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転生ライトの罪架  作者: 平山大翔
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第1話 「白い花」

 俺は今、転生した世界にいる。


 母さんは今にもちぎれそうなおんぶ紐で俺を背中にしばりつけ、農作業をしている。俺を産んでまだ5日しか経ってないのに、もう一日中広大な農地で鍬を振り下ろしている。

 広大な農地には格子状に農道が敷かれている。道と言っても土を踏み固めたお粗末なものだ。そこを金髪の人々と飛馬車が行きかっている。

 飛馬車。俺が勝手に名付けた。

 その名の通り、馬車を飛ぶ馬が引いているのだ。飛ぶ馬、つまりユニコーンだ。

 だが、ユニコーン(飛馬)が飛んでいるところを見たことがない。恐らくユニコーンが飛ぶと後ろの馬車に積んでいる荷物がぐちゃぐちゃになるからだろう。だから、ユニコーンは鶏のように、翼を持っていながら地面を這っている。

 飛馬車には緑髪の人間が乗っている。


 生まれて5日だが、この世界の社会体制は大体理解できた。

 この世界は、髪の色によって身分が決められている。

 この5日で見たのは、緑髪の人と金髪の人のみだ。そして、恐らく前者は支配階級で、後者__俺や母さんは奴隷階級なのだ。


「ハンドゥルディッダン!バーバラッテン!」


 怒鳴り声のしたほうを見ると、緑髪の男が金髪の男をこん棒で殴っていた。金髪の男は抵抗もせず、懇願しながら土下座していた。金髪の男はガリガリで、病気を持っているらしく咳き込んでいた。だが、緑髪は容赦なく、金髪を蹴り上げる。そして再び怒鳴りつけた。どうやら持ち場に戻れといった類のことを言われたらしく、金髪はよろよろと緑髪から離れ、鍬をもって農地を耕しだした。


 俺も、数年後にはあんな扱いを受けるのか。


 胃がキリリと痛み出す。

 農道で書類に目を通し終えた緑髪が、書類の上に手を置き、


「エンリッカト・ララーシュ」


 そう唱えると、手の前に小さな魔法陣が現れ、書類が近くの飛馬車に滑り込んでいった。


 驚きで胃痛が吹っ飛ぶ。

 なんだあれ!? 魔法ってやつか!

 よかったぁ!

 この世界に絶望しかなかったが、なるほど魔法があるのか。

 異世界転生した俺なんだから、もう少し大きくなったらチート魔法に目覚めて無双冒険を始めるのだろう。

 なぁんだ。

 よかったぁ。

 ちょっとした希望に目を輝かせ、その目を遠くのほうへとやる。

 地平線が見える広大な農地の上で、無数の金色の点が働き続けている。






***********************



5年後


 自由に歩き回れるようになった頃から、俺は毎朝家の壁に線を正の字の線を一本書く習慣を身に着けた。俺が生まれて大体何年経ったのか把握するためだ。

おかげで、家の壁は正の字だらけになっているが、母さんは家には寝に帰るだけだから、このことついて特段怒ったりしない。ただ、まだ言葉も話せない俺が、毎朝起きるといの一番に壁に向かい線を一本書き足すのが不気味で仕方ないようだ。

 母さんは俺にほとんど話しかけない。

 元いた世界では、5歳ぐらいの子供には「○○くーん、ほら、木だよ。木」などとコミュニケーションをはかり、身の回りの物の名前について優しく教えるのが普通だが、ここはそうではない。

「なにしてんだ、さっさとランィッタを運ぶんだよ、エンデ!」

「これをとれ!エンデ!」

 と命令され、その言葉で俺は言葉を覚えていった。ちなみにランィッタとは水を貯める壺のことで、エンデとは俺の呼び名らしい。

 こんな扱いをしていても、やっぱり名前ぐらいは付けてくれるんだな、とちょっと感動していたが、この前馬糞を見て、


「このエンデをさっさと片付けな、エンデ!」


 と言ってきたから、どうやらエンデとは馬糞という意味らしい。

 というわけで、この母親は息子のことを「馬糞」と呼んでいたことが発覚した。


 狂ってやがるぜ、この世界。


 ちなみに、奴隷に本名を与える文化はあまりないらしい。つまり、戸籍がないということだ。だが、その代わりに奴隷は鎖骨の下にナンバーが刻まれていて、それが名前代わりであり、本人であることを示す身分証明書でもあるらしい。

 俺の番号は62080351223だ。うん、実に刑務所っぽい。


 さて、俺もこの世界に転生して5年目、つまり5歳になったわけだが、奴隷階級である俺はもうこの年になると労働に従事せねばならぬようだ。

 さあて、というわけでエンデ(馬糞)である俺の一日を紹介しよう。

 まずは起床。陽がのぼってくると、母さんが優しく俺を起こしてくれる。


「さっさと起きやがれ!このエンデが!」


 そういってバシバシと俺の頭をなでてくれる。

 俺は素直に起きて、


「おはよう母さん」

「黙れ、エンデ! さっさと仕事に向かうぞ!」


 俺はあわててベッドから這い出る。ちなみにここでいうベッドとは、床に敷いた異臭のする布のことであって、決してふかふかのマットレスやら羽毛布団やらのことではない。勘違いされちゃ困るね。

 ベッドから出ると、急いで壁に線を一本書き足し、石ころみたいに小さくて固いパンを頬張りながら家を出る。玄関先に置いてあった鍬をとり、母さんと農地に向かう。

 空はまだうっすらと白んでいて、朝独特の爽やかな風が俺の頬を撫でる。

 はるか遠くのほうに城壁が見える。あれはこの街を守っているものらしい。と、いうことは、ここは街の端っこにあるわけだ。

 この世界にはまだ電気もコンクリートもなく、道も土か石畳、家も木でつくられている。なにもかもが自然由来のものだから、空気はおいしい。

 この世界の唯一の美点だ。日本でも田舎行けば普通にこんな感じだろうが、ま、そこには目をつむっておく。

 




「さっさと仕事を始めろ!クズどもが!」


 農地につくと、緑髪の旦那がそう挨拶してくれる。気さくな性格なのか、フレンドリーに肩をたたいてきたりしてくる、良い人だ。うん。


「おい、なんだその目は。エンデ!」


 そう言って緑髪の旦那は俺の頭をグーで殴ってきた。

 これは断じて暴力ではない。この人なりのコミュニケーションなんだ。

 自分にそう言い聞かせ、持ち場につく。

 農地ではそして陽が暮れるまで地面を耕し、作物に水をやったり、肥料をはこんだり、収穫をする。家に帰ると、野菜クズが浮いている水同然のスープと固いパン、という豪勢な食事にありつき、それらを急いでかきこむと、すぐに緑髪階級のためのポーチやらズボンやらを作る。

 農業も裁縫もどうやらノルマがあるらしい。それもかなり無理難題な量の。

 だから俺たちは必至に緑髪階級のために作物を作り、服を作る。ろくに飯も食べず、ろくな服も着ずに。


 「飯をくれ」とうなるお腹をさすって、俺は針に糸を通す。

 今日は靴下を作る日だ。

 俺と母さんは思い思いの方向を向いて、チクチクと布を縫っていく。俺が着ている服より何倍も上等な布は、だんだんと靴下の形になっていく。

 俺は3歳から裁縫を始めた。何百という衣服を作ってきたが、自分の服は1回しか新しいのに変えたことがない。今ではそれももうボロボロだ。

 そんなことを考えているうちに靴下が一足できあがった。それを大切に箱にしまい、次の布を切り始める。

 ジャキジャキと布を切りながら、前世のことを思い出す。身分なんてない、ご飯を腹いっぱい食べて好きなだけ寝て、アニメを見まくっていた生活を。

 鼻がツーンとして、視界が滲んできた。

 前世が恋しい。

 だが泣いたら、また母さんに殴られる。

 あわてて声を出す。


「ねえ、母さん。母さんはどんな花が好き?」


 中一の英語の教科書に出てきそうな例文だ。

 でもこの絶望感を紛らわせられるなら、どんなつまらない話でもいい。

 ま、母さんは無視してくるだろうけど。

 そう思った数秒後。


「…………白い花」


 母さんはぽつりと言った。

 質問をして、普通に返事が返ってくるのは久しぶりだ。


「へえ、白い花が好きなんだ!」

「・・・真っ白な花。花びらは5枚で、幸せな匂いがするんだよ」

「どこに生えてるの?」

「知らない。初めて生んだ子どもが強制労働所に行くときにくれたんだよ。今までありがとうって」


 布の擦れる音がする。母さんが靴下を縫っている音。

 俺は言葉を失った。

 このぼろ小屋には、俺と母さんしか住んでいない。


「あんたには、兄さんが3人と姉さんが5人いるんだよ。兄さんは強制労働所、姉さんは奴隷オークションで売られていったけどね」


 追撃のように母さんは言い放った。

 俺は喉のあたりをひゅうひゅう言わせて、ただ、ただ、この現実に恐怖した。

 夜風がボロボロのこの家の壁に当たり、家を揺らす。


「市民階級の奴らにとって、幸せな匂いってのは、干したての布団の匂いらしい。おひさまの匂いがして、その匂いに包まれて寝ると幸せらしい。私はその匂いをかいだことがないから分からんけど、あの花はそんなものより、きっともっと幸せな匂いがしたんだ」


 母さんがこんなに喋るなんて珍しい。

 母さんは振り返って、戸惑っている俺の表情を見て口角を上げた。


「なんだかね、子供はあんたで最後の気がするんだ」



 母さんが、布をジャキジャキ切る。気持ちの良い音だ。

 ガラスなんかない窓から差し込む月光が、母さんの顔を照らしていた。

 恐ろしくて、乱暴で、老けていて、憐れな女性の顔だった。


 どこかで獣が遠吠えを始めた。



****************************************



 冬が過ぎ、ある肌寒い春のことだった。


「おい、起きろ!このクソエンデ!」


 エンデは馬糞なんだから、それだとクソ馬糞となり、頭痛が痛いみたいになってしまうだろ。

 そう思っていると、背中に衝撃が走った。

 痛みで飛び上がると、緑髪の旦那が俺を見下ろしていた。


「なんで旦那がここに?」

「お前らが朝になっても農地に来ないからだろうが!このクソボケ!」


 そう言って、また俺の頭に一発くらわす。

 なんで母さん起こしてくれなかったんだ?

 母さんのほうを見やった。母さんはぐったりとして布の上で体を丸めていた。腕や顔にはできたばかりのアザがある。


「何度もなぐったり蹴ったりしたが、ありゃダメだ。こいつはたしか24か25ぐらいだ。農地で働く奴隷は20代になると、みんなああやって突然衰弱して、死んじまうんだ。大量にガキも産んだし、まあ潮時ってやつだ」

「え・・・」

「こいつはもうダメだ。飯もやるな、どうせ死ぬんだから。おら、さっさと農地に行け!」






 プチッ、プチッ。

 俺は手際良くトマトに似た白い実を収穫していた。

 プチッ、プチッ。

 収穫して、かごにいれる。

 プチッ、プチッ。

 家を出る前に見た、母さんの顔を思い出す。

 20代とは思えない、老婆のような母さんの顔。

 そして旦那が俺に言ったことを反芻する。


__こいつはもうダメだ。飯もやるな、どうせ死ぬんだから__


 プチッ、プチッ

 いつもの母さんを思い出す。

 プチッ、プチッ

 俺を殴り、怒鳴り、泣き叫ぶ母さん。

 プチッ、プチッ

 産ませられた子供みんな売り飛ばされた、孤独な女性。

 プチッ、プチッ

 収穫したトマト似の白の実を見る。

 白。

 母さんの好きな花を思い出す。

 白い、おひさまみたいな匂いの花。

 劣悪な環境のせいで数年で死に至ると分かっている場所に、初めて生んだ子供を送り出すとき、その子供から受け取った花。

 どんな思いだったのだろうか。

 つらい。

 そんな言葉では言い表されないだろう。でも、母さんはその花から幸せを嗅ぎ取った。


「おい!なに休んでるんだ!さっさと手を動かせ!エンデ!」


 緑髪の旦那がこん棒で俺を小突く。


「いやだ」


 声を振り絞った。

 旦那が「あ?」と言う前に、俺はかごを放り捨てた。飛び散ったトマト似の実は地面に白いじゅうたんを作る。

 旦那が腕を振り上げた瞬間、


 俺は走った。


 走って、走って、走って、


「逃亡者だぁ! ガキだ! 取り押さえろ!」


 その声に、周りにいた金髪が俺をとりおさえようとするが、俺は小柄な体を駆使して、大人たちの手をすり抜けて行った。


 風を切って走った。ハアハアと息をあげる。口に、土の匂いが流れ込んでくる。


 後ろから聞こえる怒号は次第に小さくなり、農地の横の山にたどり着いた。

 山の中は農地とは比べ物にならないほど涼しく、どこかでちょろちょろと水が流れているのが聞こえる。

 山の中は道と呼べるものがなく、落ち葉に覆われた傾斜を四肢を使ってよじ登った。

 なんで、俺はこんなことをしてるんだ。

 帰ったら殺される。

 嫌だ。

 もう殴られるのも、つばを吐かれるのも嫌だ。

 でも、進まなきゃ。

 この人生では、家と農地の往復だったが、そのどちらにも真っ赤な花というのはなかった。

 と、なれば。


 岩をつかんでいた手が滑り、俺は石だらけの傾斜を滑り落ちていった。腕や足に石がぶつかり、いくつものかすり傷を作りながら、傾斜のゆるいところでなんとか別の岩にしがみついた。


 全身がジンジンする。


 それでも上り続けた。


 なんでかは分からない。


 ここに花があるとは限らない。もしあったとしてもそれは何年も前の話で、今はなくなっているかもしれない。

でも、進み続けた。進み続けるしかなかった。

 人生を不幸という二文字で飾られたたった一人の女性のために。


 俺は進み続けるしかないんだ。







***********************



「母さん、母さん起きて」


 聞き覚えのある舌足らずな話し方。

 なんとか目を開ける。

 最初はぼやけていた視界が、だんだんとはっきりしてくる。

 息子が、私の顔を覗き込んでいる。

 体が重い。少しでも気を抜いたらまた意識を失ってしまいそうだ。でももうそれでいいんだ。こんな人生、起きていたって良いことはない。

 息子は顔や腕にたくさんのかすり傷を負っている。

 なんでそんなに傷だらけなんだ、と言う気力も体力もない。


「母さん。これ」


 そう言って、なにかをおずおずと私の目の前に出した。

 真っ白な、花だった。


「これ、えっと、母さんが初めて生んだ子供から貰ったって言ってたやつ」


 ああ、たしかそんな話をしたんだっけ。

 花をじっと見る。

 違う。

 この花じゃない。


 あのとき貰った花は、もっと小さくて中央には黒い模様が入っていた。これにはない。


 息子は涙目だった。自分のことを「エンデ(馬糞)」と名付けた親が弱っているのが、つらいのか。

 ばかだな。子供ってのは。

 みんなそうだ。今まで生んだ子も、みんな強制労働所に行くとき、奴隷オークションに運ばれていくとき、みんな、わたしに__


「母さん、大好き」


 息子がそう言ってきた。

 なんで。

 あんなに手を出したのに、怒鳴り散らしたのに。

 なんで。

 なんで。

 顔を動かすこともできず、無表情のまま涙だけが静かに流れ落ちていく。


「この花、幸せの匂いがするんでしょ?」


 そう言って、息子は花の私の花の前に動かす。

 あのときの匂いとは全く違う匂い。

 でも。

 これは。


「そう。幸せの匂い」


 息子は泣きながら笑った。

 それが不思議で、むずがゆかった。


「私は、あんたにろくな名前も付けなかった。ごめんなさい。ごめん、なさい」

息も絶え絶えに言った。

「これからは、母さんのことは忘れて新しい名前で生きていきなさい」


 この子の名前はなんなんだろう。ふと思った。

 好かれたら別れるときにつらいから、エンデ(馬糞)なんて名前にした。

 でもそれは蔑称で、この子の本当の名前ではない気がした。

 この子の本当の名前がなんなのか、名付ける立場である私には分からなかった。


 息子は静かに私の瞳を見据えた。


「ライト。それが俺の本名なんだ」


 …………そうなんだ。

 親なのに、初めて知った。

 ライト。

 この子が今適当に決めたのではない気がする。ライトという言葉と、この子が見事に重なり合った。

すこん、と胸につっかえていたなにかが落ちた気がした。


「そう、ライトっていうの」


 この子は、私の息子。金色の髪。呪われた容姿の、私の愛する子。


「素敵な名前」


 ああ、眠い。

 息子はまだ花を私の鼻の前に置いている。


 幸せの匂い。



 眠気がどんどん強くなる。

 重労働で意識を失うときとは違う。やわらかいものに包まれているような心地の良い眠気。


 幸せだ。

 幸せ。


「幸せになって。ライト」



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