#9開拓開始
翌朝。薄手のカーテンから僅かに漏れた光で目が覚めた。マットレスが柔らかすぎず、好みの硬さだったからぐっすりと寝ることが出来た。そして何より布団を干した時のお日様の香りがこの世界でも一緒なことに安堵したのも要因だろう。寝床から起き、顔と歯を磨く。この世界にも歯ブラシがあり、向こう程の技術力は無いが口の中がスッキリするので無いよりマシだ。
サッと朝食を準備し食べる。やはり、何かしらBGMが無いと寂しいな。スマホは持ってるが電源が切れているからキャビネットの上に置きっぱなしにしてるし、充電器とケーブルはあるがコンセントがない。
何とか充電出来れば、スマホに入ってる曲が聴けるんだけどな……。うん?待てよ。そう言えばシュガーソケット用のUSB変換アダプタを買ってカバンに入れてなかったか?でも、そのカバンはどこだっけな…?一緒に来てるはずなんだけど。取り敢えず朝食を食べてからガレージを探してみよう。
朝食を早めに食べ終えガレージへと向かう。薄暗いので表側の大きな扉、外に向かって両開きになっているそれを全開にする。明るくなった庫内でカバンを探しているとトラクターのミラー部分へと下げてあった。中を漁ると思った通りシュガーソケット用の変換アダプタが入っていた。
昨日は全然思い浮かばなかったが、トラクターのバッテリーから直接電源を取ればスマホを充電できるはず。適当な配線を見つけ、極性を間違えないように気をつけながらバッテリーと変換アダプタを接続する。そしてUSBケーブルを接続し準備は完了。
「頼む、上手く充電できてくれよー!!」
心の中で手を合わせながらスマホに接続する。すると充電を示す赤いランプが点灯した。
「キター!!これで音楽が聞けるぜ!マジ神」
5分程放置してから電源を入れる。バッテリー残量は8%程まで溜まっており、驚いたことにアンテナが4本中3本立っていた。
「え!電波あるの?少し弱いけどまさか繋がるとは…なんでだ?」
電波は4本になったり3本になったりしていた。少し弱めなのはガレージの中だからだろうか?ケーブルを外し外へと出てみる。しかし、外に行くにつれアンテナはどんどん弱まり遂には圏外表示になってしまった。
「バグってただけだろうな。こんな所で電波あるはずないもんな。ちょっと期待して損したぜ」
それでも、音楽が聞けるだけでも大変ありがたいので充電しておいておくとしよう。トラクターの前へと戻り充電ケーブルを指す。画面を確認するとアンテナが3本立っていた。またバグっているのかと思いながらも、一縷の望みをかけヨウツベを開いてみる。
「再生……出来とる……」
オフライン動画ではなく、ライブ動画が流れており、試しに天気予報やウィキを調べてみるとちゃんと表示することが出来た。どうやら俺が最初に立っていたところから電波が出ており、結構弱めのためあまり遠くに行くと圏外になるようであった。
「よし、電話してみよう。取り敢えず両親からだ」
電話張から自宅の項目へ移動しタップする。通話画面へと切り替わったが直ぐに通話が終了した。電話中だったのかもしれない。携帯にかけて見るが結果は一緒で、他の誰に掛けても繋がらなかった。LINEも同様で通話は疎かメッセージすらエラーが出て送信することは出来なかった。
「うーん、謎の力が働いているな。連絡する手段は全て絶たれている感じか……でも、記事とか動画が見れるのはマジでありがたいな」
調べ物するのにも現代知識は本当に助かる。あとはスマホを壊さないようにしないとだな。魔道農具みたいに何か効果を付与することは出来ないだろうか?今度ファマーに行った時に聞いてみよう。
充電環境と通信環境を手に入れた。スマホが復活したということは、Bluetoothイヤホンが使える!音楽を聴きながら作業するとしよう。
昨日作って貰ったツナギに着替えてイヤホンと刈払機を装備する。これで準備は整った……開拓開始だ!
まずは裏庭の畑に生えている草から処理する。背丈が結構高く、腰の位置より少し下くらいまで伸びているため段階的に刻んでいく。ストローチョッパーみたいな作業機があれば、こんな難儀はしなくていいんだけどな……。無い物ねだりしても仕方ない。
どうせなら緑肥として使いたいから長いままだと鋤込性が落ちる。手間はかかるが地道に細かくする作業を進めていくしかない。雑草の生え方を見るにここはかなり肥沃な土地の様だ。しっかり肥培管理すれば作物はしっかり育つはずだ。
草刈り作業は2時間程で完了。畑として使っていたところ以外にも刈り取りした。そこも畑として使うことを計画しているため、もとからある畑と合わせれば5畝、約150坪。土の感触的に砕土機だけで十分に耕せると思う。急いでいるわけじゃないからゆっくり何段階かに分けて作業すればトラクターにも負荷は小さいはずだ。
という事で、次はトラクターで耕耘作業開始だ。
ガレージへと戻り小型トラクターの準備に取り掛かる。使用するトラクターは25馬力のセンターロータリー仕様。延長爪軸付きで作業幅1.4mだ。おまけに培土器付だから、畝立て作業もできる。メーカーはブルートラクター。
トラクターメーカーは色々あるが、国内で言えば大手3社に絞られるだろうな。世界のオレンジ、ディーゼルの赤、痒い所に手が届くブルーといった感じだ。個人的にはどのメーカーもそれぞれ特色があって好きだが、今回は修理で預かっていたのがたまたまブルートラクターだった。まぁーこの馬力帯以下はブルーが優秀かな?個人的な意見だけども。
エンジンオイル、ミッションオイル、ロータリーのギアオイル……基本的な点検を済ませ充電していたスマホを取り外し、運転席へと乗り込む。
各レバーの中立位置を確認し、クラッチペダルを踏み込む。キーシリンダーを予熱位置まで回し、グローを5秒ほど効かせた後セルを巻く。圧縮と爆発音と共に軽快にエンジンが回り出した。ガソリンエンジンとも違うこの低いディーゼルエンジンの排気音はたまらなく心地良い。
3分程暖機運転を行い裏庭へと移動する。まずは土の感触を見るために、畑だったであろうところから耕耘作業を行う。PTOレバーで変速1を選択( 定格回転数で540rpm )し、副変速レバーをクリープ(超低速)、主変速レバーを1に入れ最も遅い車速に設定する。ハンドアクセルでエンジン回転数を1200rpmに固定し、クラッチを繋げる。そしてゆっくりと作業機を降ろしながらエンジン回転数を2000rpm迄上げていく。思った通り畑で使われていたところは難なく耕すことが出来ている。これなら1発で最深耕まで入れても問題なさそうだ。
クリープの1で作業すると車速が0.3km/h前後くらいになる。牛歩も顔負けの超低速度なのでとにかく眠い。2畝を耕すのに40分程かかってしまった。でも、かなりしっかりと砕土することが出来たので、畑はこのままで使用できそうだ。次は全く耕起されていない野原。全体で3畝位はありそうだ結構踏み固められているように見えるが果たして、刃は入ってくるだろうか……。早めの昼休憩を終え早速砕土機を土に入れてみる。最初こそ調整ミスでダッシングが起きそうになったが、耕深を調整すると大きな負荷もなく表土を耕すことが出来ている。これなら4回くらいに分けて耕耘作業を行えば、きっちり仕上がるだろう。今日はひたすら耕して一日が終わりそうだな。
眠気と疲れでどうにかなりそうだったが、復活したスマホのお陰で何とか作業を終えることが出来た。時間は昨日の日の傾きからして5時から6時の間だろう。砕土機に付着した土や絡まった雑草を取り除く。部品も手に入らないから大事に使わないとな。
清掃を終えてガレージへと格納する。耕耘作業は終わった。鋤込んだなんちゃって緑肥が分解されるまで、時間はかかるが今は待っている余裕はない。1週間ほど寝かしてから種まきをしよう。
その間にまた街へと行って水タンクの使い方や魔導について鑑定してくれる方を探したり、農業組合にも行ってなにか使えそうな資材がないかも見に行ってみよう。
そうと決まればサッと体を拭いて飯食ってから寝ることにして、明日は早起きして早速街に行こう。




