襲撃
失われし七氏族。七つの精霊。その力を与えられし者は互いに惹かれ合い、やがて運命を共にする。
「サルデーニャ王国のアドラノス、サマンダル帝国のカヤン、ボスタニア王国のフルダ、ルネスタン共和国のセバラディ。最早原初の名前など捨てているだろうが、七氏族の末裔は必ず存在する。そして、七氏族は互いに惹かれ合う。同じ七氏族の末裔同士であれば、精神的結合を感じ取ることが出来るはずなのだ。……リズとステラが、真実を知らずとも互いに惹かれ合ったようにな」
ユトダイン・ヘルト・ダンバース。今ここに、七氏族のうち三の末裔が集っている。ランカスターの言葉を信じるのであれば、リズは「ヘルト」の末裔としての資格を有しており、ステラは「ダンバース」の末裔であり、そして、ランカスターは「ユトダイン」の末裔として、精霊から能力を受け取ったのだと言う。
「……叔父様の話はある程度理解できたけど。要は七氏族の末裔は、それぞれ特殊な精霊と契約して、特殊な能力を受け取っているのよね。ランカスター叔父様は『盟約』。ステラは『学習』。でも、私は何の能力も持ってないわよ? 精霊の姿だって見たことない。もし私がヘルトの末裔としての資格を持ってるなら、『時間』の能力を与えられてる筈なんでしょ?」
ランカスターの話によると、失われし七氏族の祖は神話における創造主であるという。そして七氏族の末裔は、各々の始祖と同様の能力を与えられる可能性を秘めていると。リズの疑問も最もで、ランカスターの話が本当なら、七氏族の末裔であるリズは今頃巨大な力を手に入れていてもおかしくない。
しかしどうやら、それはあくまでも可能性の話であり、七氏族の血を引く者が無条件で契約者になれるわけでは無いという。
「例えばダンバース家は七氏族の血を引いてるが、ステラの誕生まで契約者が現れることは無かった。私も同様だ。ユトダイン王家に契約者が現れたのは歴史上数名のみ。私が精霊と接触し、盟約の能力を手に入れたのも偶然に過ぎぬのだろう」
ランカスターの目的は、七氏族の末裔を一堂に会することであった。それもただ末裔であれば良いわけでは無く、契約を発動せし末裔が必要なのだという。
「私は千載一遇のチャンスを逃した。ついこの間まで、七氏族の末裔はその全てが契約者であったのだ。しかしその情報を集めるのに、私は時間をかけ過ぎた。ようやく全ての情報を集め終わったのはつい半月前のことである。……僅かに遅かった。……先月の、ニック・ロビンソンの死去により、ヘルトの末裔は契約を失ったのだ」
「……どういうことだ? 父さんはただの一般人だ。ヘルト皇室の血など入っちゃいない。それにさっき、ヘルトの末裔はリズだと言ってたじゃないか?」
リズの母アナスタシアは、もともとヘルト皇室の出身である。しかしリズは契約者ではない。もちろん彼女の母アナスタシアも契約者ではない筈だ。今現在、ヘルトの末裔に契約者は存在していないという話は理解できる。強いて言うなら、ヘルト本国の皇帝一家に契約者が出現している可能性は否定できないが……。
どちらにせよ、ヘルトの末裔の話に親父の名が上がるなんて、実に有り得ないことである。親父はユトダインの田舎町ノールの出身であり、猟師の祖父と農家の祖母から生まれたごく一般的な庶民なのだから。
「ヘルトの契約には特殊な条件が存在する。……どうしてか分からないが、ヘルト皇室は七氏族の末裔でありながら、これまで一度も契約者が現れていないのだよ。その代わり、歴史上ごく稀にだが、ヘルト皇族と関係の深い『妙な人物』の存在が文献に浮上する」
「妙な人物?」
「私が把握している範囲内で言えば、今から約200年前に発生したヘルト=ユトダイン間の戦争『リーガルの戦い』にその一例を見ることが出来る。ヘルト将軍のマクシム・ガタウリンが、その『妙な人物』に当たると言えるだろう」
マクシム・ガタウリン。歴史の授業をまともに聞いていたユトダイン国民であれば、一度は彼の名を耳にしたことがあるだろう。2417年に発生した『リーガルの戦い』。我々ユトダイン王国が、隣国ヘルト帝国と戦った最後の戦闘であり、ガタウリンはヘルト側の総指揮を務めた名将軍としてその名を歴史に刻んでいる。ガタウリン将軍はユトダインとの戦争において、人間離れした先読みの連続で常にユトダイン軍の裏をかき、我が国を滅亡寸前にまで追い込んだ恐るべきヘルト軍人であったという。しかし戦争の最終局面である『リーガルの戦い』において、何故かガタウリンは致命的なミスを犯した。ユトダイン側の苦肉の囮作戦にまんまと引っ掛かったガタウリンは、総兵力の三分の二をこの戦役で失う羽目に陥り、ヘルトの軍事侵攻作戦は失敗に終わったのである。
「……なるほど。そういえばガタウリン将軍は『未来予知者』の異名を取っていたと伝わっているが」
先ほどランカスターは、失われし七氏族の能力名をそれぞれ語ってくれていた。ユトダインの能力は『盟約』。これはランカスター自身が有している能力だ。そしてダンバースの『学習』。こちらは先ほど明らかになったステラの有する能力である。その他に、アドラノスの『信用』。カヤンの『不死』。フルダの『誕生』。セバラディの『啓蒙』。そして、ヘルトの『時間』である。
「察しが良いな、流石はニックの息子だ。ヘルトの末裔に現れる能力は『時間』。更に詳しく言えば『時間操作』の能力を有する。ヘルトの能力を発動させた者は、ある一定の制限に縛られはするものの、ある程度自在に時間を巻き戻すことが出来るのだよ」
「……で? そのヘルトの能力と、俺の親父は一体何の関係があるってんだ?」
「……レオン・ロビンソン。そこまで理解できたなら、君は既に、真実にたどり着いているのではないかね?」
……ヘルトの能力は、ヘルト皇族に与えられない。その代わり歴史に現れる妙な人物の存在。時間を巻き戻す能力。未来予知。
以前母が語っていた、父との思いで。初めて母が父と出会った時、父は妙に馴れ馴れしく、まるで遠い昔から母を知っているかのような態度で語り掛けてきたという。同様の話はダレンからも聞いた。父の友人は皆、口を揃えてこう語るのだ。
「君のお父さん、ニック・ロビンソンと初めて会った時、私は不思議と懐かしい気分に陥った。初対面なのに、彼は私の全てを知っていたんだ」
貧しい家庭に産まれながら、父はユトダイン王国の総理大臣にまで上り詰めた。そのサクセスストーリーは国民を大いに熱狂させたが、ある雑誌社の取材に対して、祖母は父についてこんな言葉を残していた。
「息子が陸軍幼年学校に入ったのは12歳の頃です。それほど頭の良い方では無かったのですが、運動は得意でしたね。旦那が元猟師だったこともあり、ニックも幼いころから猟銃に触れていたものですから、特に射撃は大の特技だったんです。そのあたりが評価されて、どうにか幼年学校に入学できたのでしょう。ですが幼年学校に入って最初の休暇……、年末年始に帰ってきた時ですね、ニックはまるで別人のようになっていたんです。子供の成長は早いと言いますが、どうにもね……。何と言いましょうか、本当に別人みたいになっていたんです。家族で会話を交わしていても妙に落ち着いていて、もちろん年相応の喋りではあったのですが、何だか作ったような感じで、ぎこちないんですよ。それでね、今まで苦手だった座学の成績が学年トップだなんて言うものですから、一体この子はどうしてしまったんだろうと……。まさかねえ、それがいつの間にか、お国の首相にまで上り詰めてしまうんですから。人間何があるか分かったもんじゃないですよねえ……」
ランカスターの答えを聞かずとも、心当たりは多かった。父にまつわる不思議な話は枚挙に暇がない。それらを解明しようと試みたことなど無かったが、俺が幼少期より抱いていた数々の謎が、今この瞬間、一挙に解消されたのであった。
「ヘルト皇族と関係の深い『妙な人物』の存在。君のお父さんは、元ヘルト皇女のアナスタシアと深い親交を結んでいた。そしてレオン……、君の父……ニック・ロビンソンは……」
父は時間を操る能力を有していた。厳密には、ある一定の条件下で過去へ戻ることが出来た。それはヘルトの末裔に現れる『時間』の能力であり、もちろん父はヘルトの末裔ではないものの、ヘルトの血を継ぐ者、すなわちアナスタシア王妃と深い仲にあった為、言うなれば代理としてヘルトの能力を付与されたのだ。
と言うのが、ランカスターが父と全ての情報を共有し、二人で語り合った結果導き出した答えであった。ランカスターは更なる調査を望んでいたが、父の容体が急変し、そして一か月前、とうとう父はこの世を去ったのである。
だがしかし……。
「親父が過去に戻れる能力を持っていたなら、自分の病気だって何とかできたんじゃないか。そんな強大な能力を持っていて、どうして何も手を打てなかったんだよ」
「……それはだな」
ランカスターが答えようとした瞬間の出来事であった。俺たちのいる地下室内に突如轟音が響き渡り、辺りに白煙が立ち込めたのである。どうやら室内で爆発物が炸裂したようで、俺の身体は勢いよく壁に叩きつけられた。
「おい! どうなってんだ!」
少し離れた位置に立っていたトムの叫び声が反響する。充満する煙で周囲の様子が把握できないが、見る限り爆発は小規模なものであったようだ。徐々に視界が晴れるにつれ、四隅に逃れた仲間の姿が見えてくる。
「皆無事か!? 怪我人は!?」
「……俺は大丈夫だ」
トムの声に反応するように、俺は呻き声を漏らしながらゆっくり立ち上がった。壁に叩きつけられた背中が多少痛むが、幸いなことに軽症で済んだようである。
「こいつだ! 銃器まで隠し持っていやがった!」
別の声の方向に視線を移すと、部屋の中央で二人の男が重なり合うように倒れている。よく見ると、アランがとある一人の男を抑え込んでいるようだ。そのままアランは男の上に馬乗りになり、懐から一本の短い針を引き抜いて、男の眼球目掛けて突き刺した。
「ぎゃああああああああっ!!」
男の絶叫が響き渡り、四隅に立ち尽くしていたリズやステラ、フローレンスら女性たちが溜まらずに顔を背ける。恐らくこの男、先に地下室に来ていた宮殿職員の一人であろう。
「これで両目が潰れちまったな。次は鼓膜でも行っとくか? ああ?」
いつの間に……。そうか、アランの能力は空間転移だ。爆発が起こった直後、既に容疑者を特定して攻撃を仕掛けていたのだろう。両目に針を突き立てられ、血の涙を流しながら泣き叫ぶ男の姿に、俺も思わず吐き気を催してしまった。
「やめろアラン! いくら何でもやり過ぎだ!」
見かねたダレンが制止しようと駆け寄るが、アランは全く耳を貸そうとしない。
「首謀者は誰だ? 計画の全容は? 全て包み隠さず話せ。嘘でも吐いてみろ、今以上の苦痛を味合わせてやる」
「待ってくれ! 話す! 話すから!」
「待たねえよ。とっとと話せ」
更にもう一本、今度は手のひらサイズの針を取り出すアラン。するとその針がすっと消え、次の瞬間、男の右肩に深々と突き刺さる。
「バーバスだ! バーバス王国軍に雇われたんだッ! 奴らはユトダインの王族を狙ってる!」
「嘘つけ、バーバス軍はとっくに解散してる。今は存在しない組織だろう」
「待って! 嘘じゃない! 正確には旧バーバス軍の元官僚だ! さっきバーバス領内から攻撃が来てただろ!? あれは全て王宮に向けられた無人ロケット兵器だ!」
まさか、先ほど報告のあった謎の飛行物体とかいうやつか。そういえば、あれから既に十五分以上が経過しているが、果たして……。
「全てだと? 一体どれくらい発射されたんだ?」
「詳しくは分からない……。でもあれは第一次攻撃だ、全部撃ち落としても次の攻撃が来る……」
「お前の役割は何だ? 誰を狙っていた?」
「ランカスターとリズ……とにかく王族がターゲットだった。リズが最優先で……」
俺は慌ててリズの方を見た。大丈夫だ。彼女は地下室の隅で、トムとフローレンスに抱え込まれるようにして立っている。ステラも無事だし、先に地下室へ来ていた宮殿職員も……。
「ランカスターは何処だ。それと、宮殿職員が数名……」
俺は呆然と呟いていた。まさかこの男以外にも、スパイが紛れていたのか。
「おい! もう一本行くか!?」
「お願い待って! 最初から殺す計画じゃない! リズかランカスターの誘拐が目的だったんだ!」
「ダレン、今すぐ周囲を探せ。まだ遠くまで逃げていない筈だ」
アランの指示に対して、ダレンは眉間に皺を寄せながら次のように答える。
「僕がここを離れたら、リズやステラを守り切れないかも。正直どこに敵が紛れてるか分からない以上、下手に動くのは危険だ」
「……チッ、宮殿の護衛は一体何してやがんだ」
すると地下室の扉が開き、外から一人の男が駆け込んできた。先ほど執務室でランカスターに報告を行っていた、あの側近らしき人物である。
「遅えんだよ! 今まで何してた!? ランカスターが誘拐されたぞ!」
アランの怒号をその身に受け、側近らしき男はバツの悪そうな表情で地下室内を見回した。そして俺たちに向かい、次の要求を伝えるのであった。
「彼の捜索はこちらにお任せください。皆さまは外へ、私の後に続いて下さい」
「こいつはどうすんだ?」
両目を潰された哀れな刺客を見て、側近らしき男は顔を顰めながら周囲の宮殿職員に耳打ちする。
「全てこちらで処理します。時間がありません、とにかく私についてきて下さい」
アランは腑に落ちない様子であったが、他に選択肢も無い。妙に落ち着いた側近の様子に、俺たちは不信感を抱きながらも、彼の後を追いかけるのであった。




