうだ! 実はあたしの故郷にも双月に纏わる話があるんだよね」
「ほぉーう」
「ねえ、聞いてみたい?」
客足が途絶えて暇を持て余した女性が、二人に向かって尋ねた。
「故郷というと竜を神と崇めるところだったか?」
「……よく知ってるな」
先ほどまで恥ずかしそうにしていた中年の男が含みのある言い方をした。
「まぁ、知らない中ではないからな」
向かいの男は意味深に答えた。
「それじゃ、話すね。あたしの故郷には……」
女性は返事を待たずに話し始めようとした。と、その時いつの間にか横に来ていた少年が申し訳なさそうに尋ねてくる。
「あのー、僕も聞かせてもらってもいいですか?」
「君も聞きたいの?」
「はい、こちらの話は初めて聞くのでどれも興味深くて……」
「おっ? もしかして俺の話も聞きたいか?」
「はい、ぜひ聞かせてください」
「ほらみろ、知らないやつは俺の他にもいたじゃないか」
「はいはい、先にあたしから話すね。あたしの故郷には……」
その後、深夜近くまで彼らの語らいが終わることはなかった。