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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

鶏肉のスパイス焼きうますぎるだろ

 夏バテである。


 仕事中に頭痛がするかと思ったら、めまいに立ち眩み。

 とても仕事を続けられず、上司に頼んで横にならせてもらった。


 休憩室のソファに寝転びながら、冷蔵庫にあった氷枕で首元を冷やす。

 水分もしっかりとっているはずなのにどうしてこうなった?


「お前、見た目に反して軟弱だよな」


 そういう上司はでっぷりと脂肪を蓄えた腹をポンと叩いて、自慢気に言う。


「俺、こんな見た目だけど、一度も夏バテしたことがないんだぞ」

「はぁ……そうですか」


 まともに返事すらできない。

 もしかしたら熱中症かもしれないぞ。


 俺は頭痛とめまいに苛まれながら、上司の小言を横になって聞き流した。

 正直、こんな態勢で話を聞くなんて失礼極まりないのだが、まともに姿勢を正す余裕すらない。


 いったいどうしてこうなったのか。


 俺はもともと暑いのが苦手で、自宅ではクーラーでガンガンに室温を下げて過ごしている。

 設定温度は24度以下。

 これ以上にすると暑くて耐えられない。


 勤めているオフィスも基本的にそれくらいの設定だったのだが、近年の節制ブームと女性社員への配慮から、設定温度は27度にするよう社則で定められた。

 一部の男性社員からは猛反発を受けたものの、社長の鶴の一声により決定。

 弱冷房環境での仕事が義務付けられる。


 外回りが多い俺からしたら、弱冷房のオフィスなんて地獄そのもの。

 汗だくになって帰って来てもまったく涼しくないのだ。


 そのせいか……最近、仕事中に気分が悪くなるようになった。

 冷房が弱くなったことも関係しているだろうが……それ以上に年齢が関係しているように思える。


 年々弱る身体。

 パフォーマンスが大幅に落ちている気がする。

 少し階段を上っただけで息切れするし、睡眠の質も悪い。


 そして何よりも食べる物が変化した。


 ラーメンや焼き肉なんていくらでも食えたが、今では進んで食べようとも思わない。胃にやさしい食べ物を好むようになった。

 うどんとか、豆腐とか、サラダとか。


 飲み会に参加しても揚げ物には手を出さないし、酒も控えている。

 無敵だった20代の頃とは違うんだなぁと、しみじみと実感。


「はぁ……俺はもうダメかもしれません」


 思わず弱音を吐いてしまった。

 さすがに上司も哀れに思ったのか、それ以上、嫌味を言うことはなかった。






「おい、待て」


 体調不良を理由に定時で帰ろうとすると、デブのクソ上司が呼び止めて来た。

 さすがに残業は断ろうかと思ったのだが……。


「これ、もっていけ」


 そう言って彼が差し出したのは、透明なビニール袋に入った粉状の物。

 茶色い色をしているが……これは一体?


「あの、なんですかこれ?」

「スパイスだ」

「え?」

「俺が特別に調合したスパイスだ」

「は?」


 どういう風の吹き回しか、クソデブ上司は俺に気を使ってヤバそうな粉をプレゼントしてきた。

 中身はガラムマサラ、クミン、コリアンダーと塩を混ぜて作った簡単な調味料らしい。


 そんなものを俺にどうしろと?


「え? これでカレーでも作れと?」

「別にカレーにする必要はない。

 野菜炒めとかにちょっと混ぜてみろ。

 あと、鶏肉にまぶして焼くだけでも違うぞ」

「はぁ……」


 釈然としないながらも、上司からスパイス塩を受け取る。

 こんなもんで料理をしたからって……。






 自宅へ帰った俺は、さっそくスパイス塩を試してみることにした。

 袋を開けると懐かしいカレーの匂いが漂う。


 しかし……市販のルーよりもずっと刺激が強いな。

 鼻がムズムズするぞ。


 上司に言われた通り、スパイス塩を鶏肉に塗りたくってフライパンで焼く。

 ただそれだけ。


 皮面から焼いて、蓋をしてじっくりと蒸らす。

 皮をカリッとさせるまで火を通したら、ひっくり返して反対側も焼く。


 焼いている間、スパイスの刺激的な匂いが部屋に充満。

 まるでカレー屋にでも来たかのよう。

 これ……匂いが取れなくなったりしないかな?


 心配になりながらも、スパイスチキンステーキを完成させる。

 匂いはすごいけど……これ美味しいのだろうか?


 恐る恐る一口含む。

 その瞬間、全身に電流が走ったように衝撃を受けた。


 スパイスをまとった鶏肉は匂いの塊。

 刺激的な香りが口から鼻へと突き抜けて、目が覚めるような刺激が全身にはしる。

 あまりの衝撃に思わず目を見開いてしまった。


 スパイスの香りは身体の奥に染みて行くような優しい刺激。

 単純な辛みとは違ってしっとりとした優しさを感じる。

 一口食べるごとに身体が力を取り戻していく。

 これは……うまい!


 うまい、うますぎる。

 スパイスの鶏肉うますぎだろ!


 俺はあっという間に鶏肉を完食。

 久しぶりにご飯を二杯も食べてしまった。


 なんだろうな……この刺激。

 まるでスイッチが入ったかのように活力がみなぎっている。

 ちょっと食べただけでこれとか……スパイスすごすぎだろ。


 それから俺は上司からもらったスパイス塩を使い、野菜炒め、揚げ物、肉料理、焼き魚など、様々な料理を楽しむようになった。

 気づいたら食品売り場のスパイスコーナーであれもこれもと買い込むしまつ。


 特に気にっているのは、スパイスフライドチキン。

 ガラムマサラ、コリアンダー、クミンなどのスパイスを、ニンニク、醤油、酒と一緒に鶏肉と揉みこんで油で揚げるのだ。

 いつもの唐揚げが刺激的なスパイスの香りをまとって、ワンランク上の料理に変身。

 いくらでも食べられるぞ。


 すっかりスパイスにはまってしまった俺は、上司にお礼をするべくスパイス入りのクッキーを作って持って行った。

 シナモンとオールスパイス、そしてカルダモンを混ぜて焼いた手作りクッキーだ。


「いや……お前……うん、ありがとう」


 困惑しながらもクッキーを受け取ってくれた上司。

 何故か引き気味だったが、まぁいいだろう。


 彼は俺にスパイスのすばらしさを教えてくれた。

 今度、自宅に招いて手作りのカレーを食べさせてあげよう。

 きっと喜ぶはずだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 旨そう過ぎてヨダレが止まらん! オリジナルスパイスを渡せる上司グッジョブだけど、その後ノリノリになれる主人公の意識、ステキ。
[良い点] あ~。疲れや暑さで頭痛や目眩になる気持ち、よくわかるのてす。 私も前職の時に灼熱の厨房に10時間とか立ちっぱなしでよく死にかけてました笑 それよりも、この時間に読んだことを激しく後悔して…
[一言] いい話だった!(←何かを警戒していた) 湿度が高い日が続き、だるさを抱えてます。人情味のなさそうな上司からの人情話、よかったです。いいお話ありがとうございました〜(*´Д`*)
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