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花と望遠鏡  作者: 山椒ひかり
ユトダイン王国編
15/25

ダンバース邸

 初めて目の前にしたマーガレット・ダンバースの姿は、世に言う悲劇の貴族令嬢とはまるで違った印象で、細身ながらも堂々たるオーラを身に纏い、凛とした表情で俺たちを見据えた後、彼女は深々とお辞儀をするのであった。


 「リズ王女。こちらにいらっしゃることは、既にランカスター王太子殿下よりお聞きしておりました。まずはご足労感謝致します。どうぞお掛けください」


 促されるままにソファへ腰かけるリズに続き、俺も警戒しながら彼女の隣に腰掛けた。トムとフローレンスは互いに顔を見合わせながら戸惑っており、ステラもその場に立ちすくんだまま、マーガレットの挙動を窺っている。


 「そちらのお二方もどうぞ。それにステラも」


 「しかしマーガレット様。私は使用人で……」


 「いいから」


 おずおずと腰掛けるトムとフローレンス。ステラは最後まで直立の姿勢を取っていたが、マーガレットが向かい側の椅子に腰掛けるのを見て、ようやくソファに腰を下ろすのであった。


 「私からお話しできることは少ししかありません。既にご存じのことと思いますが……私とランカスターの関係について、語れる範囲で詳しくご説明しましょう……」


 そう前置いてマーガレットは、王太子ランカスターとの馴れ初めを淡々と語り始めた。


 マーガレットの生まれたダンバース家は、古くより王室と密接な関係を有してきた。ユトダイン一の大貴族家にして、長い歴史を有するダンバース家の当主は、代々国王の補佐を務めるのが伝統であり、マーガレットの父チャーリー・ダンバースも例外では無かったという。


 前国王のウィンザー卿と、前ダンバース家当主のチャーリーは親友同然の仲であり、互いの一家は実に親密な交流を重ねてきた。そしてダンバース家の一人娘マーガレットは、次第に王家の嫡男ジェームスへの恋心を募らせていったのだ。


 「私が18歳の頃に、ようやくジェームスと正式にお付き合いを始めることとなりました。リズ様の前でお話しするのは少々憚られますが、どうかご容赦下さい……」


 リズは何も言わずに頷いた。自分の父親が、母親以外の女性と交際していた頃の話など、俺だったら絶対に聞きたくない。リズも同様の気持ちだろうが、わざわざマーガレットがそうした話を語って聞かせるのには訳があるだろうから、ここは大人しく耳を傾ける他ない。


 「当然ランカスターともよく遊んだ仲でした。でも、彼は昔から何を考えているのかよく分からない人でした。それでも彼は、私とジェームスの交際を陰から応援してくれていたのです。今思えば、それも彼の計画の一環だったのだと思います」


 「……計画?」


 俺は思わずそう聞き返していた。マーガレットは一瞬暗い表情を見せたが、すぐさま話の続きを語って聞かせるのであった。


 「そのお話は後でお伝えします。ともかく、私は18の歳にジェームスと交際を始めたのですが……その交際は一年も経たずに終焉を迎えました……」


 聞かずとも知っている。二人の交際が破局に至ったのは他でもない、ジェームス王太子とヘルト皇女アナスタシアの婚約が決定されたからであった。少なくとも俺はそう認識していた。しかしマーガレットの口から語られた内容は、俺の認識を大きく覆すものであった。


 「世間一般では、アナスタシア様との婚約によって、私たちの恋愛が終わったと語られているようですが……。確かにそれは一面においては事実でもあります。ですが、私とジェームスの恋は、実は彼の婚約以前から既に破局へと向かっていたのです」


 マーガレットの語るところによると、彼女とジェームスの交際は、半年を経過する頃には既に限界を迎えていたと言う。どうやら原因はマーガレットの方にあったらしい。


 「あの頃私はジェームスに執心するあまり、彼を強く束縛するようになっていました。私が寄せるだけの異常な愛を、彼にも求めるようになっていたのです。私は事あるごとにヒステリーを起こし、彼を大いに苦しめました。……この話は、これぐらいにしておきましょう」


 そして、タイミング良くと言うべきか、個人の力ではどうしようもない政治的な圧力が、二人の間を引き割いた。ジェームス王太子のもとに、ヘルト皇女アナスタシアの縁談話が舞い込んだのである。ユトダインの王太子とヘルトの皇女。彼らの結婚は、当時悪化していた両国の関係を繋ぐ架け橋でもあった。


 「むしろそれで良かったんだと思う……。アナスタシア様との結婚は国家政策の一環であり、私がどんなに訴えても、ジェームスを引き留めることなんて出来やしない。そう自分に言い訳ができたから、苦痛も少なかった。どうせそのうち終わる恋だった。そして、私は悟った。私は恋愛に向いてない。もうこれから先、二度と恋なんてするもんかと……」


 しかし、それから十年近くの時が経ち、マーガレットは二度目の恋に落ちた。彼女は、あろうことかジェームスの弟ランカスター王子に誘惑され、すっかり虜となってしまったのだという。


 「きっと彼は、最初から私のことを利用するつもりだったのでしょう。分かっていた筈なのに。それでも私は、自身の思いを止めることができなかった……」


 やがて彼女はランカスターとの間に子を授かった。ここからは、ランカスター自身が語っていた話と同じである。二人の間に出来た子は、産まれて間もなく命を落とした。彼女とランカスターの関係は秘匿され、以降ランカスターは、マーガレットとの接触を避けるようになったのである。


 「私から語れるのはここまで。あとは、邸内を捜索中のお仲間に託すしかなさそうね……」


 「……えっ?」


 ここまで感傷的な面持ちで昔話を語っていたマーガレットの眼光が、突如として俺たちを射抜くように鋭く光る。俺は彼女の急変ぶりに動揺し、間抜けな声を上げることしか出来なかった。


 「……まさか、お気づきだったのですか?」


 トムの問いかけに、マーガレットは無言のまま妖しげな笑みを浮かべている。そして視線を俺に合わせながら、冷たい声色でこう言い放つのであった。


 「間もなく王室衛兵が到着します。レオン・ロビンソン。貴方の良く知るお方も来ていますよ?」


 俺の良く知る人物だと? 王室衛兵の知り合いは何名か存在するが、一体誰のことを指しているのだろうか……。


 「わざわざ長話を語って聞かせたのも、俺たちを足止めする為だった……ってことですか?」


 「さて如何でしょう。何にせよ、早くお逃げになった方がよろしいのでは?」


 俺たちは一斉に立ち上がり、駆け足でドアの方へ向かった。しかし遅かった……。俺がドアノブに手を掛けようとした瞬間、目の前に驚くべき人物の姿が現れたのである。


 「母さん……どうして……」


 かつて王国随一の天才と謳われた元王室衛兵。戦闘特化の能力を有する元軍人、リリアン・ロビンソンの姿がそこにあった。俺はこれまで一度も彼女の能力を目にしたことがない。家では常に優しい母であり、決して怒りの感情など露わにすることなく、夫に尽くし、心からの愛情をこめて俺を育ててくれた、誰もが羨む理想の女性であった。


 しかし、今俺の目の前に立つ人は、いつも実家で目にしてきた優しい母ではなかった。そして彼女は神妙な表情を浮かべながら、右手を前にかざして見せた。すると突如として体中に悪寒が走り、部屋中には凍えんばかりの冷気が充満する。その直後、巨大な氷のドームが出現し、あっという間に俺たちの周囲を覆い隠してしまった。


 「レオン、大人しく言うことを聞いて……。今ならまだ間に合うわ……」


 この氷のドームは母の能力なのだろう。分厚い壁に覆われた俺たちに、最早打つべき手段は残されていなかった。万事休すか。まさか実の母に投降を呼びかけられるなんて……。


 「投降しよう。このままじゃ凍え死んじまうぜ……」


 いいや。母さんが死ぬまで俺たちを追い詰めるとは到底思えない……。がしかし、トムの言う通り、流石に降参したほうが良いのかもしれない。ここまで十分頑張ったじゃないか。リズの家出を手伝うつもりが、とんだ大事にまで発展したものである。


 その時であった。俺たちを覆っていた氷のドームが突如として消え、再び視界が開けたのである。慌てて周囲を見回すが、母の姿が見当たらない。その代わり、邸内を探索中であったはずのダレンとアランの姿が見て取れる。これは一体……。


 「心配しなくていい。リリアンには少しの間、この場から退場してもらった。アランの空間転移で、全部敷地外へ飛ばしてもらったんだ」


 ダレンの言葉に答えるように、アランは誇らしげに頷いた。空間転移か。アランは視認したあらゆる対象物を転送することができる。俺たちを覆っていた氷のドームも、彼の能力で取り除かれたのであろう。


 「めぼしい物は手に入れた。今すぐここから離れるぞ。みんな、僕に掴まってくれ」


 「待ってくれ! 一体何がどうなってるんだ! マーガレットは俺たちの敵なのか!? それとも味方なのか!?」


 結局彼女からは、ランカスターとの淡い恋愛話を聞かされただけなのである。俺はともかく、リズやステラは聞きたいことが山ほどあるはずだ。このままダンバース邸を脱しても良いのだろうか。


 しかし目の前に佇むマーガレットは、こちらの問いに何一つ答えなかった。そして彼女はただ一言、次のように呟くのであった。


 「……ステラ。きっと貴方は、これから衝撃の事実を知らされることになるでしょう。そして、命を賭した冒険に身を投じることになる」


 「マーガレット様……それは一体……?」


 「絶対に生きて帰ってくるのよ」


 「急に何を仰るのです? マーガレット様?」


 するとマーガレットは、不意にステラの元へと歩み寄り、静かに彼女を抱きしめた。ステラはブルーの瞳を大きく見開き、恐る恐るマーガレットの背中に手を回す。


 「あの……その……」


 狼狽した様子で、ステラは何とか声を絞り出している。ダンバース家当主のマーガレットにとって、使用人の娘に過ぎぬステラがそこまで大事だと言うのだろうか。


 確かにマーガレットは、平民の身分であるステラを王立女学院へと通わせるほどにまで、彼女を大切に扱っていたというが……。


 「さあ、行きなさい。後は頼んだわよダレン」


 「……ええ」


 こうして、俺たちはダレンに抱えられるようにしてダンバース邸を後にした。そして運転手マイケルの待つ駐車場に辿り着いた俺たちは、急いで車に乗り込むのであった。



 「……まさかリリアンが派遣されてるとは、思いもしなかったよ」


 大型車両の後部座席に座るダレンが、ほっと胸を撫でおろしながらそう口を開いた。すると周囲の視線が一斉に俺へ集まった。リリアン・ロビンソンの息子である俺に、何か説明を求めるかのように……。


 「俺にも分からないよ。どうして母さんが……」


 しかしダレンの焦りは理解できる。恐らく現段階で、母リリアンは王国における最も戦闘能力の高い契約者だ。そりゃ無理もないだろう。現役を退いて久しいとはいえ、伝説の元衛兵が本気で能力を使ってきたのだから。


 「少なくとも王室は、ガチでリズ王女を連れ帰そうと考えてる。勿論それは当然だろうが……にしてもリリアンを寄こしてくるなんて……」


 そうぼやくダレンを他所に、アランはダンバース邸から拝借してきたであろう書類を食い入るように凝視しながら、まるで独り言をつぶやくかのように口を開くのであった。


 「……とんでもねえ。どうやら王室の意向なんて、推察する余地もねえだろう。かなーりヤバいこと書いてあるぜ?」


 「ヤバいこと?」


 俺がそう聞き返すと、アランは一枚の便箋を手渡してきた。その衝撃の内容に、俺は思わず口を噤み、この内容を仲間に公表すべきか否か、実に悩ましい決断に迫られるのであった。



 『もういっそ、ステラに全てを打ち明けてしまおうかしら。どうせ私なんていつ死んでもいいんだから。命をなげうつ覚悟で、私の産んだ娘を、一度でいいから思い切り抱きしめてあげたい。私が本当のお母さんだって、そう耳元でささやいてあげたい。あの子が私を「マーガレット様」と呼ぶたびに、私の心はひどく荒み、苦痛が全身を駆け巡り、やるせない虚無に支配されるのです……。ねえランカスター。どうして貴方は平気なの?』

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