帝国の闇
「アラン副会長、ようこそいらっしゃいました。それにリズ王女も、お目に懸かれて光栄に存じます。ピリアス騎士会シーラ支部長のキンジョーと申します」
通訳を挟んで自己紹介をしたキンジョーなる騎士会員は、柔和な感じのする小柄な中年男性であった。シーラの支部長と言うことは相当な地位を有する男である筈だが、彼の笑顔は実に優しい。上に立つ人間特有の威厳というものがあまり感じられないのである。まあピリアス騎士会という組織自体が慈善団体だから、本来こういった人間が上に立つものなのだろう。身近な騎士会員が隣に立つアランなものだから、勝手に過激な人間が現れるものとばかり思い込んでいた。
「お疲れのところ早速で申し訳ないのですが、ここで時間を潰すわけにもいきませんので。用意した車にお乗りください。これより騎士会のシーラ支部へと参ります」
俺たちは軽い挨拶を交わした後、そそくさと騎士会の用意した自動車に乗り込んだ。助手席にはキンジョー支部長が座り、俺たち三名は後部座席へと腰掛ける。
「……ここは軍港みたいですけど、大丈夫なんですか?」
思わずそう問いかけると、運転席の通訳がキンジョーに俺の言葉を翻訳して伝える。そして彼は通訳を通して、次のように回答するのであった。
「問題ございません、シーラ植民地軍の司令官が協力してくれています。流石に兵士たちには皆様の正体を伏せておりますし、何より軍港は海軍の管轄ですから、長居はできないのですが。まあ司令官も向こうで待っていますので、到着しましたら夕食も兼ねてご歓談いただければと」
驚いた。まさか現地軍司令官までもが協力の姿勢を見せているとは。流石に事が上手く行き過ぎていて、少し不安になるぐらいである。
その後30分ほど車に乗っていると、やがて開けた街並みが姿を現わし始めた。確かシーラはサマンダルに植民地化されるまで、未開の小国であったと認識していたが。とても数年前まで途上国だったとは思えないような、目を見張る都市の発展ぶりに、俺は大きな衝撃を覚えるのであった。
「こりゃ下手したらウチの王都より発展してんじゃねーか?」
アランの言う通り、ユトダインの主要都市にも引けを取らない規模の街並みである。すると前席のキンジョーが、通訳を通してこう告げた。
「我が帝国はシーラの戦略的価値を重んじています。国庫より巨額の資金を投じ、この二年間で植民地開発を急ピッチで進めてきたのです。まあ実態は……そう単純なものではないのですがね……」
「実態?」
「あれをご覧ください」
キンジョーの指差す方向に目を向けると、学生らしき青年の集団が何やら旗を掲げて街路を行進しているのが見えた。
「デモか何か……ですか?」
「仰る通りです。我が帝国はシーラの民を同国人として扱い、生活水準を引き上げ、巨額の予算を投じて都市を発展させてきましたが、それでも多くのシーラ民族は貧困から抜け出せずにいます。確かにシーラの民は前時代的な王権政治から解放され、貴族階級による搾取を受けることも無くなりました。ですが結局、新たな格差が彼らを苦しめています。王侯貴族と貧農の上下関係は、所詮資本家と労働者の関係にすり替わっただけで、内実はさほど変わらないのです。多少生活は良くなっても、彼らシーラの庶民は搾取の対象に過ぎません。むしろ上層が自民族から他民族に変わった分、怨嗟の念は膨れ上がっていると言えるでしょう」
どの国にもこうした問題はありふれているのだろう。我が国でもそうだ。建前では未開の非文明国を教育するなどと宣っておきながら、結局植民地の人間は搾取される側であることに変わりない。バーバスによる王宮攻撃も、歴史を鑑みれば仕方のない事件であると言えるだろう。ユトダインはバーバスのエネルギー資源を牛耳っているし、その利益の多くはユトダイン企業の懐に入る。バーバスの民に還元される利益はごく僅かなのだ。
それでも還元されるだけましだろう。宗主国が開発を施さなければ、彼らは原始人のような生活を送っていたのだから。と、俺たち先進国の国民は口々にそう語る。確かにそれも一つの事実ではある。しかし植民地の人間は、果たしてそう感じるだろうか。
「我々の暮らすサマンダルにはこうした格言があります。『王たる者は功のみならず徳を積むべし。功とは施して求めること、徳とは施して求めぬことなり』と。今のサマンダル政府は、果たしてシーラを統べる資格を有しているでしょうか。私がピリアス騎士会に入会したのは、こうしたサマンダルの現状を変えたい一心からでした。アラン副会長。今我が帝国に必要なのは、あなた方の教えなのですよ。慈善と友愛、それこそがサマンダル帝国を、いえ、世界を変える信条なのです」
自動車はあっという間にデモ隊の横を通り抜け、青年の集団は遥か後方に消えていった。この後彼らはどうなるのだろうか。警察部隊が出動すれば彼らは投獄されるだろう。サマンダルの事情など、俺にとっては所詮他国の問題だ。この世の中には必ず不条理が存在する。うちの国にもある。しかし一々そんなことに関心を払っている余裕など、多くの人間は持ち合わせていない。
だがこの人は違うのだろう。このキンジョーという男は、そんな不条理を無くしたいと考えている。
「そろそろ着きます。大した施設ではありませんが、最大限のおもてなしはさせて頂きますので」
彼の言う通り、目の前に現れたのは市街の一角に佇む、四階建てのこじんまりとしたビルディングであった。全世界に支部を持つ騎士会とはいえ、流石に極東のサマンダルでは西方世界ほどの力を持っていないのだろう。
「軍司令官がお待ちです。彼も我々の共鳴者ですので、どうかご安心下さい」




