クラスメイト
「とりあえず、ダンバース家の周辺は探るべきだろう」
俺の提案に頷く一同。しかしトムは神妙な顔を見せながら、腹に抱えていただろう懸念を口にするのであった。
「……やっぱリズ王女は、宮殿に戻った方がいいんじゃ?」
トムはこのキール出版社の創設メンバーであり、社長と同い年の27歳。これまでケイト社長と共に零細出版社を引っ張ってきた社の中核なのであった。恐らくトムの脳裏には、本件へ首を突っ込むことに対する不安が渦巻いているのだろう。
「……そうですよね」
暗い表情で俯くリズの姿を見て、トムは慌てて弁解を始める。
「いや、深い意味はねえ……んですよ。王女様にも王女様なりのお考えがあるだろうし、気にしないで下せえ」
慣れない敬語を使うもんだから、トムの口調はちぐはぐになっていた。そんな彼の様子を見て、フローレンスは手を叩きながら笑い声を上げるのであった。
「アハハ、変なのー」
「お前はもう少し王室に敬意をだな……」
「いーじゃん。リズちゃんだって、そんなに畏まられても困るよねー?」
やはりフローレンスのことは苦手なのだろうか。リズは苦笑いを浮かべながら軽く会釈し、再び向き直って話を続けた。
「……私のお友達に、ダンバース家の召使いを務める一家の娘がいるの。同じ女子王学院の同級生よ。元々は、その子に協力してもらうつもりだったんだけど」
リズはそう言って、自身が思い描いていた家出後のプランを俺たちに語って聞かせた。まず彼女は、自室の机に一通の置手紙を残してきたと言う。その内容は『私を連れ戻そうとするなら、お父様の悪事を全て世に広める』という実に過激なものであった。そして彼女は当面の衣食住を求めて、以前俺の母から聞いていた情報を頼りに、俺の部屋へとやってきたのである。
ここから彼女は友人を通じて、マーガレット・ダンバースと父ジェームス国王の関係を探るつもりだった。なにしろその友人は女子王学院のクラスメイトであり、親友とも呼べるほど仲の良い相手でもあるそうで、頼めば必ず協力してくれるという確信があったという。友人の一家は代々ダンバース家の使用人を務めており、世間には公表されないダンバース家の裏事情にも通じているらしい。
「ステラって娘で、一番仲の良いお友達よ。でも他のクラスメイトは、私とステラが仲良くすることに反対みたいなの」
「……それは一体どうして?」
一応問いかけてみたものの、何となく理由は察することができた。そして、リズは思った通りの返答を口にした。
「ステラは王族でも貴族でもない。政治家の娘でも、資産家の娘でもないの。彼女が女子王学院に通えてるのは、ダンバース家が口利きしてくれているから。学費も全部ダンバース家が出してるのよ。だから……」
上流階級の娘が集う女子王学院。そもそもこの学校は、本来王族や貴族の娘以外入学できないといった厳しい規定が存在した。しかし近年目覚ましい民主化運動の勢いを鑑みて、王学院は規定を一部改正したのである。王族や貴族の娘だけでなく、優秀な一般人の入学も認めたというわけだ。
しかし依然として、女子王学院生徒の大半は王族・貴族の娘に占められていた。貴族以外の入学者も殆どは政治家の娘か、または財閥の娘で構成されている。ステラのような、召使い一家の娘などという存在は、王学院では極めて珍しい存在というべきであろう。
「にしてもダンバース家はずいぶん親切だな。使用人の娘の為に、学費まで出してあげるなんて」
「ステラが言うにはね。当主のマーガレット・ダンバースは、使用人にも一流の教養を身につけさせたいって考えてるらしいの。今時学問だけじゃなく教養まで教えてくれるのは、女子王学院以外に無いみたいだし。でも……」
地位も財産も血統も無い使用人の娘が、上流階級の娘たちに囲まれて学校生活を送るのだ。同級生たちの抱く感情は、当然、好意的なものとはなり得ない。
「私は国王の娘だから、何をしたって同級生は褒め称えてくれる。私にすり寄って、側近を自称して、クラスの中で権威を振るおうとする子もいるぐらいよ。本心で語り合える人なんてほんの一握り……。みんな私に気を遣うし、打算的な思惑が見え隠れする。でも、ステラは違ったの」
ある日の放課後、校門を出て送迎者に乗りかけたリズは、忘れ物をしたことに気付き慌てて教室へ駆け戻ったという。そして教室の扉を開けると、そこには窓の外をぼんやりと眺めるステラの姿があった。他に人影は無かった。やがてステラはゆっくりと振り返り、一瞬驚いたような表情を見せた後、静かにこう呟いたそうだ。
「……どうなさいました?」
彼女がステラの顔をハッキリと見たのはこれが二度目であった。可愛らしいくせ毛の茶髪を揺らしながら、ステラは透き通るようなブルーの瞳でリズを見詰めていたという。そこでリズはふと、ステラと同じクラスになった新学期のことを思い出していた。中学科二年に上がったばかりの春。取り巻きの一人がステラの後ろ姿を指差しながら、いやらしい笑みを浮かべて、リズにこう耳打ちをしてきたときのことを……。
「ねえリズ。あの人をご存じ?」
「ええ、ステラさんよね? 確か学年一位の……」
「そういえばそうだったわね。でも、お勉強は出来ても、育ちの方は如何かしら?」
「どういうこと?」
「知らないの? あのお方、ダンバース家の使用人の娘なのよ? 噂によると裏口で入ってきたとか……。嫌ねえ。あのような身分の低いお方でも入学できるなんて、私のお姉様の時代には考えられなかったことですわ」
成績で全く歯の立たないアンタが何を言うかと、リズは失笑を禁じえなかったという。ただその時、不意に振り返ったステラと目が合った時、リズはそのブルーの瞳に既視感を覚えたのであった。それは母の瞳と、また父の瞳と、そしてリズ自身の瞳と同様だった。別にブルーの瞳など珍しいものでも無いのだが、リズはその時何故か、ステラの瞳に吸い寄せられるような気がしたのだと言う。
「……リズさん?」
ステラの声で、追憶に浸っていたリズは我に返った。そうだ。私は教室に忘れ物をして、急いでここに戻って来たのである。それで扉を開けるとステラが一人、物憂げな様子で窓の外を見詰めていて……。
「あ、ああ……ごめんあそばせ……。ちょっと忘れ物を……」
会話を交わしたのもこれが初めてだったような気がすると、リズは感慨深げに語る。どぎまぎしながらリズは、自身の机から課題ノートを取り出すと、横目でステラの様子を確認するのであった。ステラは再び窓の外に目を向けていて、傾きかけた夕日に照らされた彼女の横顔は美しく、そして切なげであった。
「何かお悩み?」
リズは思わずそう語り掛けていたらしい。するとステラは肩を竦めて小さく跳ね、恐る恐るリズの方に振り返った。
「……いえ……別に」
「もし時間あるなら、少しお勉強を教えてくれないかしら?」
「……ええ? でも、リズさん後ろに」
「後ろ? あー……」
心配して駆け付けた側近衛兵と執事を横目に見て、リズはジェスチャーで去るように訴えた。こうして学校内でも平然とつき纏う護衛の姿に、この時ばかりは辟易したのだという。そしてリズはステラに歩み寄り、赤い顔をして俯く彼女の隣に腰掛けた。
「まあとにかく、ステラは私の一番の親友になったの。彼女とは色んな話をしたわ。その中でね、彼女はダンバース家についてこんな発言をしたことがあったのよ……」
現ダンバース家筆頭のマーガレット・ダンバースは、ちょうどリズが産まれたのと同じ年に出産を経験した。結果、マーガレットの子が産まれて間もなく亡くなったことは多くの王国市民の知るところであるが、何より大衆を引き付けたのは、亡くなった子の父親が公表されなかった点であった。何しろマーガレットは独身であり、当時は恋人の存在すらも語られていなかったのだ。
この謎は未だに明らかにされておらず、だからこそ、リズが信じ込んでしまっているような、ジェームス国王父親説の如き俗説が吹聴されるのであった。
「マーガレットの出産に立ち会ったのは、両親や助産師を除くとステラのお母様のみ。ステラはそう語っていたわ。……でもこの話、随分おかしいよね?」
ステラとリズは同年齢で、つまるところ二人が産まれたのと同じ年に、マーガレットの出産があった。となるとステラの母は自身の子を身籠りながら、若しくは産んで間もなくマーガレットの出産を助けたということになる。確かにおかしな話である。
まさか本当にリズの言う通りなのだろうか。リズの父……すなわち国王陛下が不貞を……。そしてリズの母はアナスタシア王妃ではなく、マーガレット・ダンバースであると……。
「リズ。その、お友達のステラって子と会うことは出来るのか?」
「ええ、既に色んな申し合わせは済ませてある。まずは明日の昼12時……」
「12時に、何を?」
「……あの、本当に申し訳ないんだけど。……レオンの部屋で」
一体、俺が断ったらどうするつもりだったんだ。この辺りもリズらしいというか何というか。しかしリズに協力すると誓った以上、俺は彼女に全面協力するつもりである。
この期に及んでも俺の心臓は高鳴っていた。開けてはならないパンドラの箱。俺は既に、その箱に手を掛けてしまっているのかもしれない……。




