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G麺上のパトス

作者: まるかい

 四限の古典の授業が終わって、昼休みが訪れた。

 クラスの男共と雑に机を合わせ、自作の弁当を取り出す。

 今日のメインは昨日の夕食で残しておいたホイコーローだ。

 一晩経って豚肉とキャベツがタレによく馴染み、冷めていても非常にご飯が進む。


「裕太、それうまそうだな。俺のウインナーやるから少し食わせろよ」


 田中が箸で指しながら、いつものようにねだってくる。


 俺はウインナーをチェックする。

 四本入りで五百円以上するジョンソンなやつだ。

 こいつ、いつもいいもの食ってるな。

 金持ちめ、盛者必衰しろ。


「ああ、いいよ」


 弁当箱の蓋の裏にてきとうに盛ってやる。

 かわりにウインナーを一本、自分のご飯の上に移動させた。


「俺も」


「裕太、俺にも寄越せ」


 次々と来る交換依頼に応えていくうちに、ホイコーローは一口サイズになってしまった。

 そのかわり、やきそばパン四分の一個や、熱々のステーキ一切れがご飯の上に載っている。

 え! ステーキはなんで熱々なの!?

 とは言え、昨日の残り物が普段食べられないものに化けたのは上々だろう。

 俺の弁当は割と人気がある。

 母親がいなかったので、小さい頃から家の料理番を引き受けており、今では味にもそれなりの自信があるのだ。


 バカな話をしながらそろそろ昼食を食べ終わろうとする頃、教室に入ってきた少女が近づいて来た。

 中腰で俺と視線を合わせながら言う。


「裕太、わたし今日晩ご飯ないんだけどー」


 話しかけてきた少女は隣のクラスの新田彩乃、俺の家の斜向いに住んでいる幼馴染だ。

 親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしている。


「またか、彩乃。最近多いな」


「お父さんもお母さんもこの時期は仕事忙しいみたいで、最近は帰るの11時過ぎとかなんだよ。今日は両方遅いって」


「それはお疲れ様だな」


 彩乃の顔が近いので、思わず仰け反る。

 こいつはめちゃくちゃ可愛いのだ。

 いつもはスマホで連絡してくるのに、なんで今日は対面なのだろう?


 周りのバッド・ルッキング・ガイズがこちらを窺う視線がうざい。

 やれやれ、だからお前たちは童貞なのだと言いたい。

 あ、この中で彼女いないの俺だけだった……死にたい。


 彩乃の両親が夕飯時に帰れない場合、彼女が俺の家で夕食を食べることは珍しくなかった。

 俺としては三人前も四人前もそんなに手間は変わらないので別に構わない。

 むしろ胃袋を掴むことができれば、この高校二年の生活を彩りあるものにできるかもしれない。


「分かった。じゃあ今日は俺の家で食べるか?」


「うん。よろしく!」


 そんな会話をしていると、ポケットのスマホが振動した。

 確認すると、妹から今日は友達と遊ぶから夕飯はいらない旨のメッセージだった。

 見逃していたが、親父からも急な飲み会が入ったとメッセージが来ている。


「あー」


「どうしたの?」


「親父も妹も今日は晩飯いらないって」


「あら。どうする?」


「うーん、帰りにスーパー寄ろうと思ってたから、材料はまだ買ってない。どっか外で食べるか?」


 さすがに高校生の男女が、夜に家で二人きりになるのはマズいだろ。

 まぁ、相手が構わないって言うのなら別だけれども。


「うん。外食もたまにはいいねー!」


 そうだよね。


「……なんか食べたいものはあるか?」


「そうだねー、たまにはラーメンとか食べたい。ガッツリしたやつ」


「ガッツリしたやつねぇ……お前らいいとこ知ってるか?」


 話を振ると、クソ共はあーでもないこーでもないと喚き出す。

 やれビブグルマンだの、無化調だの。

 やれやれ……0点です。

 ガッツリって言ってんだろ。

 彩乃はとにかく量なんだ。

 下手すれば俺の二倍ぐらい食うぞこいつは。

 

 そういえばと思い出した。

 最近、帰り道の商店街にあった店がつぶれて、そこに新しいラーメン屋がオープンしてたな。

 たしか看板に書いてあったキャッチは『ニンニク、入れました』。

 いや完了形なのかよ? 入れる前に聞けよ! と憤ったのだった。


「商店街のオムライス屋の後にラーメン屋が新しくできてたけど」


「わたしもそこ思ってた!」


「じゃあ行ってみるか。かなりガッツリしてるだろうけど」


「わたしは問題ないよ。今日は部活休みだから、じゃあ放課後」


 俺は周りの生温い視線を無視して、スマホで店を調べ始める。


 その店はいわゆるG系と言われるラーメン屋だそうだ。

 麺量はかなり多く、ニンニクや野菜の量を細かくオーダーできるとのこと。

 評価も悪くなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 放課後に彩乃と合流し、電車で家の最寄駅まで行く。

 商店街をしばらく歩いて目当てのラーメン屋に辿り着いた。

 時間は午後5時半過ぎ、席は5割ほど埋まっていた。


「裕太、今日もなにか賭ける?」


 彩乃がいたずらっぽく言う。

 二人だけで大盛り系の店で食べる時は、どちらが早く食べきるかをよく賭けていた。

 負けたほうはその時の会計を二人分払うとすることが多かった。

 ……が、今回は違う。

 俺は彩乃がそう言い出すのを待っていたのだ。


「もちろんいいぜ。ただ、ここは食券だからな……負けたほうは勝ったほうに昼の弁当を作ってくるってのはどうだ?」


 俺だってたまには自作でなく、他の人が作った弁当を食べたいのだ。

 さらにそれが可愛い女の子が作ったものなら、言うことなしである。

 さらにそれがずっと好きだった女の子ならば、まさに数え役満である。

 たとえレンチンすらしない自然解凍OKな冷凍おかずを詰め込まれたとしても、全く何も問題はない。


「えぇ……お弁当かぁ……面倒くさいなぁ。まあ、いいけど。負けないし」


 そうなのだ。

 陸上部の中距離で試合にも出ている彩乃は、引き締まった体ながら、非常に大食いだった。

 一方の俺は帰宅部の中肉中背だ。

 体育会系の高校生男子と比べれば、随分と少食なのだろう。

 あいつら、平気でドンブリ三杯とか食うからな。

 これまでの彩乃との大食い勝負でも、勝てたことはなかった。

 だた、今回のトロフィーは手作り弁当だ。

 金の支払いだったこれまでとはまるで話が違う。

 彩乃が作った弁当を広げ、羨まし気な野郎共の前で得意気に食べてやるのだ!

 頭脳派の俺はすでにG系ラーメンの必勝法を調べ上げていたのだった。


 店に入り、券売機の前に来た。


「わたし選んでいい?」


 勝負をするには、同じメニューを選ぶ必要があるのだ。

 彩乃は普段こういう店には来ないのだろう。

 券売機のボタンの文言や、壁に貼られた説明を興味深げに見ている。


「ああ、いいよ。だけど、俺だけ追加の注文はしてもいいだろ?」


「え? 別に構わないけど、それって不利なだけじゃない?」


「まあ、そうかもしれないけどな」


 彩乃はしばらく迷ったあと、『大ラーメン 豚』のボタンを押した。

 説明を見ると、大ラーメンは麺量が茹で前で500gとのこと。

 たしか茶碗一杯のご飯が150gとかだよな、マジかよこいつ。

 豚はチャーシューの追加だ。

 遠い目をしながら、俺も札を入れて同じボタンを押す。

 そして秘策のボタンも追加で押した。


 カウンター席に並んで座り、食券を店員に渡す。

 彩乃にトッピングの答え方を簡単に教える。

 全体ボリュームに大きく関わるので、なるべく控えめなものにするよう全力で誘導した。

 彩乃はふむふむと頷いているが、本当に分かってるのかこいつ。


 やがて麺が茹で上がると、店員が彩乃に威勢よく訊いてくる。


「トッピングはどうしますか?」


「ヤサイマシマシとニンニクアブラ」


 彩乃が迷わず元気に答える。

 女子高生に笑顔で言われ、店員もうれしそうだ。

 こいつ、俺の説明の何を聞いてやがった。


「そちらの方は?」


「……同じでお願いします」


 やがて、俺と彩乃の前に、完成したラーメンがドンと置かれた。

 野菜と称したモヤシとキャベツが山のごとく盛られている。

 彩乃がスマホを取りだし、カシャっとラーメンの写真を取る。

 そしてお互いに割り箸とレンゲを取り合い、視線でタイミングを合わせた。


「いただきます!」


「いただきまーす!」


 そうして負けられない戦いのゴングが鳴ったのだった。




 覚悟を決めて、山と盛られた野菜をワシっと掴んで口にブチ込む。

 野菜自体に味は付いていないが、上から掛けられたアブラの醤油味で食べ進めていく。

 ややクタッとした食感のもやしとキャベツをどんどんと胃に送り込んでいく。

 途中やや食傷気味になり、レンゲの上でニンニクをスープに溶いて、野菜の上にぶっかけた。

 ニンニクの辛さと風味を追い風にして、無心でかき込んでいく。


 横目で見ると、彩乃ははじめてのG系ラーメンに戸惑っているものの、味に忌避感はないようだ。

 スープを野菜に掛けて、面白がりながら食べている。


 今のところ、明らかに俺のリードだ。

 スタートダッシュ成功だ。

 このまま逃げ切りたいです。


 そろそろ野菜は半分くらい食べただろうか。

 口直しにチャーシューに箸を伸ばす。

 脂身少なめで身がぎっちりと詰まっており、美味い。


 チャーシューの旨味を口に残しながらさらに野菜を食べていく。

 野菜が三分の二ほど減っただろうか。

 そろそろいいだろう。

 ドンブリの底の方に箸を入れ、麺を上げる。

 極太麺が顔を見せ、そのまま上の野菜と位置を入れ替える。


『天地返し』


 初めてやったが、割と上手くできたのではないか。

 野菜がスープの下に沈み、その上にたっぷりの麺が姿を表した。


「うん、おいしー」


 彩乃はチャーシューをかじったようだ。

 悠長なことだ。

 俺はすでに天地返しを成功させているとも知らずに。


 顔を見せた麺を啜ってみる。

 極太麺がスープをよく持ち上げ、かなり美味い。

 無心で麺を啜り続けた。

 かなり食べたと思うが、見た感じはあまり変わりはない。


「小麦の香りがする! 美味しー!」


 彩乃は野菜を食べ終わり麺に取り掛かっている。


 うーん、追いつかれてる気がする。

 ここで奥の手を出すか。

 ポケットに入れていた食券を取り出した。


「追加で注文お願いします!」


「はい!」


 店員の元気のいい声の後、しばらくして別皿に入った生卵がやってきた。

 これこそ俺の秘密兵器。

 生卵をよく溶いたあと、麺を上げて生卵の器に移す。


卵衣無縫(エッグ・ドレス)


 生卵を絡めた麺を啜ってみる。

 うん、美味い。

 ガツンとした濃さが卵に包まれてまろやかになっている。

 この技は麺を冷ますと同時に、すき焼き風味の味変ができるのだ。

 これならいくらでも……は無理だが、しばらくは箸が進む。


 ふと彩乃の方を見る。

 え!

 すでに麺の半分がなくなっている。

 こいつは何なんだ。

 大食いモンスターか?

 Max彩乃なのか?


 焦りと共に、自身の腹具合を確認する。

 現在、腹八分目。

 麺はまだまだ残っており、全体のどのくらいを食べたのかは分からない。

 思い出したくないが、麺の下には野菜がまだ沈んでいるはずだ。


 負けるかっ……俺は女子高生の弁当を食べるんだ。

 彩乃の弁当を食べるんだー!


 カッと目を見開き、麺にチャーシューにと食らいつく。

 ガツガツと無心で食べる。

 大量の脂肪分が脳内麻薬を分泌していく。

 美味い――


 やがて俺の腹はパンパンになり、これ以上はかなりきつい。


 彩乃は涼しい顔で食べ続けている。

 後はスープに隠れた麺や具をすくうくらいだろうか。


 今回も負けるのか。

 俺のドンブリにはまだまだ麺と野菜が残っている。


 くそっ負けたくない。

 彩乃の弁当を食べたいんだ――。


 その瞬間、体の奥で何か動きがあった。

 動悸かな? いや違う。

 俺は体の自然な動きにまかせた。


幽門反射(ゲート・オブ・ハデス)


 胃の出口であり、十二指腸に移る部分である幽門が強制的に開けられ、胃の消化物が移動する。

 満腹状態が緩和され、少し楽になった。


 ――今だ。

 俺は麺と具を一息にかっ込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「美味しかったー! お腹いっぱい! わたし今ニンニク臭いかも?」


 家への帰り道、満足気な彩乃を尻目に、俺は不機嫌そうに息を漏らす。


「くそっ、もう少しだったのに」


「まぁまぁ、裕太も結構頑張ったんじゃない?」


 俺が麺と具材を食べ終わり、達成感と共に隣を見ると、彩乃はスープまで飲み干しているところだった。

 もう少しどころではない。

 でもスープは飲みすぎないほうが良いですよ。

 塩分や脂分が過多で俺は心配です。


「お弁当のおかずはねー、卵焼きと、ひじきと、なんかアルファベットのポテトと、あとご飯は二段のり弁がいい」


「なんか渋いな?」


 ABCポテトって懐かしいけど今でも売ってるのか?


「裕太のお弁当は全部美味しいけどね。女子だと私だけ知ってるんだろうけど」


 彩音は俺の腕に自分の腕を絡める。

 胸が当たる……こいつわざとやってないか?

 弁当のグレードアップが目当てなのだろうか?

 よーし、マッシュポテトからアルファベットを成形しちゃうぞ。


「分かったよ。どうせ三人分も四人分も変わらないからな」


 俺は絡ませている腕に全神経を集中しながら、すまして答えるのだった。


読んで頂きありがとうございます。

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