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花と望遠鏡  作者: 山椒ひかり
サマンダル帝国編
20/25

密入国

 サマンダル帝国。東方世界で最も巨大な国土を有し、大陸連合における唯一の非西方圏国家として、国際秩序の保全に貢献する大国である。


 一方でサマンダルは、近年急速に軍備の近代化を進めており、更なる領土的野心を隠そうともしていない。こうした挑発的な態度は国際社会へ不信感を与えつつあり、サマンダル代表の外交官は大陸連合理事会で、他の大国代表からその点を度々指摘されているのだという。


 「ユトダイン政府が声明を出してるよ」


 洋上を進む商船の甲板室に、俺たち三人は緊張の面持ちで座り込んでいた。新聞に目をやる俺の呟きに、アランがため息交じりにこう答える。


 「さっき読んだ。やはり王宮を襲った飛行爆弾はサマンダル製だったな。向こう側の出方次第じゃ戦争も辞さないと……」


 「流石に脅しだろうけど。もし本当に戦争になったら俺たちヤバいんじゃ?」


 「ああ。只でさえ俺たちゃ、これからサマンダルに不法入国しようと企んでるんだからな。両国が戦争状態に入ればスパイも同然だ。捕まったら終わりだな」


 「俺はともかく、リズだけは絶対に守り通してくれよ。この中で戦えるのアランしかいないんだから」


 「心配するな。俺を誰だと思ってる? 世界最大級の秘密結社、ピリアス騎士会の副会長だぜ? 既に現地の騎士会員が港に集まってる筈だ。軍への根回しも進めてもらってる。もしかしたら、シーラ植民地軍の高官が協力してくれるかもしれねえ」


 サマンダル帝国は極東の島国である。シーラとはサマンダルの西に位置する大陸の沿岸部に位置する地域であり、つい一昨年の2606年、サマンダルによって植民地化されていた。

  

 俺たちが向かっているのはシーラの南東部に位置する「ヒョウラン」という軍港だ。今乗っている商船もピリアス騎士会所有の船であり、航海士はじめ船員はすべて騎士会員で構成されている。サマンダル側から見ればこの商船は国籍不明の船であるが、アランが各種方面への根回しを行ってくれているらしい。流石に安心はできないものの、全世界に会員を持つピリアス騎士会の副会長という協力者の存在は実に心強い。


 「私はどうすればいい?」


 リズが不安げな表情を見せながらアランへ問いかける。当然、俺たちが最も気に掛けなければならないのが彼女の存在だ。我らがユトダイン王国の第一王女であり、このサマンダル潜入というミッションの鍵を握る少女。そして何より、彼女は俺の大切な幼馴染である。


 「下手にびくびくするのは得策じゃねえな。かえって堂々としてた方が怪しまれないだろうぜ。まあ移動手段は騎士会の現地支部が用意してくれるからよ。気楽に構えてりゃいいさ」


 「……分かった」


 「それよか王女様には『失われし七氏族』の末裔とやらを探してもらわなきゃならねえ。えーと、確か名前があったよな?」


 「私たちが探すのは「サマンダルのカヤン」。ランカスター叔父様の発言が正しければね……」


 「あー、そんな名前だったか。ったく、奴も肝心なところ教えねえでよ。なに攫われてやがんだっつーの」


 「とりあえず、まずは協力者の人たちにその名前を聞いてみるか? 何か知ってる人がいるかもしれないし」


 俺の提案に、リズとアランの二人は大きく頷いた。ランカスターが言うには、七氏族の末裔は互いに惹かれ合うらしい。だが現状、そんな抽象的な説明を理解できるはずもなく、実際リズは困惑している。とりあえず現地で情報収集する他ないだろう。


 「叔父様、無事かしら……」


 ユトダインを離れてからというものの、リズの表情はずっと沈みがちだ。心配を掛けまいと気丈に振舞うこともあるのだが、どこからどう見ても、不安と苦悩に押しつぶされそうになっていることが分かる。


 「本当にバーバス王国軍の奴らが攫ったとするなら、流石に殺されはしねえよ。恐らくユトダイン王族の身柄を拘束して、交渉のカードに使うつもりなんだろうぜ。そのうちニュースで出てくるんじゃねえか?」


 今現在、ユトダイン王国では王太子と王女が失踪している状況なのだ。流石に内部で秘匿するには限界があるだろうし、そのうちランカスターとリズの失踪は世に広まる筈だ。しかしそうなると、俺たちの活動は一気に難しくなるだろう。


 「ニュースは常に確認しとかないとな。そこは俺に任せてくれ。サマンダル語も少しなら読める」


 出版業界に入ってから俺は、国際時事を取り扱うため各国語を勉強していた。大国サマンダルのニュースは国際情勢を掴むうえでも極めて重要であるため、ある程度の語学学習は進めていたのである。流石に言語が違いすぎるため、会話となると中々厳しいが……。


 「とにかくリズ。そんなに心配しなくて大丈夫だよ。アランもいるし、俺も全力で君を守る。約束する」


 「私が家出なんてしなければ。レオンの家に行かなければ、貴方を巻き込むことにはならなかった。ごめんなさい……」


 思い詰めた表情で頭を下げるリズ。俺は慌てて席を立ち、彼女の元へ歩み寄った。


 「顔を上げてくれ。あの時君が来てくれて、俺は凄く嬉しかったんだ。だから君に協力すると誓った。この現状は俺の選択だ。俺が自分で選んだ道だよ」


 父の死をきっかけに、俺は腐りかけていた。あのままリズが来てくれなかったら、果たして俺はどうなっていただろうか。きっと自室に籠ったまま、今でも鬱々とした毎日を送っていたことだろう。本当に再起不能になっていたかもしれない。


 「でも……」


 「でもじゃないよ。君は俺を救ってくれたんだ。俺はどこまでも協力する。絶対に……」


 アランは無言で席を立ち、甲板室を後にした。リズは小さく頷くと、久しぶりに見る笑顔をこちらに向けながら、照れ臭そうに首を傾げるのであった。


 「えー、そっかあ……。えへへ……」


 むしろ、彼女と一緒に行動できるだけで幸せじゃないか。本来ならこんな危険なミッションに彼女を巻き込むなど、体を張ってでも反対しなければならない筈なのに。俺はここまで、言い知れぬ高揚感に背中を押されながら、先の見えぬ茨の道を突き進んできてしまった。謝るのは俺の方だ。しかし……。


 果たしてこの旅の行方に何が待ち受けているのだろうか。世界は闇に覆われつつある。不安定な足場の上でよろめきながら、俺は全速力で前に進み続けている。やがて道を踏み外し、奈落の底に突き落とされるかもしれない。それでも進むしかない。矢は弦を放たれた。窓の外には海岸線が広がっている。もう引き返せないのだ……。

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