10話 竜の住まう里
山々に囲まれたとある村に元気な足音が響き渡る。
「やばいよー、完全に寝坊したよー。急がないと遅刻しちゃうよ」
少女が何やら忙しそうに村の中を駆け抜けていた。
「あっ! そういえば、先にお祈りをしてくるようにと言われていたんだっけ」
少女は何かを思い出したように、進路を変更して村の中央にある神殿へと向かった。
その神殿は八角形の作りになっており、高さは二階ほどしかない小さなものだった。ただ、小さくはあるが穢れることを知らぬような白さが、山の中腹にある村の中でもその存在を際立たせていた。
また、この神殿は『双月の神殿』と呼ばれており、今まさに少女が開けようとしている扉にも、その名が示す通りの月が左右にそれぞれ描かれていた。
少女は神殿内へ入るための唯一の扉を抜けると驚嘆の声をあげる。
「わぁ、中はこんな感じになっていたんだー」
内部にはいくつかの品が飾られていた。また、二階は吹き抜けになっており、その先の天井には星々や二つの月が描かれていた。
少女は、入り口から向かって反対の壁際にある二体の石像の前へと歩いていく。
「これが村人を癒してくれたという聖女様なんだ」
少女は右側に置かれていた石像を見つめながら言った。次いで左側に置かれている石像を見る。
「こっちは村を救ってくれたっていう奇跡の人か。なんだか英雄って感じには見えないな」
少女はローブで顔が隠れているような石像を見ながら感想を述べた。
「っと、そうだ。お祈りをしないといけないんだった。えーと、巫女様が言っていた宝玉は……これかな?」
少女は二体の石像の視線が交わる先にある宝玉を確認したあとに、静かに祈りを捧げる。すると、台座に置かれている宝玉は少女の祈りに呼応するように微かな光を放ち始めた。
「これでいいのかな」
少女が祈りを捧げ終えて、目を開くと既に光は止んでおり少女は変化があったことには気づかなかった。
「よおし、あとは巫女様のところに行くだけね。あの階段辛いんだけど間に合うかな……」
少女は神殿から出るとすぐさま走り出した。その姿を目撃した村人たちは声援を送ったりしていた。
やがて、長い長い石畳の階段を上り終えた少女は、息も絶え絶えに巫女が住まう家の扉を叩いた。すると、中から年を召した女性が姿を現す。
「おはようございます。って随分疲れていますね」
「お……おはよう……ござい……ます」
「そんなに走ってこなくても大丈夫ですよ」
「そう……なん……です……か?」
「とりあえず、椅子に座って休んでてください。今お水を持ってきて差し上げますから」
しばらくして、少女が落ち着きを取り戻すと女性が声をかける。
「もう大丈夫そうですね」
「はい、もう大丈夫です」
「ところで、ちゃんと神殿には行ってきましたか?」
「はい、こちらに来る前に行ってきました。ちゃんとお祈りもしましたよ」
「そうでしたか。これからも続けて下さいね。それは巫女としての大事な役目の一つになるのですからね」
「そうなんですか?」
「そうですね……。今日の巫女見習いとしての勉強は宝玉についてにしましょうか」
巫女は宝玉が出来た日のことを静かに語り始めた。そんな二人がいる部屋の片隅では、立てかけられている杖が窓から差し込む朝日を浴びて七色に輝いていた。
双月の晩に気をつけて『35話 八分咲き』につきましては10/28(土)の午前8時頃に投稿する予定です。