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 リベロの死から数日後。


 世の中は大きく動いた。


 まず、戦争が終結した。


 グラントの思惑に反して、王子を暗殺したことでアリュシア王国はロードバーグ帝国に謝罪。


 ロードバーグ帝国もまた、革命を起こそうとしていた亡きリベロの意志を尊重して和解を提案。


 グラントは王子暗殺の罪で投獄。


 戦争の幕切れはあまりにも呆気ない形で終わり、国境を越えて、人々は終戦を祝った。


 ただひとり、クラリスを除いて。


「リベロ……リベロ……」


 彼女はいまだ王都に帰らず、辺境の屋敷に滞在していた。


 日がな一日、自室にこもって涙を流した。


 彼にまつわる品でもあれば慰めにでもなったはずだが、密会の痕跡を残さないためにも二人は自分にまつわるものを所持しないように徹底していた。


「クラリス様、お食事をお持ちしました」


 侍女のホイップが料理をお盆に乗せて運んできた。


 終戦によって慌ただしくなった国内。その影響で、屋敷に残った侍女は彼女しかいない。


「いらない」

「ですが、ここのところまともに食事をとっておられないではありませんか。このままではお体に触ります」

「いらないの!」

「クラリス様……」


 クラリスの悲しみは深く、どこまでも沈んでいくようだった。


 クラリスがホイップの優しさから距離を置こうとしたその時、屋敷のベルが鳴った。


 ホイップは食事をテーブルにおいて対応に向かった。


 野菜のスープの美味しそうな香りが漂うも、いまのクラリスにはいっそ吐き気さえ催す匂いだった。


 空気を入れ替えようと思ってベランダの窓を開く。


 すると凄まじい突風が彼女を包み込んだ。


「きゃあ!」


 たまらず顔を庇うクラリス。


「ごきげんよう、王女様」


 背後から女の声が聞こえて振り返る。


 いつのまにか部屋の中央に黒い三角帽子をかぶった魔女が立っていた。


「あなた、第三魔術師団の……」

「ええ、そうですわ。第三魔術師団スカーレット部隊部隊長、〈死を運ぶ風〉ナスターシャ・ドロシアでございます」


 ナスターシャはそういって、料理についていたチェリーをひとつつまんで口に放り込んだ。 


「なんのようですか」

「実は王女様がお悩みになっていると風の噂で聞きまして」

「あなたに、なんの関係が?」

「実はわたくし、戦争が終わって職を失いましたの」

「……は?」


 てっきり自分にすりよるような話をしてくるかと思いきや、ナスターシャの口から飛び出したのはある種、文句ともとれる言葉だった。


「なにせこれまでは職業軍人でしたので。わたくしの禁忌の魔術が許されたのも戦争あってのこと。今後はまっとうに働かなくてはならなくなりまして」

「あなたの魔法って、たしか」

「死者を操る魔法、ですわ」


 ナスターシャはにこりと微笑んだ。


「死者……」

「そう、死者。死者ほど利用価値のある労働力はないと、わたくしは常々思っておりましてね。この度の戦争もわたくしの部隊の死者はなんとゼロ。なぜなら我々は生きた人間の代わりに死者を使役して戦場に送り出していたのですもの」

「おぞましい話ですね」

「うふふ、まぁそれはおいといて、わたくしはいま、とあるビジネスを考えておりますの」

「ビジネスとは?」

「人材派遣業ですわ。死者を労働力に。その理念を変えることなく新しい世の中に適応するにはそれしかないのですもの。そう、労働者ならぬ、労働”死”者」

「労働……死者……。その話とわたしになんの関係があるというのです?」


 クラリスが苛立ったように問いかけると、ナスターシャはつかつかとクラリスに歩み寄り、彼女の顎に手を伸ばした。


「ときに王女様。失われた王子様を蘇らせたいとは思いませんか?」

「なっ……」


 クラリスは心臓が早鐘を打つのを感じた。


 死者を使役する魔女。その彼女から告げられたのは、愛しいあの人との再会。


 冷静でいられるはずがなかった。


「どういう……ことですか……」

「これは取引ですわ。わたくしの魔術を使えば、ロードバーグ家の王子を蘇らせることは容易い。けれどそのためには禁忌とされるわたくしの魔術を認めていただく必要がある。あとは、お分かりですね?」

「わたしがあなたの魔術を認めれば、あなたは労働死者派遣会社を開業できる……」

「さすがですわ王女様! わたくし、聡明なお方って大好きですわ!」


 ナスターシャは嬉しそうに口元を吊り上げた。


 けれど、彼女の目は笑っていない。その目はまるで蛇のように、いまにも食らいついてきそうな獰猛さを帯びてクラリスを見下ろしている。


「ですが、わたしは……」

「いいのですか? これはチャンスなのですよ?」

「チャンス……」

「あなたの太陽を、もう一度手にするチャンス」


 ナスターシャがそっと耳に囁きかけてくる。


「…………」


 無反応のクラリスをみて、ナスターシャはつまらなそうに鼻を鳴らした。


 そのまま彼女の脇をすり抜けベランダへと歩いていく。


「まぁ、すぐにとはいいませんわ。気持ちの整理がつきましたら、ぜひわたくしにご一報----」

「まって」


 クラリスは背を向けたままナスターシャを呼び止めた。


「なんでしょうか、王女様」

「わたしは----」


 クラリスは俯き、思いを伝えた。


 その瞳は迷いと葛藤で揺れていた。


 三日月の夜。


 彼女の後ろで、魔女が笑った。


ここまでが序章

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