使用人の娘
トムとフローレンスを自室に招き入れた俺は、リズの学友であるステラの来訪を待ち受けていた。勿論リズも共にいる。昨日リズがここを訪れてから、俺たちは奇妙な同棲生活を始めたのだから……。
昨夜は妙な緊張で上手く寝付けなかった。王女を匿っているという緊張もあったが、何より年の近い少女と同じ部屋で、しかも同じベッドで一夜を明かすという事態に、俺は明らかに動揺しきっていたのである。そんな俺の心中など毫も気に掛けぬ様子で、彼女は隣ですやすやと眠りに入っていた。こちらを信用してくれているのであろうが、流石に不用心が過ぎるのではないかと……。
「はあ!? 同じベッドで寝てる!? ちょっと不用心すぎじゃない!?」
フローレンスが悲鳴にも似た叫びを上げ、まるで変質者を見るが如き視線をこちらへ向ける。いや、俺も君と同意見だよ。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ……。
「いやあ、ね? 昨日は緊急だったから、とりあえず……」
しどろもどろに弁解をしてみたものの、フローレンスはまるで耳を貸さない。彼女はリズの両肩に手を乗せ、真剣なまなざしで次のように訴えるのであった。
「いい? リズちゃん。レオンと幼馴染だか何だか知らないけど、所詮男は皆ケダモノよ。このままじゃ貴方の……。とにかく、一刻も早くここを離れて私の家に来て頂戴」
「あ、あの……。心遣いは嬉しいんですけど、大丈夫ですよ?」
「いーや、大丈夫じゃない!」
フローレンスの勢いに押されて、リズは助けを求めるようにこちらを振り返る。俺は苦笑しながら二人の間に入り、どうにか両者を引き剝がした。
「とにかく、俺は何も考えてないし、王女様に手出すつもりなんて微塵もないから」
フローレンスは疑惑の目を向けながらも、しぶしぶ引き下がってくれた。一方リズはほっとした様子で、俺のシャツの裾を握りしめる。
しかしながら、リズもリズで人見知りが過ぎるようだ。ぶっきらぼうなトムに対してならまだしも、フローレンスは一直線で実に分かりやすい性格をしており、警戒すべき要素など少しもありはしない。これから行動を共にするのだから、もう少し彼女らに心を開いてくれても良い気がするのだが……。
『リリリリリリー-』
不意に響き渡った呼び鈴に、俺は一瞬静止して、恐る恐る腕時計を確認した。時刻は11時50分、約束の時間より10分早い。
「きっとステラよ」
リズの声に頷いて、俺は忍び足で玄関口に近付き、覗き穴から来訪者の姿を確認した。くせ毛の茶髪に、女子王学院の制服を身に纏う小柄な少女の姿が見て取れる。間違いないだろう。俺は慎重にドアを開け、リズの同級生、ステラの来訪を静かに歓迎した。
「一人か?」
「は、はい……。えと、あの……」
「とりあえず中に入ってくれ。リズも待ってる」
「は、はいい……」
慌てた様子で部屋に入り込むステラ。こうして見ると年相応の少女そのものである。リズの話を聞く限りでは、随分変わった子のようであったが……。緊張で顔を赤らめるステラの様子を見て、俺は少し安堵を覚えるのであった。
「ステラ!」
「あ、リズ……」
緊張の面持ちを見せながら、ステラの視線はリズの両隣りに立つ二名の怪しげな男女に向けられていた。男の方は妙な表情を浮かべながら、頑なにステラと視線を合わせようとしない。前々から感じていたのだが、恐らくトムは女性が苦手なのだろう。社長やフローレンスのような、気心の知れた仲であれば問題無いのだが、こうした初対面の環境にはめっぽう弱い。
そんなトムとは対照的に、フローレンスは目を輝かせてステラの姿を凝視していた。正直こいつは良く分からない……。リズの時もそうだったが、彼女は可愛い女の子に目が無いのである。
「あの! フローレンスです! リズちゃんのお友達でしょ?」
「は、はい……ステラと申します……」
「ねえ何なの? 女子王学院の子って皆こんなに可愛いの!?」
興奮したフローレンスがリズの肩をバシバシ叩く。リズは困り顔で、少し迷惑そうにその手を払いのけ、ステラに向かってぎこちない笑みを浮かべるのであった。
「急に呼び出してごめんね? 混乱してるでしょうけど、とりあえず掛けて頂戴」
リズに促され、ステラは申し訳なさげに付近の椅子へ腰掛けた。俯きがちなステラの顔をよく見ると、リズの説明通り済んだブルーの目をしている。確かに不思議と、彼女の瞳はリズのそれと全く同じに見えるのであった。偶に見る一般的なユトダイン国民の瞳とは異なる、澄んだ秋晴れ空のような、宝石の如く透き通る南国の海のような、見詰めていると吸い込まれそうになる青い瞳。
「……改めまして。ステラ・マシューズと申します。諸々のお話はリズから聞きました。今から……あの……」
ステラは声を詰まらせ、息も絶え絶えに再び言葉を繋ぐのであった。
「リズのお願いですから……。今から私の知る全てを……ダンバース家の秘密を……お話しします……。あくまでも私の知る限りの情報ですので……全てが真実とは限りませんが……」




