契約者
「君もある程度知っているんだろう。だからここに来た。違うか?」
ランカスターの言う通りだ。俺たちがここ王太子宮殿を訪れたのは、全てステラの情報に基づく判断であった。
ステラの母は大貴族マーガレット・ダンバースの使用人である。だからこそステラの母は、ランカスターとマーガレットの度重なる密会を知っていた。そして、産まれて間もなく亡くなったマーガレットの子供が、ランカスターとの間に出来た子であることを知る、数少ない立会人の一人でもあったのだ……。
この事実を知る者はステラの母を含め数名しか存在しない。にもかかわらずステラの母は、どうしてかその事実を娘に明かしてしまった。ランカスターとマーガレットが恋人関係であったこと。二人の間に子供が出来たこと。そして、その子は産まれて間もなく亡くなったことを。
「全て事実だ。私はマーガレットを愛していた。きっかけは……慈悲に過ぎなかったのかもしれない……。何しろマーガレットは、もともと兄さんと恋愛関係にあったからね」
これは有名な話である。ジェームス国王、すなわちリズの父には、アナスタシア王妃と結婚する以前に恋人がいた。その恋人というのがマーガレット・ダンバースであった。今回リズが家出したのも、マーガレットからジェームス国王に宛てたラブレターを発見し、父の不倫を疑ってのことであった。加えてリズは妄想を膨らませ、実は自分の母親はアナスタシアではなく、マーガレットだったのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまったというわけだ。
しかしその疑惑は幸いにも、ステラのもたらした情報とランカスターの証言により覆ったのであった。
「リズ。君のお母さんは間違いなくアナスタシア王妃だよ。そもそも兄さん……ジェームス国王が不倫なんてするわけないじゃないか。私は実の弟だから分かる。兄さんほど誠実な男はこれまで見たことない。うん、王国中を探しても存在しないと断言できるね。むしろ不義理を働いたのは私の方だ。兄さんの元恋人を……マーガレットを、好きになってしまったんだから……」
しかし、それではリズが発見したラブレターは何だったのか。謎は深まるばかりである。
「あのー、王太子様? それではこの手紙、一体何なのでしょう?」
お調子者の同期であるフローレンスが、恐る恐る緊張気味に口を開いた。流石の彼女も王太子を目の前にしては人の子であった。これまで見たことのない脂汗を額に滲ませながら、彼女は精一杯に声を振り絞るのであった。
「恐らくスパイの仕業かな……我が国を内部から切り崩すつもりなのだろう。サルデーニャか、それともサマンダルか……」
確かにそうかもしれない。国王の元恋人から届いたとされるラブレター。これが偽物であるならば、恐らく差出人は王室の権威を失墜させる目的を有していることだろう。他国の工作員か、それとも国内の反王室派の仕業か。
だがそれでも疑問は残る。ステラの母に関する疑問と、ステラ自身の出生に関する疑問がまだ解消されていないのだ。リズとステラ、そして生まれた直後に亡くなったマーガレットの子供。この三人は生まれ年もその時期もほぼ重なっているのである。となるとステラの母は、自身の出産で大変な時期にマーガレットの助産師を務めたということになるのだが、果たして……。
「……本当に、マーガレット様の子供は亡くなったのですか?」
そう小さく呟くステラの声に同調し、俺も息を呑んでランカスター返答を待った。しかし彼は黙り込んだまま、しばらくその場で立ち尽くすのであった。
長き沈黙を経て、ようやく顔を上げたランカスターはこう口を開いた。
「リズの疑念は晴れただろう。これ以上何が知りたい?」
その通り、既にリズの疑念は解消されていた。国王は、彼女の父は浮気などしていなかった。彼女が家出する理由も無くなった。当然俺たちは彼女を連れ回した罪に問われるだろうが、このままリズが大人しく王宮に帰れば、多少は罪も軽くなるだろう。しかし……。
「叔父様、何か隠してるね」
当のお姫様は少しも納得していない様子であった。俺とトムは思わず顔を見合わせた。額から冷や汗を流し、どうにかリズを止められないかとお互いに目でサインを送り合う。しかしお騒がせ女のフローレンスはリズに同意するかのように深く頷いており、またリズの同級生ステラも、怯えた表情の中に覚悟の炎を秘めているようだ。俯き加減のステラの瞳は、深い疑惑の念に満ちている。
そんな女子三人組の様子を見たランカスターは、観念したように長いため息を吐いた。
「私が語れるのはここまでだ。もしこれ以上マーガレットの出産について語ろうとすれば、私は命を落とすことになる……」
「……どうして? 誰かに口止めされてるの?」
「いいや、そうではない」
そう言って周囲を見回すランカスター。一体何を警戒しているのか。俺は彼の挙動を不審に思ったが、その答えはすぐさま明らかになった。次の瞬間、彼の口から飛び出た告白に、俺たちは途轍もない衝撃を受けることとなったのだ。
「……私は契約者だ。能力の名は『盟約』と呼んでいる」
ランカスターは、衣装の袖に隠れていた右手の甲をこちらに向けて見せた。そこには翼を広げ、今にも羽ばたかんとする鳥の紋章が刻まれている。まるで古代壁画のようにも見える不気味な紋章であるが、一体何を示しているのだろうか。
……いや、この際刻まれた紋章の意味など関係ない。ランカスター王太子が契約者であるという事実に、俺は正直疑念を持たざるを得なかった。そんな情報はこれまで生きてきて一度も聞いたことがない。ランカスターと仲が良かった父ですら、そんな話は一切していなかった筈だ。
「契約者……」
別名能力持ちとも呼ばれる『契約者』の存在は、我が国だけでも現在三千名近くが確認されているという。彼ら契約者の多くは幼少期に『精霊』なるものと契約を交わし、人知を超えた能力を獲得するのである。実は俺の母リリアンも、この国では有名な契約者の一人であった。
能力の内容は様々で、戦闘に特化した能力や治療に関わる能力、他にも手を使わず物体を移動させたり天候を変えたりと、契約者ごとに発現する能力は異なる。ちなみに、こうした超人的な能力を与えてくれる『精霊』の存在については、いまだ未知の部分が多く残っているという。
「知っての通り、この件は私とマーガレット、またステラの母を含めた数名の立会人のみ知る極秘事項だ。そしてあの日、私達はこの極秘情報を決して他人に明かさないと約束した」
その後ランカスターの語ったところによれば、どうやら彼の有する『盟約』とは、以下のような能力であるらしい。
盟約は、約すべき条件を互いに宣言し、互いに受け入れて初めて発動する。例えば秘密を守るとか、相手に危害を加えないとか……その内容は何でも良いのだが、ともかく盟約を結ぶ両人はそれぞれ、自身が守るべき条件を宣言するのである。こうして盟約を結んだ両人は、自ら設定した約束を必ず遂行しなければならない。もし破れば、その者には必ず死が訪れる。
手の甲に刻まれた紋章は盟約の証。結んだ両人が、互いの使命を遂行するまで残り続けるという。ただし例外的に、盟約相手が死んだ場合も手の甲の紋章は消滅する。約束を履行すべき相手がいなくなるわけだから、当然と言えば当然だろう。
「そろそろか……」
執務室の窓に目をやりながら、ランカスターは意味深な台詞を発する。
「そろそろ? 一体何が……?」
「王宮の衛兵が到着する。……これが最後の選択肢だ。大人しくリズが王宮に戻るか、それともこのまま活動を続けるか。さて、どうする?」
「このまま活動を続けると言えば、殿下は見逃してくれるんですか……?」
「条件付きだ。私の推薦する協力者を一名、君たちの護衛として連れて行くこと。この条件を呑むならば見逃そう」
「協力者……ですか……」
ランカスターの側近か? いや、そんなことをすれば彼の立場も危うくなる。今回は協力しきれないと言っていたし、この男は一体何を考えているんだ……。
「その協力者って誰なの? 私も知ってるひと?」
そう訊ねるリズに対し、ランカスターは首を横に振る。
「とりあえず会社に戻れ。どうせそこの二人はキール社の人間だろう? 協力者はこちらから手配するから、お前らはオフィスで待機しろ。……本当は、王宮に戻って欲しいところだが」
ランカスターは最後の一押しとばかりにリズを見据えたが、彼女は頷かなかった。納得するまで王宮には帰らない、とでも言いたげに、彼女は真剣な眼差しでランカスターを見返すのであった。
リズとは別に驚きの表情を見せていたのは、我がキール社の社員であるトムとフローレンスであった。にしてもそんなに驚くことだろうか。そもそも俺がキール社の社員なのだから、二人の素性も見抜かれて当然ではないか……。
「叔父様、ありがとう」
「行くなら早く行け。それとレオン……」
ランカスターが右手で俺の肩を叩き、ぞっとするような手つきで、左手をズボンのポケットに滑り込ませてきた。
「性格は父に似なかったようだな。しかし顔立ちは……」
そう囁きながら、ランカスターはおぞましい笑みを浮かべ、そしてすぐさま俺の体を突き放した。俺は恐怖で身を震わせながらも、リズに手を引かれ、駆け足で宮殿を後にするのであった。




